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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
176/193

君といつまでも 03

今年最後になんとか間に合った。

皆さん、良いお年を。


 静寂が支配する。いや、雨が地を打つ音だけが支配している。

 自分に何が起きたのか。まるで知っている答えを解くかのように鮮やかに動いた。

 ドクンと大きく鼓動が脈打つ。

 それで我に返った。

 視界が開けていく。

 惚けている場合ではない。

 視界の端に映った状況に反射的に飛び出した。

「メアリー!」

 咄嗟に叫ぶ。叫びながら、メアリーのいる先を睨む。

 黒犬が、飛び掛かる様を視界の中心に置く。

 振り返っていたメアリーが気づいたように正面を向いた。迎撃の体制ではない。不意の攻撃に硬直しているのが解る。

 不味い。

 ビアンカも動きが停まっている。

 不味い、不味い、不味い。

 地を踏む。踏み切る。前に出した脚が地をとらえるのがやけに遅く感じる。

 空気が壁のように立ちはだかり、べっとりと肌に粘りつく。酷く重い。

 雨粒が肌に突き刺さる。

 不味い、不味い、不味い、不味い、不味い。

 大きく開けた口から見える禍々しい犬歯、前足の先に鈍く光る爪。そんなものに噛みつかれ、引き裂かれては傷にが残る。

 いや、残るだけでは済まない。死が待っている。

 死!

 背筋に氷が突き刺さったような恐怖が俺を襲う。

 駄目だっ!

 それだけは看過できない。許すことができない。

 漸く突き出した脚が地を踏む。

 くそっ、このままでは間に合わない。

 俺に力を。

 届けこの体。

 踏み切る脚に更に力を込め、大地を蹴る。

 同時に、沈む感覚と滑る感触が足裏からやってきた。

 なぬっ。

 こんなときに足を滑らせただと。確かに雨は降っていてぬかるんではいるが、なんてこった。

 体が前のめりにつんのめっていく。視線が下へと自然に移り濡れた地面が目に入る。

 けれど、そのお蔭で加速がついた。

「おっおっわーーーー」

 脚を大きく引き延ばし、前へ前へと突き出す。そのまま地面に爪先を込んだ。

 “ぬかるんだ”地面に盛大に突き刺さり、堅い足場の感触を便りにして、更に一歩踏み切る。

 結果。

 宙を駆けた。

 先は、飛び込んでいる黒い犬。

 音が消えた。スローモーションのように黒い犬が近づいてくる。否、俺が近づいている。

 理解がついてこないが、目の前に黒い犬がいる。このままではぶつかると、腕を十字に構えそのまま………。

 ぶちあたった。

 黒い犬の土手っ腹目掛けてクロスチョップのような形で衝突した。

 犬の肺から甲高い空気が抜ける音が聞こえ、衝撃が腕を駆け抜ける。不思議と痛みはそれほどしなかった。

 前のめりに倒れ込む体を左にねじり、左腕を前に出して前回り受け身で衝撃を和らげて転がる。

 犬が地面を打つ音をたよりに、体を起こし視線を据えて起き上がりつつ飛び掛かった。

 流石に獣、受け身はとれていないが柔なんな体をしている。あくせく四肢をばたつかせてねじりつつ立ち上がろうとしていた。

 その隙を逃さない。

 右手に持ったナイフを閃かせ喉笛を掻き切った。

 やはり、ナイフはなんの抵抗もなくズプリと皮を肉を引き裂く。

 あと一匹。

 どこだ?

