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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
187/193

on your mark 02

 脅しではないというなら、これは警告か?まぁ取引材料であるということだろう。にしても、なんだかすごい既視感を憶えるのだが。

 ボクが殺すではない。俺が死ぬと。確かに今の体調を鑑みると、悪化すればそうなってもおかしくはないのも頷ける……が、そこまで悪化させる気は毛頭ない。

 これからの交渉次第なのか、それともマジもんの未来視なのか……判断は保留だな。

 それよりも気になるのは、弥生が死ぬと?どういうことだ。

「彼女が死ぬ?」

 殺しても死ぬようなタマじゃない。もっとなにか、恐ろしい存在だ。それとも皇族ゆえになにかあるのか。

 ざっと考える。突然の婚約破棄に帰国、一年でいいから婚姻を結べと迫ってきている。順当に考えれば、婚約破棄後にそんな行動はあり得ない。ほとぼりが冷めるまでは普通に学生として過ごせばいいんだから。回りが煩く、次の婚約を持ち出すにしてもだ。何か意図があって然るべきで………それで彼女が死ぬというのは……、何か病に侵されている?いや、どうみても裸足で逃げ出すだろう。

 無意識に弥生を観る。

 途端に黒い、闇よりも暗い渦が弥生の内にあるのが観えた。冷や汗が流れるのと同時に更なる頭痛が俺を襲い、思わずよろめく。

「みえたかね?」

 ボクが告げてくる。

「ついでに自分もみてはどうだい?」

 言われるままに自分の両手をみた。

 ひび割れていた。

 いや、ステンドグラスのような継ぎ接ぎだらけといったほうがいいのか。蠢くひび割れが腕いっぱい……じゃない、体にまで及んでいる。

「理解できたかい?君たちはもう限界まできている」

「限界?」

「さぁこれ以上の説明は有料だ。僕の提案を呑むか否か、どっちにする?」

 改めて弥生をみる。表情は険しい。ならばボクが言ったことは真実なのか。あの闇に呑まれるのが彼女の死を意味するなら、真実なのだろう。

 ならば俺は?モザイク模様の体の意味するところはなんだ。とまれ、それはいい。

「こっちの状況がそうだとして、お前の利点はなんだ。なぜ俺の体を欲しがる」

「これで漸く本当の交渉に入れたとみていいのかな」

 ボクがジャネットの顔で笑う。

 弥生が何か言おうとするのを制して、俺はだまって頷く。

「では本題に入ろう。僕はこの世界に留まりたい。折角現界できたんだ、世界を見て回りたい。生の情報を味わいたい。この体のままではそれも覚束ない。時間がなさ過ぎるし、このままでは世界に悪影響がそうだしね。そういう理屈だ。提示するのは、君たちの未来と僕の持っている智識」

