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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
175/193

君といつまでも 02

 痛い!

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!

 頭痛がやってきた。

 針で刺すような痛みと痺れが脳髄を蹂躙する。

 こめかみを掻きむしりたくなるような痛みが続き、次第にそれは脊髄を通って全身へと行き渡る。

 以前、Fドライブを使った時よりも強烈だ。身じろぐことも出来ない俺の体を蹂躙する。

「────────!」

 声にならない呻きが口から漏れる。

『チ………エ……リ、おま………な……を』

 思考を伝えようにも、絶え間ない苦痛にブツ、ブツ、と短周期なブラックアウトが繰り返されてままならない。

『所有者様、 condition red。サクヤを使用しました』

 淡々と抑揚のないシステム音といってもいい声が伝わる。

『だか……らっ……な……にを………』

 意識が途切れそうになる寸前まで痛みつけられる。あと一押しがあれば楽に手放せそうなのにそこまで達しない。違う、チエリによって制御されている。ギリギリ意識を手放させないようにされている。

 電撃の痛みが体中を這い回る。

 神経を針でちくちくと刺される痛み。いや、針のようなもので押し込められる痛みだ。体の内側へちくちくちくちく縫いつけられるとでもいうのか。

 その次に、痒みがやってきた。

 目の裏、脳味噌、耳の奥、舌から咽の奥、鼻の穴、食道、気管、手足、爪の裏、タマにサオ、臍の裏、表面の皮膚は優に及ばず、もし動けていたならば、狂ったように指を突っ込んで掻きむしっていただろう。

 筋肉が痙攣する。心臓が早鐘のように波打ち、血管が張り裂けそうに膨張する。

 からだのありとあらゆるところ、細胞の一つ一つが悲鳴をあげる。

 意識を手放さないのが不思議である。発狂しそうな痛み、痒み、渇き、吐き気、尿意、便意、ありとあらゆる感覚が荒れ狂う。

 一体どれだけ耐えたのか。一瞬なのか一時間なのか時間の感覚を把握できない。おそらく、痛みによる意識の覚醒で時間感覚が何倍にも伸ばされているのだろう。そんな想いがする。

 僅かに映る自分の姿は何も変わっていない。なのに、中で荒ぶっている。体がミキサーに掛けられたようなもんだった。

 流石にもう駄目だと、観念したとき、変化が起きた。

『Complete create body map. Start reconstruction of the body』

 チエリのだろうか、平坦な声が聞こえた。

 熱い。

 針で刺された空虚な冷たい穴から、今度は焼けるような感覚がやってきた。それもただの火ではない。溶接するに使うガスバーナーの炎だ。それとも焼き鏝で一つ一つの細胞に印を押される感覚か。

 死ぬっ。死ぬ死ぬ!これは死ねる。頭の先から足の爪先までを焼き尽くされる。

 くっそー、死ぬなら乳でも揉んでから死にたひ。周りは女ばかりなのになぜに動かないのだマイボデー!

 拳を握る。

 ………ん?

 動いてますよ??しっかり握りしめているよ、俺の手は。

 改めて、状況を確認する。

 まず、熱い。熱いのだが、痛みは無くなっていた。熱を感じるがそれが痛みに直結していない。温かみのある熱じゃない、青白い炎の如き熱量を感じているのだが、肉が焼けるといった風ではない。何か体の内から吹き上がるものの摩擦で高ぶっているような?

 それが、段々と収束して一塊になっていっている。丁度、下腹の辺り。これってどういうこっちゃ。

 熱が、渦を巻きだす。

 背骨を通って頭頂部まで伸び、体の前面部を通ってまた下腹へと渦が循環しだす。

 振動が骨を伝う。血管が脈動する。神経が痺れるように振動する。

 違う、体中、細胞同士が循環する何かによって共振している。

 視界が変わる。極彩色に世界が彩られた。様々な色のうねりが目に飛び込む。

 音が変わる。叫び声から囁き声、鼓動の音、息づかい。空を切る雨粒の音。水たまりを踏み抜き、破砕する地の音。金属同士が打ち合うのかなぎり声。悲鳴、狂喜。空間の軋む音。

 匂いが変わる。雨の匂い、大地の匂い、木々の匂い、人の匂い、血の匂い、獣の匂い、命の匂い、死の匂い。

 醉いそうだ。

 五感が塗り変わっていく。塗り替えられる。

 そして………力が溢れだす。

 そうか、フォースパワーが体を巡っているのだと今更ながら気づいた。

『Complete reconstruction. System update end』

 チエリがレッドコンディションって言っていたのは、俺のコンディションのことだったのか。だから、サクヤを使って強制的にフォースパワーを俺に供給して、復活させたと。

 あぁ畜生、今になって気づくとは。というか、フォースパワーを無理やり突っ込まれたから、気づいたというか。

 無茶をやってくれる。

 ファミリアーだかなんだか知らないが、了承も得ないで勝手に行動するなんて。あーでも以前はそれで助けられたんだったよな。いや、じゃぁなくて、あの時も報告あったってよかった。無様な醜態を晒さないで済んだはずだ。沈没した一件が脳によぎった。

 一回、小早川大尉と話し合った方がいいかもしれん。今何処にいるんだっけ、あの人は。

『現在、基地にて退避行動を行っています』

 ん?

『何が起きているんだ?』

『海上より人外の襲撃があり、基地は防戦体制をとっています。小早川大尉以下、技術工兵は戦線から離脱するため退避中です』

 襲撃にあっているだと?

