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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
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Tempest 05

 生きること。

 死ぬこと。

 友人ができること。

 妻や子供がいて、平穏な生活を過ごすこと。

 趣味を邪魔されることなく没頭できること。

 普通の日常、でもちょっとしたハプニング。

 ラッキースケベ。

 人から褒められたい、認められたい。

 普通の生活だけど、ちょっといい目をみたい。

 好きなことをしていたい。

 左団扇な生活を過ごしたい。

 働きたくないでござる。

 ───。

 ──。

 目的は一つの筈なのに、なぜだか止めどもなくいろんなものが思考に絡んできた。

「未熟物め」

 俺は一端思考を中断する。

「くっ、俺が悪いんじゃない。この場が悪いんだ。こんな場所でまともに考えることなんてできるわけないだろ」

「なら、さっさと帰れ」

「できるならとっととやってるわ」

 怒鳴る。

 こんな俺以外いない場所なんて御免被る。

 なんだか無性にむかついてきた。

「ふむん、俺の感情なんだ手にとるように解るぞ。むかついたからどうする?」

「こうする!」

 俺の左頬に向けて拳を固めて殴りつけた。

 しかしてそれは、俺の予想通りにならない。

「突き抜け………てないな。なんだこれ」

 手首から先が俺の左頬に埋まったというかなんというか……。

「融合しているのさ」

「融合?あ、あぁそういうことか」

「全く、まだまだここのルールを知らないようだ。俺から情報を引き出せばいいのに」

「んな泥棒のようなマネができるかってんだ」

 俺の矜持を告げると、俺はわらう。

「自分に対してなんだから、泥棒ってもな……」

「………確かにそうかもしれんが。この場合としては」

 どうすべきなんだ?

