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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第一章
20/193

Ride a live 01

Ride a live


 晴れ渡る空、雲一つない快晴、太陽の日が燦々と降り注ぐ。

 谺する爆音。甲高く鳴り響くそれはドップラー効果を受けて、オーケスラの如く轟いていた。

 目の前というか、真横というか、その敷地内というか、俺はサーキット場にライダースーツを纏って立ちすくんで居た。

 数年前は元飛行場の遊休地だったメガフロートがつい2年程前、改修されてサーキット施設を含む遊園地が創られた。

 遠目にはジェットコースターや大観覧車やホテル施設なども見える。

 そんな場所に俺は居る。

「着替え終わった?」

 彼女がやってくる。今日ここへ俺を連れてきた張本人だ。


 話を朝に戻そう。

 日曜日。ほぼ強制的なデートのお誘いを受け、俺は多少のときめきと戸惑いを感じつつ今日この日を準備していた。

 話の筋からバイク関連ではあるとは思いつつ、乗れる其れなりの格好…といってもジーンズにジャンパー姿を用意した。

 皇たちは、実家の用とかで土曜の夜から外出しており、邪魔される要素はなかった。言い訳とか色々考えてたのが無駄にはなったが、まぁとやかく言われる謂われはないよなと、ちょっと後ろめたさと安堵を混ぜつつ玄関に向かう。

 朝7時に玄関で待っていると、大型のスーパースポーツのバイクがやってきた。

 4気筒のリズミカルな重低音。最高速は300キロは余裕で出せる地上の戦闘機がそこにあった。

 革のパンツにジャケットというライダーらしい姿をして彼女、中江瑠璃先輩が現れた。

 自分の格好に比べると、よほどバイク乗りの格好をしていた。ちょっと気恥ずかしかった。

 到着一番、リアシートのフックにあるヘルメットとグローブを渡してきた。

 彼女が被っているものも手渡すものもフルフェイスだ。

 近寄ってきた彼女を観る。身長は俺より低い、150半ばだろうか。ヘルメットのせいで髪形とか解らないが、バイザーから覗く目は、写真と同じものだった。スラリとした肢体は、野生のネコ科を思わせる。

「これ被って。被ったら後ろに乗って」

 軽くバイザーをあげ、こちらを見る視線は、鷹が獲物を狙う様を連想させた。

「今日はどこへ行くのですか」

「イイトコロ!」

 快活に彼女は笑って告げた。

「さっさとメット被って、後ろに乗って」

 再度の要求。俺は、なし崩し的に従い、後ろのシートに跨がる。

「手はここっ。しっかりベルトを持ってね」

 くびれ下の臀部へと広がるカーブ。鼠蹊部のラインと交差する位置にあるベルトを掴まされる。

 わっわっわっ心は焦る。タンデムには憧れていたが、まさか後ろ側になるとは考えてもいなかった。

 しかも初めての大型バイク。教習所では乗ったが、それとは違う質感が心をときめかせる。教習所のは750ccだし、倒れてもいいようにガードや保安器満載だしで、普通の大型バイクよりは重いが、なんと表現したらいいか……そう、やぼったさがない。モノが違うのだ。

