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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
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戦場の絆 02

「正気になりなさいっ」

 叱咤が跳ぶと同時に胸ぐらを掴まれ、俺は平手打ちを浴びた。

 ぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ!ぱぱんがぱんっぱぱんがぱんっ。

 やけにリズミカルな響きであった。

 だだ、錯乱していようとも、俺は無意識に芯を喰らうようなまねなどおこなさかった。柳の枝を叩くかのように綺麗に受け流した。

「相変わらず逃げることに関しては天才的ね」

 受け流しなんだが、全然逃げれてませんが。

「ならこれで、目を覚まさせてあげます」

 今まで俺を叩いていた手が、後頭部に回る。髪を掴んで机にでも叩きつけるのか?

 反射的に避けようとするも、するりとやさしく抱えられた。攻撃的な動きには反応できるが、こういった補助的な……抱き抱えるようなことには反応できなかった。

 引き寄せられた俺の目の前には、女の顔が近づいて……。

 むぎゅっ。

 口を口で塞がれた。

 驚きの余り、大きく開けた口。その中へと骨のない肉が進入してきて蹂躙する。嘗め廻す。歯を扱く。がっちり密着して息を吸い出す。かと思えば息を吐き出してくる。

 ぬったりと、ねっとりと、肉が蠢き、俺の舌を咽を口内を削ぎ削るように、軟体動物が暴れ回るようにうねってまわって蹂躙する。

 衝撃が脳天を突いた。

 咄嗟に目の前の人の肩を掴んで引き離す。

 唇と唇の開いたを粘度の高い糸が数本ひいた。

「ななななななっ」

「なんて時に」

「こここここっ」

「こんなまねを」

「やややややっ」

「やってくれやがるんだ。ですか?」

 以心伝心。しっかり伝わっていた。

「先に胸で締めつけられていましたし、次はやはりこうすべきだと考えたのですよ。もし、次があれば………」

 視線は下半身へと向う。

「らめぇ~~~」

 溜まらず絶叫が迸った。

 二回目は流石に勘弁してほしい。プチッなんて擬音、二度と聞きたくない。

 内股になって抗議する。


「さて正気に戻りましたか、政宗」

「あぁ、嫌ってほどにな」

 目の前の女、それはメアリーだった。今になって漸く認識できた。

「はぁぁぁぁ、いいのか、お前がこんなことして」

 聞かずにはいられなかった。

「誰かさんがまともであればこんなこといたしませんわ」

「そうか……済まなかった」

「……あやまられても困るんですけどね」

 小さい呟き。

 聞かなかったことにしておいたほうがよさそうだ。野生の勘でフラグが怖いと囁く。

 だが、謝られて困るというなら言い直さねばなるまい。

「ごちそうさまでした」

 お辞儀した脳天にチョップが降った。


 説明を受け、状況は把握した。自分の病人服に関してから、ここがどこで、今はどうなっているのかを。

 ジャネットの失踪。或いは拉致。シルヴィアとディアナが捜索中だということ。連れ戻さなければならない。

 港湾部で襲撃。サクヤとチエリが張り切って撃退したとのこと。あとで小早川大尉が事情聴取したいから時間を取ってねと催促されていること。逃げなければならない。

 とりあえず、生徒は無事であった。多少の怪我人はいるが重症なものはでなかった。救援が間に合ってなによりだ。

「で、俺の問題はコレか」

 胸に燦然と輝く虹色の宝石。大きさ自体はそんなにたいしたものではない。ちょっとしたかさぶたのようにも見える。

「ソレの問題は後回しでいいでしょう」

 メアリーが切って捨てる。

 確かに、俺の状態は後回しでよい。今ソレでなにか変なことがおきてもいないしな。

