日入り果てて、風の音、虫の音 04
今年最後の投稿です。
来年もよろしく\(^o^)/
リビングにある、見た目でかい冷蔵庫のようなものの前に来た。
「なんだかものものしいですね」
冷蔵庫のようなナニカであって、決して冷蔵庫ではないのはお約束だ。
「小早川大尉からです」
唐突に帰りたくなった。
このまま踵を返して部屋に戻るという選択肢はどこかに落ちてないだろうか。
「どうぞ開けてください」
逡巡していると、急かすように言ってくる。
「開けないとだめですか」
「はい」
にべも無かった。
一呼吸置いて、決断する。
手を伸ばし、扉の窪みに手をかけた。
………。
しばし固まる。
「中の人が待ってますから」
中の人だって?この中に誰か入っているってのか。
小早川大尉から天目先生経由で来た物……。とんでもないものであることは確かだろう。
またぞろおかしなことが待っている?きっとだ。きっとやってくるに違いない。
やはりここは、踵を返して自分の部屋に猛ダッシュが正解だな。
「早く開けてもらわないと、話が進みません」
手にかけた俺の腕を掴んで引っ張った。
バコンッ。派手な音を立てて、俺の意を酌まずに扉は開く。
ううう、何がいるってンだ。
恐る恐る扉の影から中の様子を伺う。
……………。
………。
なんだこりゃ?
中にあったのは家だ。
2階建てのちっちゃな家というか部屋?。ドールとかフィギアとかそういったものを展示するための“装飾品”だった。
「これってどういう──」
『所有者様』
聞こうとしたとたん別の声が遮った。
それは俺の眼前まで飛び出してきてくるくると廻っていた。
人の形をしているが人ではない。チロリアンな衣装を纏ったそれは、蜻蛉の翅を背に生やし、せわしなく震動させて飛んでいる。
「サクヤピクシーか」
『肯定です、所有者様』
「どうしてここへ?」
『情報収集のためです』
「情報収集?」
『所有者様との遅滞無き接続を行うためです』
「今のままでも十分問題ないとは思うけどなぁ。つか、本体と離れていていいんか?」
『肯定です』
「なんやどういう仕組みか解らんけど、大丈夫いうならそんでいいけど……ってサクヤ直ったんか」
『否定です。現在再建中です』
「え?それやのに、ここにいていいんか」
『肯定です、再建中なのは構造体であり、中枢機能には問題ありません。現在も中枢機能とのリンクは現在も確立されております』
「どういうこっちゃ」
サクヤピクシーが言う言葉はどうにもコンピューターから出力されるような訳の解らなさがある。携わっている人には、どういう意味か解るのだろうけど、こちとら只の学生である。いくら日本語で語っているとはいえ、ロボテクスの言語なんか解るもんではない。
「天目先生、状況の説明をお願いします」
頭の周りで楽しげにブンブン廻っているサクヤピクシーとの会話を諦め、話が解るだろう相手に水を向けた。
サクヤの中枢機能である頭脳部分は取り出され、大破した身体を組み立て直していると。そんでもって、サクヤピクシーがすることは何もなく、“情報収集”をした方がよいということで、こっちに連れてこられたといった感じであった。情報収集ってなんじゃらほいではあるが。
「つまり要約すると、サクヤピクシーが暇でしょうがないから、こっちに来させたと」
「大雑把に纏めると、そういう事になります」
「そんで、この子の寮の住処がこのドールハウスということか」
改めて家を観る。
内側はカラフルな壁紙が張ってあり、階段で上下を移動する。一階はリビングらしきフローリングと洗面所(風呂とトイレは別)、二階には二部屋づつあり中部屋と小部屋といった感じだ。
スケールは置いといて、俺たちの部屋より豪華であった。
構造物の素材はプラスチキーではあるが、チープさはないどころか、妙に手の込んだ意匠をしていた。まぁ人が入る訳ではないから、強度に問題もあるわけでなし、なんとなく羨ましい気はするが、云わぬが華よ。
「こっちに来させたのはいいけど、学校はどうすんの?」
流石に人外ばかりのクラスとはいえ、そこに行くまでは普通の学生の目もある。こんなのがふらふらと飛んでいれば耳目が集まりすぎること請け合いだ。
しかもその格好が、チロリアンな民族衣装じゃぁ何を言われるか解ったもんじゃない。
といって、この衣装は身体の一部である。俺がそう創ったのだから……。
『不可視状態であれば、見つかることは無いと推測します』
「不可視?」
『構成色素を透明にすることで、外部から視認されることは防げます。但し、光を受容することが不可になり、通常の視覚は機能しませんが、別の視覚で補うため問題とはなりません』
なんだか良く分からないが、問題はないってことか。
「先生、サクヤピクシーが透明になれるから、学校についていくていってますが、大丈夫ですか?」
「ご主人様が問題なければ、構いません」
うわっそういうところを丸投げしてくるか。教師としての判断はないのかっ!