「リーンウィズでいくから、併せてね」

 ステップに乗せた足の位置を再度確認し、膝を絞めて下半身を固定する。といってもタンクを挟む訳でもないので心もとない。

「聴こえる?」

 ヘルメットから彼女の声がした。

「はい聴こえました」

「うん、感度は良好ね。無線を仕込んでいるんで、話はできるよぉ」陽気な声で説明した。

「じゃっ、行くね。あとびびってしがみつく様なことしないでね、死ぬから」

 怖いことをさらっと言って念を押してきた。

 アイドリング状態だったエンジンを彼女……中江先輩がアクセルをぐりっと勢い良く回す。重低音から高めの音に変化した。

 フロントブレーキは掛けたまま、ぽんっとクラッチを繋いだ。

 リアタイアが盛大にスキール音を鳴らし滑り出す。出口に向かってアクセルターン。勢い良く時計回りで180度ターンを決めた。

 フロントブレーキをリリース。

 浮いた。

 何が浮いたって、フロントタイヤが浮いた。

 そのまま発進していった。

 寮の私道から行動へ抜けた辺りでタイヤを降ろし、二輪で走行開始する。Gが半端無いですはい。

 吹き飛ばないよう、落とされないよう、しっかりベルトを握って背中に胸を引っつけて踏ん張った。

「ひゃぁっ」

 彼女の驚いた声がしたが、気にすることはできない。こっちはもう必死なのだ。身体は力入りまくってカチンコチンだ。

 寮から幹線道路へと続くうねった路を右に左に、自由自在に彼女はバイクを倒して走る。

 近い近い、地面が近い。ちょっと横を見たら、アスファルトの黒々とした擦ると骨まで大根おろしになりそうな角張った石片が待ち構えている。

 鈍いガリっという衝突音。鉄とアスファルトが衝突し火花が散った。

 ステップのバンクセンサーが、倒し込んだせいで擦っているのだ。

 多分、俺の顔面は蒼いだろう。緊張すると紅くるから、あとは黄色になったら信号ができるな。

 そんなのも、7~6回繰り返されれば、少しは余裕ができてきた。

 安全バーの無いジェットコースターだ。大丈夫だ問題ない。もんだいないよぉぉ。

 運転しているのは自分じゃないし、荷物になった気になって、無心でリーンウィズの姿勢を保つ。

 ………嘘ですごめんなさい。やっぱ怖い。

 多分、外から見れば、そんなに倒しているようには見えないと思うが、アスファルト、センターライン、ガードレールが目線より上に見える感覚は解ってもらえるでしょうか。

 免許を取ったとはいえ、教習所でちょろっと触った程度のペーパードライバーである。バイクを傾ければ、こうなることは解っててもまだ怖い。

 叫ばなかっただけマシだと思ってほしい。切に期待するものである。


 と、まぁそんなこんなで、放心状態でサーキットに連れてこられて、云われるままにライダースーツに着替えたのであった。

「はい、とりあえず問題ないようです」

 腕を左右に振ったり、スクワットして、引っ掛かりや余分なたわみがないことを確認する。

「はっ。じゃない、なぜこんな所に?」

「何故ってデートじゃないのー」

 俺の考えていた、映画観て、喫茶店で話して、海の見える公園で散策して、夕食を………といった定番コースな何かとは違うのだけは確かだった。

「ふーんそういうコト考えていたんだ。……普通だね」

 なにっ声に出ていた??

「それより、こっちきて」

 無造作に手をとって、中江先輩は俺を引っ張っていく。


 そこは………パドックだった。

 中央に二台のバイクが鎮座している。フルカウルのバッキバキのレーサーだ。勿論ロードレース用のである。排気量は1000ccか。

 忙しなくメカニックなどのピットクルーがパドック内を行き来している。その中に一人見知った顔があった。

「安西??」

 中央のではなく、隅にあるこれまたレーサーバイクを触っていた。こっちのほうは中央に比べて小さい。250ccあたりか?

 こっちも二台並んでいる。

 向こうもこちらに気付いたようで手を振っている。

 俺は中江さんを見る。彼女は頷いて、安西の(正しくはバイクの)方へと歩いていく。俺の手を繋いだままに。

「よお、昨日ぶり」

 安西が気安く声を掛けてきた。

「これは一体どういうことなんだ?」

 安西は首を傾げる。

 いや、俺の方が首を傾げるところだろ。

「あ、先輩…もしかして何も説明しないで、連れてきたのですか?」

 二人して中江先輩を見る。

 にへらと笑ってごまかしている。

 何とも言えない顔をして安西は説明を始める。

「ここは、自動車部だ。それで、何故お前がここに連れてこられたのかだけど……」

 なにか重大なことがあるのか?まさか、生徒会でいってた派閥抗争がとかいうことでか?ってそれはないか。いささか短絡過ぎるよな。

「レースに出る部員が転倒してな。2年の先輩なんだが……。それで全治2カ月と云われて、代役を探していたんだ」

「それで俺が?」

「いや、レースそのものには別の先輩方もいるから、そっちの方は問題ないんだが、練習走行とかセッティングに関わる人手が足りないんだ。それで誰か丁度いい人を探していたら、中江先輩が丁度いい人いるっていって……」

