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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
173/193

Tempest 08 + 幕間

「ふぅ」

 大きく息を吸い、吐いた。

「居るんだろ、出てこいや」

 何もない空間に向かって呟く。

「気づいていたか」

 そいつは、悪びれもせずにしれっと姿を現した。

「よぉ、俺」

「あぁ、俺」

 俺だ。まごうことなき俺が目の前にいる。

「なんとなく、いるんだろうと思った」

「なんとなくね。確信していた癖に」

 俺は戦闘体型を解き、元の姿へと戻る。正面の俺、鏡合わせのように同じ姿である。

「で、これからどうすんの?」

 俺が問いかけてくる。

「その前に、本当に助ける気はなかったんだな」

「ん、あぁ俺の人生が終わってからが俺の本番だからな。どうなろうとも手出しはせんよ」

 この場合、できないと言った方が正解なのだろう。嘯きやがる。だが………。

「でもチエリを介してはやったんだ」

「そら、可愛い乙女の願いを無下にするようなやつは敵だ。俺が俺を敵にしてどうすんのよ」

 つまり、他者を介してなら介入もできると。裏をついたようなやりかただ。チエリが俺との繋がりがあるからできたのだろうけど、チエリはなぜこっちを知っているのか。それは謎だな。ファミリアーという特殊な存在だから、偏在する世界を知覚できたのか、それとも俺の記憶を共有しているのか。本人がいれば、確認もとれるだろうが、ここには居ない。

 あっちに戻れば、俺はここの記憶を失う。違うな、思い出せなくなるんだ。魂の記憶を物質世界では具現化しきれない。できるのは本能に根ざしたものくらい。人外ともなれば話は別……ふむん、人外だからこそなのか?

 兎にも角にも、聞き出すことはできないってことは確定事項か。チエリから話しかけられても俺には身に覚えがないことだろう。だからチエリは俺に問いかけてはこないことも確定事項ってことか。

