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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第五章
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オープニング

オープニング


 ワシは鵞鳥である。汝はハンサという。……いや、だった。今はその汝を捨て新たな汝を得た。

 インドのとある山奥で生まれたワシは、卵の殻を被ってガァガァ泣いていた事だけは記憶している。

 大きくなるに従って、他の兄弟たちとは違っていることに気がついた。親の後を何も考えずぴょこぴょこと着き従っているのを見て不思議に思っていたが、兄弟たちは着き従うのが当然とばかりの様子だった。

 疑問に思いつつも満足な意思疎通ができず、それが当たり前なのかどうか悩みつながら、大きくなるまで回りを観察して成長していった。

 ある日のこと、鉈を片手に持った集団がやってきた。

 その者たちは、親兄弟に鉈を振るい始めたをみた。我々は皆必死に逃げまどった。だが、空も飛べず地を這うばかりの我々には逃げる術はなかった。

 ワシも同じように、地を走り逃げまどったのはいうまでもない。そのときふと空を見上げれば、同じ翼有るものが、地を遠く離れ飛んでいるのが見えた。

 ワシは同じように翼をひろげ、羽ばたかせたとき───。


 まあ、昔話はよそう。

 それよりも今の状況である。

 ブラフマーが率いる眷属として、その騎乗とする水鳥ハンサ。それがワシだった。

 シヴァのところが、日本のナントカいう者を襲撃したとき、ある人物がいなくなった。殺害されただろうということであったが、遺留品もなければ死体もないということから、攫われたのではと噂が飛び交った。

 ブラフマーは攫われたのであれば、探してみようとシヴァに話を持ちかけ、ワシが探索の命を受け世界を飛び回った。

 ワシらブラフマー派はシヴァやヴィシュヌと違って、規模は小さい。どちらにも顔を繋いで有益だと思わせなければ、取り込まれるだけである。いい顔をするために無理難題がワシに押しつけられたのであった。

 ブラフマーも見つけ出せるとは思っていなかっただろう。ただ、日本人を襲った。それだけの情報を元にワシは日本周辺を飛び回っていた。

 なぜ周辺かというと、本土へは近づけない。あの地は魔境である。ワシら人外が不用意に立ち入ろうとすると、どこからともなくあいつらがやってきて、追い払われてしまう。このワシでさえ、あいつらには歯が立たないのである。もっとも一対一でなら話は別であるが。

 あてどもない旅であった。だがブラフマーには逆らうことはできない。日本のあいつらも厄介であるが、ワシにとっての絶対はブラフマーである。……そう信じ込まされていた。

 それが一変したのは、あの人形と対峙したときだ。

 人間如きが操る人形。

 ワシはまず一体を片づけた。次の一体も動揺に即座に片づけられるとタカをくくっていた。ワシの鳴き声をまともに浴びれば、人などたやすく行動不能に陥るからだ。

 それが違った。

 結果、ワシは敗れ、あいつらに拘束されることとなり……。


「モルテン、餌だ」

 不意にワシの新たな汝を呼ぶ声がした。観れば、ドゥルガーが餌を持って立っていた。

 彼女は餌箱へぞんざいに流し込んでいる。

「ガァッ」

 ワシは鳴く。

 だが、彼女はワシのことなぞ意も介せず、餌箱を満杯にするといなくなってしまった。

 ワシと敵対している筈なのに、この無防備加減に苛立ちがつのる。ワシのことなど眼中にないということだ。

 確かにワシはあの時、力の大半を失った。何故だかいまだもって解らないが、大きな怪我をすると一時的に力が弱まることがあると、あの白い服を着た女が言っていたのを思い出す。

 そうあの女、ワシの翼を癒した女だ。ワシの身体を無遠慮に弄り、ぎゃぁぎゃぁと騒ぎ、モルモットのような目線を送ってきた女。

 ここから逃げ出す暁には、逆に弄ってやろうかと思う。ただ、傷を癒してくれたことには感謝するので、殺すようなことはしないでおこう。

「新しい嘴の加減はどうかしら」

 耽っていると、また新たな声。

 一つ目の人外が立っていた。

 こいつはワシに“ちたん”入りとかいう新たな嘴を作ってくれた輩だ。出会った当初は蔑むような目線を送っていたが、ワシの新たなご主人により渋々と嘴を作った経緯がある。

「問題はなさそうね。でも、いいこと?ご主人様に危害を加えるようなことはくれぐれも考えないようにね。でないと、その嘴が大きくなって身動き取れなくなるからね」

 射すくめる視線に曝され、ワシは身震いする。

 なんとも厄介な嘴をつけてくれたものだ。逃げ出す際にどう処理するか、思案のしどころである。

「おっ先生、こんなところに」

 更に声がする。

 ひょろっちい女が現れた。

「どうしました、龍造寺さん」

 こいつは、ワシの住処を作ってくれた。“寮”とかいう建物の入り口横に、水場、餌箱、水箱、小屋と鵞鳥が済むに最適な環境を提供してくれたのだ。………ワシを他の鵞鳥と同じように扱うとは不届き千万である。……が、快適に過ごせているので、文句を言うつもりはなかった。

