戦場の絆 04
5階建てのビルに奴らは陣取っている。
シルヴィアが説明してくれるが、そこから先は探査できなかったらしい。どうにも遮蔽の魔術らしきものを使っていて、中の様子が伺えなかったとのこと。下手に近寄れば探知されるかもしれないから遠巻きに見張っていたと報告された。
俺はシルヴィアを後方で待期しているクリスティーナのところまで戻るように指示する。
一息つく。
中の様子は不明。もしかしたら罠を張っているかもしれない。短時間にできるのかといえば疑問も沸くが、敵は尋常な相手ではない。何が起きても不思議ではない。
あぁそっか、元々ここを本拠地として構えているなら、相応の罠を張っている可能性もある。それどころか、どこかに脱出する避難口も。のんびり構えている暇はないことだけは確かだな。
「私とディアナが正面から囮として突入します。隙を見て残りは進入し、ジャネットの救出をしてください」
当初の予定通りの作戦だ。
本来ならもう少し人数を用意し、包囲殲滅陣を組むのがいいのだろうが仕方ない。
ビルの入り口を見る。
閉ざされたシャッターは、ほんの少しつつくだけで、ずたぼろにできるだろう。別段要塞化された様子もない。
不安はない。
押し入れば、それで決着がつくだろう。ジャネットを確保し、帰還するだけだ。
「政宗」
「なんだ、何か問題でも起きたか」
弥生だ。
俺をじっと見つめる眼は冷え冷えとしたものだった。値踏みされているような、それでいて心配されているような、冷徹に状態を伺う眼でもあった。
咄嗟に、体が臨戦態勢に移行する。
「政宗」
一言が重い。俺の返答次第では命が危ない。そう思わせる底冷えした声だった。
このタイミングで、一体何を考えている。その前に何故、弥生がこんな……。
「い──」
「目的を忘れるな。今は……それだけでいい」
雰囲気が和らいだ。
目的?何を行っているのだ。そんな当たり前のことを。
いや、弥生がそんな当たり前をいう筈がない。彼女は見通す眼を持っている。俺の何かが、俺の中で……俺が………俺は?
「シンディ、ディアナ。陽動を頼む」
弥生が号令をかける。くそっ考える時間がない。否応なく、最初に立てた作戦通りに行動することになった。
豪快な音と共にシャッターは吹き飛ぶ。やったのは、シンディだ。
『爆裂系の魔術を行使したのでしょう。ですが、ただの開放系と思われ、ノイズがひどいです。非効率的です』
頭の中でチエリの解説が響く。
『突然の解説者モードはご苦労だが、あの位の詠唱速度でなければ、敵に反撃を喰らうぞ?』
そう反論する。
ん?なぜ、俺はそんなことを知っているのだ。チエリのせいか?
兎にも角にも、のんびりと状況説明している場合ではない。状況は開始されているのだ。行動あるのみ。
俺と、弥生に仁科さんの3人で裏手へと廻る。息を潜ませ、足音を立てず速やかなる行動だ。
弥生が扉を開ける。鍵が掛かっていた様だが、弥生の力のまえには障子も同然であった。そんな感想を思い描いたら、睨まれた。
それをスルーしつつ、無言で俺は中へと潜入する。
警戒して中へ入ったものの人は居ない。全部陽動に釣りだされたのだろうか。余りにもものけの空すぎて訝しむ。
小型無線機を用意できなかったのは痛い。天目先生にあれ以上の無理はさせれなかったし、この装備を揃えてくれただけでも御の字ではあるが、シンディ達のほうがどうなっているのか確認できない。
演習で駆り出された時に、こういう状況での行動について聞いておくんだったぜ。……まぁあの時、こんなことになるとは想像もしなかったがな。
どうする?ここは慎重に一階づつあがって捜索するか?