 とにかく、あの夢幻の世界で力尽きなかったのは、俺が手助けしたことは事実だろう。でなければ、流石に生き残ってはいまい。

「とにかくありがとよ、お蔭で助かった」

「俺にお礼を言われる筋合いはないな。俺は可愛い乙女を助けただけだ」

「言ってろ」

 鼻で笑ってやる。正体はスライムの様な何かなんだがな。まぁ俺のことだ、そういうことは抜きにしているのだろう。

 空を見上げる。魂の輝きたる星々が河をつくって流れているのが見えた。そこからさらに小さい煌きが溢れ支線を作っている。

 俺の行くべき所、行かなければならないところ、待ちわびている人々、帰る場所に想いを寄せる。

「帰る」

「別に義理立てする必要はないんだぜ?真の自由を得たんだ。俺を辞めることもできるんだが」

「別に義理立ててる訳じゃない。俺が俺である以上、俺の生を全うするだけだ」

「ふむん。不自由なこって」

「不自由を得るのも自由だ。それに、帰る場所がある、俺にとっては嬉しい事だよ」

 今、俺と俺との間には繋がりは形成されていない。だが、俺のことである。俺が何を考えているのかお見通しだろう。

「まぁ俺が俺の元に還って来るを楽しみにしているわ、土産話をよろしくな」

「言ってろ」

 視線を外し、下界へと意識を向ける。俺の肉体の在り処を探る。

「あんまりやきもきさせてくれるなよ。あっいや、俺の場合、波瀾万丈であるほうが何かとお得だ。平凡な生活なんて話を聞かされても退屈なだけだな」

「はっはっはっはっ、絶対普通に生きてやる」

「それはそれは、楽しみにしているよ」

 絶対、トラブルがあると踏んでいるな。俺の考えが手にとるようにわかる。まぁ実際戻ったら、続きが待っている。平凡な生活ともほど遠い。

 あぁ、やっぱり俺を辞めてみるのもいいかな。思わずため息がでた。

「そうだ、これを受け取れ」

 俺が何か投げてきたのを受け取る。

 見れば………ガラス玉?気持ち悪いくらいに透き通りすぎている。

「こないだのやつだ」

「こないだ?」

「それを呑み込め」

「くいもんなのか?」

「黙って呑み込め。それは、お前が自身を弾にしてぶちまけていただろう。回収しといたんだ。次に来る時は合一のときだろうと思っていたから、喰っといてもよかったんだが、なんとなく取っておいた。まさか渡す時がこようとは思っても見なかったよ。なかなか楽しそうな人生を歩んでくれている。まぁそれは使いさしだがな」

 にやにやと笑う俺。

「そいつはどうも」

 受け取ったガラス玉のようなものを口にいれ、呑み込む。

「ん、あれ?」

 なんだか妙に力が溢れ出る。自分の力とは違う純粋なエネルギーとでも表現すればいいのか、そんなものが体の中を満たしていく。思わずファイと一発とか叫んでしまいそうだ。

「あぁついでに、プチつぶしたやつの力も混ぜて精錬しておいた」

 なるほど、いざというときのための非常食タンクとして作っておいたってとこか。なにが回収しておいただ。自分のためにやってたことじゃん。

 って、まぁ俺らしい。俺だって人のことはいえない。結局、捨てきれずに魔血晶とか残してたわけだし……喰われたけど。今も俺の肉体の方には精霊石があるしな。

 ふむん、魔血晶……か。それの高純度なものか、ガラス玉のような何かは。呑み込む前にしっかり見ておくんだった。

「さて、名残惜しく……はないな。皆が俺を心配しているだろうし、さっさと帰るとするか」

「そうだな。俺としてもいつまでものんびりここにいてられても詰まらん。さっさと人生を謳歌してこい」

「言ってろ」

「戻り方は解るか?」

「あぁ、今の俺なら何とかなりそうだ」

 自分の体を確認する。細い銀色の糸が虚空へと伸びているのが見える。俺の魂の糸だ。これを辿っていけば戻れるはずだ。

「土産話を楽しみにしてるぜ」

 妙に指を立てて格好つけて言ってくる。

「知るかっ。じゃぁな、あ~ばよっ」

 意識を外へ、自分のいるべき場所へと思いを馳せ、俺は銀糸を目印にして跳んだ。



幕間 襲われるンです


 警報がこれでもかと、辺り一面鳴り響いていた。

 上がってくる報告は悲鳴まじり。

 最も、小早川大尉にとっては馬耳東風ではあるが。

「おいっ、避難しないのか」

 背後から声がかかるも、彼は緊張感のない声で答える。

「やりかけの仕事が在るんでね。ちょっと手が話せないんですよ」

 今朝方届いた、サクヤの部品を組み立てているところで、しかも飛行装置という重大な部品である。

 動けば、いや、飛べば、ロボテクス界の画期的ともいえる一品だ。今やっておかないと、後でどうにかなるようなもんじゃない。放置すれば、やれ点検だ検査だのと、一から……ではなく、なお悪くなるのが分かりきっている。あまつさえ、壊されてはかなわない。

