渡る世間はロボばかり 01
渡る世間はロボばかり
朝一で職員室に行って、昨日のあらましを担任に報告した。
何か言われるものとばかり思って覚悟を決めていたが、ごくろうさんと一言だけで済んだ。
不気味さを感じるが、こちらから何か言って藪蛇になるのも嫌なので、失礼しましたと退室の挨拶もそこそこに教室へと帰った。
はずだった。
職員室から出ると、そこには上級生が待ち換えていた。
生徒会副会長殿だ。見覚えは勿論ある。長船種馬君仁関係で……。
東雲美帆。二年生。つまり一個上の先輩で、大柄ではあるが結構な美人である。
横に、うちのクラスの風紀委員もいた。
「中島君だね」
確認するように、声を掛けてきた。
はいそうですと頷いてみせると、副会長は風紀委員にもういいと言って帰らせた。風紀委員の帰り際にこちらを見る視線が痛かった。
そして、二人きりになる。
「お久しぶりです。長船とは切れたので、もう関係することは無いと思ったのですが何か用でしょうか」
「そうね、彼の事で君に話があって来た訳じゃないのは解るわよね」
風紀委員の影が無くなった途端、雰囲気ががらっと変わって砕けた調子で語りかけてきた。
いわずものがな。入学して2カ月しか経っていないが、生徒会の面々とは色々ありすぎで、語るのも面倒だ。
「もう昨日の事は先生に報告しましたし、特段、生徒会と関わりがあるようなことはないと思いますが」
「頭の痛いことに、君と話をつけないことには、生徒会の運営に重大な支障が出そうな事案ができたのだよ。何のことかは察してくれているとは思うけど」
にたりと、口の端を吊り上げ笑う。
あぁこの人は厄介事を押しつけるつもりなんだという魂胆がみてとれる。
「へいへい、生徒会には借りが多少はあるんで、多少の事なら話を聞きますよ。それでどうすればいいんでしょう」
ここで食い下がってもどうせ巻き込まれるのは目に見えている。いや、ここで逃げたら後で倍になって厄介事になるのは長船絡みで身に沁みている。
「うん、そんなに警戒しなくても……ではないか。十分に警戒して欲しいのだ。ある意味忠告なんだけどさ。でも、人生どうしようもないことってあるよね」
ううっやっぱり。
「とりあえず、昼休憩に生徒会室に来て欲しい。そこで昼食でもしながら話をしよう。もう授業が始まるからね」
「昼休みですね、解りました」
「そんなに邪険にしないでよ。私だってこんな面倒事嫌なんだから。大体、君の事は気に入っているんだよ。そんな私が直々にこんな面倒事で来なければならないことになったってことを…」
「はいはい解ってますって。昼休みに必ず行きますから、その時に詳しい話をして下さい」
この副会長殿は話し出すと止まらないのが玉に疵。1時間でも2時間でも平気で喋っている。勿論、相手の事は気にしないで一方的にだ。
以前、長船関係で愚痴を延々と聞かされた時から妙に気に入られてしまっている。理解者ではあるのだが……。因果である。
そんなことを思い出していると、予鈴が鳴った。
副会長は恨めしそうな顔をこっちに向けるが、どうするこもできない。
「それでは、昼休みに」
そう断って、俺は教室に戻った。
教室では2人に生徒会に呼ばれたから、昼飯は向こうで食べる事を告げた。皇は多少不満顔ではあったが、咲華は上機嫌だった。
柊については、言い聞かせて部屋に居てもらっている。流石に学校へは連れてこれない。というか、来られたらどうなるか想像もしたくない。
周りの目はこの2日間の騒ぎで遠巻きに視線が飛び交っているのが解るが、直接どうこうしようという雰囲気でもなく、その部分だけは助かった。普段、喋る級友も遠巻きに見ているだけの様子見状態なのは寂しかったが。
ホームルームも終わり、1時限目が始まる。神秘学についてだ。
覚醒の夜以降に発達した魔法物理学の一つであり、FPPがB-の俺には若干どころではない苦手科目であった。10次元のうんたらーとか、ホロ世界で多次元がどーたらーとか言われてもさっぱり分からん事請け合いだ。だーがしかーし、人外闊歩する世の中で、自衛の為のひいては防衛学の一つであるため疎かにはできない。困ったものである。
重くなる瞼をどうにかこじ開けて授業を必死に聞いた。
どのみち、そういうのは専門家である魔法使いがエイッヤーとやってるものであるし、俺たちにはそういう現象があるということを智識として蓄える方が主である。かくゆう、あのロボに搭載されているFドライブもこの応用技術なのであった。
鐘が鳴る。
実際はその音がスピーカーから鳴っているだけだが、授業の終わりを告げる鐘だ。
とうとう昼休みに突入してしまった。
2人に行ってくると断りをいれ、何か言われる前にそそくさと生徒会室へ向かった。
