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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
151/193

或いは平凡な日常 01

或いは平凡な日常


 体育祭が終われば中間試験である。その次には秋の行軍が待ち構えている。イベント目白押しだ。

 参加してなかったけどなっ。

 結局、どの学年のAクラスを差し置いて、我がZクラスはトップをもぎ取っていた。

 総合でも一位。

 文句無しであった。

 扶桑の戦闘に参加し、死者ゼロという偉業も相まって、どこの誰だか解らない奴らもこれ以上の難癖をつけてくることはなかった。

 めでたしめでたし。

 :

 :

 :

 って、全然めでたくない!

 お蔭で全然勉強が捗ってません!!

 演習については、出席日数を付け替えてくれるのはいいが、授業の内容までは保証されない。

 一応、勉強道具は持っていってて少しはやったが、そんなんで憶えるはずもなし、ぼろぼろである。

 当然補習が待っている。

 普通なら、部活禁止で延々と勉強させられるのだが、部活もサボ……不参加であったため、皆と差がついている。選択のなら、まだ問題はなかったが、必須である合気道がヤバイ。皆は次の段階へと進んでいるのに俺だけ独り残され島。

 俺による俺のために俺だけの特別授業がここでも待っていた。

 連日必須部活を強制され、相手は弥生である。そして、連日転がり、吹っ飛び、関節を極められと、只のサンドバッグとなっていた。

 少しは手加減して欲しいもんだ。

 帰って来て飯を喰えば、授業の補習が待っている。天目先生が同じ寮に住んでいるためだ。

 就寝まで付きっ切りである。

 合気道部で精も根も尽き果てた状態で、受ける補習は睡魔と戦いである。

 しかも、天目先生は教える側に廻るとスパルタです。というかそっちを選択しました、えぇ。

 うつらうつらとしてきたら、先生が横に引っつき、別の個人授業を始めようとするのです。

 このあとの展開、解るな!


「先生と身体を交えて、お勉強しましょうか」

 そういって先生は、俺にしなだれて胸元をあける。

 ゴクリ、と俺がつばを飲みこむ。

「いけません、ちゃんと補習しましょうよ、補習を」

「そんな、ご主人様に奉仕するのが下僕たる私の役目、どうぞお情けを」

「違う、何か、全然っ違うっ」

 とはいっても、人外の力である。あがらうことなぞできようもない。

 そのまま押し倒され……。

 ってところで、千歳他、寮の面々が乱入し、補習もへったくれなくなり一日がそれで終わる。

 こんなことを繰り返していては体が保たない。

 必然、スパルタでお願いするという方向になった。

 意図的にフォースパワーを廻してドーピングし、意識を無理やり水の底から掬いあげ、補習を受ける日々。

 補習じゃなければ、霧島書記に頼み込んで、またテスト対策を受けれたのであるのだが……。まぁどっちも美人だからいいよっもぅ。淡くて酸っぱい時間が恋しいぜ。天目先生だとそこをかっ飛ばして人にはミセレナイヨな展開がやってくる。まぁどっちにしたって人には見せれないかもしれないが……。

