或いは平凡な日常 04
「決まった?」
「これがいいかな」
何件か梯子して、気に入ったバイクを見つけた。
ハーフカウルのVツイン。足つきもよく、燃費も高速性能もまずまずの及第点だ。
でも値段が……。
「手持ちじゃ無理ですねぇ」
値札を見れば、余裕で予算オーバーである。
「大丈夫よ、私がいるじゃない!」
「大丈夫って、まさか……買ってもらう訳にはいきませんよ」
ヒモじゃないんだから。
何から何まで面倒を見てもらう生活。そういうのにも憧れる、割と男の夢?でもなぁ、なんというかそういうの情けない気がするんだよな。それは俺が貧乏性なだけなのだろうか。
「安心して、そういうんじゃないわよ」
「じゃぁどんな?」
「着いてくれば解るよ」
手を引っ張られ、バイクの後部シートに座る。
「はーい、じゃっ御あんな~い」
勢いよく発進するバイク。必死にしがみつく俺であった。
連れてかれたのは、港であった。
赤い靴は履いてなので、異人さんには連れて行かれないだろうが、相手は異人さんであった。
「アーウィン副長……」
なんとことはない、ここは軍港。しかし、なんでここ?
「すみません、艦長は所用で出ており、私が代行をしております」
「いえ、突然お邪魔しちゃって申し訳ない」
「気に病む必要はありません。私達の隊長なのですから、視察にくるのは当然です」
俺と彼女たちの立場は微妙である。一応俺の指揮下には形式上なっているのだが、皇軍と供にしている彼女たちとしては、厄介な人という認識であったとしても不思議ではないからだ。
学生の立場であれやこれや言う権利は俺にはない。つか無いよね。それなのに……いい加減だぜ、この国の皇軍は。
「お久しぶりです、アーウィン副長。中江瑠璃であります。この度は総合訓練のご参加、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、色々とためになりましたよ。覚悟もできましたし。それに貴女から迷惑といわれてもね、関係ないでしょう」
二人の会話に割ってはいれない。
何を話しているのかチンプンカンプンだ。
「えーと、どういうことなの?」
「君のバイクを造るのさ」
「つくる?」
「そうっ造る」
「……どうやって?」
「こーやって♡センセーお願いしますっ」
大きな声と共に、倉庫の影から一台の軽トラが姿を現した。
荷台には廃棄寸前な感じのバイクが詰め込まれている。
とことこと、ゆっくりとこちらへ軽トラがやってくる。一体誰がと思ったら、運転手は天目先生だった。助手席には美帆さんがいた。
「どういうこと?」
天目先生の能力は知っている。筆で実演してくれたように、物の再生ができる権能だ。
じゃないな、それどころではなく、色々とヤバイ物を作り出せる。黒い12式と禍々しい太刀はまだ記憶に残っている。
バイクを喰って、新しいのに作り直す……ってのは予想できることだが、なぜ態々こんなところでするのだ?
それに、そういうのやっちゃっていいの?疑問が山のように沸き上がる。
「どのタイプかは確認してきたから、美帆っちカタログだして。教えるから」
3人が俺を放置してわいわいと姦しいです。
「君には済まないと思う」
言ってきたのはアーウィン副長だ。
「……なにが?」
デート……のようなものがこんなになったことか?