「今一番の問題は、やはりジャネットだな」

「違うわ」

「えっ、そうなん?」

「政宗が着る服よ。その格好で歩き回るつもりなの?」

 ちらりと服をめくって中を見る。

 ………全裸だ。まごうことなく全裸だ。パンツもシャツも存在していない。

「その格好でまさかとは思うけど、ジャネットを追いに行くなんてことしませんわよね」

 ジト目で睨まれた。

 何かあったらゼンラマンだ。語呂はいいかもしれんが、見せられないライオンが晒されてしまえば人生終了するしかない。

 流石に、これからの人生を日陰者として暮らしていくのは耐えられない。

「替えの服は?」

「無いわよ」

 即効で問いが帰って来た。

「えっ?俺の荷物の中に着替え入っているだろ」

「無いわよ」

「無いってこたぁないだろ。リュックはどこにある?」

「吹き飛んで無くなったのよ」

「吹き飛んでって……。あぁ……」

 納得した。

 最後っ屁。

 よく、俺自身が吹き飛ばなかったもんだ。あの時、確かビアンカと合体したんだよな。

 女の子と初合体……。文面だけ見たら、掴まりそうだ。

 にしても、あの合体ってどういう原理なんだ?チエリが補助してたような気がする。なんだか記憶が曖昧だ。

 パンパンと顔を叩いて思考をはっきりさせる。俺がやることを確認だ。体は重いが今動かなければ後悔する。

「とりあえず、着替えとなるようなもの」

 辺りを見回す。

「なにかない?」

 メアリーは視線を天目先生へ。

「女物ならあるけど」

 指し示された先の棚にあるものをみて、つばを飲みこむ。

 俺………逃げ出してもいいかな。


 あぁパンティーなんて穿くものじゃなくて、被るものだとじっちゃが言ってたのになんてことだ。

 揺れる車の中、座りの悪さを感じながら目を閉じ、体力の回復に努める。とりあえず木綿でよかった。シルクだとちょっと根性出しても穿くことはできなかっただろう。

「目的地まで1時間ほど休む」

 シルヴィアとディアナが追跡の結果捜し当てた場所。それは埠頭の倉庫街だった。

 今、そこへと天目先生が寮から持ち出していたSUVで向っている。

 搭乗しているのは、俺、弥生、シンディ、仁科、クリスティーナの5人だ。

 弥生は当然のように乗り込んだ。危ないといったが聞き入れてくれない。彼女の強さを知っているが、流石に率先して前にだすのはどうかと思うんだが、最弱の俺では押しとどめることなどできようか、いやできない。

 ビアンカは消耗しており連れて行けない。代わりにディアナと交信するためにシンディが付き添いだ。

 仁科さんは倒れたあずさんの代わりといって乗り込んできた。弥生を独りにさせたくはないのだろうけど、彼女はどういった立ち位置なのか。

 クリスティーナは運転手だ。勝手に乗り込んで運転席を占領していた。

 戦力的に頼りにしていた千歳とレンは、先の戦闘で相当に消耗しており、俺が足手まといになるからと連れ出さなかった。一番の足手まといは俺なんてのはなしだ。

 天目先生には抜け出したことを誤魔化してもらうことに奔走してもらった。

 車の揺れに意識が朦朧としてきた。本格的に寝入っては駄目だが………。


「所有者様、所有者様」

 呼び声に俺は目を覚ます。着いたか……って、ここどこ?

 夜空に星が輝く。

 月明かりに草原の葉が夜露を反射させて幻想的な風景だ。

 はぁ、夢かこれは。こんなんばっかだ。

 ん、こんなん?記憶にないがなぜか実感できている。

「所有者様?」

「ん、なんでもない。で、これはどういう状況なんだ」

 流されているような気もするが、突っ込んでいては話が進まねぇ。

「ご存じのように、所有者様は現在休眠中です」

 あんまりよく存じてませんが。

「今のうちに、所有者様の出来るだけ力の整理をしたいと思います。整理については引き続き私が担当しますので、それと平行して所有者様は彼女との繋がりを強化しておいてください」

 彼女?

 繋がり?

 誰?