 お蔭で、中間テストが終わるまでは、あずさんの地獄の特訓が延期になったのは僥倖ではあるが。

 時間が足りない。何をやるにしても圧倒的に時間が足りない。

 あの時感じた焦燥感、仲間が、見知らぬ人が死ぬかもしれない、あの焼け焦がれるどこにも持っていきようのない焦り。もう二度とそんな目には会いたくないしな。

 やれることは、やっておく。そう決めたんだ。

 だからスパルタでもなんでも耐えてやる。

 決意を新たに、補習を受けた。


 補習が終われば、フォーパワーもすっからかん。朦朧とした意識で風呂に入り、轟沈しそうになる身体を無理やり洗って、部屋へと帰れば、そのままバタンキュー。

 あとで知ったことだが、散らかした衣服をあずさんは綺麗に洗濯し糊付けまでしてくれていたという。

 もちろん下着も含めて。

 普段悪態をつきまくって、心を対戦車ミサイルでもって吹き飛ばしてくるのに、弱っているときは優しいなんて心にくるものである。

 そのことを云おうとすると、即効口を塞がれてしまうがな。

「黙れ、磨り潰すぞ、インモラルツルツル魔神」

 とかなんとか、罵詈雑言である。

 照れているのか、弥生の手前、仕方なしなのかがいまいち判別することはできなかった。

 はぁ、にしても、ついこの間生死を賭けた戦いをしたってのに、この日常では本当にあったのかどうか疑わしくなってくるぜ。

 決心は本当だし、生き残ったのも事実だし、鵞鳥のガァ公、モルテンと名付けられたのも玄関にいる。

 つまり………日本は平和だということだ。

 そういうことなんだろう。一歩外に出れば血なまぐさい現実がある。扶桑も日本国内ではあるんだが……。

「はぁ……訳がわかんなくなりそうだ」

 ここ数日の悩み……つーかなんだろこれ。もやもやしたものが渦巻いている感じだ。

 ……もう眠よ。


 朝がきた。いつもの朝。

 なんだけど………はぁいいや、起きよ。

 目覚ましを止め、顔を洗いに洗面所へと向かう。

「おはよう、政宗」

 洗面所には先客がいた。

「あぁ、おはよう弥生さん」

 俺は弥生が済ませるのを待つ。

 改めて観る。何度目かもう解らない。

 初めて逢ったときの威圧感はもうない。というか、慣れたのだろう。この寮で誰よりも強く、誰よりも智識があり、誰よりも聡明で……誰よりも美人だ。兎にも角にも圧倒的だ。だかなんだろう、圧倒的すぎるのか、危うい均衡の上に立っているような、ギリギリの状態なんじゃないかと、そんな風にも思える。

 それがハッキリと解る。以前のあやふやな万能者なんてのとは違って。

 どうしてか……それは、まぁスイレンとの特訓のせいだろう。そうとしかいえない。

 と、まぁそんな人物が何故俺なんかという……、馬鹿船の奸計だろうとは思うが、それも弥生本人が了承してなければ、進まない話だ。

 何故、俺を選んだのだ。俺に何かあるのか?それとも戯れなのか……。

 ──一年だけでよい──

 その言葉が引っかかる。

 ……………そろそろ、踏み込んでしまっていいのではないだろうか。彼女の事情というのに。

「どうした、顔色が悪いぞ」

「そっそうか?元気だぞ元気っ、何も問題はない」

 じっと弥生は俺を見つめる。

「なぁ、以前──」

 唐突に引き寄せられ、話が継げなかった。

 引き寄せられ、抱きしめられる。

「なっ……」

「政宗、お前はいま疲れている。今はゆっくりと養生するべきだ。もう少し落ち着いてからでよいだろう」

 顔が真っ赤に染まる。

 そらそうだ、とうとつの出来事に困惑、なにがどうなって……。

「あまり、駆け抜けるな。一つ一つ一歩づつでよい」

 心臓の音が重なる。弥生と俺の。

 なんだろう、もやもやが、わだかまっていたものが、スッと抜けていくような感じ。

 トクントクン。

 安心する。重なることがこんなに落ち着くとは知らなかった。

「そうだな、とりあえず、中間試験めざしてのんびりするとしよう」

 腕が、自然と上がり………弥生を抱きしめようと、背中に廻り……。

「うおっほん、うおっほん」

 瞬間、離れようと……離れられない。しっかりと抱きしめられたままである。ミシリと背骨が嫌な悲鳴をあげる。ちょっと力っ力を抜いてぇ~~。折れる折れる折れる!!!

 背後からの声、それはあずさんだ。

「無粋だぞ」

「ですが、朝餉の時間があります。早くお支度をお願いします」

「そうか、それは済まなかった」

 云われ弥生は俺をあっさりと解放する。

「では、逢瀬はまたの機会に」

 洗面所から出て行った。

 俺とあずさんを残して。待って、もうちょっと、俺が終わるまでは居てください!