 順当だ。俺が体を差し出せばだが。

「その体のままではなにが駄目なんだ」

 ジャネットの体を乗っ取られたままではこちらも困るのは一緒だが。

「相性の問題だよ。抑えているが限界は近い。召還時の呪いもある。困ったことにまだ有効なんだよ」

 なんだ呪いって。って、呼んだ奴らの願いか。背筋に冷たい汗が流れる。交渉決裂の影響がどこまでになるのか想像できない。

「俺に乗り換えたとして、その呪いはどうなる。有効なままでは意味がないだろ」

「その辺はなんとかなる。この体のままでは無理なことでも、君と一緒になれば無理ではなくなるからね」

 どこまで信用していいのやら……。

「俺と一緒になるといったが、俺はどうなる。俺は俺のままがいいんだがな」

「そんなの解らないよ。変化は何時だって起きている、流れる川の如くね。一年前の君と今の君が違うように、僕と一緒になった後のことは、その時にならなければ解らない」

「お前が俺を乗っ取るって話なんだが」

「それはないな。あり得ない話だ。それは………む、駄目だ、説明ができない。まぁ悪いことではないよ、僕が保証しよう」

 うさん臭すぎて涙が出そうだ。

「時間がないと言ったが、どれくらいだ」

「そうだね、10分後か或いは一時間後か。そんなに時間は残っていないのは確かだね」

 なんだそのうさん臭いプロファイラーな言い方は。信用度が全然あがってこない。がた落ちもいいところだ。

「弥生は……どう思う」

 思わず聞いてみる。

「交渉などせずともよい。やつを追い出しジャネットを取り戻せばよい。甘言に惑わされるな」

「手厳しいね」

 敵意向きだしに飄々と肩をすくませて答える。

 弥生の意見も有りではある。ただし、成功確率はどうだ。危険を度外視している。弥生のことだから、できると確信はしているとおもうが、その後どうなるのか。弥生が死ぬ?奴を退けた場合、それは確実のように思える。

「我のことは気にするな」

 端的に意図を読まれ、告げられた。

 ちょっと漢過ぎるよ。それとも皇族故の覚悟なのか。見通せない。

 歩の悪い賭ではある。

 思案する。思案するが、どっちとも判断がつかない。更にいえば頭痛が酷すぎる。頭痛だけではない、体中から悲鳴が聞こえる。なんで立っていられるのかも解らないくらいだ。熱病に侵されたような狂気が俺を動かしているように思える。

 つまり、理路整然とした結論なんて見いだせないということだ。となれば、後は………心のままに。

 乗るか反るか、止めるか止めないか、逝くか逝かないか。はっはっはっーーーー。I can fly!(俺は飛べるっ)

 漢ならヤらねばならないときがある。

 そんな判断で大丈夫かと誰かの囁きが聞こえる。大丈夫だ問題ない。

 沼が待っている。金と銀の斧をゲットするんだ。

 ここまできたんだ、なんとかなるはず。いや違うっなんとかしてやる。全てを呑み込んで、消化してみせる。

「俺はお前の提案をっっっ───」


 一陣の風が抜けていった。直ぐ後に衝撃音が轟く。

「んなっ?」

 弥生がボクをぶっ飛ばしていた。

 壁に打ち付けられるボク。ずり落ち、両足が着いたところで弥生の追撃が入る。背後の壁が放射状にひびが入った。

「なにしてんのっ」

 とがめる絶叫が迸る。

 だが、その声も届かない。

「くそっ」

 止めに入ろうと、一歩出た瞬間はがい締めにあった。俺に抱きついてきたのはシンディだ。

「なぜ止める」

「無理です。あれの間に入れば無事では済みません」

 人を殴る音じゃない、金属板が凹み、擦り合わせるような異質な音。そんな音がするような拳の殴打が容赦なくボクを責めたてている。

 何処かのボーナスステージじゃあるまいし、高級セダンをスクラップにしているような激しい攻撃だ。

 なぜ、ボクは……ジャネットは反撃しない。いつもの黒い剣があれば、そこまで一方的に殴られることはないはず。

 呼べないのか?中身がボクであるから大剣を召還するとができないでいる?ボクはジャネットを掌握しているんじゃなかったのか。

 目を凝らせば、ボクは障壁を張って凌いでいるのがお解る。威力が減衰されたとしても、突き抜ける打撃に徐々に殴られ、終いにはやられてしまうのが目に見える。

「駄目だ、こんなことは解決しないっ」

 叫び、はがい締めにされながらも前に進もうと体に力をいれるが、シンディの拘束によって一歩も踏み出せない。やはりこいつらの膂力はしゃれにならん。万力に締めつけられたようにびくともしねぇ。

「ジャネットから出て行けっ」

 力ある言葉が発せられ、弥生の拳がボクの心臓部めがけて拳が突き刺さった。

 瞬間、黒いねっとりとしたものがジャネットの体から剥がされ、壁に染みを作った。

 あれが本体?

