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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
188/193

on your mark 03

なかなか筆が進まず申し訳ない。

 全く状況を理解してないようでなによりだ。

「シンディ」

 視線をジャネットから外して呼ぶ。

「彼女を頼む。皆のところへ連れて行ってくれ」

 言うなり、ダッシュで弥生の後を追う。

 壁が崩れ、階下ではもうもうと土煙が立っており、今だに打撃音が響いていた。

 やべぇ勢いで来ちまったが、どうしよう。時間を置いては駄目だ。身の危険をひしひしと感じる。主に、正気に戻ったジャネットのせいで。

 ポーチからファイバーケーブルを取り出し、崩れた壁から出ている鉄筋へと廻してフックを止める。

 深呼吸一つ。振り向き告げる。ついでにこの世の見納めになるかもしれないのでガン見しつつ…。

「じゃ、行ってくる」

 俺はビルから飛び下りた。

 体験しててよかった!ラッペリング!!総合演習のときにやらされた記憶が蘇る……わけでもないがっ。一通り分けも解らずやらされたからなぁ。記憶が曖昧だ。

 まぁ、それは置いといて、ぎこちなくも地面に到達。上でなにやら悲鳴が聞こえたが、とりあえず無視しておく。

 弥生とボクは何処にいるのやら、土煙が激しくて視界が悪い。音の鳴る方へと慎重に歩みを進める。

 勢いで来たが、このあとどうすればいいんだろうか。

 弥生たちの戦闘に割ってはいる?ぺちゃんこですね。

 遠くから声をかけて冷静になれと言う?声届かんだろうな。

 二人纏めて吹き飛ばす?こっちが吹き飛ぶね。

 ボクを倒すのに加勢する?近づけません。

 ………あれ、結構手詰まり?

 ジャネットを救出したからには、トンズラこいて、後は軍に任せたほうがいいのだろう。ここで無茶して死ぬような目には会いたくないしなぁ。つか、弥生が目的を見失うなと言ってたのに、どうしてこうなった。

 と、とにかく二人を探そう。まずはそこからだ。


「一体どこへ行ったんだ」

 毒づく。

 音はすれども姿は見えず。時折、コンクリやアスファルトの破片が飛んでくる。一体どういう戦い方をしているのだ。こんなんまともに当たったら死ねる。物陰を盾にし、なければ低姿勢で先へと進む。

 ──眼を使えば?──

 あぁそうだ。俺には特別な眼があったっけ。でも、今の状態で使えるのか?

 考えるよりも実戦だ。瞳に力を入れる。フォースパワーを廻し、眼へと送り出す。

 なんだ?今までよりもスムーズにフォースパワーを操作できるぞ。それにこの視界は……。

 影の無い立体物が眼前に広がる。ややノイジーではあるが、今までのモザイク模様ではなくなっていた。受信状況の悪いテレビ越しに見ているような感覚だ。影がないから距離感がいまいち掴みづらくはあるが、雲泥の差である。

 使っている内に慣れたか?ゲーム的にレベルアップしたとでもいうべきか。まぁ今はそんなことよりもやることがある。

 晴れた視界のなか、音を頼りに弥生を探すために歩みを進める。


 居た!

 黒いぶよぶよとしたものを殴りつける弥生を発見した。

 弥生が殴りつけ、黒いぶよぶよは吹き飛ぶ。壁に衝突し、破裂したかのように染みを作る。

 が、直ぐに集まり膨れて元に戻る。気のせいか、一回り大きくなった様な気がする。あれがボクの成れの果てなのか。さっきまでジャネットの姿をしていただけに、違和感が半端無い。

 まぁジャネットに憑依していた本体だから、ジャネットの形をしていたという表現はおかしいのだが。

 黒いぶよぶよは表面から数本の触手を伸ばして弥生に迫る。それを手刀で切って落とし、逆に蹴りがぶち込まれる。吹き飛んだぶよぶよは壁に衝突し、その衝撃に壁が抜け、建物の中へと姿が消えた。

