渡る世間はロボばかり 04
荒らしたコートをロボテクス用の巨大トンボで馴らした後、各自ハンガーへと戻っていく。
と、そこへ通信が入った。
相手はと確認すると、最後まで残った友軍機からである。
「やあ、中々普段見ないものを見てもらって楽しかったわ」
トリプルの事を言っているのだと察しが着く。
「あれは偶然です。狙ってやったものじゃないですよ」
「それにしても絡まれてたね。美帆が言ってたけど、本当だったとはね」
ん?美帆って東雲美帆?副会長のことか?
「君も、中々大胆なことして挑発してた訳だし、どっちもどっちだけどね」
へ??
「えと、何か俺って大胆なことしてたのでしょうか」
沈黙が流れる。
「ちょっと、それ本気で言ってるの?」
見当がつかない。一体何を言っているのだ?
「ぷっ、君って天然さんか」
後に転がした様な笑い声が続く。
何をもって笑っているのか、改めて考えても皆目見当がつかない。
向こうは別段嘲笑してるわけでも無く、本気で笑っている。
「なかなかに君は大物だよ」
「それってどういう…」
「んー、知りたい?」
「えぇ、教えてくれるなら」
「そうねぇー、それじゃぁーデートしない?今度の日曜に。その時教えてア・ゲ・ル」
「デッデート??」
「そっ、恋人達がやってる、それ。あーでも、濃厚なのはまだ駄目よ。私達これからなんだから」
「えっ、なっ、何を…」
無線から、慌てる俺を笑う声が、遠慮なしに響く。
「あっそうそう、君はバイクの免許は持ってる?」
「はい、一応……。でも、バイクは持ってないですよ」
この時代、十六歳になれば、各種免許は取れる様になっている。尤も、営業用の二種免許は二十歳になってからだ。
中学卒業して、高校入学の間の休みに車とバイクの免許を取りにいってたのだ。
それもこれも、将来設計のため。その時は、まさかこんな事態になっているとは露程も知らなかったわ。
「へー、もうこの時期に取れているんだ。普通?大型??」
「大型です」
「やるじゃん、きみー」
「いや、何度も受けるのはお金が勿体ないからなだけで……」
「謙遜謙遜」
ビープ音が鳴る。今度は情報通信の申請だった。
数瞬、悩んだが申請を許可する。
「おっすおっす。へー君ってそういう顔なんだ」
左ディスプレイに向こうの顔写真とチャットウインドーが映される。
写真からは、整った顔だちであることが見て取れる。スラリとした鼻梁、吊り上がった二重の鳶色した大きな瞳に目立つ涙袋が印象的だ。また小さい口が魅惑的でもあった。美人といっていいだろう。顔だちだけはと、心の中だけで注釈を付ける。
「プロフィール写真からは、なかなかどうしていいじゃないかしら?」
エリザベスの評価とは全然違う答えが返ってきた。ちょっと嬉しい。
「でもなぜ、情報通信を?」
「……君はーほんとに天然だね。顔も知らない相手とどうやって待合せできると思うのかしら」
云われてみれば、その通りか。
「って、デートしなくても、教えてくれればいいじゃないですか」
「あら?折角の美人がデートのお誘いをしているのに、それを蹴るの?本気で言ってる?」
「だって唐突すぎますよ」
最近そんなのばかりだな…。
「そう?じゃー、改めて言うわね。私は2年の中江瑠璃。美帆とは同じクラスよ。君を見たときにビビッと来たのよ。だからデートしない?」
「俺を見た時ってさっきの写真画像じゃないですか。取ってつけたような自己紹介とか……」
「男がぐじぐじ云わないのっ。それでどうするの?するの?しないの?」
大体、何故上級生がこんな俺と……って!