 確認する暇もなく、無造作にジャネットを掴んだ弥生がこちらに放り投げてきた。

 外套は既になく、全裸である。いい勢いでこっちに突っ込んでこられ、衝突。3人もとろとも衝撃で地面に打ち付けられた。

「剥がしたのか。なんて乱暴な」

「マイロード、蘇生を行うなら今です」

 こんな状況でやれと?いや、やるしかないのか。

 転がっているジャネットの傍らに付き、左手でを胸の宝石を握りしめ、右手をジャネットの心臓部分に充てる。

 そらっお前のからだだぞ。そこにあるぞっ。今のうちに移動しろと念じる。

 おずおずといった細い線が胸の宝石から、腕へ手の中へと伝わり、ジャネットの胸へと伸びる。腕の中を這われる気持ち悪さが脳天向けて突き抜ける。ここは我慢しかない。歯を食いしばって耐える。

 それが触れた途端弾かれた。

「馬鹿なっなぜ?」

 フォースパワーの移動と同じようにすればいいんじゃなかったのか。

「奴の影響がまだ残っているようです。改変された情報の性で異物と判断されたようです」

「ならどうするんだ」

 これがいけないってことは、どうすればいいんだか、頭に浮かばない。考えようとすると頭痛が妨害してくる。

「より多く流して、無理に注入するしかありません」

「そんなこといわれても、これが限界だぞ。これ以上の制御はできない」

「では、内部への接触を」

「内部??内部ってなんだ。いや、どこのことをいっている?」

「口からです。息吹で彼女に渡してください」

 口だと?つまりキスしろってことか。しかもフレンチキスなついばむ様な意味じゃないよね。

「人工呼吸の要領です」

 あぁ人工呼吸ね。人工呼吸ならしかたないよね。羞恥を切り離す。しかたない、これは人命救助だ。

 腕へのラインを頭へと流れを変える。頭痛が激しい。目眩がしてきた。だが、ここで倒れるわけにはいかない。

 ジャネットの顎を上げ、気道を確保。精一杯の息とともに、宝石に閉じ込められたジャネットの魂を送り出す。

 接触、感覚は生々しい。ほのかに甘い匂いを感じるが、気にしている余裕はない。

 部屋の奥ではいまだに弥生がボクをサンドバックにしているのが映る。なにかヤバイ。直感が告げる。途端、壁が崩落し二人とも勢い余って落ちていった。マジですかっ。

 早くジャネットを元に戻して後を追わないとっ。

 余裕はなく、持てる力いっぱい息を吸い、息吹をジャネットへと送る。

 こんなんで本当に大丈夫なのかと、数度試しても反応ないことへの焦りがでる。

「もう少しです。もう少しで繋がります」

 シンディの診断に俺は勇気づけられ、繰り返す。空気を何度も吸い込んだせいで、目眩がしてきたが、ここでやめるわけにもいかない。

「起きろジャネットっ」

 叫んで、口づけを交わす。息にジャネットの魂と思われるものを乗せて、をめいいっぱい送る。

 ピクリと指先が動いた。やった成功か?だが、反応がまだ弱い。

 続けて息吹を送風する。びくんびくんと体が痙攣したように小刻みに動く。

「起きろーーーー」

 怒声と共に、口内へ進入、息を吹きかける。

 両腕が持ち上がり、中をかく。

 いけてる、このままつづければ、覚醒するだろう。息を大きく吸い。顔を近づけ………抱き抱えられた。

 ジャネットが俺の頭を締めつける。

 口が、ジャネットの舌が蠢く。合わせている口から何かを吸い取ろうと俺の口内を這い回る。なんかでじゃぶった。

 何もかもが吸われていく。フォースパワーだけではなく、俺の魂さえも纏めて吸われる気がした。

 その中で、頭の中がスッキリとしてきた。頭痛が退いていく。なんだろう、張りつめていたものが抜けることで楽になっていくような。このままだと、賢者モードになりそうだ。

 力が抜け、気持ちよくなってきたところで、スポンッと場違いな音が耳朶を叩く。今まで吸っていたジャネットが離れたせいだ。

「おはようございます?」

 辺りを見回してたジャネットの開口一発目がそれだった。


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