たった一つの冴えたやり方 04
目を焼く光。激しく眩しいが痛くはない。
次に濃密な闇が広がり視界を埋めていく。
そして滲み現れるモノクロームの世界。
2回目だ。
前回のことは全く憶えていないが。
あの時は死んだ。
今回も死ぬかもしれない。
だが其れは些細なことだ。
其れよりも大事なことがある。
そう、其れは目の前にいるこいつをぶっ倒すことだ。
目の前には、全身黒づくめの鵞鳥が立っていた。
さっきまでの白い鵞鳥だ。
どうやらここに来るとネガポジ見たいに反転するようだ。
黒い鵞鳥は辺りを見回し、気が動転しているように見えた。奴にとっても予想外な出来事だろう。
俺だってそうだ。なんせ前回の記憶はないのだから。
でも、まぁ………、奴を倒せるだろう。そんな気がする。高揚しているのだろうか、力がみなぎる。負ける気が全然しない。
「今がチャンスです」
横合いから声がした。
誰だ?振り向くとそこに、白く輝く妖精がいた。
「………サクヤピクシー?」
「はいそうです、所有者様。サクヤの中枢機構です」
あれ、どういうことだ?俺はサクヤに乗ってて……。
「所有者様、今は目の前の鵞鳥を倒すことに集中してください。来ます」
視線を再び前に向けると、嘴が襲ってきたところだった。
慌てて回避する。
ついでに、裏拳をお見舞いしてやった。
「貴様っ、ここは何処だ。何をした」
鵞鳥が喚く。
「教えてやろう、ここは地獄の一丁目だ。お前のなっ」
「戯れ言をっ」
取っ組み合いが開始された。
拳が鵞鳥の腹にめり込む。
呻く鵞鳥。
向うでは効いた様子はなかったのに、こっちでは攻撃が効いている。
イケル。予感は確信に変わる。
続けて連打を叩き込む。
たまらず鵞鳥は飛び上がる。
あっ卑怯者め、形勢不利だと思った途端、あっさり逃げるのかよ。
「打ち落としましょう」
サクヤピクシーが告げる。
どうやって……あぁそうか、背中のVSLセルからミサイルを打ち上げる。
「イッケーーーー!!!」
見事ミサイルは命中し、翼を焼かれた鵞鳥が落ちていく。
まずい、このままではヤツは海に墜落する。
咄嗟に手を伸ばし、掴んで引き寄せる真似をする。
鵞鳥は落ちる確度を変え、目の前に墜落した。
あれ?なんでこんなことができ………、そうか、原理はわからんがスイレンの夢の中と同じようなものか。
あのシゴキがこんな処で役に立つとは思いもしなかったが、結果良ければだ。
つまり、フォースパワーで無理なことも可能ということだ。
というか、今の殴り合いだってフォースパワーのお蔭だろうに。
自分の適当さに思わず呆れた。
まぁ原理が解れば、対処もしやすい。
「おのれ~おのれおのれっ」
息も絶え絶えであるが、しぶとく鵞鳥は攻撃をしてくる。
振り出された翼を俺は掴む。もしかしてと思い掴んだ手に集中する。
できる。
奴のフォースパワーをこちらに取り込めた。
異変に鵞鳥も気付いたのか離れようともがくが、両手を使って抑える。
このモノクロ世界だかろうか、難なく奴のフォースパワーを奪い、自分の力に替えることができた。
ぐったりとくず折れる鵞鳥。
「何が起こった……」
答えを教えてやる必要はない。
そんなことよりもだ。俺は鵞鳥の前に立って告げる。
「さて、形成は逆転したわけだが、降伏しないか。俺たちは負けを認めた相手を無下にすることはないぞ」
どこぞの国と違って日本は紳士的である。馬鹿みたいにと揶揄されたりもするが。
「信じられるかっ」
鵞鳥は叫び、再び吶喊してくる。
「日本の常識、世界の非常識ってな、知らないのかい」
カウンターに蹴りを入れ吹っとばす。蹴りだけにフットってね。
「馬鹿な、有り得ない。このハンサが、人間ごときにっ」
無闇やたらと翼を振り回してくる。それをことごとく躱し、お返しに翼の根元へと手刀を叩き込む。
ミシリと骨が軋む感触が伝わる。
「人間を、科学の結晶たるロボテクスを舐めるなっ」
そう、対魔獣決戦兵器だ。この程度できなくてどうする。
「こんなっこんなっ」
鵞鳥は足掻く。金管楽器の鳴き声が俺を襲う。
突き刺さる痛みに圧力。だが、それで倒される俺ではない。
突き出された嘴を左手で掴み、右手を打ち下ろす。
軽い破砕音と共に上側の嘴がひしゃげ折れる。
「これ以上するなら焼き鳥にするぞ。塩とタレどっちを選ぶ」
「ここまで侮辱されたのは初めてだ」
「素直に負けを認めろ」
「認めん、認めんぞ、認めてたまるかぁぁ」
ぼろぼろになった翼を拡げ突っ込んでくる。
そんな単純な突進ごときっ。俺は鵞鳥の顔面向けて拳を叩き込んだ。
鈍い感触が伝わる。今ので完全に嘴が折れた。こいつ頭を守るために嘴を犠牲にしやがった。
しかして、鵞鳥は怯むことなく俺に飛びつき、背に翼を廻し抱きかかえ………海に飛び込んだ。
いい根性だ。捨て身の攻撃に称賛を送る。
絡み合って海中に没していく。
だが、考え無しだな、こっちは水中戦闘用装備を着けている。沈むことはない。
逆にこっちが鵞鳥に抱きつき、重しとする。
「所有者様、警告します。フロート装置破損してます」
…………え?
