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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
172/193

Tempest 07

 敵だ、敵はどこだ。

 目玉の化け物はもういない、新たなる敵が必要だ。

 切り刻む。

 その想いを果たすためには敵が必要だ。

 耳を澄ませ、目を凝らし、辺りを見回す。

 どこだ、どこにいる。隠れてないで出てこい。

 静寂の中、違和感を探る。

 ごぞり。濡れた衣擦れの音がした。

 そこかっ。

 俺は、音の方向を凝視する。

 なるほど、ぼろ雑巾のような、ささくれだった表皮、そこからでる蛸のような吸盤のある複数の脚。

 化け物だ。

 敵だ。

 標的だ。

 餌だ。

 俺は、口端を吊り上げ不敵に笑う。

 無言で近寄り、脇差を突き刺した。そのまま捻り、左下へと刃を振り抜き、返す刀で右へと薙ぐ。

 蛸雑巾はそれだけで霧散した。

 弱い。圧倒的に弱かった。

 手応えのなさに、怒りの形相がでる。足りない、弱すぎて話にならない。こんなんでは、満足いかない。

 もっと他に俺にふさわしい敵がいるはずだ。

 探す。

 全ての知覚を動員し、敵を探る。

 それは程なくして見つけることができた。

 先程のような、手応えないような敵でないことを祈りつつ、見つけた敵へと切りかかっていった。


 ……どれほど時が経ったのだろうか。既に時間の感覚はない。100を切り刻んだ辺りから数えるのを辞めていた。

 まだ100ちょいなのか、もう1000を超えたのか。10000?100000?それすらも分からない。

 切り刻むことに特化したことで、他の要素を捨て去ったからだ。

 中には強敵とも思えるのもいたが、結局は負けずに勝ち残っている。

 だが、全然満足いかない。まだ強敵はいるはずだ。

 俺以上の強敵。そんなもの掃いて捨てるほどいるはずだ。それに勝利することこそ喜び、歓喜、至極へと至る路。

 新たなる敵を求め、俺は彷徨う。


 ……もう居ないのか、俺より強いやつは。

 全てに勝利した、してきた。

 あの後も数多の敵を屠り、切り刻み、殴殺し、銃殺し、魔法も使い、ありとあらゆる手段を行使し倒すことで糧とし、餌としてきた。

 そう、武器は脇差だけではない。戦いに合わせ最適化したものを作り出した。武器に合わせ体も変化させた。

 刀の数々、剣の数々、斧の数々、棍の数々、槍の数々、弓の数々、銃の数々、魔法の数々、戦いに必要とされる、武器、技、フォースパワー、ありとあらゆるものを創造し習熟し駆使して倒し続けてきた。

