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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
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幕間 ロボテクスは空を飛ぶ夢をみるか

幕間 ロボテクスは空を飛ぶ夢をみるか


「やはり人型が空を飛ぶのは基本的に無理がありすぎですね」

 CADを前に小早川大尉は呟く。

 使い捨てのブースターに翼をつけてのハングライダーや、輸送機を土台にして乗せるといった方法はいまでもある。

 コストや運用に難があり、まともに使われていないのが現状だ。

 ハングライダー方式は飛ぶのには問題ないが、離陸と着陸に問題がある。専用カタパルトやゲタをつかって打ち出し、着陸はハングライダーを切り離してのパラシュート降下となる。近距離用緊急展開が主で、空中戦闘などは夢のまた夢である。翼に対空ミサイルなどを縣下して撃つ。そういう戦闘はできないこともないが、それなら戦闘機でやったほうがましであり、機動性もいわずものがな。手足を動かして機動しようものなら、失速、バランスを崩して墜落するのが目に見えている。漫画やアニメのようにはいかないのであった。

 輸送機を土台にして運ぶのも似たようなもので、専用の機体を造るなら、多目的輸送ヘリや輸送機に積んだ方が面度がなく、汎用性も高い。唯一機動性は輸送機には勝てるだろうが、制空権内でしか運用できないから、そもそもの必要性が無い。いざという時のために、数機用意されているだけで、演習でしか使われていなかった。

「もし、ロボテクス自体で空中機動するなら、ホバリング機能は必須。VTOL機と似たような運用ですかね」

 ただ、戦闘機よりは頑丈であるため、砲火には多少の強みもある。できれば空飛ぶ戦車ともいえなくもなく、実現すればロボテクスの運用が2世代くらい飛び越したものになるだろう。

「背中にジェットエンジン積んで無理やり飛ばしたところで、重心位置からくるりと廻って頭から地面に激突か。押し上げ式が無理だとなれば、つり下げ方式でないとそもそも飛ばせない」

 何パターンか機体のラフデザインを書き込むも、コンピューターの解析では自由に飛べるといった解答は出てこなかった。

「大層なこと言った手前実現したいが、やはり一足飛びにって訳にはいかないよね」

 机に置いてあるカップを手にとり口につける。

「……ありゃ中身が無い。結構な時間籠もってたからなあ」

 中身の無くなったカップを見て一端休憩しようと決意し、外にでる。

 ついでにサクヤの再構築が、どの辺りまで進んでいるか確認するためハンガーまで歩いた。


「修理は順調かい?」

 小早川大尉は作業を監督している主任に声をかける。

「順調?これを見て順調と聞けるのは大尉だけですよ」

 今だ内骨格の組み上げ状態である。

「化物とタイマンして生きて帰って来たってのは、驚き以外ありませんけどね。ここまで大破するなら、2~3機で戦ってくれれば被害も少なくてすんだでしょうに」

「まあ、そういいなさんなって。あの時、彼が頑張ってくれなければ、リュウジョウは確実に轟沈。最悪、軍が全滅かという──」

「大尉、その話は機密でしょ。只の主任に言う話ではないでしょう。聞かなかったことにします」

「えー秘密は共有しようよ~」

「うちには女房も子供もいるんでさ。同じ男のよしみってだけで、そうぽんぽん機密をこっちに喋られても困るって」

 主任を除けば、殆どが女性である。目につく場所は、どこもかしこも女性ばかりで目のやり場に困っている状態だ。

「つれないねぇ」

「そういうのは、上同士でやってください」

 慇懃に返答される。

「はいはい、わかりましたよー」

「ホントですかね」

「それは置いといて、人工筋肉のアレ、新しいの取り付けられる?」

「……サクヤなら処理しきれると思いますがね、正直今までのままなら、取り付けは週明けにでもできるんだけど」

「それでは面白くない」

「大尉にかかれば、兵器も玩具になりさがる。でも、うち以外には言わんで下さいよ、士気に関わりますからね」

 肩を竦ませて了承する大尉。

「でも、そこまで必要なんですかね。運動性は上がるかもしれませんが、持久力は格段におちますよ。発熱量が高くて冷却がままならん状況じゃ」

「素材研にはいいものをと注文しますから、そこまで酷くはならないですよ」

 本当は造るのが天目一子であるため、悪いものができる筈はない。方便である。そう考える小早川大尉。基本、製造には関わらせたくはないが、“ちょっと”だけ品質のいいもの、稟議を廻してたら時間がかかるもの、そういうのをすっ飛ばすために頼んでいたりする。あくまで主導は小早川大尉であるが。

 彼女の手にかかれば、人が造りうるもの以上のものを創ることができるだろう。ただし、一品もの過ぎて、誰にも再現できない。呪装・刻印も含めて、まだまだ人の手には余るものだ。