「度重なる格闘により、ボンベの閉開機能が損傷、動作不能です」
なっなんだってーーー、そんなことは先にいえよ~~~。
動揺ができた瞬間、鵞鳥は俺を振り払い海面へと向かいだす。
こっここまできて、なんて失態!何か手はないのか。
「魚雷は発射可能です」
「それだっ、撃てー撃てー」
スカートにぶら下がっている発射筒から短魚雷が射出される。
コーンコーンとピンガーを鳴らして目標へとひた走り、見事命中した。
ド派手な爆音が鳴り響く。
その余波はこっちにも衝撃をもたらし、海中深く押し込められた。
「目標沈黙しました。無力化は成功です」
こっちも見て取れる。奴は完全に気絶している。色々なお蔭で培わされた眼がそう捉えていた。
にしても、魚雷の命中受けて死なないってのは、頑丈すぎるぜ。
それなのにこっちは……。
「とりあえず、A.Iを切ってくれ」
前回に起きた死亡が何の原因か判明していないのだ。このままでは二の舞である。
───まぁこんなものか。鵞鳥と共に不思議な旅を期待したんだけどなぁ───
「Allege Ideolgy終了します」
無機質な音声が聞こえた。なんでこれだけ、こんなんなんだ?まぁいいけどさ。つか、他になんか聞こえたような気が……気のせいか。
しかして、世界は色を取り戻す。
「今度は戻れた様だな」
安堵の息を漏らす。
「ファミリア終了、Fドライブ停止」
『ファミリア終了処理完了しました。警告、Fドライブ停止はおすすめできません。圧壊の危険性があります』
視野が戻ったが、次の難問がでた。
フロートぶっこわれついでに、Fドライブも止められないとか。
………やばい、冷静になってくると途端に怖気がやってきた。
ここで死ぬのか……。
『警告、このままでは機体圧壊します。脱出を推奨します』
「脱出って、どうやって?フロート壊れたんだろ?」
こんな機械的反応やめてくれ……。
最後の話し相手が人間味ないのは味気なさすぎるぜ。
『エッグシェルを切り離し、離脱をしてください』
!!!!その手があったかっ。
だがサクヤ本体はどうする、このまま海の底?
それはなんというか、切ないというか、相棒を見捨てることになりそうで……。
『サクヤは大丈夫です。中枢機構が残っていれば、機体を作り直せばいいだけです』
作り直すか……できるのかな。あと何体残っているのだろう。いや、今回のことで小早川大尉にねじ込む。そうしよう。
「了解、エッグシェック切り離して脱出だ」
『カウントダウン開始します。10、9、8……』
またサクヤとおさらばか。こんだけ短い期間で乗り捨てるようになるとはね、俺ってロボテクスと相性悪いのだろうか。
『……2、1、0』
カウントダウンが終わっても何の変化も衝撃も発生しなかった。
「何が起きた?」
『外部装甲損傷のため、ハッチが作動しません』
おのれぇ~~~どこまでも~~~あの鵞鳥の呪いかってんだ。
「まぁなんとかなるか、サクヤ自身で外装を剥がせばいいだけだ」
最後に自分自身でサクヤを壊すことになろうとは、切ない。腕を動かし、べこべこになっている外装を剥がすイメージを……ってあれ?動かない。
『浸水により、回路断絶』
あれだけ殴りあって、最後は魚雷の爆発の余波うけてりゃそうなるか。
外を映していたカメラも報告を待っていたかのように途切れた。
どの道、暗くて外の様子なんて解らなかったけどな。
「………打つ手無し?」
サクヤからの反応はない。
持ち上げといて、こんな落とし方はないぜ。
冷たい感触が背筋を振るわせた。
冗談、ここで死ぬのか?
本当に駄目なのか??