「俺が連れてこられたわけか」

「そういうこと」

 肩をすくめて肯定してきた。

「でも部の人ってそんなに少ないの?一人欠けたくらいでどうこうされるもんじゃないの?」

「メカニックは足りているんだ。足りないのはライダーのほうなんだよ」

「ライダー??自動車部なら誰でも乗れるんじゃないのか?」

「車の免許なら持ってる奴は多いけど、バイクとなるとな……ついでに1年は俺を含めてバイクの免許は持っていない。取ろうと思う奴は多分夏休みを利用してとるはずだが、今の時期はどうしようなく居ないんだ」

「1年は解るけど、先輩方は?」

「3年、4年の先輩はあっちのスーパーバイク(1000cc)の方で係りっきりだから無理だ。メインを8耐に合わせているから、こっちを手伝う余裕は元々無い。ともすれば、こっちを中断して、スーパーバイクの方へ集約になってしまう」

 ぽんぽんと、250ccのレーサーバイクを撫でる安西。

「こっちは練習、初心者用。向こうが本番。自ずと重要度が違ってくる」

「ふむ……2年の先輩は?」

「乗れるのが、中江先輩と事故った先輩と後一人。でもその一人はサボリ魔だ」

「なんでそんなに少ないんだ?」

 素直な感想を口にしてみた。

「いや……まぁそのな…」

 言いよどむ。

 一体全体なんなんだろう。

「安西君には話辛いよね」

「すみません」

 中江先輩が割って入った。

「端的に言うと、私のせいなんだ」

「いや、先輩は悪くないですよ。先輩の才能を妬んで辞めていったんですから」

 安西はフォローに入った。

「んー、悪いとか悪くないとかの話じゃないから気にしないで」

「そうは言っても」

「大体、君も話でしか知らないから。辞めてった人のことをそう悪い人のことのように言ってはいけないよ」

 はい、と頷く安西。

「仕方ないよ。誰だって勝てないと解っていたら、やる気も無くなるもの」

 そう言った中江先輩は、寂しそうな顔をしていた。

「それに自動車部は選択部活だしね」

「それでもっ」

「安西君、その話はもう辞めましょう。ねっ」

「解りました」

 寂しそうな中江先輩の顔と悔しそうな安西の顔だった。

「それでね、バイクに乗れる人が居なくて、君が免許を持っていると聞いて白羽の矢を立てた訳だけど………どうかな」

 恐る恐るといった風な言い方で聞いてくる。

 こんな話を聞いて、嫌ですとは流石に言えない。

「手伝うだけならいいですよ。部に入るというのはちょっと今は無理なので」

「その辺の事情は、美帆から聞いているから大丈夫よ」

「へーそうなんですか」

 そういえば、こないだも美帆美帆と言っていたっけ。東雲副会長とは親友なんだな。

「うん、なんだか、本当に君の事気に入っちゃったかも」

「それは……ちょっと単純では?」

 彼女は朗らかな顔をしていた。


 4ストロークエンジンのメカニカルな振動音が尻から伝わる。

 すこしあおって見ると、モーターのような滑らかさで回転数が上がる。

「回転数は8千をキープして。レッドは1万6千だけど、暖気も兼ねてるから回しちゃだめよ」

 ヘルメットに内蔵している無線のインカムから中江先輩の声が伝わる。

「解りました。とりあえず、後ろについて走ればいいんですよね」

「そうそう、ミーティングで話したように後ろに着いてライン憶えてね。あとギアだけは間違わないでね。アップダウンは市販のとは逆だから」

 安全性を考えるとレーサーバイクの踏んでギアアップというのは理に適っているのだが、なぜ市販のは逆なのか…不思議だね。

「こっちでもモニターしているから、おかしなことがあったら言うよ」

 これは安西だ。他の1,2年のメカニック達がモニター画面でこちらを見ている。

「まずは5周するね。ちゃんと着いてきてね」

 先輩のバイクが走り出す。続いて俺もバイクを出す。

 1速から2速。8千まで廻ったところで3速。続いて4速。うわっ入れた所でストレートエンドが近づき、ブレーキング。ピットから出たばかりだから速度はそんなに出ていない。3速に落としてコーナリング。先輩の走るラインを確かめつつ……ってもうあんな所に。

「8千までだからって言っても、アクセルはしっかり廻してね」

 早速先輩の駄目出しが無線で入ってきた。ひぇ~おいてかないでー。

 慌ててアクセルを煽る。やべっ、8千超える。

 うおおおっこりゃ大変だ。気合、入れてっ、行きますっ。


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