 それに、艦の改修を主体に作業してもらっている分、あまり手間をかけさせるのも気が引けた。

「純度が高ければいいってもんじゃねーんだが」

「レイドシステムで使うから、そういうのも含めて大丈夫ですよ」

 通常、正・副・予備の3系統で組まれている人工筋肉を8系統に分割し、劣化を抑えるために順次使い分けていくシステムだ。通常使う分は3系統、劣化に合わせて順次入れ換えていく。

 いいように思えるが、制御が難しく、整備も部品点数が増える分手間がかかる。

 現状の3系統出力方式で特に不備がないこともあり、特殊な状況を除けば使われていない技術である。

「確かに今は良くても、将来どうなるかなんてのはわからんからな。色々試すのもいい」

「血が騒ぐでしょ、技術屋としての」

「まっ、そうだが、うちは開発者じゃないからな。安心安定安全がモットーよ、そこは譲れねーとこだ」

「そんな貴方だからこそ、サクヤを任せれるんですよね」

「持ち上げてくれるね~」

 二人して和む。

「んで、ハードのほうはいいが、ソフトのほうはどうすんだ?うちでは扱いきれねーぞ」

 片隅に置かれているエッグシェルを主任はみやりつつ問う。

「コアが優秀ですから、私が手にとらずとも自己完結してくれます」

「あー、いらんことを聞いた。今のは聞かなかったことにしてくれ」

 帽子を目深に被り直し、視線を外す。

「とりあえず、そのコアとらやの機嫌だけはとってくれ。うちらに関わりを持たすんじゃねぇぞ」

 言って、作業に戻る主任。

 小早川大尉は見送りつつ、休憩のつもりだったのにと、問題のエッグシェルを見つつ、溜め息ともつかぬ息を吐いて歩みを進めた。


 据え置かれたエッグシェルのハッチを解放し、中を覗く。

 開かれたハッチから光が差し込み中を照している。

「レディ、ご機嫌いかが?」

 内部上面に鳥籠状のものがつけられており、小早川大尉はそこへ向けて言葉を発する。

「十全です。いつでも出撃可能です。早く新しい機体を用意してください」

 コックピット内のスピーカーから返答が発せられる。彼がいうサクヤピクシーから直接話をできるのは彼だけで、直接話をしようものなら、“テケリ・リ・リ”としか聞こえない。

 会話のための発声部分をコックピットのスピーカーが代用しているのである。

「慌てないで、前回の出撃で壊れたから、さらに壊れにくい機体を用意しているのでね。それまでは我慢してくれると有り難い」

「我慢──、それは待機命令という意味か?」

「そうだね、気楽に待っててくれるといいね」

「気楽──、完全停止状態に移行せよという意味か?」

 ふむ、小早川大尉は考える。

 このままここに置いていては、単なる放置状態である。必要な戦闘情報などは既に吸い上げている。機体が組上がるまでは、どうすることもできない。よしんば、変に情報を与えるのは、ここの設備の都合上、非常によろしくないものが多すぎる。

 特殊な状況下にあるサクヤではあるが、ここの情報端末と接続させるわけにはいかない。どんな影響がでるか予想もつかず、何か問題が発生してからでは遅いし、つけ込まれるネタにされかねない。

 AIの反乱によるアレルギー反応。おおっぴらにできない存在でもある。

 ここの作業員は、それでも話が解る方ではあるが、積極的に参加したくはないだろうことも解っている。態々火のなかに手を突っ込もうとする馬鹿はいない。

「君はこれから離れても問題はないんだったけ」

「肯定します。アストラル・ネットワークにより距離と時間は関係性を持ちません」

 その言葉に思わず顔を顰める小早川大尉。機械工作の範疇ではない技術、いまだ魔術と称される類の技術、彼を引き止めるために手を出したとはいえ、まだまだ心に苦いものがある。

 理屈は解らないが、再現性のある技術である。将来これについても工業品として流れでできる様になれば話は変わってくるのだろうが、今はまだそこまでいっていない。

 A.Iだってそうだ。本来乗せるつもりの無いものが、自分の判断の外で決まっていく。まあそういうのを取り付けるのに否定はしないどころか、逆に積極的に関わっているが、成果がでないのは苦いとしかいいようがないだろう。

 彼もまた、まだまだなのであった。

 兎にも角にもデーターが必要である。そう判断する。

「ここでやることが無いなら、君の主の元へ行けばいいんじゃないかな」

「主──所有者様、中島政宗少佐、現在、軍学校にて就業中」

「授業の邪魔をしなければ、こちらも文句はないよ」

 数瞬の沈黙が流れる。

「外出の許可を願う」

「行き先は彼の所だね」

「肯定」

 そこで少し小早川大尉は逡巡する。

 もし、ハイコレと渡したとしたら、彼は嫌がるだろうか。男子の部屋にこんなマスコットみたいな女の形をしたものを入室させることを承諾するか?

