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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
166/193

Tempest 01

Tempest


 二日目の朝は、ハンマーで殴られたような衝撃と共に始まった。

『所有者様、朝です。起床定刻まで後5分です』

 脳味噌に響く声。

 直接に、なんの遮蔽もなく轟いたのは、チエリの念話だった。

 完全な不意打ちに、のたうち廻る。五寸釘を打ち込まれたような痛みが、頭の天辺から脊髄を通り抜けてケツにまで達した。

 余りの痛さに声も出ないとはこのこと。

 のたうち廻るが、そこは寝袋の中。芋虫がうねっている様な状況だ。色が深緑なだけに余計にだ。

「お、起きたけど、永眠しそう……」

 目の前で世話しなく羽ばたくソレは俺を眼下に据えて言う。

「4分前です」

「……りょーかい」

 まぁなんだ、高性能な目覚まし時計であらせまする。

 チエリは起き上がった俺の頭に陣取ると、その姿をくらませた。

「今日は一日平穏でありますように」

 全くもってそんなことにはならないだろうと、そう感じながら呟いた。


 夕餉の残りと有り合わせの食材で軽く朝食を済ませた後、テントを畳む。

 形を整え丁寧に折り込んで、袋に仕舞う。

 下手な畳み方をすれば、ナップザックの中で暴れて変に偏ってしまう。そうなれば、余計な負荷がかかり、疲れは倍増するからだ。

 その後、竈の石を崩し、所定の位置へ戻しておく。結構重くて重労働だ。

 廻りの面々を眺めながら毒づく。

 俺には重労働なだけで、彼女たちはほいほいと軽々と運ぶ様をみて、規格の差を思い知らされる。

 今日もまた彼女たちについていくのか。ついでに気分も重くなった。

 昨日みたいに、道無き道を逝くことはないだろうが、その分歩行の速度は上がるのだろうと思わされた。

 違う、ペースは俺が握るんだ。彼女たちの好きにさせてはいけない。またとんでもない厄災が降って湧いてくるに違いない。

 ……どうやって?

 前途多難、暗雲立ち上る。

 HAHAHAケセラセラ、なんとかなるさ~なるんくるないさ~。

「雨になりそうだな」

 背後から声がかかる。

 弥生だ。

 荷物を背負い既に準備万端の姿で、空を見上げる姿に合わせて俺も空を見上げる。

 薄雲が日差しを遮り始め、山奥からの雲は黒い姿をゆっくりと平野部へ向けてかいなを拡げようとしていた。

「昼までには一雨きそうかな」

 合羽を着ての行軍は骨が折れそうだ。

 雨宿りの出来ない山道での昼食もまたげんなりすること請け合いである。

「雨雲を吹き飛ばそうか?」

 なんでもないことのように言ってきたのは千歳だった。

「やめなさい」

 にべも無く拒否の意を告げる。

 バタフライエフェクトって知ってるか?なんて言葉も浮かんだが、それを言葉にするのはこっぱずがしくてしょうがない。

「準備は整ったぞ」

 ジャネットたちもやってきた。後ろには眠たそうな顔のレンも勿論居る。

「あずさんは?」

「本部テントで手続きに行っている」

「あー次の目的地か」

 ズル防止のため、出発間際でないと地図を渡されない。

 まぁ前日に渡されても、観る余裕は無いと思うが、情報があるのとないのとでは雲泥の差があるのも確かだ。

 実際のところ、上級生が混じっている班は前年、それ以前の行軍経験があるわけで、どういうルートを辿るのかなんてのは既に知られているのも同然。日本組の班も上級生が混じっているわけで、実質俺たちだけが、まっさらな状態である。

 といっても、地形を読めるエルフ達が居るわけで、迷うとかいったことはないだろう。

 遭難しそうにはなったけど。約一名だけだが………俺だよ俺っ。

 よくもまぁ、はぐれずに着いていけたと自分を感心したい。うん、よくやった。

 昨日のショートカットは先生に怒られて、二度と使えない。普通のルートを辿るだけで、おそらく問題はない。

 問題があるとすれば、この雨模様な空と………襲撃だ。

 昨日は、天目先生がやってきたという。となれば、六道先生がやってくるのだろうか。

 相手するのは面倒だなぁ。

 とてもめんどくさい。どうやってイチヌケするか考えておかなくては。

 そんなことを考えている内に、他の皆も集まってきた。

 メアリー達を筆頭にメイド4姉妹が続き、そのあとイフェやカナンたちがゾロゾロと続いている。

 昨日の天目先生の襲撃でめったくそにやられたのにも関わらず、そんな雰囲気はないようだった。どっちかというと、次は負けない、地べたを這わすのは向こうだといわんばかりの荒々しさを感じる。