『使用者様私がシンディたちの様子を見てきます』
そうだった。チエリがいたんだったけ。俺と念話できるのを失念していた。
『頼む。最初の班分けで気づいてしかるべきだった』
「俺たちは予定通り、上の階を捜索する」
振り返り二人に確認をとると、頷きでもって返される。慎重に、行こう。
「政宗、眼を飛ばせ。時間の節約になる」
!!!、そうでしたっ。
でも、結構疲れるし、時間かかるしで、本当にできるのだろうか。疑心暗鬼にかられつつも、弥生から差し出された手を掴みつつ集中する。
昼間の惨劇が脳裏に蘇る。
無理をして眼を使い続けて怪我を負った情景が浮かんでしまった。途端に集中が乱される。
「無理か?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと集中が乱れただけだ」
しっかりしろと、自分を叱咤する。
大きく息を吸い、吐く。
「もう一度」
眼に集中するため、眼を閉じる。眼だけに、呼吸を静かに深く一定間隔に整え、フォースパワーの循環を意識する。
カチリと何かが嵌まった感じがしたとたん、視界が開けた。目を閉じているのに周りが俯瞰状態で見えた。今までと違い、モザイク模様やフラクタルな、なんとも言い難い視界ではなく、ボンヤリとしてはいるが普通の視界だ。焦点があってない、そんなボケた絵づらだった。
考えていたより明快な視界に訝しむ。おかしい、こんなに素直にいくなんて、経験を積んだからといえばそうかもしれないが、余りにも簡単に高度な技になっている。一体、俺はどうしたというのだ。チエリがやった、あの激痛を喰らったせいなのか?否、思い返せば、それよりも前に……って、今はそんなことを考えている場合じゃない。
気を抜くと止めどもなく思考の渦に嵌まっていきそうになるのを振り払い、視点を上に向ける。できたのなら、有効に活用しよう。何時まで使えるか解ったものじゃないしな。
ここから視点だけを上の階へと飛ばして………。
冷や汗が流れた。
「なんだこれは」
暗黒が広がっていた。
妨碍されている状態なのか?だが、この重圧感はなんなんだ。今にも牙を剥いてきそうな悪意が溢れている。俺は更に眼に力を入れ、暗黒の奥を凝視した。
俺に見通す力を授け賜え。
徐々に、徐々にではあるが奥が見通せるようになってきた。まだまだ靄がかかっており、ボケたピントと相俟ってモザイクのときとそう代わりはしない状態までもってこれた。
まぁ、何かがあると判断できるくらいにはなった。
「見えたか?」
「なんとかな」
弥生からの力の供給を受けた状態で、なんとかだ。自分一人ではここまではできないだろう。
「にしても、今までと違った視界になっている。なんというか暗い。敵意か何かが視界を邪魔しているそんな感じだ」
「その考察は後にしよう。見つけ出せるか?」
「見つけるさ」
飛ばした視界が制御できるか、当たりをグルグルと動かしてみれば、ねっとりした抵抗があるものの、なんとか動かせる。
「処理落ちしたゲームのような重さだが、動かせる」
「ふむ。つまるところ、結界か何かで行動を阻害されているということか。政宗、抵抗のある方向にジャネットがいるだろう、探せ」
なるほど、理屈だ。
視野を上階へと移動開始させる。うん、上に行こうとするほど抵抗を感じる。
『使用者様、シンディ達と合流しました』
そんなとき、チエリから念話が入る。
『状況の報告を。こっちは上階の探索を始めたところだ』
『現在、こちらはBlack dogと交戦中。総数5。人に該当するものは見当たりません』
『対処可能か?』
『前回遭遇したものよりは素早いですが、個々の戦闘力は高くないようです。連携した動きで直ぐに仕留めきれていません』
『なんとかなりそうなんだな』
『多少時間がかかると思われますが、対処可能です』
『解った。状況が変わったら連絡をくれ』
『了解しました』
手短に弥生と仁科さんに、シンディ達の状況を伝える。
「仁科、周辺の警戒を」
弥生がテキパキと指示をだすのを耳にしながら、俺は眼を移動させることに専念する。
「眼が4階から上にいかなくなった。5階になにかあるはずだ。一端、外に廻って上から観るか?」
「いや、最上階に何かあるなら、それでいいだろう」
上階で陣取っているやつに余計な時間を与えないためにも、迅速に対応するべきだし異論はない。仁科さんを先頭に真ん中が俺、殿に弥生の陣形で階段を上がっていく。
「階を上がるにつれ、体が重くなっていきます」
仁科さんが報告をあげる。
確かに、視線を飛ばしたときに感じたねっとりとしたものがまとわりつく感覚がある。
それは、5階に到達したとき、はっきり壁となって立ちふさがった。立ち入ろうとするのに抵抗がある。
「やっかいだな。我では無理に結界を割ろうとすれば、階そのものを吹き飛ばしかねない」
弥生が恐ろしいことをのたまる。
「術だとして、解除するにも方法が私では……」
仁科さんが、厳しい視線を扉に向けつつ言う。
力場が行く手を塞ぎ、どうするか思案する。ふむん、以前やった波長に合わせて、力場の力を吸収して無効化するか?そんな悠長なことをやっている時間が惜しい。こんな結界だかなんだか、切り裂いてしまえればサックリ進めるのに。
………ん?
もしかしたら出来るかもしれない。
懐からあのナイフを取り出す。
結界とナイフを交互にみやりつつ、思案する。
いけるのだろうか。いや、いけると信じるのだ、結界を切り裂いた自分を想像する。フォースパワーを体中に循環させ、ナイフに乗せる。
いく、いく、切り裂く、いける、いける、貫く、いったるっ!
腰だめに構えてから突き刺す。ずぶりと突き刺さる感触が手に伝わる。手応え有り!!
そのまま横凪に払う。
甲高い軋み音が鳴り響いたあと、風船が割れるような渇いた破裂する音が続く。
「切れた」
反動もあった。ごっそりとフォースパワーが削られた。だるさが全身を襲うが、それよりも。
なんだか神掛かってないか?今の俺って!!!
だが、喜びもひとしお頂点立ったと思った途端に、一瞬にして冷めていった。出来て当然だという想いが浮かんで、強制的に感情が凪の状態へと移行する。そう、こんなことで一喜一憂している場合じゃないのだと、どこからか囁きが聞こえるようだ。
くっ、なんだこの思考、感情は。俺が俺でない、どこかの誰かのようだ。強制的に、そうであるように、なぞらされているような……。
「罠はないようです」
俺が思考しているあいだに、仁科さんが扉の先を確認していた。
「進もう」
進言してきたのは弥生だ。確かにここに留まっている意味はない。頷きを返し、ナイフを仕舞い、先を進んだ。