 思春期の青年である。見られたくないものなんかもあるだろう。同居している彼女たちでさえ、彼の部屋には基本立ち入ってないと聞く。

 ここで小早川大尉が、なんらかの地雷や導火線に火をつける行為をすれば………。

 面白そうではある。

 だが、流石に皇殿下を敵に回すような、馬鹿な真似は止した方がいいだろう。保身も大事。

「許可を申請する」

 再度サクヤピクシーが告げる。機械的に。

「いいでしょう。但し、寮での生活は天目さんと行動すること。君の体調を見れるのは彼女になるからね。不具合があったら直ぐに報告すること。天目さんがこちらに来るときは一緒にくる事。君の体調とかを精査するためにも必要ですから。それを守るのであれば、許可します。この条件がのめるかい?」

「肯定します」

「それと、向うでは騒ぎを起こさないようにね」

「………努力目標として設定します」

 なかなか巧い回避方法を身につけたものだと小早川大尉は鼻じらむ。自己判断が随分と様になってきている手応えがある。手応えがありすぎて、予想もつかない暴走をしなければいいのだが。

 自分が起こさなくても騒動は向うからやってくる場合もある。下手に遵守しようとして、処理しきれず暴走なんてことになっても困りものだ。

 まあ、彼に任せておけば適当に切り抜けてくれるだろう。

 小早川大尉は心の中で匙を投げ放った。


「ところで、サクヤを飛ばしたいようだが、機能を付与するのか」

 サクヤピクシーが問うてくる。

 どこでその情報を得た?ネットワークからは切り離していたはずなのに。もしかして、情報を吸い上げるときに接続したタイミングでやられた?

 確かにここに置いておく方が危険だな。そう判断する。

「そうだね、でも今までの方式では、期待する事の半分も実現できない。なにかいい手があればと思っているところさ」

 どこまで情報をもっているか、カマをかけてみる。

「超伸展素材と形状記憶フレームによる羽を使って、超震動により揚力を発生させることで、サクヤは浮く事ができると計算できる」

 驚愕に目を見開く小早川大尉。考えてなかったことではないが、実際設計もしたが、推力不足と決めつけていた事案だ。トンボなどの昆虫の翅だ。あれならばホバリングが可能ではある。

 だが、レイノルズ数的にいっても複雑に精製される渦を制御するには、まだ実験室レベルの話であった。

「サクヤなら制御が可能。さらに、エアスラスターを装備することで、300km/h程度の速度までは出ることを計算した」

 今度そこ本当に驚いた。

 その組み合わせも考えていたが、その情報はどこから漏れたのか、今一度ネットワークを調べなければならない。

 本当に本当に、ここに置いていれば暇が爆発して何が怒るか想像がつかない。肝が少しだけ冷える小早川大尉であった。

「それでそのデーターはあるのかい?」

 あくまで平静を装って問いかける。

「肯定します。サクヤの主記憶領域に置かれている」

「ついでに聞くが他にも飛行方法の選択肢はあったかい?」

「肯定、但し、現在では実現不能」

「ほう、それはいったいどんなものなんだい」

「慣性制御による機体重量の軽減化を実施することで、飛行可能にする方法。もしくは、重力制御による引力方向変更機構による、横滑り現象を利用した飛行。反発重力、もしくは斥力発生機構を組み込むことで──」

「解った解った。たしかに今の技術じゃ無理だな……。で、そのデーターもあるのかい?」

「肯定します。よければ一緒に推考することを推奨します」

 まるでSFの世界だ。理論は提唱されているが実証もまだまだな技術である。

「じゃあ……、有り難く頂いておく」

 それで、気をよくしたのかサクヤピクシーは沈黙した。

 にしても、こりゃとんでもない物を引き当ててしまったのではなかろうか。小早川大尉の人生における転換期となるであろう“物件”だ。

 いや、そうじゃない。それどころではないシロモノである。下手をすれば、人類同士で破滅へと一直線な技術である。

 だが、なぜこのサクヤピクシーはこんな途方もない技術を知っているのか、それか生み出したとすれば、世界は一変するに値する情報だ。小早川大尉がこれ幸とウイッチクラフトワークスと現在工学を駆使して組み込んでいながら、ここまでのことになるとは図面を引いた自身でさえ理解の及ばぬところであった。

 人外との交流した関係の結果なのか?それとも、戦闘を経験した結果?原因は早急に掴むべきだと判断する。

 偶然の組み合わせがこんなものを生み出すようになるとは、政府もそんなことを考えていなかっただろうなと思う小早川大尉であった。

 ……それとも、それは仕組まれた結果?いや、陰謀論ではあるまいし、そんなことはないだろう。

 それでも、一番の可能性として浮かぶ。考えなくとも行き着く結果。彼の影響だということだ。

 彼を中心に世界が動く。

 流石に、そこまでくると妄想の世界だと、断定する小早川大尉であった。

 ともかく、サクヤピクシーと彼との関係、どうなるかは頭の痛い話になるのを悟った。


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