 いい面構えであるということだ。

 そいや、昨夜は騒いでなかったな。てっきり深夜までどんちゃん騒ぎして廻りに迷惑かけてくるんじゃないかと、そんなことを考えていたが。

 余程疲れたのか、襲撃のために身体を休ませていたであろう。

 へたに暴走だけはしてくれなければいいが……どうなんだろうなぁ。

 手綱は取れそうにないし、ふっ、どうにでもなれだ。

 点呼をとっている間に、あずさんが地図をもって帰って来た。それをエルフのカルディアに渡し、いよいよ出発の段になった。

「そんじゃ、いこうか」

 軽めの応答があり、一路次のキャンプ地へと足を踏み出した。


 小一時間ほど歩いていると、とうとう雨が降り出してきた。

 完全に日光を遮っている訳ではないが、薄暗くなっており、木々の影がいや増している。

「本格的に雨になりそうだな」

 隊を停止させ、雨具着装を言い渡す。

 荷物を路肩の草の上に置き、ポケットから合羽とナップザックを覆うシートを取り出す。

 各々が自分の装備に防水処置を施す。流石にこの位はテキパキとやっていた。

 着替え終え集合すると、色とりどりの合羽が花開く。

 ………おい。

 ショッキングピンクに蛍光イエロー、トリコロールカラーなものから多種多彩。

 どこでそんなん仕入れてきたんだ。思わず呆れる。

 因みに俺は、深緑の極々普通の合羽である。バイク用に買ったんだけどね。初の使用が行軍になるとは思ってもみませんでしたよ。

 弥生は桜色、千歳は髪の毛と同じ紅色、ジャネットは山吹色、レンは白黒ツートン、あずさんは灰色といった具合である。

 まっいいか。女の子なんだからそういうお洒落に気をつかっているってことで。

 チエリを頭に乗せ、帽子をかぶる。雨に打たせるわけにもいかないからだが、頭の上でもぞもぞされるのは、ちといただけない。

『暴れないでくれよ』

『身体の保持に苦慮中、努力目標として設定します』

『無理の無い程度でよろしく』

『了解しました』

 あー素直でいい子だ。

 廻りの女どもも見習ってほしいですよ。

「準備完了だ」

「よし、行こう」

 防水の透明袋に地図を入れたカルディア達を先頭に隊は列を作る。

「無線機はどうだ?」

「元々が防水機能付ですから、池に落とすか川に流すかしなければ問題ない」

 淡々とあずさんが説明してくれる。

「本部に、今後の天気を打診しておいてくれ」

「了解しました」

 あずさんは俺を見たまま立っている。

「……なにか?」

「いえ、なんでもない」

 ぷいっと視線を逸らせ隊列に戻りつつ、本部とのやりとりを行う。

 ふむん、あの視線。チエリの方を観ていたのだろうか。まぁバレても問題はないと思うが。対外的には備品扱いだ。

 ちょっと飛んだり喋ったり、勝手に動いたり………翅の生えたちっさい女の子だとしてもっ!

 うむっ、大丈夫だ問題ない!