「そろそろ、呪装具のこと教えて下さいよ~」

「貴女にはまだ早いわ、まずは現在の機械について精通しないことにはね」

「そんなの適当でいいじゃないのー」

「あらあら、先生の言うことが聞けないのかしら」

 周りの温度が数度下がった気がした。

「うっ、わ、解りましたっ」

 そう言って、寮とやらの建物の中へと逃げるように去って行った。ワシも彼女には助力してやりたいとは少し思うが、この一つ目に何か意見を言う勇気はなかった。

「さて、わたしも、モルテン君くれぐれも変な気を起こさないようにね。お仕置きしますから」

 ワシに警告をはっした一つ目も寮の中へと入っていく。

「ぐぁぁ」

 溜め息をつく。

 ここは快適だ。二食昼寝付き、何もしなくても良い。こんな生活は今までになかった。

 以前に比べれば雲泥の差だ。命の危険性など皆無である。

 だが、この緩い生活はワシの中で何かが腐っていくような感触がある。早々に逃げ出さねばならない。

 でも何処へ……。

 今更ブラフマー様のもとへは帰れない。帰れば粛清されることであろう。逃げ出す先が解らなかった。

 このまま腐っていくのか。いまのワシではどうすることもできない。


 黄昏ていると、喧しい声が近づいて来た。

 この気配、奴である。ワシを倒し、新しい主人となった奴。

「だから、離れなさいといっているのですっ」

 苛立ち、敵意、さらには殺意の籠もった声。

「え~私、彼女だもーん。そんなこと言われる必要ないと思うけど~」

「公衆の目というものがありましてよ」

「ここにいるの、皆彼女なんだから、問題ないと思うけど~」

「そうそう、こんなこともして大丈夫」

「何が彼女ですかっ、わたくしまでそんな……そんなっ」

「わっ、美帆さんに瑠璃さん、そんなに引っつかないで、歩けないよ」

「ダメダメ、男子たるものこのくらいの甲斐性は見せてくれないとね、君って気がつけば居なくなるんだから、こうでもしてないと心配なのよね」

「いや、だからあれは、俺のせいじゃない。巻き込まれただけですよ、本当に…」

「そんなこといって、またどっか行くつもりなんでしょ」

「行きませんって。それに今日二人に来てもらったのは、部活のことですよ。それがあるのに俺がどこか行くなんて有り得ませんって」

「……まあ、それもそうね」

「だから、離れなさいって」

「そうそう、離れてください。もう寮前なんですから」

「ちぇ~」

「ちぇ~じゃない。こんな姿、寮の皆に観られたら大変です」

 ガヤガヤと姦しい。

 ワシは新たなご主人を見る。女に囲まれていい身分である。

 ふと、視線が合う。

 なんとも情けない顔だ。こいつが本当にワシを倒したと思うと、ワシ自身が情けなくなってしまう。

 ヤツはそのまま寮に入っていった。

 それにしても、この前は死闘を繰り広げた相手だと、誰が信じるのか。ワシに対して全然警戒心を持ってない。誰かワシに嘘だと言ってほしいものだ。


「ぐがぁぁ」

 何度目かの溜め息。

 影がさす。

 見上げれば幽鬼の様な姿がワシを見下ろしていた。

 全身を悪寒が走る。

「なぁこいつ、いつ喰えるんだ」

 いきなりな発言がきた。

「食べませんよ~、マヨリーマ」

「その呼び方やめろっていってんだろ、メグ」

「わたしぃ~のことぉ~メグって~呼ぶのに~」

「そう言わなければ、駄々捏ねるからだろう」

「そんな~、わたしぃ~駄々っ子じゃありまんよ~」

「うっせ」

「おっ、なんだなんだ、絞める算段でもしてたのか?」

 背後からまた人がきた。いや、人外達だ。

 こいつら、ワシのことを非常食かなんかと思っているのか。いつか逆に絞めてやらなければならない。

「知るか、そういうのはお前のご主人様に伺えばいいだろう」

「だっだれが、主人かってのっ」

「へぇ~そうですかー」

「大体、お前だって、抱きつかれてネンネみたいに真っ赤にしてただろうに、どの口がいうかな」

「てってめぇ~いいぜ、上等だ」

 いきなりな展開。こいつらは本当に直情馬鹿である。こんな馬鹿にはなるまいて。憐れみの眼差しを向ける。

「はいはい~、お外で暴れてはだめですよ~」

「そうそう、きつーい一発が飛んできます」

 空を見上げれば、黒い鳥……烏だ、が空を舞っていた。屋根にも数羽留まっている。

「ちっ、源、憶えとけ」

「知らんな。ウブなネンネの言葉なんか」

「なにをーっ」

 鼻息も荒く、二人角を付き合わせて寮に入って行った。

「でも、知らない間に居なくなったことにして、美味しく頂くのは構わないかしら」

 源を停めていた女がこちらをじろりと覗き込む。

「もう~、綾ちゃんまでそういうこというの~禁止ですぅ」

「冗談よ、そんなことして、隊長に嫌われたくない。美味しく頂くなら、うふっ」

 主人が美味しく頂かれることには賛成である。喰われてしまえっ!


 嵐は去った。

 正直、のうのうとここに住んでいるが、たまに生きた心地がしない時がある。

 全くもって、“ハンサ”の汝を受けたものが、感じてよい感情ではない。

 その汝も、せんなきこと。今は、モルテンという新たな汝を得ている。空を飛ぶ鵞鳥だから“モルテン”らしい。どこぞの寓話からか引っ張ってきたと言っていた。

 まあ、ハンサだろうが、モルテンだろうが、ガァ公だろうが、どうでもよい。ワシはワシなのである。

 とりあえず休むとしよう。

 この一瞬でほとほと疲れた。

 振り返り小屋を………。

 小屋の屋根に猫がいすわっていた。

 いや、猫耳をした人外だ。尻尾が蛇の様に鎌首をもたげふらふらと揺れていた。

「にゃにゃにゃにゃ~ん」

 ワシの試練はまだまだ終わらないらしい。


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