エピローグ(仮)
季節は巡る。
冬の間は病院のベッドで過ごした。奇跡的に進級できたのはいいが、保健室登校ならぬ病院登校は非常に退屈であった。
生死を彷徨って目が覚めたのは年明け。その時点で単位はボロボロで、よくもまぁなんとかなったもんだと自画自賛しても誰にも怒られないんじゃないかなーとは思う。
睡眠、食事、学習、リハビリ。それ以外の記憶がないよ。天目先生が勉強を見てくれたから助かったものの、クラスメイトは役に立たなかった。唯一榛名さんだけかな、授業のノートが綺麗に纏められていて助かった。他のは、見舞いと称して食っちゃべったり騒いだり、襲われたり。
平穏な日常だったとしても、流石にこれは退屈過ぎた。………あれ?平穏ってなんなんだろう。
聞いた話では、サクヤは全損。急遽新しい機体を組み上げているとのこと。別に新たらしく作らなくてもいいよね。とは言ったが、軽く笑って拒否された。解せぬ。
その関係で、チエリと天目先生が引っ張りだこだったらしいが、一体どんな仕上がりになるのか戦々恐々だ。
リハビリも無事終えて退院したのは3月になってから。学校に出たのは終業式当日だった。
クラスの皆を見たときは少し涙ぐんだが、いつもの騒ぎが勃発し、次の瞬間には怒声が轟いた。
しんみりもさせてくれないクラスメイトは、本当に馬鹿なやつらで……進級できて良かったと思った。
あれ、なんか絆されてない?いやいやそんなことはない……ないよね?
終業式も恙なく終了し、今はいつも訓練していた丘にいる。吹き抜ける風が気持ちよく、春がやってきたと実感させられた。
1年経った。
入学したときは、こんなことになるとは想像もつかなかったが、なんとかやってこれた自分を誇りたい。ホントニネ。
2年生では、今度こそ平穏に過ごしたい。切実に。
でもまぁ……。
指先を見つめる。
<ティンダー>
身振りも手振りもせず、ワンワードを唱えると、ライターで点ける火程の大きさが指先に灯る。
「やっぱりか」
自分の変化に諦めともつかぬ諦観の念が募る。
一息を火に当てて吹き消せば、残滓のようなものが消えていくのが目に映った。
「随分と変わっちまったようだが、どうすればいいだろね」
手を胸に充てる。堅い感触が違和感無しに伝わる。
「お前のせいか」
小さくつぶやく。
──僕の所為にされても困る。それに何故僕が残っているたのか僕自身にも不明だ。それこそ君がなにかしたのではないのか──
「そんな器用な事ができるわけないだろ」
──そうかな、僕ならば腹芸の一つくらいはやってやれないことはないはず──
「俺はっ」
大きくため息をつく。
「んなもんできる分けないだろ、平凡な高校生だったんだぞ」
──あれで平凡だとは、いくらなんでも誇張がすぎる。まぁ僕なんだからそういう視点もあるか──
「自分と自分で言い合いしても意味がないわ」
──ないわー──
同意するように告げられた。
「で、お前の存在って俺にとってどういう状況になんだ?」
──恐らく、二つ目の演算装置程度だろう──
「演算装置?」
──そう、入力する目、口、鼻、触覚は同一、記憶する脳も同一。できるのは思考することで、違いは此方からの出力は思考結果のみで、体を動かす出力まではない。君が意識を失ったときどうなるかまでは不明だが、寝てる程度では此方から制御をすることはなかったな──
「自覚ある二重人格みたいなもの……なのか?」
──今までの経験上なかったことだ。通常交われば一つになるし、二つが同時に存在することはプライムプレーン上の制約に引っかかる。一つになりきれない所の余波がこの結果となったのかもしれないが──
「結局お前にも解らないってことか」
──そういうことになる。しかも、本体である上位次元とは接続が切れている。今は独立した個体といってもさしさわりない──
「俺がお前で、お前の本体は切れていて……ワケワカンネー。俺のアイデンティティーは何処よ」
──我思う故に我有り。コギトエルゴスムだ──
「哲学的なこと言って煙に巻くなよ」
──はっはっはっ、人生死ぬまで生きるんだ。その後にどういう結果になったか考えれば済む──
この自分であるはずの超常的な存在とどうなっていくのだろう。既に平凡とは道を違えている。
よし、ばれるまで黙っておこう。そう決意した。
とりあえず、2年にはあがれたわけで、今までとは違って平凡に波風立てない生活をすればいい。そう心に誓うが、その誓いは果たして守られるのだろうか。一抹所ではない不安が押し寄せる。
「政宗、ここにおったのか」
丘の下から声がやってきた。
「溜まっているのを処理するつもりならこんな所ではなく人目につかないところでお願いします」
「てめぇっ」
弥生とあずさんだ。
「新寮生がそろそろやってくる。戻って準備する時間だ」
「そうか、もうそんな時間か」
改めて弥生たちが来た道の先をみやる。その先は寮へと続いてる道だ。
「誰が頭かを示さねばな」
「猫の手以下の手でも必要なので、早く戻ってください」
毒舌が絶好調なあずさんを放置して俺は弥生を見る。そして一言。
「大儀であるっ」
何時も言われていたことを言い返した。
[完]
長い間、付き合い下さり有り難うございました。