「まぁこれが、“業務”ってんなら、こっちも反対する理由はないんだけど」
改めて、サクヤピクシーを観る。
やばい、やばい、これは絶対やばい。見つかったら、俺の尊厳は粉々になること1000%だ。
「絶対見つかるなよ。俺の人生がかかってるんだから」
念を押す。
『了解です、使用者様』
「先生もそのための協力はしてくださいね」
何があるか解らない。騒動になるなら先生がそうしろと言ったと言い訳にしよう。心に誓った。
「ところで、サクヤピクシーは………」
うーむ、なんとも言いづらい。つか呼びづらいな。
サクヤと中枢機能と端末のサクヤピクシー。区別は確かにつくんだが、どうにも混同しそうである。それに、サクヤというとどうにも過剰反応する輩(安西)がいるし、いつまでも仮名のままでは可哀相である。この際だ、名前を決めてしまおう。
何がいいだろう。
まぁ名付けに関して才能はない。行き当たりばったりの適当である。
とりあえず、サクヤ関連で心当たりがないか考察してみる。
サクヤの汝は木花咲耶姫から来ている。同じようにすると、残りの部分からコノハナ……うん、ないっ。
うーん、どうするか。サクヤ、機体の色は桜色だから、サクラ?ちょっと安易すぎるか。
もうちょっと捻りたい所だな。
桜、櫻、サクラ、チェリー?いい線いってそう?でも、呼ぶときに“おい、チェリー”……ないなぁ。もうちょい何か……チ……エ…リ!
「チエリ」
二人の目が俺に注ぐ。
「サクヤピクシーって、とりあえずだったから、正式な名前をつけた方がいいと思ってな。どう、チエリってのは?」
「チエリ、ありがとうございます、使用者様」
「気に入ってもらえて……って喋ったぁぁぁぁぁぁ」
「はい、喋れるようになりました」
にこにこと笑みを浮かべ、俺を観る。
なぜ?突然こんなことが。
はっと閃き、天目先生に視線を向ける。
すると先生は違うとばかりに手を左右に振って答えた。じゃぁ小早川大尉?