 無線封鎖されているのと何か関係があるのか。

『おそらく陽動戦闘だと思われます。無線が封鎖されているため、組織だった行動に支障がでており、援軍の依頼が滞っています』

 てか、意識的に話しかけなくても、チエリは俺の考えが読めているのか。

『意識して思考を遮断されないかぎり、ファミリアーとして伝わっています』

 なるほどねぇ。

 とまれ、それはおいとこう。

『向こうの様子はどうなんだ。厳しい状況なのか』

『防衛に辺り、無線封鎖がなされているため、組織だった行動に支障がでています。3個小隊が応戦していますが、人外の力の差により、このままでは全滅の可能性があります』

『人外相手だと、ロボテクスがあるだろう。それは?』

『中型が4機、小型が12機稼働中。但し、戦術サーバーとのリンクが妨碍されているため、効果的に運用されていません』

 各個撃破されそうって状況か。

『地図を投影します』

 視界目一杯に基地周辺の地図が投影され、緑の光点が味方、敵が赤色と色分けされた、リアルタイムの状況が映し出された。

『おい、通信妨碍されて情報がとれないんじゃなかったのか』

『当機は有線で基地ネットワークと繋がっています。基地周辺に設置された監視用カメラなどの情報を精査、分析し、戦況予測を組み立てました』

 有線ね……。あれ?ということは……。

『サクヤってどかっのハンガーに繋がったままなの?このままだとやばいんじゃね?』

 地図を見るとサクヤの位置が表示され、その周辺に赤い光点がある。およそ100m圏内だ。

 ヤバイといっても、ここからでは何もできない。人が乗り込んでなければ、ただの人形、鉄の塊である。

『所有者様が自律駆動を承認すれば、反撃行動が可能になります』

 え!?

 あぁオートパイロット的な何かか。操縦者がずっと操縦してても疲れるわけだし、移動なんかはGPS誘導による自動運転も一応あるしな。そのくらいはできるようになっているんだろう。

『解った、承認する。小早川大尉たちを助けてやってくれ』

『自律駆動承認しました。これより能動行動に移ります。第1目標設定………小早川大尉の保護。第2目標設定………敵性戦力の殲滅。第3目標設定………自機の保護。設定完了、戦闘行動に移ります』

 ん?なんか思ってたのと違うけど、まぁいいか。

 それよりも、問題はこっちだ。


 今だ雨が降りしきる中、戦闘は続いていた。

 弥生があずさんの手当てが完了したのか、今は動かさないように、雨に濡らさないように毛布にくるんだうえ、シートを巻いていた。

「やれます。まだ私は──」

「いいから寝ているのだ。今のお前では足手まといになる」

 厳しいが諭すような口調で弥生が説得している模様。

 俺は……動ける。

 握り拳に力を込め、立ち上がる。

 だが、人外の戦闘の中に飛び込むのは流石に自殺行為でもある。

 ………自殺行為なのか?なんだか今の俺だと大丈夫のような気がしないでもない。体の内から力が溢れだしている。フォースパワーだろうことは想像に難くない。

 にしても、これは異常だ。普段の俺は所詮Bランクである。今感じる力の流れからいって、最低でもAランクはありそうだ。誰かからフォースパワーを回してもらった時のような感じとでもいうか。

 あぁそうか、Fドライブのせいか。まだ繋がっているようだ。でも、こう、なんだ、無理やり流れされるせいで痛みが伴うといったことは全くない。どっちかというと、まだ余裕がありそう。

 まぁそれはひとまず置いておこう。

 今は、どっちに加勢するかだ。

 黒い鎧のほうか、黒い犬のほうか。

 交互に見比べる。

 そうだな、今の自分がどの程度なのか分からないから、いきなり強そうな黒鎧に向かうのは無謀か。先ずはそれよりも弱そうな犬の方にあたったほうがいいか。犬をなんとかできれば、ビアンカ達と纏まって黒ローブと黒鎧にあたれる。

 千歳には申し訳ないが、もう少し頑張ってもらうことにしよう。

「あっ!」

 短い叫び声が聞こえた。

 反射的に声の方へと視線を向けると、目の前に黒い犬が迫ってきていた。

 マジかっ。心の準備がまだだってのに。

 メアリーとビアンカが戦っていた内の一匹が、二人の制止を振り切ったようで、こちらへと大きく口を開けて迫る。

 不味い、何か武器は無いのか。一瞬にして思考が真っ白になる。

 黒い犬と目が合う。

 ──こいつ弱い──

 雨粒をまき散らしながら、犬は駆ける。

 ──飛び上がって、押し倒してから喉笛をかみ砕く──

 四肢が一瞬、地へと沈み、一気に伸ばす。

 ──喰らえ──

 前足が伸びて俺の肩へと。


 どさっ、と砂袋が地面に落ちたような音が俺の背後で聞こえた。

 目の前に迫っていた黒い犬が消えている。

 代わりに、ナイフを握った右手がある。たった今、振り切った姿勢で。

「んあ?」

 手には何かを切った感触が残っている。何かって決まっている。黒い犬だ。

 俺は振り返り、背後を確認した。

 黒い犬が横倒しに倒れており、腹から大量の血と共に内臓がはみ出ていた。

 痙攣したように四肢がぴくぴくと動き、浅く息をする以外の行動はなかった。

 雨が犬の血と交じり合い流れる。

 不思議と嘔吐感はない。たった今自分が腹をかっさばいたというのに、画面の向こうのを見ているような感覚だった。

 何が起きたか………。

 理解はしている。

 この目で見て、この体が動いて、自然と抜きはなったナイフで、飛び掛かってきた黒い犬をかいくぐりざま、腹にナイフが押し込まれ、そのまま腕を振り切ったのだ。

 躊躇なく、流れるような、いや、作業といってもいい。戦闘ではない。ただ、捌いただけ。そんな動きだった。

 呆然と結果である横たわった黒い犬を見やる。その間、戦いの音が止んでいた。

 誰もが、予想とは逆の展開を目の当たりにして動きが止まったからだ。


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