 なにがなんだかわからん状況だな。

「俺から引き出せばいいのさ、全ての俺の集合体なんだぜ。望む答えはあるさ」

「なんだかそれは悪魔の囁きにしか聞こえん」

「おぃおぃ、自分を捕まえて悪魔とか、それはないぜ」

 ホント、憎らしいほどに俺だ。

「はぁ、解ったよ。どうすりゃいいんだ?」

 ここでのんびりくっちゃべっている暇はない。早く戻らないと皆が心配しているし、自分の状態も心配だ。

「俺に同調して情報を取り出せばいい。それだけだ」

「同調ね……」

 胡散臭い。そのまま俺に教えてくれてもいいんじゃねーのか。

「俺は俺を助けない。俺を助けるのは俺のみ。俺の行く末に俺の意志は介入しない。そういうことだ」

 不敵に笑う俺。

 そういうことか。

 俺にとって、俺の生き死には興味なし。いつかは死んで合一する。それが早いか遅いかだけ。

 俺にとっては、今ここで死ぬわけにはいかない。くそっ俺なのになんて非協力的なんだ。

 俺に対し、俺は手を向ける。

 同調といえば、フォースパワーをやりとりすることしか思いつかない。思いつかないってことは、多分これが正解のはずだ。

 俺は手を俺が差す出す手に………。


 ふと、俺は俺の顔をみた。虫の知らせか、なぜだか気になった。

 笑っていた。微妙に口の端がつり上がった嫌な笑い方をしている。

 反射的に俺は後退る。

「ん、どうした?そのままだと本当に死ぬよ」

「お前……誰だ。俺のことを知っているようだが、俺じゃないだろ」

「なにいってんだ、俺は俺だろ」

 さも当然のように肩をすくめて残念がる。

「いいや、俺じゃない。お前は誰だ!俺はそんなに物分かりがよくない」

「そりゃ、今の俺とこの俺とでは積み上げてきたものが違う。別段変じゃないだろ」

「確かに色々人生を積んできた俺の言動かもしれない。だが、今の俺はそんな風には考えない」

「ふむん」

 俺が良くやる考える仕種をする。

 だが、違うと断じて観てみれば、色々鼻につく。尤も俺の仕種なんて鏡観て確認しているわけじゃないから詳細は知らん。

 知らんが、断言できる。そう感じたからにはそうなんだろう。

「お前は誰だ」

 再度問う。

 俺を名乗る奴が、黙って俺を見据える。さっきまでの友好的な態度が欠片も消え失せていた。

「正体を現せ!」

 右手が自然と鉄砲を形作る。イメージだ。

 ここでの法則。意志の力。

 それは、創造の力。

 指先に、何者をも滅する力を想像し、創造する。

 力が急激に指先へと流れていくのが解る。それとともに、俺自身の身体が急速に薄らいでいくのも。

「死にたてがほざくな」

 奴が威嚇する。

 だが恐れるな。畏怖すればそれだけで負ける。恐怖を跳ね返せ。

「お前は黙って俺に吸収されればいいんだ。まじりもののせいで──」

 俺は奴を自由に喋らせる気はなかった。

 無言で、行き先に集中した“力”を打ち出し、叩きつけた。


 音もなく、奴の額に穴が空いた。

 衝撃に仰け反り、宙をくるりくるりと廻る。

 今のでかなり力を使っちまった。身体の形を意識しておかねば崩れかけないほどだ。

 物言わぬ奴を見つめつつ、途方に暮れる。これからどうすればいいんだ。

 結局、帰り方なぞ解るはずもなく……。

 いや、何かある何かがあるはずだ。諦めの悪さは随一だろ俺って奴は。

「くくく」

 声がした。

「死んでなかったのか」

「この世界に“死”は存在しない」

 俺だった奴が形を崩し別の何かに変貌していく。

「今のは危なかった。態々撃つ気満々な態度をとってくれたお蔭で助かったよ。切り離すのが間に合った」

 それは大きな目玉だった。

 どこから喋っているのか不明だが、そんな突っ込みを入れるような穏当さはなさそうだ。

「それがお前か」

「そうさ俺さ」

 目玉の化物。真円を描くその瞳、縁は陽炎のように揺らぐその姿は正しく化物と呼ぶに相応しかった。

 怖気が走る。

 なんだ、俺の頭の中で蛆が這うような間隔は。痛みがないはずなのに、気持ち悪い。

「恐怖しているね。当たり前の反応でつまらないが、そんなものだろう」

 絶対者の存在である奴は云う。

 恐怖?こんなの、アレに比べたら……。まさか!

 心底震えが走る。

「漸く認識が追いついたか。俺はお前を観ていた。あの時から」

 やはりそうなのか。

 ならば、絶対に勝てない。現状、認識していなかろうが、勝つのは無理だと解っていたが、それを証明されたようなものだ。

「君は俺の獲物だ。有象無象の輩にくれてやるには勿体ない。死をくぐり抜けた魂は格段に輝きが違うからね」

 滔々と語る。優位者の余裕か傲慢か。

 身体は震え、力が入らない。

 確かに、何もできない奴を前に余裕を振りまいても問題はおこらないだろう。

 嘲りながら奴は続ける。

「でも、苦労したよ。なかなかこっちには来てくれないからね。前回は……」

 奴の言葉が停まる。

「ふん、まあいいだろう。獲物を前に舌なめずりは三流だったけな」

 なんだ、何を云おうとした?こちらに渡す情報として不味いものなのか。

 少し光明が見えた気がした。

 奴が一歩前にでる。目玉の化物なので足はないが、廻りの靄が触手になって足代わりだ。油断なく、こちらを観察するようにじっと視線を据えながら。

 時間がっ、考える時間が欲しい。

 前回、俺はなにをした。いや、誰に逢った?俺だ。あれは俺だ。こいつとは違う本当の俺。

 ならば、俺はどこか近くにいる?奴は俺の存在を俺に気付かせたくない。気付かれると不利になる。

 ふむん。

 詰まるところ、奴は俺に怯えている?

 ……もしかして、俺が想っている以上にこいつは弱くて脆弱なのか。優位者であることを俺に想わせておこうとしている?

 冷静になれ。

 戦力差は絶大だ。現に奴に傷ひとつつけれ………ているじゃん。俺が撃った弾丸は確かに奴を穿ったはずだ。

 奴の触手が伸びる。

 俺はそれを反射的に振り払った。

 衝撃が伝わる。

 ビリビリとした感触が腕を伝う。痺れ、痛み。

 腕を伝って肩口にまで衝撃が伝わった。自分を抓った時には無かったもの。危機的状況なのに、お構いなく痛みの感触に驚く。

 何がどうしてそうなったのか。

 ……“他者”との接触?