「真汝を授けられたことにより、存在の固定化が進みました。そのため、物質界への干渉力が増大したことによる結果です」
「物質界?存在の固定化??」
何を言っているんだ。そういうのは中学生までだぜ。
「神秘学ですね。ご主人様、もう少し勉学に……そのなんと申しましょうか……」
………。
いや、まて、待ってください。そんな内容の授業受けた記憶はないぞ。
「えーと、授業で受けたっけ?」
「常識ですっ」
常識だそうです。
「これはいけません。天目伊茅子のご主人様とあろう御方が、その程度、知らぬことなどあってはなりません」
「えぇ~」
押しかけ下僕がそれを言うか。だがしかし、そんな反論は口に出せない。
「そうですね、勉強しておきます」
とりあえず、絡まれる前に逃げ出すことを決意する。
「それでは、部屋に戻って──」
「夕餉の時間まではまだありますね。今やってしまいましょう」
うむ、流石俺の下僕。俺のことをよく理解しているじゃねーか、ちくしょぉぉぉぉめぇぇぇぇ。
“有り難い”個人授業が始まる。
人には肉体と魂がある。その二つを繋ぐものが精神ということだ。
肉体とは物質の固まりなだけで、そのものでは思考することすらできない。魂と繋がってこそ思考が生まれ、行動する事が出来るらしい。魂が宿るためには、肉体という物質がある程度高度な“組み合わせ”であることが重要であった。
人の場合、脳があり、神経があり、臓器がありといった状態になって初めて魂との繋がりができるとのこと。受精した時ではないらしい。
覚醒の夜以降、その“距離”が縮まったことで、人は異能を獲得する事となった。
また、肉体と魂を繋ぐもの、精神も強化され異能を行使しても潰れなくなった。
もちろん、異能を発揮しすぎて人外へと変態することもあるし、魂側に引きずられすぎて、魔物と呼ばれる人類の不倶戴天なる存在へと変容することもある。
まだ、どこまでが大丈夫なのかは解明されていない。使いすぎなければ危険な事にはならないが、それが10の力で変わってしまうか、100の力が必要なのか、更に10万、100万でも大丈夫なのかというのは、魂とその距離、精神の強さ、肉体の“脆さ”に依存するため、一概にいえないという。
理性ある人外が、肉体と魂と精神が高次の均衡を得た結果の存在である。いかに希有な存在であるかというのが窺い知れる。
にしては、乱暴者が多いよなと思うが、それは魂が基本混沌の属性であり、肉体が法の属性で、いくら高次の均衡を得たといっても、魂側に引きずられてしまっているからだという。
では、異能とはなにか。勿論、フォースパワーのことだ。
ただ、そのフォースパワーとはなにかというと、これまた完全には解明されていない。大まかに加速/減速/収束/拡散の現象が観測されているだけだという。
それが何故に起こるのかというと、魂側の法則が混沌であることだろうといわれている。
物質界ではない高次の存在である魂側の次元の法則だという。原因があって結果に結ばれるのが法側の法則であれば、結果があって原因ができるのが魂側である混沌の法則ということだ。
卵が先か鶏が先か……。科学で解明されるのはいつになるやら。
で、フォースパワーの先にあるのが魔術だ。結果の先取りを行う技法である。
全くもって理屈は解らないし、理解もできないが、そういうものだとしよう。
一定の手順と音を発することで、成果が現れる。あれ?そういう“手順”をふむなら原因があって結果じゃないのか?
そんなことを突っ込んだら、ここが物質界であるためだという。結果を得るための原因が、結果を生む。
魔術とはまだ物質界に縛られた技法で、何もせず結果が生まれるようなことがあれば、それは魔法であると説明されるが、催眠術にかかった気分だぜ。
ふむん、魔術と魔法か。以前、千歳も何か言ってたな。魔術自体を知りたければ千歳に聞いた方が良いのだろうか。このまま天目先生に叩き込まれた方が良いのか。いやはや、どっちも修羅の道になりそうだ。
最後に、物質界とは波動の重なり合った均衡状態である。それについてはまた次回ということで、夕餉の時間になり解放された。
話の半分どころか、1/10も解りませんでした。
あれ?ちょっとまて、汝を授けたこと云々がどう繋がっているのだ?
先生よぉ~教える原因となったものの結果を言ってくれてないぞ~。
しかし、それを聞くのはナシだ。
そんな事を聞いたら夕餉の時間どころか風呂に入る時間も飛び越して、就寝時間まで拘束されるであろう。
うむ、聞かない結果をもって、原因を排除しておこう。