「隊員がな、扶桑の騒動で余計に人外に対して偏見を持ってしまって、人外が創る艦には乗りたくないと言い出してな。まだそこまでハッキリとはいってないのだが、そういう声はえてして……」
「あー、それで、俺が乗っても大丈夫だと証明するためにってことですか」
「重ね重ね済まない」
「気にしないでください。天目先生が造る物なら、まぁ大丈夫でしょうし」
「ふむ、そうなのか?」
「余計なスペックアップして、危ない目にはあいそうな気はしないでもないんですが……」
アーウィン副長は俺をじっと見つめる。
「信頼しているのだな」
「……どうなんでしょ。天目先生の技術は確かですから、善くも悪くも」
「よくもわるくも?」
「ロボットに変形したり空飛ぶようなもの創り出しそうなのが、不安ってことです」
「……かもしれませんね」
同意されたっ!先生ここでなにやってんのよっ。
って、軍艦の改修作業やってんだったな。週末はこっちで魔改造で楽しんでいるらしいことは聞いていた。
扶桑の件もそうだが、トリガー引いたのはどうみても天目先生としか言えない。
いったいぞろどんなけ珍妙な艦になっているのか、知りたいようで知ってはいけない世界だ。
「では、貴方の落としたバイクは、金のバイクでしょうか。それとも銀のバイクでしょうか」
さっくりと完成させた2台のバイクをが並べ、天目先生が期待に目を輝かせながら告げる。
金のバイクは、フロントが二輪のバイクだった。カウルが金色をして悪目立ちしており、前後ホイールに四角い箱状のものがついている。それがエンジン部分にアームで繋がっていた。カウルもライト部分とエンジン部分に所在げなくついている。シートも背もたれ状になっていて、スポーティーらしさの欠片はなかった。全体的なデザインを見れば、スポーティーのラインにギリギリ納まっているような気がしないでも無いが。うーん、クラス分けするとクルーザータイプか?
結局、Vツインのハーフカウルしか要望道理じゃなかった。ヤリスギダ!
銀のバイクは、………似ても似つかない物であった。前後インホイールモーターを仕込んだ電動バイクである。フロントはハブステアになっていて、これまた異彩を放っている。エンジンは着いているが、発電用途でしかないようである。しかも律儀にVツイン。ハーフカウルではあるが、フレームとの一体感が高く、継ぎ目が解らないという、どこのコンセプトモデルといわんやの様であった。こっちはかなりレーシーなスタイルである。
「俺が欲しかったのは普通のVツインであって、金バイクでも銀バイクでもありません」
抑揚の無い声で告げる。
泉の女神様じゃないんだから、そういうネタをだしてくんなっつー。
「よろしい、正直者には全て差し上げよう」
言って、最後の一台を吐き出す。
………シュールすぎます!!!
子供が見たら泣いちゃいますよ!
しかして、現れたのは普通に希望していたVツイン、ハーフカウルのバイクであった。
「って、それもらうだけでいいんで、金銀はペッしちゃいなさい」
避難の声が挙がる。
瑠璃さんと、美帆さんからだ。瑠璃さんならまだ解るが、なぜに美帆さんまで……。
……まぁそれは置いといて、最後に出てきたバイクを観る。
ハーフカウル、フロントは倒立サスでリアはモノサス、セパハンにステダン付き。シートも普通と見た目は……変わったところが無い。カウルカラーが桜色である点を除けば普通のようである。
細部がなんとなく違っている気もするが、概ねバイク屋を梯子して決めたのと大差ない仕上がりである。
ん?あれ、エンジンがなんか違う……ような?V型はV型ではあるが、見てきたのと形?大きさが違った。エンジン下部の形状も少し違っている。
「で、これは何を仕込んでいるのですか?他のと比べて解りづらいけど、そのまんまじゃないでしょ」
明後日の方向を向く天目先生。
「正直に話しましょうね」
「そのままでは面白くないから……」
「ないから?」
「アップシフトエフェクトを使ってフレームの構成素材を変更、エンジンを楕円ピストンに形状を変更し、オイルの循環器をドライサンプ方式に変更して──」
「あーうん解った。とりあえず、バイク以外の機能はつけてないよね」
細かいこと言われても解らない。要は外で走っても変に注目を集めなきゃいい。そこまでは妥協ラインとしておく。
「酷いです、ご主人様」
「酷くないです、先生。後々いろんな方面から文句でるかもしれないんですから、自重してくださいよ」
「造りたい物を創る。これが私の生きる道」
「程ほどにね。言われているもの以上を造っちゃ駄目ですからね」
うー、と眉をひそませるが、ここでおおっぴらにやっちゃえとは言えない。耳目があるし、無駄に凶悪なのを創られても扱いに困る。
