Tempest 02
『個体名、black dog。現脅威度大、軍の応援を呼ぶことを推奨します』
チエリから即座に念話でソイツの情報が俺の頭に届く。
俺はソレを見て、固まる。
フラッシュバック。
魔血晶を飲み込んだせいで変貌した姿を。
今になって思えば、あんな無謀なことがよく出来たなと、過去の俺を殴ってやりたくもなる。
「皆っ本気をだせ、これは演習ではない。全て許可する」
これは六道先生とは関係ない。そんな直感が働いた。
茂みから姿を現し、こちらを睥睨するその瞳に俺は確信する。こいつらは殺す気まんまんであることを。
濁った目、口から垂らす涎、感じる狂気。
もし、俺たち人外の班以外が遭遇すれば、全滅させられていただろう。
「へっいいのか」
マルヤムが不敵に告げる。
「構わん、全て許可する」
俺も腰のナイフを引き抜く。
マルヤム、レン、ジャネットが駆ける。
「ビアンカ達も頼む。他の皆は援護を」
「Yes,my lord」
「妾もいくぞ」
遅れて俺も前にでる。
「待ちなさいっ」
後ろ襟を掴まれ、引き戻された。
「何をする」
「それはこっちの台詞ですわ」
振り返った先にはメアリーがいた。
「貴方が焦ってどうするのですか」
憮然とした態度で俺を見据える。
「やつらは──」
「落ち着きなさい。あの程度にやられるわたくし達ではないでしょう」
安心せよというように告げてくる。
「焦る気持ちは解るが、わたくし達がどういったモノかを貴方はもっと知るべきです」
落ち着かせようといってくる。
「いい機会だからじっくり後ろで観ていなさい」
廻りをみる。
………危機感を持っていたのって俺だけ?
「そのでかい犬っころ、一匹は妾の獲物じゃ。手出し無用ぞ」
「なら、こっちの一匹は貰うぜ」
千歳とマルヤムが競うように獲物向けて攻撃を加える。
残り二匹はレンとジャネットのコンビと、ビアンカ達メイドが各々対処に動く。
飛び掛かる黒犬。それを掬うように蹴りあげ、落ちてきたところをまた蹴り上げと、さながらサッカーのリフティング如き振る舞いで一方的に蹂躙をする千歳。
一方、マルヤムはというと、噛みつこうと開けた顎にアッパーカットを加え、反動でひっくり返った所を蹴り上げ、強制的に立ち上がらせフックを入れる。それで倒れたところを蹴り上げ、強制的に立ち上がらせ殴るのエンドレスコンボを叩き込んでいた。
レンとジャネットはというと、二人で黒犬を挟んで死角になった方が攻撃。吹っ飛んだ先に片方が待ち構え、蹴るなり殴るなりで反対側へと吹き飛ばし、その反対側が待ち変えてまた吹き飛ばす。キャッチボールをやっていた。
メイドたちは、うん、ビーチボールでしょうか。二人一組になって、トスしてスパイク。受け側がレシーブしてスパイクとラリーを繰り広げていた。
結果、体力を根こそぎ奪われ、泡を吹いて気を失う黒犬が出来上がった。
「生きてるの?」
「流石にbrack dogですわね。しぶとく生きていますわ」
メアリーが称賛する。
メイドたちがテキパキと縄を使って足を縛っていく。ついでに口も拘束していた。
「ざっとこんなもんよ」
マルヤムがしゃちほこったように意気揚々と笑顔で告げる。
「うん、ご苦労さまです」
改めて、人外の桁外れさを思い知った。
『脅威度の再計算を行いました。現戦力比、小に設定』
こっそりチエリが言ってきたのは、もういいだろう。
「とりあえず、本部に連絡を」
通信士役のあずさんに頼む。
「政宗よ、少々不味いことになりそうだ」
言ってきたのは弥生だ。
「そら、こんな襲撃があったんだ。六道先生のお茶目じゃなければだけどな」
「そういうことではない」
「どういう──」
問いの言葉は中断された。あずさんの報告によって。
「本部と通信が取れません」
「どういうことだ、故障でもしたのか?」
「妨害電波のようです」
……さてどうしたものか。一体何が起きているのというのだ。
