Tempest 06
相手の視線を遮るように手を誘導し、半身をずらす。左側を前に、右脚を軸に構える。
目玉の化物相手に視線とか、なんだか不毛な気はしないでもないが。
「……抵抗は無意味だ」
抑揚のない警告をヤツは発する。
「どうだろう。案外いけるかもしれない」
こっちも極力感情を込めずに言い返す。
無言は一瞬。
ヤツが触手を上段から振るってきた。
俺は、踏み込みながら腕を振るう。触手の中頃より根元に向かって手刀をみまう。
焼けた匂いがした気がした。この空間ではそんな感覚はありえないはずなのではあるが。俺の目論見が成功した幻視、いや幻臭なのか。
まぁそれはいまは置いておく。試は成功したのだ。
手刀の前に薄く刃を想像し、フォースパワーで生成。それをもって触手をぶった切ることができた。
千切れ飛んだ触手に対して、並列化した俺達が、あれは丸太だ燃えやすい丸太だと思考をぶつけ、別の俺が着火の魔術を行使する。見事触手は、たやすく燃えだした。
現実世界と違って、想像するだけで着火の魔術が簡単に発動したのは幸いだ。身振り手振りが必要かとおもったが、あれは現実世界で、高次元に干渉するための所作である。こっちに来てしまえば思考力だけの干渉で済むが幸だ。ふむん、何事も実践あるのみということか、何かすれば結果がでる。
違う?結果を先において想像するんだったけか。
っと、そんな余分な思考は今はまずい。目の前の敵に全力を持って対処せねば、やられるのはこちらだ。なんせ圧倒的な物量差があるんだからな。
衝突による、力の相殺。ただたんにぶつけるだけでは、同等の力を持って行かれる。ならば、より効率的な攻撃を仕掛ければどうなるか。
今のが答えであった。
切り取った触手は、本体から離れることで、制御力を失ったか、弱まったおかげで、こちらの想像力で変質させることもできた。
刃については、瑠璃の話しから。変質に関しては、スイが以前、人を達磨に変えたことからの発想だ。
そのための力は消費するが、ヤツから切り取った力よりは格段に少ない。
俺は獰猛な笑みを浮かべる。
こいつくらいの攻撃など、冷静になれば、今までの皆の仕打ちに比べたら温ま湯もいいところだ。
どこまで喰らいつけるか計算する。若干まだ不利なようだ。だが手段はこれだけではない。ヤツが弱まれば、別の選択肢も出てくる。本番はそこからだ。
俺の力が尽きる前に、ヤツをみじん切りにして灰に変えるのが早いか、チキンレースといこうじゃないか。
触手が縦横無尽に駆けめぐり、俺の前後左右は云うに及ばず四方八方、後ろからと世話しなく襲ってくる。
なので、右に左に、それ以上に縦横無尽に疾走する。
追いすがってきた触手、前を塞ごうとする触手に狙いを定めて手刀を振るい。切り取った触手を燃やし続けた。
といっても、来るもの拒まずに全部を相手にはできない。
切って、変質させて、燃やす。その工程は緩慢で立ち止まって処理したいところだがそうはさせてもらえない。
切って、逃げて、切って、逃げて逃げて、進路に触手の残骸があれば、変質させ逃げて、さらに変質した触手があれば燃やす。
非常に効率が悪かった。
だが、運が多少はあったようだ。ヤツが再度吸収し、力を戻すかもしれないことを懸念したが、ヤツだって再吸収の際には動きががっつり鈍る。一度、その隙を狙って切りつけたもんだから、以降は切られた触手に見向きもしなくなった。
俺を倒してからゆっくり回収すればよいとの判断なのだろう。
にしても、手刀で切る行為は、効率が悪い。なにか別の切るための道具があればよかったんだが。
あっ、もしかしたらできるかも。
逃げつつ右手を握りしめ、思い出す。
要は想像力の問題だ。そして創造力。
天目先生から渡された、切るに特化したナイフを持つ姿を想像する。
行軍で何度も使っていた分、憶えている。まぁ細かい部分は省略するとしても………うし、できた。6センチはさすがに短いので、もうちょっと……グリップ部分含めて30センチに、長くしすぎてもとりまわしに苦労するだろうしこんなもんだろう。全然別物とつっまれそうだが、形はは同じだからセーフです。
想像するのだけは、スイに褒められたからな。いや、あの時は、余計な想像力を働かせて怒られたっけ。裸……、裸といえば混浴。よし決めた。今夜、堂々といったるぜ!!むりくりテンションをあげていく。
とりあえずそれは置いといて、武器ができた。
新たな武器を手に、踊り迫る触手を切り裂く。心なしか手刀のときより、切れ味が上がっている。
ナイフというモノが手刀よりも、切る武器として造りやすかったせいか。その分密度もあがり、切れ味が増したということだな。
ならば、もうひとつ奥の手を作って置くべきか。並列思考の一つを割り当てることにした。相手もナイフに対処するだろうし、いたちごっこになるかもしれんが、そんなもんだ。その前に俺のフォースパワーが尽きないことを切に願うだけ。
伸びる触手を切り刻む。余裕があれば燃やす工程をつけくわえ、俺は戦った。
手刀より調子よく“作業”が進む。やはり創って正解だった。
ゲームのボスに立ち向かっているような感覚が沸いてくる。リトライもコンティニューも待ったもないデスゲーム。
浮足立つ意志、恐怖、愉悦、さまざまな感情が渦巻いてくるのを必死に抑え、機械のように冷静沈着に作業としてナイフを振るう。ナイフというよりもショートソードあたりだろうけど。
