ニイタカヤマノボレ 03
お待たせしました。
ペースを上げていきたい。
「ゴール………」
霞む視線の前に本日の最終目標地点であるキャンプ地があった。
「辿り着けた……のか?」
くらくらする。目が廻って現実味がない。
そうだ、目の前に広がるこれは蜃気楼であるかもしれない。砂漠でよくあるやつだ。近づけども近づけども辿り着けないオアシス。そして干からびるって寸法だ。
うははは、騙されないぞ。まだまだゴールは先だ。だってまだ昼前で飯もまだくってない。高天原よあと少しだ。待っていろよ、今そこへ辿り着いてやる。美人のねーちゃん、美味い酒、うはははははーーーー。
「何処へ行く」
後ろから引っ張られた。
なんだとばかりに振り返る。
「あん?」
目の前に美少女がいた。誰だ。こんなやつ知らない。歳のころは俺と同じくらいか?
なんでこんなところにいる。
「君だれ?こんなところに来ちゃ危ない──」
相手はいきなり俺の胸ぐらを掴んできた。突然のことに動揺する。
「ちょっと、なん──」
電光石火で平手打ちが飛んだ。パパパパパパパンパンパン。
軽快なリズムで刻まれた。
「なにすんだっ」
「目が醒めた?」
目の前の正体はあずさんだった。その瞳が俺をじいっと見つめている。
「へっ、はぅぇ?」
一瞬で我に返った。
「ここどこ?てか、さっきの美少女は??」
蔑んだ目が、三白眼の目が、俺を見据える。
「目的地です。早く設営を開始してください」
「あ、あぁ解った」
気を取り直して頷く。
妄想?願望?欲望?
どうやら、余りの強行軍のせいで意識がぶっとんでいたようだ。途中までの記憶しかない。
よく辿り着けたもんだ。思わず感心した。
一歩、野営のためのテントを張るための場所へと向かうため、足を出したら、そのまま踏ん張りがつかずそのまま前のめりに倒れた。慌てて逆の足に力を……そのままくず折れた。
あ?
やばいっ。手をつく……へにゃっとそのまま肘が折り畳まれた。
結果、顔からダイビイングで地面へと突っ込んだ。
背負ったナップザックが重くのしかかる。胸を押されて肺から空気が抵抗もなく抜けていく。
身体を起こそうともがくが、身体がいうことをきかない。
四肢が痙攣をおこしているのを感じた。痺れが脳天に突き刺さる。
助けを呼ぶ声も出ない。肺から空気が押し出され、吸うにしても浅く、直ぐに吐き出してしまっていた。
呼吸が早い、鼓動も早い、あれ?これってちょっとヤバイ状況なのだろうか。思考が追いつかない。
状況を探ろうにも、身体が動かない。早鐘の如く鳴り響く心臓の音が耳に入ってきてうるさい。
俺の長い長い人生はこれからも──。
完。
「寝るには未だ早いぞ」
ナップザックをむんずと掴まれ、俺はそのままクレーンゲームの景品のように宙を彷徨う。
ぐるりと視線を巡らせば、片手で俺を持ち上げたものの正体が目に入る。
弥生だった。
「…………」
息も絶え絶えな俺は言葉も発せず、そのまま歪む視界の先にいる弥生を見つめ続ける。
息も乱していなけりゃ、疲れた様子も全然ない。廻りの連中も同様だ。俺だけですか、俺だけなんですね!
あずさんだって、こっち側の筈なのに平然としている。フォースパワーの差なのか、元々の基礎が違うのか、世の中不公平だらけである。
にしても、弥生だ。
俺がこんな状況なのに、しれっとしてやがる。全くこっちを心配していない。
仮にも婚約者なんだろ。ちょっとは心配しろって………。
してるのだろうか。普段であれば、“我が旦那ならば問題ない”と云ってる奴だ。それが倒れた俺を曲がりなりにも起こしている。格好はともかくとして。
………本当に?一抹の不安がよぎる。
というかですね、仮にも婚約者の目の前で無様な姿を晒している俺ってどういうことだと。
ここで見限ってくれるならそれはそれで……。
あれ、なんだろう、凄く、イラっときた。
「大丈夫だ、問題ない」
力を絞って云った。
「そうか、しかし転んだせいで顔に擦り傷ができている。救護テントに行くぞ」
「あ……うん」
荷物を降ろした俺は、弥生にお姫様抱っこされて連れされられた。
抵抗する力も気力もありませんでした、はい。
「全く無茶するわね」
とは、女医さんのお言葉。
仮設ベッドに寝かされている俺。そのかたわらに弥生が座っている。
「無茶ですか」
「とりあえず、夕食の時間まで寝ていること。いいわね」
擦り傷を手当てされたあと、そのままベッドに強制的に寝かされた状況だ。
「それでは、皇さん。彼が起きないように見張っててね。私は他にも見なくちゃ行けないことがあるから」
言ってそのままテントを出て行った。
いつもなら、問答無用とばかりに身体検査だと指をワキワキさせてくるあの女医が何もせずに居なくなった。
もしかして、凄く不味い状況なのだろうか。不安で堪らなくなる。
何もされなくていいことではあるが、何もしてこないなんて……。いや、人目があるからだろう。流石にあんなことをここではしないだけの良識を持っていることと思いたい。思わせてください。
ふと、弥生と目があう。
「俺は大丈夫だから、皆の所へ行ってテントの設営を手伝ってきてくれ」
「そうはいかん」
きっぱりと断られた。
「しかし」
「命令を受けた。それを反故にする権利はない」
「いや、ちゃんと寝てるから。それよりも──」
「命令は命令だ」
うーむ。
「解った。寝るけど、悪戯すんなよ」
「……もちろんだ」
とりあえず折れてみたものの、反応が気になった。