「弥生っ」

 咄嗟に俺は叫ぶ。

 振り向いた弥生は、なぜここにという驚いた表情で俺を見た。

 あんな驚いた表情は初めて見るかもしれないなどと、感慨に耽る暇はない。

「撤収するぞっ、戻れ!」

「こやつを放置することはできん」

 返って来たのは、拒絶の言葉。

「目的は、ジャネットの救出だ。目的を履き違えるなっていったのはお前だぞっ」

「我のことはいい、お前は皆のところへ行け」

 だめだこいつ、熱くなりすぎている。それとも皇族という血筋がそうさせるのか。つか、弥生を置いて行けるわけがないだろう。

「馬鹿かっ、お前が戻らないで俺が戻れる訳がないだろうがっ。ご託はいいから、早く逃げるぞ」

 駆けつけようと一歩踏み出す。

 膝が折れた。

 力が入らず、糸の切れた人形のように崩れ落ちて、地面を嘗める。

「あ゛……」

 うっそーん、ここまできたのに、マジかよ。あとは逃げるだけだってのに。頭痛はなぜか納まってるのだけは不幸中の幸いだが………いやこれって、限界超えたもんで感覚が麻痺してる状態なのか?

 確か、胸ポケットに緊急用の薬があったはず、それを飲めばまだ……。起きようと腕に力を入れようとするもうんともすんともいわなかった。

 気づけば、呼吸も酷く浅いように感じる。

 鼓動が弱い。

 なんだこれ、いくらなんてでもおかしい。疲労の限界だけじゃないのか。

「─」

 声が出ない。弥生に伝えたいのになにもできなかった。

「政宗っ」

 視界のすみで弥生がこちらへ向かっているのが見えた。更にその奥には黒い塊が瓦礫の中から這い出していた。

「─」

 警告を発したかったが、出せるはずもなく、ただ呆然と眺めるだけ。

 黒い塊の頭頂部が弾ける。触手が束となって射出されたためだ。直上に飛んだ触手は放物線を描いて弥生へと降り注ぐ。

 振り返った弥生は、右に飛び、左に飛びと触手の槍の雨を回避する。狙いを外した触手は地面を抉り土煙が舞う。軽い振動がと俺を揺らした。

 当たらないのを悟ったか、触手は多少バラけて範囲攻撃に移ったようで土煙が酷くなる。それでも弥生には当たらない。直撃するものは大型ナイフで切り払い、急角度を伴ったジグザクなステップで躱していく。 

 黒い塊へと進もうとするが、槍がその進路阻み一進一退の攻防が繰り返される。


 俺に力があれば……。悔やみきれない自責の念が荒れ狂う。

 なに転がっているんだ。

 体がピクリとも動かない。弱々しくとも、まだ自発呼吸できてるだけましなのか。

 豪雨のごとく降り注ぐ触手の槍をかわし、払い、切り抜けている弥生を見つつ、絶望感にさえなまれながらも、なぜだか心の芯の部分が冷えていく。

 熱したような激情が急速に形を失って……、いや凝縮され塊となるにつれ、冷えていく。そんな感じだ。

 これは、死ぬのか?感覚もない。ただ見える、聞こえる、匂う感触だけが情報として頭にはいってくるだけ。

 何かないのか、この状況を打開する方法が。

 思考を巡らすが、何も浮かんでこない。

 ──フォースパワーがあるだろう──

 ……あるのか?ガスケツになったからこそ、この有り様じゃないのか。

 呼吸もままならない。体が動いているかどうかも解らない状態で………。うだうだ考えても始まらん、やるだけやってみるだけか。

 イメージだ。

 息を吸うにあわせて、丹田から頭頂部へと背筋を通るイメージ。

 息を吐くにあわせて、頭頂部から丹田へと体の前面を通って流れるイメージ。

 繰り返し繰り返し、繰り返して流れがあるのを掴もうと努める。

 目の前で俺を守るために盾になる弥生の姿に、早くなんとかせねばと焦りが募る。

 焦りが集中を乱す。

 今すぐ立ち上がって……立ち上がってどうする?弥生を置いて逃げるのか?それとも一緒になって戦いに混ざるのか?