 目の前の黒犬を仕留めるのに視線を切ったのが失敗だった。

 背後から唸り声と共に飛び掛かってくる気配を感じ、俺は振り向きざまにナイフを走らせる。

 堅いものに噛み合った音が響く。

 黒犬を突き出したナイフを噛んでいた。歯が刃とあたり、削れる音はするが、くわえられたナイフはがっりと固定されてしまった。

 頭を振って俺からナイフを奪おうと暴れだす。

 ここでナイフを手放して距離を取るか逡巡してしまった。武器がなければこいつを倒せない。手元に予備の武器なんかない。

 その隙が不味かった。

 右腕に黒犬の脚が打ち付けられた。爪が服をその下の皮膚を切り刻む。

 よほど強く叩いたようで黒犬が中に浮く。

 反動で喰わえられたナイフが手から奪い去れた。俺は弾かれ尻餅を付くが、直ぐに立ち上がって拳を固め、黒犬を見据える。

 左半身、手と足を若干前に出し、半身になって構えて黒い犬の目を覗き込む。

 ──敵だ。敵だ、敵だ──

 ──喉笛を掻き切ってやる!──

 犬の目から怨嗟のような憎しみの言葉が伝わってくる。

 確か、犬って目を合わせたら敵対行動と取られるんだったけか。そんなせんのない思考が過った。

 黒い犬が威嚇に吠える。

 それを冷静に眺める俺。

 次の一手をどうするか。

 俺の手にナイフはない。

 永遠と感じる刹那の間。

 何故だか焦りは感じず。

 焦燥も怯えも感じない。

 頭の中で、如何にしてこの黒い犬を打ち倒すことへの算段が構築されていく。

 意を決して前にでようとしたとき、背後から背筋を氷が突き刺す様な感覚が襲ってきた。

「避けて」

 言われるまでもなく俺は横っ飛びに動く。

 一瞬後、俺のいた場所を氷の槍ともいうべき巨大な氷柱(つらら)が横切り、構えていた黒犬に直撃した。

 氷柱は黒犬を貫いて地面へと突き刺さった。

 後ろをふり返ると、そこにはビアンカがいた。くず折れそうな体をメアリーが支えている。

「離れて、速くっ」

 メアリーが叫ぶ。

 その指示に従い、俺は彼女たちの前まで一気に駆ける。

「─────」

 ビアンカが呟くその声は……。

 ──氷槍よ柩となりて、永久の安眠を与え賜え──

 ビアンカの呟いた言葉の意味が何故か頭の中で翻訳された。

「魔術?」

 振り返り、対象とされたものへと視線を向ける。

 氷の槍が成長し、黒犬を覆うように増殖していた。そのまま長方形の……柩へと姿を変えた。

 まんまだな。

 ってそうじゃない、何故俺が魔術詠唱を理解できるのかだ。

 だが、そんなことを今は考えている余裕はなかった。

 氷付けとなった黒犬に近づき、端に落ちているナイフを拾いつつ、一瞥をくれる。

 雨に打たれているが、氷は溶ける気配はない。逆に柩からの冷気が濡れた地面を氷付かせている。どこまで冷たくなっているのか想像できない。触ったら、張りつくだろうな。

 まぁそんなことはどうでもいい、やらなくてはならないことが眼前に聳え立っている。視線を替え、今起きている戦闘へと向き直る。


 黒い鎧を着た剣士とレンがやり合っている。

 見たところレンは防戦一方のようだ。力任せに振るわれる大剣を手に持った鉈をぶつけることで進路をずらして回避している。

 剣速は速い。重量感ある大剣を意に返さず振るっている。おかげで、レンは懐に潜り込めない。

 その両者の背後、対角線上に黒いローブと千歳が牽制し合っている。

 弥生はあずさんの治療で動けない。見れば、腹から血が滲み出ていた。一瞬にして血の気が下がる。

「弥生、あずさは大丈夫なのか」

 近づこうとする俺を制止して弥生が返す。

「大丈夫だ、我が見ている。それより、ビアンカを見てくれ。レン達はまだ持つ。今のうちに体制を整えてくれ」

 ビアンカ?どういうことだと振り向くと、メアリーに支えられた姿が目に入った。

 あわてて駆け寄る。

「メアリー、ビアンカはどうした」

「力を使い果たしているだけよ」

「大丈夫なのか?」

「……それより、ビアンカを見てて、わたくしはレンの援護に向かいますわ。ジャネットをなんとかしないと」

 黒い鎧を睨みつつメアリーが告げた。

「ジャネット?そういや姿が見えないが、どこに……」

 メアリーの視線の先……まさかという想いが募る。出会った当初、ジャネットはどんな姿をしていた。

 記憶を浚う。

 そう、鎧を着込んでいた。いつのまにか脱いでいたが。その時の鎧姿なんて記憶にはもうないが、もしかしてあれがそうなのか?

 ってやけに素直に受け入れている俺がいる。まえにどっかで……一度聞いていたみたいな………。

 あ、俺がチエリから何かされる前に報告を受けて言ったけ。その後の衝撃で記憶がぶっ飛んでいたか。

 事実だったのか。

「本当に?」

「ええ、あの黒い鎧を着込んでいるのがジャネットよ」

「なにがあったんだ」

「あの黒ローブに操られたのよ」

「そんなどうやって。大体、彼女くらいの力があれば、普通の人間に操られるなんてことできるはずない」

「それは………」

 言いよどむメアリー。

「とにかくジャネットを抑えないと。黒ローブをなんとかすればいいのか」

 返事がない。

 つまりメアリーにも分からないってことか。それとも、なにか言えない理由があるのだろうか。

 とにかく、黒ローブを先ずはなんとかしないことには話にならない。今は千歳が黒ローブの魔術を抑え込んでいるが、いつまで持つかは分からない。レンにしたってそうだ。いつまでジャネットを抑えていられるか分からない。