まぁいい、こんな場所だ。女医だって手出しして来なかったんだ、弥生が何かするわけはない。いくらなんでも皇族なんだから、周囲の目ってやつは気にしているだろう。
気にしてますよね?今までのことを振り返る。
うん、気にして欲しいなぁ。
そんなことを考えている内に段々意識が遠のいて行った。
気がつくと夕刻だった。夕餉まではもう少しあるだろう時間だ。
「起きたか」
声がかかる。
勿論、弥生だった。
本当にずっと看病していてくれたのか。まぁ見てるだけなんだろうけど。
「あぁ」
身体を起こそうと手をつく。
幾分か力が回復しているようではあるが、流石に本調子とまではいかない。
「皆は?もう夕食の準備ができたころかな」
「いや、まだ帰ってきていない」
「…………え?」
「まだ横になっていろ。先生を呼んでくる」
質問しようとしたが、先に制して弥生は席を立つ。
程なくして六道先生がやってきた。
そして、お説教タイムが小一時間ほど始まった。
その内容なんだが、どうにもショートカットしたことが原因のようだ。
山道以外は私有地に国有林等々、踏み入れること禁止であり、不法侵入にあたるとのこと。
事前にそんな説明なかったと、反論すれば、人の家に無断で侵入するようなもので、態々告げるような話しではない。常識で考えろと頭ごなしに言われた。
流石にベッドで寝ている身なだけあって鉄拳は降ってこなかった。普通にしてたら殴られていただろう。
山に入って何も採取してないことを確認され、無いと告げる。山の資源はその土地の所有者のものであり、勝手に取ればそれは窃盗となる。よかった、通り抜けることだけに専念してて。遊び感覚で入っていたら、なにか見つければ意識せずに採取していただろう。そのことだけは、運がよかった。
「では、懲罰を受けるのですね」
六道先生の言葉は納得だ。そういう事が意識から欠けていた。“普通がいい”とか言ってて、こんな常識をすっぽり抜けてしまっていては。浮かれていたのだろうな。
何をさせられるのか、腕立て伏せ100回とか?スクワット100回も入るかな。疲労の濃い身体では地獄の黙示録になりそうだが、罰は罰。甘んじて受けなければならない。
「飯喰ったら寝ろ」
「……え?」
そんなの懲罰じゃない。
「今ここでお前に何かさせたら、明日動けなくなるだろう。懲罰を受けるなら終わってからだ」
なるほど。
今以上に気を引き締めて、懲罰対象となるようなことを避けないといかんな。
「それで皆は?飯の準備中ですか」
「いや、あいつらは元気が有り余っていたからな。一回戻って、正規の道でやってこいと言っておいた」
へ?
「片道20kmをですか?」
つまり往復40km、しかも半分以上は山道。普通のマラソンよりハードじゃね?
「咲華とマルガリータは残して、設営と飯の用意をさせているけどな」
殆ど全員な訳ですね。
「昼飯喰った後に行かせたから、夕食までには戻るだろ。情けで荷物は持っていかせてないがな。設営がある」
つまり、俺は倒れてなければ、彼女たちと一緒に40kmを走破してたってことか。
良かった~倒れてて。
運の良さを実感した。………いいの?まぁ回避できたってことで。
元々、山ん中に侵入しなければ、こんなことにはならなかった訳だけど。明日は山道を通ってオリエンテーション!普通にオリエンテーション!魂に刻み込んだ。
救護テントを出て、外を観る。
野営地は5箇所に分散して、ここにいるのは1学年の8割程度だ。それでも多いけど。
指定された場所にはテントが既に並んでおり、所かしこから夕餉の匂いが漂っていた。
「カレーばっかのようだ。うちとこもカレーかな」
お手軽ですからね。野菜と肉を刻んでルーをぽとりと落として煮るだけでできる。
失敗する要素はない。
どこぞの漫画やアニメのような、謎な物体が出てくることはないだろう。
廻りをキョロキョロと観察しながら自分の班のテントを探す。
「弥生、どこかわかる?」
「こっちだ」
連れられて現地へと足を進めた。
「看病してくれてありがとな。なんか変なことしなかったよな」
「うむ、じっくり寝顔を観察した」
………ふむん。
弥生は先導するため前を歩いている。なので、顔は拝めない。どんな表情で言っているのか気になる。
「なぁ、変なことを俺はしてなかったよな」
そそくさと横に並んで聞いてみる。ちらりと顔を覗き込む。
「変なところは無かったな」
なんだかうっすらと頬が紅いようなそうでないような、微妙な感じだった。
ふむ、失望されたような感じでもないし、怒らせた訳でもなさそうだ。
察するところ、何か寝言でも呟いたのを聞かなかったことにでもしているのかな。だとしたら、何を言ったのか気になるところではあるが、それを聞くわけにもいくまい。
下手につっついて蛇でも出たら大変だ。君子危うきに近寄らず。
「そうそう、晩飯は何を作るんだ?」
わざとらしいが、話題を変える。
「ずっと旦那の横にいたから知らぬ」
会話終了ー。
もうちょっと頑張れ俺。
「みんなはそろそろ戻ってくるころかな」
「そうだな」
挫けるな。
「明日晴れるといいな」
「前半は晴れの予報だ」
「ということは、週末は雨?」
「崩れるといっても、大した雨にはならんだろう」
馬鹿かっ俺、見合いじゃねーんだつーの。
もうちょっと、アレだ、二人の仲が進展するような会話だ。捻り出せっ!
………なんも思い浮かばねぇ~。
これが、ヘタレというやつなのかっ。
自縄自縛に陥っていた。