 取付作業は山場に差しかかっている。

 これを乗り越えれば、トラックに積み込んで逃げれる算段はつくが、それまではいかんともしがたい状況だった。

「あんたは、焦らないのか」

「焦ってどうなるものでもないですし、ここはきちんとハメておかなければ、命に関わるとこでもありますから」

「こっちの命が危ないというのに、悠長なこといってんな」

「まあまあ、警備隊は優秀ですから、敵を誘導して被害がでないように動いてますって」

「無線が封鎖されてんですよ。どんな緊急事態が起こるか解ったものじゃないでしょう」

 そう反論される。

「大丈夫でしょ。所詮は示威活動で、本気でくるなら初撃に飽和攻撃してきますよ。あからさますぎな行動ですが、こっちを混乱させるのが目的でしょう」

「だといいんですがね」

 だが、嘲笑うかのように事態は最悪へと向かう。

 工場の壁面が爆発し、上下を揺する振動が伝わる。爆発した個所からは空が見える。灰色の煙と所々に赤々と燃える輝き。

「こりゃやばい。済みませんが強制執行させていただきます。お前ら、丁重にお運びしろ」

 脇に控えていた警備の人間が、無理やりコンソールから小早川大尉を剥がし、退避させようとする。

「あーもー解った解った。今の衝撃でシステム止まっちまったし、にっちもさっちもできねーよ」

 大きくため息をついて、警備の腕を振り払う。

「ご協力感謝します」

「あー一生感謝しててくれ」

 振り返り、サクヤをみる。

「恨まんでくれよ」

 呟き、その場を後にした。

「にしても、一体何処からやってきたんだか」

「海からですよ」

 避難を誘導する隊員から、解っていることを告げられる。

「そんなの解ってますって。彼等がその海のどこから着たのかということですよ」

「それは………」

 言いよどむ。隊員にしてみれば、今の職務を遂行することが優先で、襲ってきた人外が何処からやってきたのかなんてのは、二の次、思考の埒外だ。

 銃声が響く。

「こちらのルートは駄目のようだ」

 小早川大尉は素早く棟の退避路を頭に浮かべる。

「地下ルートですかね」

「搬入口ですか」

「そちらには他の部隊が展開しているし、トラックの一台にでも乗せてもらえれば簡単でしょ」

「……そうですね」 

「東郷がいてくれたら、こんなの直ぐに一掃してくれるのに」

「皇軍ですか」

 呟く言葉に警備の隊員が反応する。

「ま、ね」

 戦力はあるだろうが、皇軍がこういった所に出張ってくることはない。こういった時は帝国軍であたるのが筋である。

 今の警備隊も帝国軍で占められていて、皇軍はいない。居るとすれば、小早川大尉のような技術将校達である。

 それとは別に、東郷少佐たちは日本には居ない。扶桑でリュウジョウの修理のために足止めを喰らっているからだ。

『この状況、狙って行われたとすれば、狙いは皇族かもしれない。皇軍が居ないとなれば………まっ、大丈夫でしょうけど』

 ここに居る皇族となれば、皇殿下だけだ。周りには一騎当千の人外達がいる。そうそうどうにかなるようなことはないだろうと、算段する。

 そんなことよりも、サクヤの修理という名の改造が滞るほうが小早川大尉にとっては重要な案件であった。

『遊びが過ぎて、武器が渡せなかったでは済まないからなぁ』

 聞こえるとはなしにぼやくのであった。

『もしかして、サクヤを抑えにきたってことはないよね』

 流石にそれは被害妄想かと思考を切る。それよりもこのタイミングだ。

 UKの討伐失敗以降、軍事バランスは崩れかけている。一つの失敗が引き金になって世界に波及するのは良くあることだ。

『だれが、この状況の地図を描いたのか。人外が攻めてきたからといって人外が主導であるはずは無し、彼等とはある程度話はついていた筈ですから。となると、順当な所ではユーロ圏だ。UKとの繋がりのある日本もこの際にとは、考えなくもない。だが極東が不安定になれば、自分たちにもまた火の粉は降り掛かってくる。そういう計算ができているのだろうか。出来ていたらしないだろうが、追い詰められていたとしたら諸共という考えもできる。もしくは南アメリカ。太平洋が安全になってきたから取り返したい。虎視眈々と狙っているのは話に聞く。自らの保身で切り捨てたのに業腹なことを言っている。他にも、アフリカでの日本の利権問題絡みで口だけでなく手を出したい国はあるだろう。いやはや、ここにきて世界大戦なんてはやんないですが、自国の閉塞した状況を打破するために、外に目を向けるのは良くある話。はてさて、どうなることやら』

 怒声や銃撃の音が飛び交う中、小早川大尉は避難するために進むのであった。


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