「よし、俺が黒ローブをなんとかする」

「待って」

 立ち上がろうとする俺を制するメアリー。

「貴方はビアンカを見てて、わたくしが行きます」

 いきなりビアンカを渡され、慌てて抱き寄せる。

「待てよ。俺が行くって」

「普通の人間にアレを対処できるはずありません。Black dogを退けられたかもしれませんけど、格が違いましてよ」

「お前だって人外じゃないだろ。Aクラスだとしても、人だろ」

 確かに、フォースパワーの差はでかい。AとBとでは雲泥の差はある。だが、それでも女の子に任せっきりといのうは性に合わない。

「言い合っている余裕はないですわよ。わたくしを押さえつけるつもりなら実力でどうぞ」

 殺すつもなりら、簡単だ。このナイフで喉笛を掻き切ってやればいい。だが、無力化するには………。

 ……まて、俺は何を考えた。

 異常事態に俺まで異常な考えをするようになったてのか。

「ビアンカを頼みましてよ」

 言うなりメアリーは掛けだした。

 俺の思考の隙を見計らったようなタイミングだ。

 引き止めようと伸ばした手は空をつかむ。

「くっ」

 何か手はないのか。

『チエリはいるか』

『います。ただいま交戦中。個体名サハギンと思われる集団と戦闘中であります』

 サハギンなんだそれ。

 一瞬で、チエリからサハギンというものの映像が送られた。魚に手足が生えた怪物だった。妙に高い視点からの映像だった。

 そいや、サクヤを任せていたんだったな。そこからの映像か。にしても、えらい高さがあるな。8メートル上から見下ろした映像じゃない。

 そこで俺は思考を一端中断する。チエリは向こうの方で戦っているのだ。こっちへの助言か何か聞こうと思ったが、戦闘に支障が出ては不味い。

『大丈夫か。がんばれよ』

『!!!!!!!!、はいっ!頑張りますっ!!!サクヤ出力120%よ、いえ、この際240%オーバーいきましょう。

いっけーメタモルフォーゼ!!!!!』

 鼻息荒く叫ぶ声、そこで念話が切れた。

 再度、呼びかけてもウントモスントいわなくなった。なんだメタモルフォーゼって最後の言葉は。そんな機能はサクヤになかったはずだが。その性で念話ができなくなったのか?

 ……なんか取り返しの付かないことをしたような気がした。

 そっと、頬を触られる感触がする。

 視線を抱いているものへと向ける。ビアンカは俺の頬を撫でつけていた。いかん、忘れ掛けていた。

「大丈夫か」

「私のことはもういいです。メアリー殿下を助けに行ってください」

 儚げな表情で俺に向かっていう。

「放っとけるわけないだろ」

「いいのです。わたしはもうここまでのようですので」

「なにがここまでだ。死ぬようなこと言うんじゃない」

 思わず怒鳴ってしまった。重体の相手に何をやっているんだ俺は。自己嫌悪に陥る。

「死ぬのとは違いますが、似たような状況です。体を維持するのもそろそろ限界です」

「訳の解らん事をっ、いいから寝てろ」

 錯乱しているのか?こんな状態のビアンカを放ってはどこにもいけない。

「……やさしいのですね」

「やさしくなんてない。いいから寝てろ」

 再度告げるも、こんな状況では素直に寝るなんてことは無理だって俺でも思う。

「気にしなくていいのです。最後に貴方の腕の中で終了するのは嬉しいですが、残念です」

「俺の解るように言えって」

 ビアンカの声に力がないことに、血の気が下がる。

「心残りが……」

「なんだ唐突に」

 か細い声に焦る。

「……貴方と契約したかった」

 この期に及んで何を行っているんだコイツは。

「重体なんて嘘だろ。こんな時に非常識だぞ」

「嘘では……」

 声が途切れ、ビアンカの目は虚空を彷徨い閉じていく。

「おいっまじかっ。嘘だろっ?おいっ嘘だと言えって」

 返事がない。

 くっそーーー、やってられるかー。

「あーーーーー解った、契約だろうがなんだろうが何でもやってやろうじゃないか、これでいいかっ」

 苛立ちと焦り、焦燥にかられ、俺は考えることも無しに叫ぶ。

 しかして、反応はない。

「おい?ビアンカどうした。冗談でしたとかいって目を開けろよ。こんなときに冗談なんて不謹慎だが、今回は許すぞ」

 まさか、本当に?

 慌てて俺は、呼吸を確認するため、ビアンカの鼻に耳を近づける。

 ………呼吸音がない。息をしていない。

 さっきまで話をしていたのに、こんなあっさりと。

 何かの冗談だろこれ。

 夢か?夢なら早く覚めろよ。

「ビアンカ?ビアンカ、おい、おいっ、ビアンカーーー」

 叫ぶ、声を荒らげて叫んだ。


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