 問答無用に、無慈悲に、一切の感情を私情を情けも交えず、魔を通しフォースを通し最後に刃を通してきた。

 全てに挑み、全てと剣を交え、拳、魔法、時には蹴りを交え、結果、全てに勝利してきた。

 全てに、全てに、全て全て全て全て!!!!!勝利してきた。

 ……もう居ないのか、俺より強いやつは。

 そんな筈はない。

 まだいるどこかに必ず。

 天を見回す。

 其処は虚空。数多あった星のごとき魂の輝きが既になかった。全て、切り伏せた証だ。

 ……もう居ないのか。

 いや、居た。

 居るではないか。

 ここに。

 異形なるこの俺が。敵を屠るためだけに特化し、不要なものを切り捨て、必要であれば生み出し、最適化したこの姿形は全くもって人ではない。

 全てを倒してきた俺は、倒すべき最強の敵となっていた。俺を倒すことで、全て満たされる。

 十全へと至る路が見えた。

「これで、俺は最強になる」

 最強を打倒することで、最強の証とする。

 おもむろに、右手に持っている脇差であったもの、今では太刀へと姿を変えている刀を心臓へと向け………。

 長さがあわない。やむなく短刀にかえ、再度心臓のある位置へと短刀を向ける。

 突き刺す。


 筈だったが、手は動かなかった。

 恐怖。自死への恐怖だ。

 今まで、何度も味わってきた恐怖がまたここにも存在した。

「ふふふっあははははっ」

 俺は笑う。

 死を避けるため、今までやってきたのだ。不必要なものを削ぎ落とし、自身を研ぎ澄ませてきた。それなのに、俺は何をしようとしていたのだと。

 だが、ここまできて、ここに最強の敵がいる。

 倒さずしてどうする。

 全てを払い、全てを倒し、全てを駆逐してきた俺だ。

 こんなところでは止まれない。止まっていてはいけない。許されざることだ。

 最強を示さずして、何を最強と謳えるのだ。

 心を決める。

 死への恐怖。それさえも削ぎ落とす。

 なにものもを恐れる必要はない、自身でさえも。ただ在るがまま、目的を達成すればよい。

 大きく息を吸い、吐く。

 さぁ、示そう。最強であることを。

 両手でつかんだ短刀を頭上に掲げる。

「これで、俺は……」

 一瞬、寂寥感が脳裏をよぎった。

「まだまだだな俺も、だがこれで、全てを断ち切る」

 力を込め、振り降ろした。

『進言、目的を達成することはできません。目を覚まして下さい、所有者様』

 体が硬直した。

 刃は胸の薄皮一枚で止まっていた。

「だれだっ」

 辺りを見廻すが、姿はない。まさか、この期に及んで幻聴などという訳ではないはずだ。

 姿を隠している?

『否定します。所有者様が切り捨てになったため、存在を認識できなくなっているだけです』

 頭の中に直接響くこれはなんだ。

 一体全体なんの攻撃だ。俺の動揺を誘っているのか?

 違う、俺を倒したいのであれば、俺自身が倒れる寸前に姿を現せばよいだけだ。まだ倒れる前であるこの状況で何をしたいというのか。

 俺が、最強となるのを阻止するため?その先に何かが……俺の認識していない何かが待っているとでもいうのか?

『否定します。自死の行為は敵によって誘導されたものです』

 敵?敵だといったな。そんなものはどこにも、もういないぞ。在るのは我が身のみだ。

『否定します。早く気づいてください。私を見つけて、所有者様が───』

 いきなり会話がとぎれた。

 おいっ、どうした。呼びかけるも応答は一向にない。

 何を気づけというのだ。

 頭の中に響く声。考えるうちに、どこかで聞いたことがあるような気がしてきた。

 そんな馬鹿な。俺の頭にあんなやつは巣くってなんかいない。記憶をたどっても……。

 記憶は諸共なかった。

 戦闘に不要な過去なぞ、とうの昔に切り捨てていたからだ。今在るものは膨大な戦闘に関するありとあらゆる経験と智識のみ。

 何を悩んでいるのだ俺は。戦いに迷いなど不要だ。それは切り捨てたはずである。

 ならば、なぜ俺は“悩み”を持っている?

 <言葉|言語|会話|意思疎通>があるからか?いや、戦いに言葉など不要だ。真っ先に切り落としても不都合はなかったはずだ。

 未練か?捨て去ることへの。切り捨てたつもりが実は捨ててなく、眠らせていた。それが、さっきの声のせいで起きだしてきた。

 可能性はある。正しいかどうかは分からない。判断する材料がなさすぎる。さっきの声に触発されて、新たに生まれた可能性だってある。

 整理しよう。

 俺に声をかけてきたやつは、俺を助けようとした。……はずだ。<真偽|審議>はともかく、客観的な状況的視点でみればそうなる。

 そいつからの会話が途切れた。考えるに、俺に声を届けられる時間?能力?に制限があった。もしくは……敵!

 敵が俺との会話を何らかの手段で割って入ったため、中断せざるをえなかった。

 そう、敵だ。声の主は敵が居るといっていた。敵がいるなら、倒すのみだ。

 では、どこにいる。俺が知覚できる範囲には欠片も気配はない。

 だが、どこかに居る。それは何処だ。俺の知覚できない場所から虎視眈々と狙っているはずだ。

 知覚できない場所とは?

 どこだ、どこだ、どこだ、どこにいる。

 見えない場所なら目をつむろう。

 聞こえない場所なら耳をふさごう。

 嗅げない場所なら息を止めよう。

 知覚できない場所を探すため、知覚できる感覚を塞いでいく。その先にあるもの、知覚できない場所を知覚するため、既存の知覚をこれまでどおり削っていく。

 ───違う、そうじゃない。それでは元の木阿弥だ。

 唐突に閃きのように、頭に浮かんだ……声?思考?