「2年??にねんせい??」
「そうよ、年上は好みじゃないって?」
「いや、そこではなくて、これに乗るのって普通3年からですよね。俺も人のこと言えないけど、何故??」
「あー、別に特別じゃないわよ。さっさと課程終わらせただけだし。あと何人か2年生いるわよ。それに私、交通委員だからね」
委員と聞いて、気付く。それで東雲副会長と面識があるわけか。交通委員だから乗れるという意味はさっぱり解らないが……。
ん?何故俺が東雲副会長と面識があることを知っているのだ?って、まぁ種馬糞野郎のせいで目立ってたわけだし、それで委員やってれば、生徒会とは関係あることは誰でも知っているってことか。
「そんじゃ、君の寮に日曜の7時に迎えに行くから、玄関で待っててね。バイクに乗れる格好してきてね」
気付けばハンガー近くまで来ていた。
彼女はそう言って自分のハンガーへと向かう。勿論通信は切られていた。
「押し切られた……」
後で断りをいれにいく?………とりあえず流されたことにして、デートしておくか。多分、それが最善の手だろう。
それに、ちょっは楽しみかもしれない。
そう思案しつつ俺も自分のハンガーへと戻った。
機体をハンガーに掛け、状態検査を走らせる。派手に転んだから、何かしら異常があれば修理を依頼しなければならないからだ。
「とりあえず、内部状態は良好っと」
目立った異常はなく、何時ものメンテナンスでよさそうだ。
「次は外部状態か、状態検査で異常がなかったし、外装もまぁ大丈夫かな」
コックピットハッチを開け、身体のロックを外して外に出る。
外に出た一歩は重かった。転倒したダメージが多少残っている感じだ。
「意外と身体にキテいたんだな」
独りごちる。
ハンガーを降りて、機体の周りを目視で確認する。転倒した所には土が着いていたが、装甲が凹んだりしている所はなかった。
最もこの間とは違い、外部装甲に緩衝材となる發泡ゴムを巻いているわけで、それが吹き飛ぶ様なことまではしていない。
因みに、発泡ゴムを巻いているせいで、多少、ずんぐりとした体型になっている。
多少は削れていたが、もともと消耗品だし、この程度なら問題はなさそうだ。
「点検終わったら、整備班へ報告ヨロ」
モニター係りからの無線が入る。了解と答え、モニタールームへと俺は向かった。
安西が期待したような事にならなくてよかったと、胸をなでおろしながら。
放課後、また生徒会室にて。
部屋には、古屋会長、東雲副会長、霧島書記、古鷹風紀委員長の生徒会側の面々と柊、柊の爺さんと皇、咲華に俺の9人が机を囲んでいた。
書記の霧島さんが、皆の分の紅茶を配る。一見長閑な風景だが、当事者達は緊張した状態である。
柊の爺さんは、柊兼定と名乗った。便宜上、目上の人を名前で呼ぶのも憚れるため、爺さんの方は柊さんで、孫の方は千歳と呼ぶことにする。
「それで、これからの事じゃがのぉ。わしは、千歳をこの学校に通わせようと思う。なぁに手続きなら直ぐじゃ」
いきなりな発言に周りは目を剥いた。昼と言っていることが真逆だったからだ。
「唐突ですね。その真意はどのようなもので?」
驚きを隠して古屋会長は問う。
「なぁに、可愛い孫には旅をさせろというじゃろ。それに、婿を見つけたというもんだし、ならば社会見学も併せてすませてしまえばよかうという事だて」
「お言葉ですが、昼に貴方自身が言っておりましたでしょうに。彼女は我々の恐怖の対象だと」
「あー、そんなこともいったけかな、わしじじぃだから、記憶が曖昧なんじゃ」
あからさまな韜晦。それとも挑発か?自分たちの方が力があるからと、やりたい放題やっても咎められないと?
「まあよろしいでしょう。千歳さんを入学させるさせないは、私達の関わることではありませんし。その結果どうなるかの責任は取らされることもないでしょう」
柊さんと古屋会長は、お互いを見つめ合ってニヤリと口の端を歪める。
「ただ、入学なさるのでしたら、それなりの教養と礼儀はあるものと判断します。加えて校則違反などといったことも無いということでよろしいのでしょうね」
「おー、もちろんじゃ」
膝を叩いて、相槌を打つ。
本当かよ……。嘘くさ過ぎる。
「それでは、入学できましたら、その時にまたお会いしましょう」
「かっかっかっ。なかなかお前さんもいい根性持っておるようじゃな。うちとこのを何人か嫁にもらうってのはどうじゃ?」
「それはご遠慮しますよ。私はこっちでやりたい事がありますから。それに未だ未成年ですからね」
古屋会長が言っている事は、人外と一緒になった者は否応なく東日本へ移住することになっているからだ。こちら側に人外を連れてこれないためである。ドラマでよくある悲恋な話が目の前で展開しかけたことに多少驚いた。まぁ、古屋会長も面識の無い娘と結婚なんてしたくもないだろうし。
「それはそれは残念無念」
全然残念そうな顔をしていない。
「ではちくっと校長あたりにでも話付けに行くかのー。千歳お前も着いて来るんじゃぞ」