 波長の違いが、衝撃を生んだ。他者との線引き。交われない線。一瞬の間に情報が浮かんでくる。

 ならば、殴れば相手を倒すことができる。

 だが、この衝撃は……。そうか、俺の“波長”とで打ち消しあったんだ。つまりは消耗戦になる。

 これはやばい、意志の“残量”差が違いすぎる。単純に打ち消し合うだけでは消滅するしかない。

 俺は奴を睨む。

「気付いたか。でも遅い、決定的に。既に勝敗は決していることに絶望しろ」

 どこに喋る口があるんだ、心の中で毒づく。

 俺をじっくりと観察しながら、ゆっくりと奴が近づいてくる。何処までも油断がない。

 何故だ、一気に来ないのは。実力差があれば簡単に仕留めれるはずなのに。それとも何か俺にまだ対抗手段があるということか。

 都合のいいことは考えるな。いや、そうじゃない、相手にとって都合の悪いことがある。それを俺が知らないだけだ。

 広い空間、逃げ出せば逃げきれるか?違うな、逃げようと意識したら奴の思うつぼだ。意志の力がそのまま力となる。逃げるという選択は敗北を認めたようなもので、そうすれば簡単に取り込まれるということだ。それを奴は待っている?

 抵抗の意志を持っていればまだ希望がある……のか。

「考えていることが手にとるように解るぞ」

 嘲笑う。

 ハッタリだ。そう簡単に解るはずがない。

「虚勢だとでも想っているのか。そんな訳がないだろう」

 どこまでも見透かしたように奴は云う。

 恐怖がつきまとう。あの時のような絶望感に支配されそうになる。これが奴の思惑としたらたいしたものだ。違う、これこそが奴の思惑であり、俺の心をへし折ろうという意志だ。

 俺はそれに抵抗しきれていない。なけなしの搾りカスのような気力で最後の抵抗を試みているだけだ。

 なるほど、俺は恐怖に抵抗できていない。認めよう。あの火災、あの禍々しき異形の者共。

 絶望しか無かった。

 それを繰り返し自覚させることで心をへし折り、俺を取り込む。そうして、奴は……。

「あ、ああああああああ!!!!!」

 叫ぶ。

 見えた。

 奴の目的。

 俺に成り代わって、地上に降り立つこと。

 奴が云っていたではないか。ここの住人が物質界に現れるとどうなるか。

 こんなのを皆の前に降ろすなんてことさせてはいけない。

 倒さなくてはならない。もしくは、俺が取り込まれないように消滅するしかない。

 意志の力をもって、奴を睨む。

「漸く目的に気付いてくれたようだな。だが、遅い」

 奴の触手が俺を穿ちに来る。

 咄嗟にかわそうと身を……動かないっ!

 両手をもって触手を弾く。痺れる痛みが脳髄を焼く。なぜだ、さっきよりも酷く痛い。

 なにがどうなっているのか視線を巡らす。

 脚に靄が纏っていた。

「認識したようだな。そうさ随分前から、キミとボクは繋がっていたのさ。だからキミの事は手にとるように解る」

 俺は手刀を掲げ、靄に包まれた脚を切断する。

 離れる刹那、自分の身体を意識し、再構成をかける。自身の輝きがまた減る。これ以上削られてはまずい。意識の中でそんな判断が動く。

「素早い判断だ。“正解”を引くのは───譲りか」

 誰譲り?ヤツは意識して、云わなかったな。それに意識を取られるな。それよりもやることがある。

 なんとなく、<解って|思い出して>きた。ここの<法則|ルール|規則>が。

 皮肉なことにヤツと繋がっていたせいでもある。ヤツにとってこの程度知られたところで疝痛にもならないのだろうけど。俺にとっては値千金だ。<価値観|レベル|技量|技術>の差がある相手に対抗するには、少しでも差を埋めなければ無理である。その差が多少縮まった。といっても、犠牲にしたものは大きいが。

 智識と方法は<微々たる程だが|多少|欠片は>手に入れた。だか経験が圧倒的に足りない。技量が追いついていかない。

 並列に思考が動く。

 自分の視点、俯瞰の視点、気配の感知。なるほど、ヤツはこういう視点で観ていたのか。こんな観られ方をしていては、不意もつけそうにない。

 並列処理で動く思考は、対応策を検索するが、無理とか絶望とかしか答えをだしてこない。

 <なにかあるはずだ|ヤツのハッタリだ|矛盾を探せ|恐怖に支配されるな|ヤツを観ろ>

 ともすれば、勝手に思考がはじまる意識を押さえつつ、俺は打開策を検討する。

 ──ある。

 閃きか、天啓か、それとも更に奈落へ突き落とす絶望の手か。一か八かの手を思いついた。

 乗るか反るか。

 思考は一瞬、乗るしかない。

 それしか手はないのだから。たった一つの冴えたやり方なのかは、結果が教えてくれるだろう。

 俺はおもむろに手をかざした。


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