ニイタカヤマノボレ 05
いぶかしんでいると、扉が開かれ、女子が入ってきた。
「ななななな、なんですかっ貴方たち、ここは男風呂ですよっ」
視線が集まり、黄色い声が静まり返る。
「ねぇ、この子って例の?」
「たぶんそう」
「なんであいつだけなの?他は?ねぇ他は?」
なんだかぼそぼそとした声が所々聞こえた。
「君、聞いてないのかい?この時間からは混浴になるって」
「こ、ん、よ、く?」
「女子の人数が多いから、男の方は時間が来れば解放されんだよ」
解放?
呆然としていると、入り口の女の子たちが風呂場に入ってきて、各々に身体を洗い出す。俺のことは路傍の石のように平然と無視して。
とっさに身体を反転させ、壁の方に身体を向ける。
「き、聞いていませんっ。いつそうなったのですか?」
「何時って昔からさ。そういうのは上級生から聞かされてなかったのかい?小冊子にも書かれていたはずだけど」
記憶をたどる。
そんな記載は無かった。もしかしたら、誰かが故意に嵌めようと俺の分の小冊子から削っていた?
そんなことをするのは……。
駄目だ、心当たりが多すぎて容疑者が絞れない。くそっ。
「くくくっ、可愛いねぇ」
「その子って例のアレでしょ。関わり合っていいの?」
「それがどうした。折角楽しみにしてきたのに、ふにゃちん野郎どもは逃げ出してんだ。こんなんでも男だぜ」
「それもそうかも」
「でも、ほら、あれでしょ……」
「へっ、お前だって期待してきたんだろ、別段誰だっていいじゃねーか、ガンミしとけしとけ」
豪快な笑いが後に続く。
……なんだろう、野性の猛獣の中に放り込まれた気がしないでもない感覚は。
風呂に浸かっているはずなのに、鳥肌がたった。
はっ、風呂から出ればいいんだ。何を固まっているのだか。手拭いで大事なところを隠して風呂から上がろうと……。
「駄目だよ、私等の楽しみを邪魔しちゃいけないな」
目の前に見知らぬ女子が現れた。
俺は逃げ出そうとした。
しかし、回り込まれて逃げ出せなかった。
突き飛ばされ、どぼんと湯船に戻される。
「ゆっくり浸かっていけって、折角の出汁が勿体ないだろ」
出汁!出汁っていったぞ、この女!!!
「ごめんねー、こっちも度胸試しやってるのよ。男が居ないと、意味ないじゃない」
別の女が告げる。
自然と視線が合う。胡乱な目つきで、獲物を狙う獣だった。
「次の犠牲者、あ、いや獲物、あ、違う生贄?んーなんでもいいや、変わりが来るまで君はここにいること、いいねっ」
よくねーーー。
獲物とか犠牲者とか、男として見られていない。
「それにしても、可愛いわね。もっとこっちをガンミしてくるのものだと思ってたのだけど、なんだか拍子抜け」
「そうね、そんなのいたら、叩き出すだけだけど」
「えー因縁つけて尻に敷くチャンスじゃないー」
「やめてよ、そんなの相手にしたらがっつかれるだけよ」
「……そういうのもアリかも」
女の子に対する幻想が音を立てて崩れていく。
あ゛ーそいや、総合演習の時、ビーチバレーでもそういう視線を浴びたっけな。ふと、思い出す。
もっとも視線の先は、俺なんかより東郷少佐たちが燦然と集めていたっけな。
軍に行けば、あーいった好奇な視線を浴びることになるのか。うん、これまた任官しない理由が一つ増えたな。
まぁ俺がそんな視線を集めるようなことにはならないと思うがね。
とりあえず軍関係はおいといて、問題はどうやってここから脱出するかだ。韜晦している時じゃねぇ。
壁側を向いていては、廻りの状況なんか掴めない。かといって、振り向いて見渡す訳にもいかない。全くもって手詰まりだ。
誰かに助けを求める?