途中、食堂で牛丼パックを購入する。お茶は生徒会室にあるので、それ目当てに飲み物は買わなかった。
扉をノックし部屋へ入った。
うん、場違いってのはこの事をいうんだろうね。
生徒会室には会長、副会長、書記、風紀委員長の4人が、揃いの重箱弁当を並べて待ち構えていた。
こっちは、お持ち帰りの牛丼パック。格差社会があった。
「なんだ言ってなかったのか?」会長が副会長に向けたしなめる様に告げる。
「えっ?言ったわよー。お昼に生徒会室でって。一緒に食べましょうって」
「つまり、昼食はこちらで用意しているとは言ってない訳だ」
「言ったわよー。中島君言ったわよね」
手弁当片手にいる人間に向かって、堂々と言ってくれた。
「あー、はいそうです。これはおやつですから」
反論しても絶対副会長は認めないのは解っているので併せる事にして、下席に着座する。
書記の人が重箱とお茶を持ってきてくれた。
「胃薬もいる?」
小さい声で聴いてきたが、大丈夫ですと返事した。
改めて、部屋のメンツを確かめる。
生徒会長。古屋浩一郎。三年生、首席でもある。絵に描いた様な美男子だ。頭良し、面良し、運動良しの三拍子。格差社会の権現である。
副会長。東雲美帆。二年生で、これたま首席で大柄な美人。趣味は読書で、図書委員を置き去って、図書室の主とも云われている。
書記。名前は……なんだっけ。会長副会長は有名だから憶えているが、えーと…。
「霧島榛名です」
そうそう、一年の霧島榛名さん。
「なんとなく、自己紹介したほうがよろしいかと思いましたので」
「失礼しました」
実際彼女のことは良く分からない。何かにつけ、気がつく才女という話だが……、いや、先程のやり取りだけでもその片鱗はわかる。でも、直接のやりとりはないので印象は薄かった。
後、会計と庶務の役所があったはずだが、その人物を見た事はない。
そして、普段は生徒会室に居ない風紀委員長がいる。3年の古鷹青葉だったけ。多少小柄ではあるが、柔道部のエースでもある肉体派の男子だ。
「それでは、頂きましょう」
生徒会長が食べ始めたのを見て各々食事を採り始めた。
食事も一段落して、古屋会長が話を始める。
「さて、今日来てもらったのは他でもない。連日の騒ぎについてだ」
まぁそうなるだろうとは予想していた。
「君も長船君と関わり合ったせいでとんだ災難だとは思うが、ちょっと目立ち過ぎた」
「なんですかそれって。俺は被害者の方なのに」
「しかし、件の中心人物だ。直接関わってない者からすれば、やっかみの対象になる」
言ったのは古鷹風紀委員長だ。
「やっかみ?なんの?誰に?」
「一部の男子と、約1/3の女子です」
霧島書記がいつの間にか、机に出した資料を見つつ答える。
「中心人物としては10人いるか居ないかだとは思うが、君のこれまでの行動と相まって、学内で不穏な空気が流れている。たった2日の出来事だが、今までの積もり積もったものがそれで火がついたようだ。もっと穏便にしてくれていれば助かるのだけどね」
古屋会長が続ける。
「君は私達と違って…」
言いよどむ。
「簡単にいうと、平凡な奴がなにを恐れ多い方々と仲良くやってんだ。しかも、殿下を命の危険に晒すようなマネをしやがって。これは天誅を下さねばならない。と、まあそんな感じ」
古屋会長の代わりに古鷹風紀委員長があっさりと告げた。
ハンマーで頭を殴られた衝撃が襲った。そんなのまるで……。
「逆恨みだけどね」
東雲副会長が現状をまとめた答えを吐き出す。
苦虫を噛みつぶしたような表情だ。
「風紀委員としては、こんな事で騒ぎになるのは甚だ遺憾である。天誅と騒いでいる奴に天誅を喰らわせたいのだが」
言って、古屋会長を一瞥する。
「泥縄だね。さらに陰湿になる可能性が高すぎる」
一刀両断に断言した。
「嫉妬にやっかみはどうしたって根深いものだ。ばっさりやっちまってもいいじゃないか。ここは曲がりなりにも軍なんだからな」
古鷹風紀委員長が、俺は武闘派だといわんばかりに返す。
「結果、学校を二分する抗争になってもいいって訳ではないだろう」
なにをそこまでと思うが、古屋会長は色々と考えているらしい。
「では、学校そのものが無くなってしまえばいいだろう」
不意に、背後から声がした。女の声だ。
振り返ると、そこには…。紅いボブカットの髪、きめ細かそうな色白の肌、アメジストの瞳の少女が何も無かった空間から現れた。
柊千歳、八咫烏の化身がいた。
「どうしてここに?」
「あ、えと、昼になってな、お腹が空いて何か食べ物をと思って外に出たらな、貴方が歩いているのを発見してですね……」
「あー、それで跡をつけてきたと」
謎は解けた。
だからどうした!どうにもならん!!