「他に通信方法は?」
「ある訳ないでしょ」
「……ですよねー」
広域の通信機はあずさんの持つ機材だけだ。
「誰かがひとっ走りって訳にもいかないか」
行くなら全員でだ。
ただ、闇雲に戻る道でいいのかどうか。現状何が起きているのか不明である。どこかにいる監視員という役をおっている帝国軍の人に合流して、指示を仰ぐ方がよいのだろうか。
他の人達も心配である。自分らと同じように襲撃を受けていないとも限らない。
「なにか妙案のある人いない?」
「先ずは本部と連絡をとることだな」
弥生が口火を切った。
「しかる後に、指示に従いこの状況を抜けるのが常道だ」
「なら、野営地に戻るのがいいのか」
「我が告げたのは、通常の行動だ。それ以上の判断はできん」
「心配なのは他の生徒か」
「そうだ、今この状況下である。他にも襲われる可能性は否定できん。だが、うやむやに動くと混乱の元になる」
助けられる力がここにはある。それを合流によって時間を消費するのは、やるせない。
「じゃが、時間はそうないぞ。早く決めねばならぬ」
千歳が俺を見て云う。
「そうだな、今は状況がわからない。先ずは手持ちの手段の確認だ」
それによってやれることとやれないことがはっきりするはずだ。
「私達4人は、お互い同士で連絡を取れます」
ビアンカが言ってきた。
「荒事ならまかせておけ」
不敵な笑みを浮かべ、マルヤムが続く。
その後、皆ができる事を告げて云った。
「では、先ず状況を観るぞ」
右手を差し出し、弥生と手を繋ぐ。
本来なら慣れたスイが居ればいいのだが、今はレンである。呼び出しても反応がないのだからしょうがない。
「結界を敷くが、雨だから魔法陣は使えん。そんなに長くはもたんから、素早く見つけるのじゃぞ」
俺は千歳に合図を送り始めてもらう。
結界といっているのは、俺が集中しやすいように空間を安定させるとかいうものだ。魔術の基礎にも似たようなものがある。それは自身を安定化させるもので、範囲でやるというのはまた違うらしい。
勿論、遥かに高い難易度だ。それをやれるくらいに千歳は習熟しているというのでやってらもった。
千歳の詠唱が紡がれる。相変わらず、聞き取れない。どうにも音としか認識されないでいる。
これでも天目先生にある程度は手解きをしてもらったのだが、千歳が使うその頂きにはまだ届いていないということが良く解る。なんせ初級も初級だからな、焦ったってしょうがない。
詠唱が終わる。
騒めいていた心が平坦化していく。なるほどこれは有効だ。
「弥生、同調するぞ。力を貸してくれ」
息を整え、繋いだ手からフォースパワーを合せにいく。
意外と同調自体は直ぐにできた。慣れてきたのか、元々弥生との相性が良かったせいなのかは解らない。
いけるかと思ったが、問題は別の所にあった。
「ぐっ」
奥歯を噛みしめて耐える。
圧倒的な供給量を前に俺の身体が拒絶反応を示した。手洗いの蛇口を捻ったら、放水車から出るような水圧が襲ってきたからだ。
意識を持って行かれそうになるのを堪えつつ、蛇口を閉めていく。俺が受けれるに丁度よいところまで。
今までそんなに気にはしていなかったし、千歳やスイとフォースパワーを貰ったことがあるから、大丈夫だと思っていたため侮っていた。
天目先生から奪ったときとはまた別の衝撃だ。あれは無理やり同調させて、力の限り引き込んだので自業自得なところでもある。
負圧を最大限にしたあの時とは違う。軽く吸うつもりで開けたら、怒濤の濁流が押し寄せてきた。押し出されるフォースパワーを塞き止めるので精一杯だ。
「無理をするな。飽和すれば裏返るぞ」
裏返る。
それは人外に変貌するということだ。溢れた力が自身を変容させる。それを内包して問題のない弥生とは一体……。
「大丈夫だ、問題ない。予想と違って驚いただけだ」
「そうであったな。我が旦那であれば何も問題ない、続けよう」