 くっ要らん考えだ。まずは動けるようになってからだ。呼吸に併せてフォースパワーが流れるイメージをイメージをイメージ……イメージだ。

 苔の一念かちょろちょろとした流れを漸く掴むことができたが、おかしい。

 流れが増幅していかない。逆に今にも消えそうに段々細くなっていく。廻すことで増えるが、増えた分が何処かへ消えていく。

 一体なんなんだ。こんなこと聞いたことがない。

 ──ドレインだ──

 どれいん?いわゆる吸収ってやつか。誰に吸われているってんだ。目ぼしい接触はされた覚えはない。なのに、誰かに吸われているってどういうことだ。ここにいるのは弥生と黒い粘液の塊と俺しかいない。

 俺と繋がりのあるチエリは活動を停止しているはずで、今も意識が戻った気配はない。試に呼びかけてみるも返事はなかった。

 誰が……。

 ──儀式が作動している──

 儀式?

 ──時間が無いと言った──

 ふむん?

 ところで、いい加減にしておきたいことがある。お前はボクか?

 ──オレはオレだよオレオレ──

 どっちだ。

 ──ふむん、ということは、記憶が戻ってきたということか──

 知らんわ。なんだこの記憶は、全然覚えがないのに自分がやっていたということだけは解る。

 ──死にかけているせいか、意識が混濁してきているせいか、なかなか興味深い──

 お前と話をしている余裕はないんだよっ。

 ──ならば、簡潔に行こう。君がボクと呼んだ方だ。あの世界へはここからは遠すぎる。上から見ることはできるが、繋がるようなことはできない。今の段階では無理だ。まだ死に切れていない。だが、ここにいるボクとは繋がることができる──

 A.I使ったときのあの場所ではないからか。

 ──ふむ、あの妖精郷のことか──

 知らんて。

 ──まぁよい。結論から行こう、力が欲しいか。体はぼろぼろ、肝心のフォースパワーもドレインされ復活の兆しはない。今こそボクの力が欲しいんじゃないかい──

 全く悪魔の囁きだ。俺が俺である保証がないじゃないか。

 ──そのことについては、さっきも言った通りだ。個というのは日々変化している。変化するのは個人の責任でありボクとは関係はない。そもそも君もボクも同じ存在だということは解っているだろう。何か問題でも?──

 問題がないことが問題だ。あまりにも美味し過ぎる。いや、それよりも本当にそうなのか。意識が乗っ取られてそれでお終いってこともある。悲劇はどこにでも転がっている。

 ──疑り深いね。あちらのことを思い出したなら、ボクがどういう存在か解っているだろうに──

 あっちとこっちとじゃ、状況が違う。手のひら返しなんてあって当然。

 ──いくらなんでもすさみきってないか。ボクの存在意義はどこでも変わらないし、変えようがない。君が死ぬまでボクは手出しできない。手出しという言い方も違うが、君に干渉することはない。君はただ単にありのままにボクを受け入れればいいだけ──

 詐欺師の手口すぎんだよ。

 無料でできます。しかし、特別な力は課金か必要ですとかと同じようにしか見えん。ガチャなんてさもありなん。

 ──0.02%でも君なら引ける──

 はいはい、そうですね。

 ──まぁそういってられない状況なのは、解っているよね──

 ふん、それにだ、気がついたが、これだけの騒ぎだ。仲間が気づいて直にやってくる。そうすれば、帝国軍へ連絡つくし、お前の手を借りるまでもない。

 ──そう?そうならいいけど──

 何がいいたい。

 ──アレが帝国軍の手に負えるかな、軍がいることが解ってて仕掛けてきた奴らだよ。そんなの十分に考慮されているはずなんだ──

 ……ジャネットを贄にして奴らはなにを呼んだのだ。

 ──君はそれを知っている。そしてそれを討伐せしめた。知らないとはいわないよね──

 あぁそうだ、そうだった。ちくしょうめっ。なぜ勝てたか解らないけどな。だがアレが相手だとすると、やっかいにも程がある。戦闘になれば、味方が敵に操られかねない。そうなれば、待っているのは……くっそ。なんでこんなことになるんだ。

 ──因果だねぇ──

 うるへぇ。

 ──それと、彼女。そろそろ危ないよ。味方が来るまで持つかな──

 言われて視点を弥生に合わせる。

 吹き飛んでいた。

 硬質な音を立てて地面に激突し、追撃に触手の鞭が雨あられと降り注ぐのを捕らえた。地響きが体を揺らす。

 四の五の言ってる時じゃない。

「力を寄越せ、何かあったら後で泣かしちゃる」

 声にはならない声の絶叫が谺した。


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