或いは平凡な日常 03
昼休み、食堂で飯を食べていると、いつにも増して視線が痛い気がする。あんなことを言われたせいか気にしすぎなのかもしれないが……。
やはり気にしすぎでもないようです。普段は感じない、野郎からの視線が特に刺さる。数が少ないだけにいつもは埋もれてはいるのだが、今日に限っては一段と鋭いものになっていた。
テーブルには俺、平坂、安西の野郎組。弥生、あずさん、千歳の定番に加え、ジャネットとレンが座っている。彼女たちももう定番といっていいかもしれない。
2年の瑠璃さんや美帆さんはいない。週に1~2回一緒に食べてはいるが、今日はその日ではなかったようだ。
メアリーたちはメイドの4人と留学組の数人とで食事をしているのか、この席には積極的には参加していない。
「いい感じに嫉妬の渦じゃな」
負の感情が心地酔いとばかりに、涼しい顔で告げてくるのは千歳だ。
「冗談じゃないぜ」
「妾にではないのが、悔しくもあるがな」
人外であっても姫である。羨望だけではなく、嫉妬も浴びてきたのだろうことは想像に難くない。向うではどんだけの人数からなのは想像つかないが。
そういう視線を掻っさらっているのだから、ちょっとしたものである……な訳はない!マジ勘弁。
身の危険をひしひしと感じる。こんなところで死にたくはないのだが、なんとも先行き不安である。
「そうそう、今日部活が終わったあと、体操部に顔を出そうと思う」
一同の視線が集まる。ピンときてないようだ。もちろん俺もピンときてない。行けば何か解るだろうという判断なだけだ。
「覗きか。しょうがないね」
安西がちゃかしてくる。平坂はそういう突っ込みをしてこなかった。目では言っていたが。口にしたら天井やぶって場外ホームランになるだろうことが予想されるだけに、被害が大きくなる室内では自重しているのだろう。
当然の如く、女性陣の視線が突き刺さる。
「言っとくが、藤堂先輩からの言伝てなんだからな。変に邪推しないでくれ。来週からはテスト期間になるから、部活は休みになる。行くなら今だろ」
「それで、何用じゃ?」
「知らん。顔だせって言われただけで、その先なんか解るはずもない」
「藤堂先輩って薙刀部だろ?なんで体操部がらみの話しなんだ」
予想される疑問を告げるのは平坂。
「さぁね……、んで誰かついてくる?」
正直、一人で行くのは怖い。あんな噂が立っているだけに。できれば平坂か安西のどっちかが来てくれると助かるのだが。
「俺は無理だな。柔道部員だぜ?変な噂立てられたくないない」
別に、その程度かまわんと思うけどなぁ。まぁ一年の身分で色惚けたことやってたら駄目ってことか。つかなんだ、その言いぐさは。完全に覗きに行くって前提で言ってないか?
「僕も行きたくはないな。婚約者がいるのに、女の子を追いかけてたなんて噂、たったらどうなるかわかったもんじゃない」
リア充シネ。
意外と身持ちの堅い二人に拒絶され、俺はやはり一人でいくことになるのかと観念する。心の中で溜め息一つ。変な噂が立ちませんように。
で、まぁなんだ。こうなることは解っていたが、考えないようにしてたけど……。
「さ、行くぞ」
弥生の号令とともに、移動を開始する。
部活が終わって、そそくさと着替え終えたら待ち構えていた。
ここで押し問答して、時間を消費したら体操部の面々も帰ってしまうこと請け合いだ。黙って従うことにする。どうせ言った所で聞くわけがない。
「補習が待っていますから、手短にいきましょう」
嫌なところをチクリと差すのは、あずさんだ。もう定番?
「最近出番が無い気がして、少しは自分から動かねばな。またぞろ置いてかれるような事になると、妾がここにいる意味がないからのう」
なんだかメタっぽい発言をして千歳は俺を追い立てた。
まぁ確かに久々だ。弥生たちは立場が立場だけに、迂闊に動くことはできない。っていうか、なんで俺が色々色々とあっちいったりこっちいったりしてんだって話だ。まだ学生だぜ、学業させろってんだ。卒業できなかったら恨むぜ。
勘弁して欲しい。
またぞろ引っ張り出されないことを祈った。
「間に合ったかな」
丁度、体育館から人が出てきていた。
体操部のことを聞き、部室が何処にあるのか確認する。廻りから黄色い声と、怨嗟の声が混じったものが聞こえたが無視無視。
黄色い声は弥生に対してで、怨嗟の声は俺に対するものだというのは解ってても解りたくない現実なのも無視だ。
「人気者ですね。つるつるナンパ魔神は」
俺だけに聞こえる声で厭味を言ってくれる。
なんでこう絡んでくるのか、あずさんの行動原理に思い悩む。
はっもしかしてっ!!!
「グフッ」
「いい気になるな」
ズゴッ。クッ……肘が脇腹に刺さった。
「じゃれてないで行くぞ」
目敏く千歳が言ってきて、行動を促す。
「じゃれてません。訂正してください」
「そうかそうか」
「訂正を」
「しつこいのぉ」
二人してどんどん先に歩いて言った。
「えーと、行こうか」
「そうだな」
弥生に声をかけ、二人で追いかけた。
「何か面白いことが起きるのかと思っていたのじゃが……」
「そうそうそんな都合のいいことおきてたまるか」
何のことはない、体操部とは関係ない話であった。
助っ人とか言われても困るがなっ!