ショートソードに割り振っていた思考が、効率化を求め形状の変化を提議する。脇差への変換だ。
変化に掛かる時間と労力が一緒に伝わる。
ざっと目玉の化け物を眺め、この先を考える。
今まで、ロボテクスで扱った刀剣はバスタードソードだ。刀の部類を扱える技量が俺にあるのか、思考する。
現状からすれば、切るに特化した武器は必要だ。触手をぶったぎるために。
今は切るイメージをショートソードに被せてたたっ切っている。手刀よりは楽だが、それでもまだ効率的とはいえない。脇差(日本刀)ならば、切る武器だ。イメージを被せるまでもなく、武器自身が切ることを念頭に動くだろう。太刀ではなく脇差と提案してきたのも、長ものは扱い憎いからだ。そこまでの技量はないと、武器の俺は考えたのだろう。
脇差ならば、なんとか扱えると。
俺はその判断を信じた。どっちも俺だ。判断ミスはあるろうが、それを疑って止まっている猶予はない。より効率的に敵を倒せると考えた俺の思考を支持した。
ショートソードを鞘に戻し、手刀に切り換える。
積極的に前にはでないように、追いすがってきた触手を切ることに専念する。
それをみた目玉の化け物は、今が好機とばかりに加勢に出てきた。
着火の魔術を目くらましにしつつ凌ぐ。
これまた着火に振っていた思考が、着火を改良しだす。ただ単に火がついてそれでお終いだったのが、火花を散らしながら辺りをくるくる回るネズミ花火のようなもの、色とりどりの煙を吐く発煙筒、閃光と音をまき散らすグレネード弾もどき、等々が本体の許可なく、生成しては投じていた。
果てはペンシルロケットなミサイルまで作り出し、目玉抜けて飛ばしていた。
やりたい放題の思考に向かって、おいっと叫ぶ。
「やりすぎじゃね?」
「割り振られた分でやってんだから文句いうな。お前だってそうするだろ」
ふむん、俺ならばどうするかって、決まっている。やれるならやるに決まっている。全く俺らしい俺だった。
だが、ペンシルロケットは撃ってみたものの、効果はなかった。燃焼を推進剤にして相手に突き刺さって爆発するのだが、それが効いていない。
火力は低いままだから、どうにも武器としては役には立ってないようだった。
武器とするにはもう一工夫必要そうだが、そこまで自分の資源を割り当てることはできなかった。別の一手も用意していることだしな。
台所にあるキッチンタイマーのような“チンッ”と軽い音が腰元から鳴る。変形完了の合図だ。
逃げ撃ちはここまでだ。踵を返して攻勢に出た。
前方から触手が4本迫る。左右に3本づつ。上下2本づつ。
それを、腰にある脇差を抜き放つと同時に切り捨てる。
なんだ、さっきまでの自分の動きじゃない。
──思考の最適化──
──肉体の無い世界では、想う事が力になる──
──切る事を想い続ければ、切るための理が手に入る──
──肉はない。ないが為に動きが縛られる事はない。だが、何をするにもはっきりとした心の中に像を形作っていなければ何もできない──
──何かをなすには智識が経験が必要だ──
──基礎となるものが、なければ積みゆくことはできない──
思考が暴走している。
この極限状態では仕方がないことなのか。並列処理した分、本体の抑制が効かなくなっているのか。
千路に乱れて袋小路に入っていきそうな思考を無理やり振り払う。
やばい。
幾ら並列化して効率化を図っても、本体の処理能力が減っては意味がない。
やることは、やれることは……、やらなきゃいけないことは………、余計な思考を削ぎ落とし、目の前の先頭のみに集中することだ。
倒す。
切り刻む。
滅却、殲滅、消滅、粉砕。
とにかく、並列処理した思考の答えを基にして、目玉の化け物を倒すことだ。その後のことはその時に考えればいいことだ。
一段と思考を先鋭化させ、俺は脇差を振るうことに専念した。
一挙一刀一撃一蹴、一発一々に理を求め連携を求め、最適な行動でもって最大の威力をぶちかます。
雪崩のように降り掛かる触手を切り刻み、余裕があれば燃やし尽くす。
「うらぁぁぁぁぁぁ」
雄叫びをあげつつ切り進む。
肉体がないため、息切れはない。疲れもない、黙々と作業を行うのに支障はない。ただ、意識を集中するのみ。
意識のブレが歪みが迷いが躊躇いが剣筋を鈍らせる。
今の俺には必要のないものだ。目玉の化け物をひたすら切り尽くすのみ。
機械の如く正確に、触手を切り落とす。
バッタバッタとなぎ払う。
無双!蹂躙!無敵!目玉の触手攻撃なんぞ、あたかもカタツムリが這うが如く見える。
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァ!!!
そうだ、俺は無敵!無敵!無敵ィィィィィィィィ!!!!!
一足飛びに、触手の腕をくぐり抜け、目玉に近接するやいなや、袈裟斬りに一刀両断した。
血飛沫をあげ目玉は倒れる。
形を維持できなくなり、光屑となって消えて逝った。
「フフフ、あははははははぁぁぁぁぁぁ」
快感だ。
敵を倒す爽快感、達成感、えも謂われぬしびれが全身を覆う。
もっと、もっとだ、もっと敵よ来い。
俺の餌食となる敵よもっとだ!
もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっとぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!
吠える。
獣の咆哮といってもよいほどの絶叫を絞り出した。