「とりあえず、隣に座りな」
仕方ないから着座を促す。
ついでに、牛丼パックを彼女の前に差し出す。まぁ“おやつ”の処分ができたのは僥倖だ。
「霧島さん、済みませんがお茶をもらっていいですか」
振り向くと、四人が険しい表情でこちら……ではなく柊を見据えていた。
「あ、済みません。こいつが昨日の騒ぎの張本人。八咫烏の柊千歳といいます」
紹介してみた。
「うむ、くるしゅうない。気楽に腰掛けよ」
「もう座っているって」
「そうじゃった」
カラカラと笑う。はぁ、こういう仕種は可愛いのに残念な娘だ。
「済みません皆さん」
居丈高な態度の柊の頭を抑え一緒に謝る。
「主よっ、な、なにゆえわしが下賤の者どもに、あっ頭を下げねばならんのじゃ」
顔を真っ赤にして抗議するが、意に返さないで反論する。
「下賤ではない。同じ人だ。君は先ずその辺を勉強しないと駄目だな」
「主よ~~っ、わ、妾はだなー」
「柊千歳。君は僕たちと同じ人だ。それ以上でもそれ以下でもない」
抗議は受け付けない。
正面に見据えて睨むと、柊は黙った。
「あっ済みません霧島さん。お茶よろしいでしょうか。ついでに俺にもお代わりを」
云われて、慌てて茶器を取りにいった。
「くくくっこりゃいい。ケッサクだ」
椅子に反り返って脚をばたばたさせ大笑いをする古鷹風紀委員長。
「済まん済まん。お前を平凡って言って悪かった。お前程の者はこの学校にはいないだろう。いや、世界にも居るかどうか。俺はお前を認めるよ。ほんと一生に一度あるかないか。心の底から認めるわ」
「いきなり何を言っているんですか」
古鷹風紀委員長は俺の顔をまじまじと凝視して再度大笑いをする。
それに激昂したのは柊で、立ち上がり掴み掛からんとするのを抑える。
「いや、悪い悪い」
全然悪いとも思ってなさそうではあるが、謝る古鷹風紀委員長。
「まったく、古鷹、君も中々に大胆ではあるよ」
古屋会長が割って入った。
「さて、困ったな。当初の話し合いとはかなり道筋が変わってきた」
「会長……」
東雲副会長がどういうことかと伺うような視線を向けた。
「中島君、私たちは君を生徒会に迎えようと思っていたのだけどね…」
「はぁ……はぁぁぁっっ?」
「事情が変わった」
「どういうことなの?中島君をこちら側に引き込めば、不穏分子は下手に手を出せないから、後々交渉で穏便に済ませようとしたんでしょ?」
その言いに東雲副会長が抗議の声を挙げた。
「だから、事情が変わったと。中島君が生徒会に入ると必然的に、殿下たちへの抑制にも、不穏分子への牽制にもなる。丁度庶務が空いているし、長船殿下はもういない訳だから彼はフリーとなる。ここまでは計算内であるのは解るね」
東雲副会長は頷く。話し合った内容の確認でもあるようだ。
「だが、彼女。柊さんが着いてくるとなると話は引っくり返さねばならない」
古屋会長は、真剣な目で東雲副会長を見据えている。
「彼を生徒会に引き入れようという理由は説明した通りだが、それは彼が極々普通の生徒であり、生徒間で不毛な闘争を抑止するためである。それなのに、今のこの時点で彼を引き入れようとすれば、生徒会自身が火種になりかねなくなる」
古屋会長は話を続ける。
「もし、彼に何かあったとしよう。激昂した柊くんが生徒を殲滅?それどころか、このあたり一面が、大災害のような廃墟となる可能性が非常に高いのは想像に難くない」
「それは、一つの予想なだけですよね」
東雲副会長は反論する。
「確かにその通りだ」
あっさりと反論を認める。
「今のは一つの破滅的な状況を語ったに過ぎないが、これは私だけが想像できる話だと思うかい?そうではないだろう。誰もが抱く恐怖だ。そして、それを生徒会が確保しているという事実になるのが非常に不味い」
「いいじゃん。やりたい放題できるぞ。どんな難題でも彼にやらせれば、全て話はシャンシャンだ」
古鷹風紀委員長は茶化す。
「では、それを君がやればいい。僕は生徒会長を降りるよ」
「へっそう言うと思った」