 ひやひやしながら、隊列の後ろを着いていくのであった。


 昼飯は戦闘レーションだった。

 かなりの雨量。豪雨とまではいかないが、その一歩手前な感じと多少の風がでている。

 厄介だ。

 風にあおられて、ナップザックが右往左往である。思った以上に体力を消耗している。

 そんな訳で、ポスト地点のトイレ付きの休憩所で早めの昼食とした。

 木を壁にして雨宿り用のフライシーツを展開、その下で押し合いへし合いしつつ簡易のガスコンロで湯を沸かしつつの食事。

 たまにはこんな雰囲気もいいかもしれないが。もちろんそれは終わってからの感想というやつだ。

 今は蒸れる熱気にへきへき中である。

 沸かした湯をコップに注ぎ、粉末スープを溶く。多少の缶詰が彩りを飾る。

「目的地まではあとどの位だ?」

 カルディアに確かめる。

「半分を過ぎたあたりですね」

 ふむ、十分なペースを保っていられているようか。

「本部とのやりとりはどうだった?」

「夜半まで雨が続くそうです。風は夕方までのようです」

 あずさんが煩わしげに返してくる。

 廻りの気配を伺うと、やはり雨のせいか機嫌が悪そうだ。平気そうなのは、エルフ3人娘位か。

 あーあと弥生。というか気にしたふうでも無いって感じだな。

 ふと、思う。あずさんが不機嫌?いや、いつも不機嫌そうだが、そういう不機嫌でもない。彼女の性格からしてみれば、弥生と同じような気にせずにいてもいいような気はするのだが、何かあったのだろうか。

 まぁ、突っ込んで聞かないけどね。何されるか解ったもんじゃない。

「なんじゃ主よ気がついておったのか?」

「……なにがだ?」

 皆の顔色を伺っていたら千歳が、意外そうな顔をして聞いてきた。

「何者かが妾たちを監視しておることをじゃ」

「ん?そら、昨日のことがあったんだ。軍の監視員さんたちがどきどきして見張ってんだろうな」

 またぞろ、無茶な行軍をされては適わないだろう。警備を仰せつかっている方々の心労はいかにってもんだ。

 もしかしたら、皇軍の誰かかもしれない。なんせここには弥生が居る。なにかあったら一大事だ。まぁ余程のことが無い限り、何も起きようが無いというものだが。

 そう、例えば──。

 辺りに獣の鳴き声が突然轟いた。

 犬?にしては野太いというか野性味溢れる気がする。

「主よ」

「どうした?」

「来るぞ」

 淡々と千歳が告げた。

 なにかって、そら襲撃だ。只の野犬がこんなこともするはずも無い。その位のことは頭がまわる。

 つまり、監視ってのは俺が考えてたようなことではなかったということだ。

「今度はなにをしようとしてるんだ」

 ベルトにナイフがあるのを確認し、外を警戒する。

「ジャネット、レン、マルヤムも廻りを警戒してくれ。あとは班ごとに固まって」

 さくっと戦闘力ありそうな面々を押し立てる。

 俺の声に対し、異論はないようで即座に動く。

「千歳はみんなの護衛、あずさんは弥生と一緒に」

 テキパキと指示を出す。

 目に入った状況から、パズルを組み合わせるかのように反射で指示をだす。

 まぁ俺が指示ださずとも彼女たちなら、適当にいなしてくのだろうけど、そんな考えがよぎる。

 ……にしても、これが六道先生の“指導”なのだろうか。

 昨日は天目先生が待ち構えて、一対一で戦ったから、今日は集団戦闘でって組み立て?

 だとしても、魔獣化したものをけしかけるのはやりすぎだろ。俺以外の皆に対してはいささか心許ない戦力かもしれないが、別の班の人にとっては驚異である。

 でも、まぁ……そういう細かいこと考えてはないよな、あの先生って。

 犬が小手調べというか。彼女たちがそれでやられるとは思っていない、調子に乗って追撃し陣形を崩されたところに先生が各個撃破していく筋書きか?

「深追いはするなよ。バラけたら思うつぼだ」

 注意を歓呼する。

 とはいっても熱くなれば廻りが見えなくなる。授業でも言われてたし、俺もあの総合演習の時はそうだった。運良くなんとかなったのはサクヤのお蔭だ。そういや、まだ修理やってんのかな。今回は結構時間かかっているようだ。

 授業もあるし、戻ってきてくれると助かるが、まぁ無ければないで零式を使うだけだ。

 茂みが不意に擦れる音を奏でる。

「来ます。数は4体」

 エレノアが叫ぶ。

 エルフだけあって、感知に関しては随一なのか、俺もそういうスキルあればな。

 ん、もしかしてあの目を使えばいいのだろうか。

 一瞬考えがよぎるが、それ以上の思考はできなかった。

 そう、件のものが現れたからだ。

 4匹。

 人ではなく、動物でもないそれ。魔物と呼び称されるモノ。

 それが目の前に現れたからだ。


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