優しい目を向けて俺に微笑む。
ギュッと力を込めて手を握ってきた。
絞っていた蛇口をこじ開ける様に圧倒的密度のフォースパワーが叩き込まれた。
手から腕へ、腕から身体、心臓へと狙い済ました様な一撃が襲う。
「あばばばばばばばばば」
思わず痙攣してしまったぜ。
「普通に、普通に力を抜いて、俺に合せる様にお願いします」
「む、そうか。……このくらいでいいか?」
「はぁはぁ、そのくらいで維持してくれ」
一息吐き、心を落ち着ける。乱れた心も千歳の結界のお蔭で程なく凪の状態となった。
「ビアンカ、ジャネット、補佐を頼む」
ジャネットとは契約のお蔭か、精神的繋がりが多少あるという。ビアンカは俺の持つ精霊石をクッションにして連携がとれるらしい。
二人の顔を確認する。心なしか上気しているようだ。やはり緊張しているのだろう。
左の手を二人が握る。バックアップの体制を受けて、準備は整った。
俺は目を開いた。
世界がモザイク模様に変わった。
今までで一番すんなり巧くいった。
ぐるり、目を動かさなくとも視点が移動する。廻りの面々が真剣な顔でこちらをみているのを感じる。モザイク模様とはいえ、いくらかパターンがあるようで、なんとなく認識できた。これも経験の成せる技なのだろう。
飛ばした目を上空へと移動させる。
頂きから地上を睥睨し、おかしな所を探っていく。
森の木々は緑を基調としたモザイク模様、畦道は茶を基調としたモザイク模様、緑のモザイクを縫うように走っている。
傍らで縛られている黒犬(black dog)は闇色で蠢いている。
こういう感じのを探ればいいのだな。
さらに上空へと目を移動させ大きく視野を確保する。この位がいいか?
探す、闇色の靄を。
探す、緑でも茶でもないモザイク模様を。
蒼を基調としたモザイクの集団が見えた。山道を移動しているようだ。その周辺には闇色のモザイクは見当たらない。
ところどころある蒼のモザイク、これは他の班なのだろうか。雨の性で行き足は遅いが、襲撃もされず普通に移動しているようだ。そんなのが点々と確認できた。
一般生徒は襲われていなさそうである。
視点を変える。
群青色のモザイクが、ちらほらと所々に点在しているのを確認した。おそらく、監視をしている軍の人だろう。
動きが監視のためではないようだ。個々の小さいモザイクが集まってきている。これは無線が通じないため、異常が発生したと判断し集合していると推測する。
この付近にも闇色のモザイクは見当たらないか。
視線を別の地点へと移動させた。
うーむ、どこも似たような感じで、気付かず行動している生徒と、異常を感じて行動する監視員ばかりだ。
手の込んだ悪戯なのか?しかし、六道先生ならこんな回りくどいことをせず、直接やってきそうだしなぁ。となると、俺が見つけられないだけなのか。モザイクな視界では厳しいのか?
悩みつつも、視線をいまだ彷徨わせ続ける。
観ることのできる時間も短いだろうし、他になにかないか諦めきれずにいる。
視線を一段高いところに持っていく。距離が開けばそれだけモザイクも比例するから認識が厳しくなる。ギリギリを見定め、なるべく広く観ることができるように上空へと。
広範囲を俯瞰し視線を彷徨わせる。
紅い点があった。
これは、源達だろう。傍らには闇色の固まりがあった。
向うも襲撃を受けたのか、いま正に受けているのかまでは解らない。ただ、マルヤム達が手玉にとったように、源達なら問題はないだろう。
ん、なんだあれは。いや、違う。居た。認識すると、そうだと確信できた。集結しつつある群青色へと向かう固まりが一つ。二つの蒼色へ向かう固まりを発見した。
源達なら問題はないが、生徒や軍の人ではどうだろう。って考えるまでもない。これは不味い。
死人が出る。
「黒犬らしきものを発見した」
即座に告げる。
続けて、距離と方角を伝える。
「行ってくれ」