でも、どうやって?孤立無援だぜ。
次が来るまで晒者の状態でいるしかないのか。それは嫌過ぎる、とっととおらさばしたい。
あー、もうこうなったら、ガンミして、不興を買って追い出されるっての一つの手かもしれない。しかし、それは自爆技でもある。これからの学校暮らしを考えると封印技でしかない。
ふむん。
こういう時、何か魔術があれば………。習った中に何かあった気か。
ないな。透明になったり、瞬間移動したり、そんな大層な魔術は教えてもらっていない。
ちょっとした小技程度でしかない。
後は、有無を言わせず脱出するか?フォースパワーは多少は回復している。加速して脱衣所まで一気に駆け込めば……そのまま服を着て……。
濡れたままで?
無理だ。第一、着替えている隙に連れ戻されるに決まっている。
服を抱えて外に出るしかないが、ストリーキングなんかやった日にゃ学校生活どころじゃなく、人生が詰む。
うーむぅ。
とりあえず、動じない心でもって不動を貫くしかないのか?
……壁の、正確にはテントのシートだが、染みを数えて耐えるかな。だんだん弱気になっていく。
「おーい、大丈夫か?」
背後から声がかかる。
「はい、大丈夫ですよ」
「茹だってないか心配したんだが、無用だったか」
「そうですね、茹だる前にお暇したいですよ」
「浸かっているから茹だるんだ。縁に腰掛けておけよ」
「俺をここから出すって気はないんですね」
「まあな、自分らもこんなことしてていいのか君の様子見てて不安になるが、これも伝統だ。役得と思って堪能すればいい」
どういうことだ?
「言ってる意味が解らないかな」
「えぇ、まぁ……」
なんというか、不毛である。
「うちらは4年生だ。卒業すれば、軍に入る。それは解るな」
「なんとなく…」
それが、混浴とどう繋がるというのか。
「現場……いや、戦場になるな。そういう場所では女も男も関係なくなる。もし、その場で負傷した場合、どうなる?」
「……手当てをします」
「その場合どういうことだと思う?」
んん?
「解ってないようだな。傷の治療をするにあたって、処置を施すには服は脱がさなければならない。つまり、裸をみることになる」
「そうなりますね……」
「でだ、その時に裸を見て慌てふためくなんてことをしたらどうなる?」
「いい的になる?」
「しかも、作戦行動中だと作戦が破綻しかねない。現場が混乱するということは、作戦の破綻、ついては部隊の全滅になりかねないということだ」
混浴することが、そんな大層な命題と繋がるものなのか?
いや、まて。確かに普段裸で歩くわけにはいかない。学校内でそんなことをすればどうなるかなんて一目瞭然だ。
「だから、こういうイベントにかこつけて、裸を見慣れておくと……」
「そうだ。こういう機会でもないかぎり、裸を観ることなんてない」
「確かに」
でもなぁ……。
「それは、私等だけじゃなく、君にも言えるんだよ」
それは……。
考える暇なく髪の毛を掴まれた。
そのまま、引っ張られ立ち上がらされ、向きを正面へと変えられた。
「済まんが、身体へのお触りは禁止なんだ。もっとやさしくしてやりたいが、こればかりはどうしようもない」
お触り禁止って、髪の毛もその対象にいれろ~~。
目の前に、顔かたちの整った女性がいる。勿論今の話し相手だ。
本能にあがらえず、視線が自然と下方向へ向く。なんでもできると言われる二つの膨らみが目に飛び込んでくる。
髪を引っ張られる痛みを忘れて視線が固定化された。
「うわぁ……」
「まっ、一年坊には刺激が強いかもしれんが、君にも動じて欲しくないのは確かだ」
動じたいです。任官する気はないので、一般人の感覚のままがいいです。とは、口が裂けても言えない。
「言っている意味は解ります。解りますが、乱暴です」
「おいおい、戦場じゃこんなのお優しいことだぞ。野郎なんて下半身向かれてレイプされるかもしれないんだ。その時逃げられないように、どうされるかなんてことを考えたらな」
諭すように言ってはいるが、生々しすぎる。
「野郎が戦場ってのは、そうそうありもしないかもしれないが、現場でなくても色々あるだろ。ハニートラップなんてのも」
妖艶に目の前の女性が笑う。
「君の行動次第で、私等の命がかかる。命とただの裸、どっちが大事だ」
「……命であります」
そんな2択を突きつけるのは卑怯だとは思うが、そう答えるしか術はない。
なんだかんだと言っているが、理に適ったことだと思考は告げる。今この状況下ではそんな判断しかできず、後になってもっと他にやりようはあるんじゃなかったのかと文句の一つもでてきそうではあるが。今、代案が出ないのでは反論もできない。
「だから根性いれて私等を観察しとけ。多少オッタテルのはいいが、そこまでだからな」
おっ立てるって……。
ってところで、彼女の視線に気がつく。
ガンミかよっ!