「行きます」

 言われた途端、世界が暗転した。

 俺のことなのに俺をおいてけぼりって酷くね?流されてもいいかなーと思ったが、全然よくなかった。


「これより、君は神の戦士となる」

 恭しく前に出て、跪く私の首にメダリオンが掛けられた。

 ここに来るまで長かった日々を振り返る。

 剣を振ってできた血豆を何度も潰したこと。神秘学を習熟するため何度も何度も魔法陣を書き記したこと。

 厳寒のなかの強行軍、意識が朦朧とする高地でのキャンプ。人外を標的にした、射撃や刺突訓練。

 肉体を苛めに苛め、精神をギリギリまで追い詰めきった日々の成果がここに結実した。

 喜びに身を震わせる。

 更なる信仰の高みへと至るため、私は誓う。

 朗々と、誓約の呪文を奏でる。陶酔感が私を包みこみ、新たなるステージへと降り立ったのを実感した。

 さあ、全ての人外を殲滅しよう。


 流石に解った。この夢が誰のものかであることを。

 エグイことをやってくれる。年端も行かない少女を洗脳し、あまつさえ神の先兵だとぉ、狂っている。

 それとも狂わなければ生きていけなかったのかもしれない。見てきた地獄の数が違う。

 腐乱した死体の臭気、処理もされず放置されたまま、朽ちるに任せておいての疫病の温床化。嫌悪の想念が凝り固まってゾンビ化、酷ければグール化まで起きる。そして、また人を襲う繰り返し。

 ドミノ倒しのように連鎖する死。

 だが、これが彼女との繋がりなのだろうか。ただ一方的に記憶を見せられているだけだ。

 あの契約では、彼女から流れ出るものを受け取るくらいしかできないということなのだろうか。

 まぁこっちから、自分の記憶を流せたとして、何を見せれるというのだ。不幸自慢をやるつもりはない。

 自身の身に起きたこと。確かに地獄である。だが、それがどうした。いつまでも過去にかかずらっている積もりは毛頭無い。確かにトラウマではあるが、克服すべきことだと認識できている。自分の中でそれだけ時間が経ったということでもあるだけだが。

 彼女の中では、まだあの地獄が終わっていないのだろう。

 ならば、俺のやることは一つ。

 過去の呪縛からの開放だ。

 おっと、場面が変わった。次は何を見せられるのか。

 嫌悪もあるし、恐怖でもある。純粋に知りたいという欲求もある。

 だが、これは彼女を救うために俺が知る必要のあるものか。それだけが気がかりだ。


「これが、我々神の敵です」

 眼下に蠢く人々を睥睨して神父様は言う。

「これはただの人です。人外ではないのでは」

 私は問う。常々疑うこと無くどんな命令でも従順に従ってきたけれど、流石にこれは疑問を抱いた。抱かざるを得なかった。

 ビルの下には、大きな商店街で買い物を楽しむ人々。瞳を凝らせば、小さい子供たちまでいるのが認識できる。

 散々、人外を駆逐してきた私であれど、眼下にいるのはただの一般人だ。神の使命の対象外なはずだ。

「いいえ、あれらは我等に仇なす人外共ですよ」

 目の前でタブレットをいじりながら、感情のこもらない声で答えが返ってくる。

「神父様?」

「貴女は騙されています。彼奴等の欺瞞は巧妙ですからね、見破れないとはまだまだ祈りが足りない証拠ですよ」

 そういわれては、頷くしかなかった。

「仕方ありません。これを飲みなさい」

 渡される赤黒い錠剤。

 それは、自らの力を高める薬だ。ただ、高揚感が激しくなり自制をかけるのが酷く煩わしくなるので、余り好きではなかった。

 いつもだ。いつも私が疑問や不安、反抗的な態度を少しでも見せれば、その錠剤を渡される。そして、タブレットを示されれば、あがらう気を抑制され言葉に従順になる。おかしいという意識もない。

「自らを高みへ登らせなさい。そうすれば、彼奴等が欺瞞していることを知ることでしょう」

 唯々諾々と言われたままに、その錠剤を呑み込む。

 その途端、私の中で何かが弾け飛んだ。いつもの高揚感ではない、なにか取り返しの着かないことがとうとうおこって───。

「参りましたね、飽和点をこ──」

 世界が真っ赤に変わった。何か呟きが聞こえたが、振るった腕が当たったら吹き飛んでいった。煩わしい声に遮られることがなくなり、私は空を仰ぐ。

 赤黒く雲がとぐろを巻いているようにみえる。これから贄を寄越せと唸っている。

 視界に入るもの全てを、なにもかもを、蠢くものを。

 芋虫どもが這いずりまわっている。潰せ、潰さなくては、ああ、渇く、凄く咽が渇いていく。背中を押されるように、ビルから舞い堕ちた。背中から生える一対の皮羽が空気をしっかりと受け止める。程よい衝撃が脚にもたらされ、私はアスファルトの上へと立った。


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