 とは、口が裂けても言えず、見送った。

「早く支度を済ませてください、つるつる発情猿」

 突き刺す冷たい視線が俺を射抜く。

 ヒャッハー、朝からゴキゲンだぜっ。


 天高く馬肥ゆる秋、涼しげだった朝の空気は段々と肌寒くなってきていた。

 短期間ではあるが、南方にいた身としては、普通より寒く感じるのはご愛嬌か。

 玄関を出ると、ガァガァ鳴く声。

「よぉ、ガァ公。寒くなってきたけど、小屋には藁を敷いた方がいいのか?鵞鳥なんて飼ったことないからよくわからんが」

「ガァガァガァガァ」

 ……なにいってんのかわからなん。

「お前喋れた筈なのにな……小さくなったせいなのかね」

「ガァァァァ」

 うん、なんとなくこっちの言っていることは理解しているようだ。にしても、本当こいつの処置はどうしたらいいもんか。回復したら、とっととどっかに行って欲しいところだが、そういう訳にもいかない。

「新し…い、くちば……しが、ま、だ、馴染みき……ってない」

 背後からの声。

 振り向けばレンが立っていた。餌を持って。

「おはよう、レン。スイも元気か?」

「……た、ぶん」

 言って、俺の前を横切り、ガァ公の餌箱へ餌を投入する。鶏とかと同じ餌だ。費用は部隊費から出ている。接待費という名目で……。その処理はあずさんがやってくれている。

「馴染めば、喋るようになる?」

「それ、と、フォースパワーが、ひつ、よう」

 そいや、重大な重症を負った場合、フォースパワーが下がることがある。俺の身にも起こった現象だ。短魚雷をぶち込んでも、死ななかったってのは、やはりフォースパワーで防御ってことか。そして、身を守るのに使い果たした訳と。そんなところか。

「ま、ある程度は回復して、話ができるようになるまでは現状維持か。話ができるようになってから、今後どうするのか決めるってトコか」

 小早川大尉とも話し合ったことである。

「にしても、済まんな、こいつの面倒を任せてしまって。嫌だったら言ってくれ。いつでも串焼きにするから」

 悲鳴染みた鳴き声が響く。

「……冗談だ」

「だい、じょうぶ。わた…し、以外、で、面倒、みる人いない」

「確かに。でも、レンを狙ってたやつをレンが面倒観ることもないと思うぞ」

 じろりと、ガァ公を睨む。

「おどすの、よくない」

 抗議の声。

「そうだな。でも一つはっきりしておく。ガァ公が、またレンを狙ったら、焼きとりにしてやる。普通にしてる分には何もしないがな」

 レンとガァ公じゃあ、どっちが優先かなんて、いわずものがな。お釈迦様じゃないから一度目は見逃しても二度目はない。

「ガァ公じゃ、ない。モルテン」

 俺としては、何故ここまでレンに肩入れするのか理解できない。攫おうとしたやつを庇うってのはなぁ。

「前にも言ったけど、なんで庇うんだ?」

「モルテンも、同じ。あそこ、しか、知らなかった」

 あぁ俺って本当駄目なやつだ。そういうことに意識が向けられなかったことに凹んだ。

「……そうだな」

 それしか言えなかった。

「ガァ公……いや、モルテン。済まなかったな。存分にここの生活を満喫してくれ」

 俺のことを不思議な目で見つめてくる。敵愾心や疑心暗鬼がないまぜのような視線だ。

 頭を撫でて友好の証とでもしようと手を伸ばしたところ、小屋に逃げ込んでいった。

「むぅ……」

 まだまだ嫌われているようだ。

「だい、じょうぶ、モルテンわかって、いる。逃げたのは…」

 レンの視線を追う。寮の玄関へと。

 扉が開き、出てきたのは弥生たちだった。

「待たせたのじゃ」

 千歳が元気にのたまう。

 ………なるほどねぇ。野性の感で解るんだろうな、誰が怖いかってのを。

「そんじゃま、行くとしますか」

 空を見上げる。高く青く澄んでいた。


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