立ててませんよ!!!
流石にこんな雰囲気では立ちようがない。
それで気がつく。廻りの視線を……。みんなしてガンミしてらっしゃれた。
なにか、品評されているような声が聞こえるが、気にしたら負けな気がした。
「そんな訳で、次が来るまで大人しく座ってな」
彼女は俺の髪の毛から手を離し、湯船に浸かった。
俺の正面で!
つまり、立っている俺の正面。視線の高さは丁度……。
慌てて湯船に浸かった。
「……残念」
残念じゃねー!!!
戦場とかどうでもいいんじゃねーか。ただ観たいだけで、理屈を捏ね繰り回していたのではないのか。
自分の裸体を掛け金にしてやるとは豪気ではある。そこは感心せざるを得ない……のだろうか。
結論をいうと、次は来なかった。
野郎どもはこの事態を知っており、災難に巻き込まれることを避けていたのであった。
お触り禁止が間接的に役立っているのだろう。“接触”するには会話しかない。とりとめもない話から、趣味や部活、まぁ色々だ。
入ってくる人も、4年生が殆どで、たまに3年生が来る程度。流石に4年生ともなると、かなり筋肉質で引き締まった身体をしていた。組み敷かれたら抵抗できなさそうな予感で一杯だ。
人数もそんなに多いわけではなく、隣の喧騒に比べればのほほんとした空気であった。視線以外は。
なんというか、警戒されないように態とのほほんとした会話で場を和ませているのであろう、そして、視線は湯船の中、ある一点をちらちらと気にされていた。勿論俺は手で覆って隠していますがねっ。
たまに隠している片手をあげる時、変わりにもう片方の手で隠すとか、茶目っ気を披露したりもした。その時の視線の鋭さが妙に笑えた。湯を掛けられて、抗議されたりもしたけど。
その後、別の女性から話を聞くに、彼氏も居なければ婚約者も居ない独り身の女性たちが、この機を色々な意味でチャンスと捉えて、やってきていたということも含まれているとのこと。
済みませんね、婚約済みの身で。期待に添えないのは残念でもあり、助かったともいえる。
最後の方になれば、和気あいあいと会話することにもなり、普段の学校の様子などを知ることが出来た。
俺って、気がつかないようにしていたが、やはり特殊な環境にいるのだと思い知らされた。
それを知るのが、こんなイベントってのもなんだかなぁ~ではある。
結局、一時間くらい長逗留することとなった。色々な所がふやけまくっていた。
外に出ると、夜風が涼しく気持ちが良かった。長風呂なんて今までしたことがなかったから、この感覚は新鮮だ。
「また明日もよろしくね」
背後からそう言われて俺は地獄の釜から退散した。
二度と来ねーよと心の中で断言した。
こうして、様々なハプニングを迎えて一日目は終了となった。