「えーと、そうね、今やっている艦の改修については関わるつもりがないけど、普段学校で何かする時の改造点の指標としては、幻の6速とかそういうのはよしとするけど、廻りとあわないトンデモ技術は基本不可ね。個人の持ち物については、まぁ要相談でってことで」
絶望したような顔をされても困るんだが。無軌道に創られると、まわりまわって俺に被害がきそうだしな。
「……たまになら、いいよ。但し、何を創ったかは報告すること」
視線に耐えきれず、妥協する。
一気に喜色満面へと変化した。
なにがどうして、こういうことになるんだか。
ふと気付いて辺りを見回す。
「どうしたの?」
美帆さんが目敏く聞いてきた。
「いやぁ、こういう状況であの人が居ないんだなと」
「小早川さん?」
「そう」
「確かに居ませんね」
二人して辺りを見回す。
「小早川大尉なら、別件の開発で忙しいようです」
天目先生がなんとも先行き不安なことを告げてきた。
「別件ですか」
「ロボテクス関連です。私には触らせてもらえないので、何をやっているのかまでは知らないです」
「なるほど」
前科があるからなぁ。しっかし、ロボテクス……ってそういや。
「サクヤはどうなったんだろう。こないだので大破してしまったし」
中の人であるサクヤピクシーもどうなっているやら。
「修復中のようですよ。月末までにはなんとかなるみたいなことを言ってました」
大破……全損からの修復か……。嫌な予感しかしないのは何故だろう。
「まさか、開発ってサクヤに変な機能をつける為とか?」
「そこまでは知らないです」
考えないようにしていたが、ただ単に元に戻すだけではないよな……きっと。
強くなる分には構わないけど、普通に使えないようなものを装備されるのは、自分が段々と別の目的にされてきているのを実感するから勘弁願いたいところである。
まぁそれで生き残れたんだから、感謝すべきことなのではあるが……痛し痒しだ。
これでサクヤの完成度が上がっているのだろうか。特殊なことしすぎて、運用に支障がでなければいいが。俺が悩んでも仕方ないことだけどね。
次期主力ロボテクスといえど、まだコンペで選ばれただけである。あと数年は不良個所の改修や量産するための機構の安定化や標準化などなど、盛りだくさんな訳で、それに俺が関係するというのはいささかおもがゆいものを感じる。
どの程度関係しているのかなんてのは知りたくもないのはいわずものがなである。
「そいや、二人はなんでここに?皇軍となんか関係あったりするのでしたっけ」
今更な質問を美帆さんと瑠璃さんにかける。
「私は元々開発関係で面識があったから、その流れかな」
とは、瑠璃さんの言である。
「瑠璃っちだけだと大変だから、付き添いで来ていたら、そのまま」
………いいのか!日本の軍隊は!!!
ちょっと目眩がした。
まぁ俺だって人のことは言えないとは思う……思うんだけどねぇ……。
……深く考えるのはよそう。とりあえず、このバイクをどうするかだ。
「登録とかはどうしたらいいんだ?このまま陸運局へ持ってって、登録できるの?」
「悪いけど、皇軍からの登録のほうがいいかしらね。試作バイクで書類通した方が融通効きそうだし」
美帆さんが、しれっとのたまう。
最初からそのつもりだったんだろうな。
「じゃあ、この一台は俺の所有で登録して、他の二台は小早川大尉の名義で登録しておいたほうが面倒がなくていいか」
金と銀のバイクは流石に外で乗り回すには、悪目立ちすること請け合いだ。厄介払いである。
「それとも、どっちか欲しい?」
美帆さんと瑠璃さんに聞いてみる。
「私はコレがあるからね。浮気はしないよ」
可愛くウインクしてくる。その姿に思わずにやけてしまう。
「私も免許は持ってますけど、乗りこなせなさそうだし要らないかな」
その言葉を聞いて凹む天目先生が視野の片隅に映るが、フォローする気にはなれなかった。
3人で調子のってたのに、冷たいものであるとは云わんよ。藪を態々突つく必要はあるまい。
「それじゃ登録に一週間くらいかな。テストがあるからそれが終わってからにしましょうか」
妥当と思われる予定を美帆さんから告げられ、俺は了承する。都合二週間後だ。
「そうそう、テストは大丈夫かな」
「……多分大丈夫だと思いますよ、多分」
二人に本当ですかと問い詰められるまでがセットでした。
このあと、残りの二台は夕餉の時にバイクを手に入れた経緯を話してたら、龍造寺とクリスティーナの耳に入ることになり、紆余曲折のあとクルーザータイプが龍造寺で、電動バイクがクリスティーナの所持品となるのだが、それはまた別の話である。