 誰の?……いや、今は捨ておこう。問題はだ。

 不必要だと判断したものを削っていく行為自体が敵の罠だということ。

 策略であるということ。

 さっきの声が鍵となって、発想が生まれていく。

 そう、敵は俺の力を取り込むため……取り込みやすいように精錬して、いや、されていたということだ。

 俺から思考を取り除き、純粋なエネルギーとして抽出しようとしていたのだろう。

 純化したものほど扱いやすいものはない。

 してやられたということか。しかし、その一歩手前で踏みとどまれた。

 踏みとどまらせてくれた声に感謝せねばならない。

 ならば、やることは、逆の工程だ。

 ………できるのだろうか。切り捨ててきたものだ。

 いや、できる。捨てきれていなかった“悩み”があった。つまり、最後の最後で踏みとどまっている証拠だ。

 最後の一手、それがなされる前だったから間に合った。

 お蔭で、“悩み”から“安堵”が呼び起こされた。

 お互いに関係しあうもの、反発するもの、合わせることで生まれるもの、陰と陽。光あるところ陰がある。連携が連想を生み出し、想像がなされ創造に至る。

 因果の連なり。

 小さな芽が、大地に根を張り、茎を伸ばし、葉を広げ、花が咲き、果実が実り、種を残し、大地に散ってまた芽が出る。

 萌芽。

 “メ”を醒ませ!


 視界が開けた。いや、変わった?違う、戻ってきたんだ。

 漆黒の闇の中に俺は浮かんでいる。

 安堵ともいえないため息が漏れた。

 そして思い出す。過去を。

 そして思い出す。自分を。

 そして思い出す。今を。

 そして思い出す。状況を。

 そして思い至る。未来を。

 そして、そして、倒すべき敵を!

 辺りを見回そうとして、体が動かないことに気づく。

 四肢が触手な様なもの、触手で間違いない。絡みつかれていた。

 視線だけを巡らす。

 そいつはいた。

「ほう、これは意外であった」

 目玉の化け物が言った。

 やつの周辺からにじみ出る闇がうねりとなり触手へと形を変え俺を拘束している。

 俺を救ってくれた声の存在は見えない。

 “使用者”と俺に対して言っていたからには、チエリだろう。どうして、“ここ”へと声を飛ばせたのかはとりあえず置いておこう。

 まずは───。

「礼を言った方がほうがいいのかな。面白い夢を見させてもらったことに対して」

 目玉の化け物に対して、不敵に言い放つ。

 目の前の───。

「自力で抜けれられる力があったとはね、恐れ入ったよ。だがここまでだ。もうお前は詰んでいる」

 拘束している触手が蠢く。俺からフォースパワーを吸い出そうとしているようだ。

 不埒な輩を───。

「無理だね。お前にはできない」

 断言する。意志の力を引き出し拒否する。すれば、やつからの干渉ドレインは無効化された。

 ぶった切る!!!

「夢を見させたのは失敗だったな。お蔭で、学習できたよ。ここのルール、戦い方、色々となっ」

 戦闘形態へと体を変化させる。

 皮膚に鱗が生え、締めつける触手をざく切りにする。

 尻尾が生え、逆に触手へ絡みつき、締めつけ引きちぎり。

 一対の腕が生える。手には脇差を持ち、拘束している触手を切り刻んだ。

 拘束の外れた手はやつの切られた触手を掴み、吸収する。しかして、それを材料に、大型拳銃を生成と同時に目玉の化け物へと撃ち込む。弾は、<意志|フォースパワー|理力>の続く限り無限だ。

 俺が考えた最強の近接形態。

 反撃の隙は与えない。

 よろめいた瞬間、踏み込み脇差で八方斬りにする。

 肉体の制限がなければ、なんでもできる。夢で得た経験が生きている。確証はなかったが、実現できると本能が訴えていた。

 ここでは真に自由だ。

 そのことに気づきさえすれば、目の前の化け物ごとき塵芥といってもいい。

 ただ、まぁ意志の総量の差はあるが、なんとでもなる。

 なんとでもできる経験を得ている。

 戦いの記憶が俺を後押ししている。

 ………想って恥ずかしくなった。やってることは、中学生並の考え方だ。

 まぁ、ここではそれが正しい。

「なめるな小僧。高々戦い方を知った程度でいい気になってんなっ」

 目玉の化け物が叫ぶ。

「いや、もう終わった」

 俺は断言してやった。

「なにを……」

 説明する気もない。

 最後の仕掛を発動した。

 目玉の化け物を中心に四つの光点が煌めく。

 光点はお互いを線で結び、面を創る。

 この世界とを隔絶する結界が形成される。

 結界の中は3次元。物理法則の世界。形作らされる世界。

 目玉の化け物が、実態を持ち始め、肉の塊へと変貌していく。 

「あばよ」

 右手の大型拳銃で狙いを定め、感慨もなく静かにトリガーを引き絞る。

 発射された弾丸は狙い違わず、目玉の肉隗へと命中し爆発した。

 終わった。

 本当にこれで終わりだ。

 後は───。


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