体操部所属で、武闘会に出場した選手。俺の準決勝の対戦相手からの呼び出しであった。
呼び出しというか、なんちゅーか。
彼女が夏の全国大会に出場して、いい成績を取れた。宙返りの技術で。
そのお蔭か、冬期大会の出場権も獲得し、出場することになった。
それで、宙返りの発想を得たことに感謝され、更に練習相手をして欲しいとのお誘いだった。
宙返りを駆使して戦うには、同じ技を持っている相手が理想だ。いい所を吸収し、悪い所を是正する。一人でやってては、確かに頭打ちするであろうことは簡単に想像できることがらである。
中間試験後から週一でいいから時間が取れないかと頼み込まれた。
あと、本当は俺が優勝だったのにと謝られたが、まぁ過ぎたことだし、そもそも彼女が原因ではない。それに、全国大会とか出るつもりはサラサラなかったし、丁度良かったのである。
そんなこともあり、できる限りは協力すると約束し、その場を辞した。
俺としても、腕を磨くには丁度いい。
圧倒的実力の前に、ポコスカ打ちのめされるだけだと、色々心の平穏が脅かされないし。瑠璃さん容赦ないからなぁ。まだまだ歴然とした天と地の差がある。
まっ、そんなことより先ずは中間試験だ。赤点なんか獲った暁には不味いどころの騒ぎじゃない。
生徒会からは何も言ってきては無いが、成績が悪ければまたぞろ訳のわからん奴から物言いがつくことだろう。
身を守るためにも、今は遅れた分を取り戻さなければならなかった。
どうしてこーなった!
「なんだか色々後に引けないことが増えてきているような気がするなぁ」
思わず呟く。
「大丈夫だ、我が旦那ならば何も問題はない」
そう言い切る弥生であった。
そんなこんなで日曜日。
俺は瑠璃さんと出かけていた。
デート!
ではない、残念ながら。
いや、まてまて、二人きりであるのだから、ある意味デートかもしれない。
リッターバイクの後ろに乗せられて二人は走る。
流石に最初に乗せられた時に比べたら恐怖心はない。こともないようなあるような……。って過激です過激!そこまで攻めなくていいんです。安全運転でいきましょうっお願いします。
タンデムで、何故か後ろってなんだか立場が逆だよな。本来なら俺が運転して、瑠璃さんが後ろ。
キュッと停まったときに、ムニュッとなって、もー運転荒いよって怒られる。いやいやでないとムニュっとなならないから仕方ないよねーなんて心で思いつつ、ゴメンゴメンと謝って。キャッキャッウフフな展開が───。
「着いたよ」
バイクが目的地につく。
そんな妄想に振っていたらあっさりと目的の場所に到達していた。
はっいつの間に!流石瑠璃さん、パプニングも何もなく無事に着いていた。
目の前に並ぶのはバイクバイクバイク。
そう、バイクの中古屋さんに来たのである。
目的は、もちろんバイクの購入だ。
装備品として渡されたSUVはクリスティーナ達が使っている。男に比べて女の方が色々と買い物の用事が多く、免許とったら使っていいと言った手前、自分の足が無くなったからだ。
まぁ必要なら俺も使うつもりではいるが、そうそう大きな買い物もない。必然、所用で使うにはなんとも車体のデカさの割に合わず、小回りの利くバイクがあれば、それで済む話のためだ。
新車なんか買う余裕は今の懐事情では、逆さに振っても賄えるわけもなく、当然の結果であった。
「予算と希望はどんな感じか決まってる?」
ヘルメットを脱いだ瑠璃さんが聞いてきた。
「込み込み20ってとこかな。そこまでは現金でだせるとこ」
その他にもヘルメットとか乗る為に必要な装備もあるから、できれば安ければ安いほどいい。
「その感じだと車検なしのがいいよね」
「そうだね」
展示されているバイクを眺める。
「じゃあ、この辺かな」
瑠璃さんを先頭に目的のバイクが並んでいる所へと着いていく。違う場所には瑠璃さんが乗っているような大型のスーパーツアラーから、原チャに電動バイクとかまで多種多様な車種があった。
「考えるに、燃費がよくてモチがよくて、頑丈なのがいいのかな」
「んー、それだとオフ車って感じだけど、やっぱ乗るからにはロードバイクがいいかなぁ」
スクータータイプは搭載容量や乗りやすさはいいんだが、いまいち好みじゃない。
電動バイクもいまいち好みにあわない。それにそっちは高目だしオモチャって感じがする。実際そうじゃないんだけど、どうにもエンジンは内燃機関の方が使い勝手が良いこともある。
「カウルは?」
「合った方がいいかな」
サーキット走ったときに実感している。カウルの重要さに。80キロ超えた辺りからの風当たりに違いが出る。ストレートで200キロ超えたときは持ってかれそうになったし。カウルの影に隠れなければ、無ければどうなってたか。
まぁ普通に公道を走る分にはあんまり差はない気はするが、あったほうが何かとお役立ちでしょう。
「それじゃ、レーサー系?」
「いや、そこまではいいかな。燃費のこともあるし」
色々条件をいって見て回っているが……。
「うーん高い」
考えてた倍の値段してるよ。
「まあ、普通に売りに出されてるのは仕方ないよ」
「原付か小型かな」
それなら、なんとか買えそうではある。
「とりあえず、値段は置いといて、気に入ったバイクを探そ」
「でも、買えもせんのに見て回るだけじゃなぁ」
「その辺は考えてあるから、今は気にしない気にしない♪」
そう促されて見て回る。
何をどう考えているのか、一抹の不安を憶えるが、とりあえず候補を絞ることに専念する。
バイクに跨がり、ポジションを確認したりと楽しい時間は過ぎていった。