釘を刺しつつ、柊さんと千歳は礼をして部屋を出ていった。
「ふぅ、どうなることか思ったけど、あっさりだったな」
古鷹風紀委員長が安堵の息を零す。
「彼女のことについては、大体予想できましたから。とりあえず3番目に良い結果でしょう」
古屋会長も安堵の息を零す。
1番目はいわずものがな。彼女が大人しく帰ることだ。2番目は……良く分からん。古屋会長の腹積もりなんか想像もできない。
「これからの学校生活で苦労するのは僕じゃないしね。生徒として入ってくるなら、一生徒として扱うだけですよ。生徒会長としてね」
そうだ、古屋会長はこの問題を全部一切合切を俺に丸投げしたことになる。投げられても困るが、生徒会としてもどうすることもできない問題だ。
「それにしてもなー、彼女、ここでやってく学力はあるのか?体力は十分以上の合格点だろうけど」
「知りませんよ。入れなかった時は、それでいいじゃないですか。でも、彼女は来ますよ。彼等には特待生制度の枠がある」
「特待生制度?」
思わず俺は聞いてしまった。
「なんだ知らないのか」
はいと素直に答えた。
「確かに、知らないのも無理はないか。ここ数年はその枠は使われなかった訳だし」
そもそもそんな特殊な事情なんて元から知らないが。
古屋会長は説明する。
「彼等の住まう遠野自治区。日本であって日本でなく、ゆえに日本である人外の都市。彼等の自治区と日本政府は反目し合うことなく、互いに協力関係を築いている。互恵関係を築く中で色々諸問題があり、政府と遠野自治区とは色々なやりとりを交わしている。その内の一つとして、学習問題がある。彼等の人口は数千人といった所だからだ」
「なるほどね、教えるインフラが整ってないということか」
古鷹風紀委員長が相槌を打つ。
「東北の大地に散らばる彼等は、自治区といってもお互いの縄張りを張って交流自体少ないこともある」
「政治的な話はとりあえず置いといて、教育の一環で身分を隠してこちら側の学校に入学するという取決がある。恐らく、そのカードを切ってくるのだろう」
「おいおい、身分隠すってバレバレじゃーねーかよ」
「所がそうでも無い。学生が見たのは八咫烏の方だ。彼女の姿を知っているのは我々と教師側だけだよ」
はたと、周りの皆はその事実に気付く。
「それに、そういった場合、我々生徒会にはそういう事情を説明されるから、今更なことになる」
「俺は生徒会じゃないけど」
古鷹風紀委員長がうそぶく。確かに風紀委員は、諸委員の一つである。
「そういう意味では俺も彼女たちもだな」
俺は付け足したが、関係者である以上、蚊帳の外……いや内だ。
「風紀委員長にはその役職上、公表される。皇殿下、咲華さんに中島君はもう関係者だ。そもそも、皇族とその護衛として知っていて奇怪しくない。いや、そうじゃないか。この事に関係がなかったとしても知らないといけない立場にいる」
「えっ」
「えっ、では無いでしょう。貴方は婚約者であるし皇軍の少佐でもあるのですよ」
「あっ」
指摘をしてきたのは咲華だ。そのことを古屋会長も知っていたということか。
皇軍に籍を置くものが一番の目的とするところ、それは皇族の護衛だ。帝国軍とは一線を画するところ。帝国軍は国民を、皇軍は皇族を守るのが仕事だ。更に少佐という立場は将校である。一兵卒な下っぱではなく、主体的に行動をせねばならない。命令する立場だということだ。全然自覚なんかないのだが……。全くもってヤツの慧眼痛み入る。
「どうも君は自分自身のことを何も解ってないようだ。大体、何故ここに呼ばれたのかも本当の所、解ってないのでは」
「えっえっ?」
「作戦行動中、上官命令を無視した兵士はどうなりますか?」
副委員長である東雲さんが聞いてきた。
「軍法会議ですね」
「では私達の階級はなんでしょうか」
「えーと伍長?」
「違うわよ、更に下。一等兵扱いよ。貴方、入学のときに色々説明受けたでしょ。因みにその下は二等兵で、徴兵や軍隊に入隊した入りたての新兵のことよ」
つまり下から2番目だと暗に告げている。
「学校生活では特に階級でどうこうということは無いが、それでも上級生下級生の区別はある。その中で一人、普通ではどんなに早くても30歳くらいから任官する少佐がいる。どういうことだと思う?」
古鷹風紀委員長がまじめな顔をして問うてきた。
「みんなして黙っていれば問題ないんじゃないかなー」
「情報は漏れるもんだ。別に箝口令も敷かれていないし」
無情な事実を突きつけてきた。
「そういうこともあって、君を生徒会に引き入れようとしたわけだ。有象無象の輩から隔離できるし、生徒会であれば一段高い状況にもっていける。少佐とか関係なく君は上級生含めて指図できる立場になると……」
古屋会長が締めくくる。
「そして、彼女がやってくる。彼女と君の繋がりは騒動の種になる。生徒会が騒動の中心になるわけにはいかない。ではどうすればいいのか。堂々巡りをどう締めくくればいいかな」
問われても答えは出てこない。