………嘘だろ???
「あーーーちくしょーーー、こんなことなら据え膳我慢せずやっとくんだった。何が卒業するまでだ。格好つけてんじゃねーぞ糞がっ。俺だって健全な男だ、何時だってムラムラしてんだっチチ、クビレ、ケツッ、触りたい、こねくりたい、舐め廻したいってんだ。いつでもイチャイチャベトベトペロペロしてたいんだつっーーうーーーがぁぁぁぁぁぁぁぁ」
はぁはぁはぁはぁ、俺は何を叫んでんだっての。こんな時に考えることかよ………、こんな時だからだよなぁ、はぁぁぁぁぁ。
上を見上げる。
人の形にトンボの羽を生やしたサクヤの中枢機構であるピクシーが目に留まる。
馬鹿だろ俺。全然サイズが違うちゅーねん。何をするってんだ。頭をシートに打ち付ける。
少し冷静になろうぜ、サイズ云々じゃないってーの。尊厳の問題だ。
フフフ………。
「ううううう、おおおおおお、ああああああああああああ」
くっそー。生まれ変わったらエロエロ魔神になってやる。
「世界の女は俺のものーーーーーーーーーー!!!!!」
……虚しい。何やってんだ俺。
『救助手段発見、実行に移します』
「………………え?」
あの後、待つこと30分、俺はリュウジョウに拾われた。というか掬いあげられた。
サクヤピクシーは俺の問いを探していた訳で、無視してたのではなかった。
水中装備のフロートは壊れていたが、通信用アンテナ線は生きていて、それを伸ばしてリュウジョウを呼んだのだった。
小早川大尉がコントロールできるようにしてくれたお蔭だ。
でもなぁ……そんな手ってありか。
実はリュウジョウが潜水艦だったなんて。
「違いますよ、可潜空母が本来の仕様です」
とは、小早川大尉の言だが、正直どうでもいい。
「にしても、またサクヤが全損してしまうとはね。君は本当にロボテクスの機能以上に使い倒してくれる」
何故か嬉しがっている姿が怖かったことも付け加えておく。
外装、骨格、人工筋肉、電装から殆どが使い物にならなくなっていた。通信アンテナが使えたのは奇跡ともいえる。
後、扶桑に迫っていた魔獣の軍団は、ハンサと名乗る鵞鳥の気配を察して散り散りに逃げていったそうな。怪我の光明ともいうべきか。お蔭で戦死者ゼロという奇跡だ。風が吹けばってもんじゃないが、終わりよければ全て良しって………納得いかねー。いやさ、死人が出なかったのはいいことなんだけどさ。なんというか……ね?
「どうした、何を耽っている」
俺たち4人を乗せた輸送機。一足早く帰るため今は空の中。眼下には雲が広がっている。そのシートの横に座るスイレンがこっちを覗いている。
「いやなに、サクヤから出た時に、抱きついてきた事を思い出していただけだよ」
言われたスイレンは顔を真っ赤にしてぽかぽかと俺を殴ってくる。痛くはないよ、うん。
「そいや、色々あったけど、話って結局なんだったんだ」
そそくさと、追い立てられるように、扶桑から追い出された俺たち。スイレンに言われてた夜にって、丁度今頃の時間だ。
「それな、よくわからんが大丈夫になった」
「……なんだそれ?」
「だから、よく解らないのだ。魔血晶を飲み込んだ時、不純物がといっただろ。そのせいで、これは暴走するなと感じたのだ。だから、その始末を親父殿達に着けてもらおうと考えていた」
「……お前そんな大事なことをなんで」
「だが、何故かそれが消えた。ハンサとの戦いを見てるうちに段々と消えていったのだ。理由はいくつか思い浮かぶが、確証はない」
「理由?」
「一つ確信があるのは、親父殿と繋がっていたせいだろう。何故だか解らないが、繋がりが切れていなかったようだ」
言われて気付く。だからあの鵞鳥は俺のことをドゥルガーと勘違いしてたってことか。にしても……なぁ。
あ、もしかして、やたらと攻撃的だったのは、その不純物が俺に流れてきたせい?戦場の雰囲気に呑まれていたのかと思っていたがそうじゃなかった?
まぁ今更だ、深く考えなくていいだろう、お蔭かFドライブを使った時、頭痛や吐き気に襲われなかったんだと、いい方に考えておこう。
………あ。
「なぁ繋がっていたってさ、どこまで繋がっていたんだ?」
もし思考がだだ漏れだったら、アレを聞かれたことになる。そんなんだったら、この機上から飛び下りなければならなくなる。
スイレンが俺の瞳を覗き見る。
「内緒にしておいた方がいいだろう。まあ、我が輩で良ければいつでもいいがな。なんせオマエノモノなんだろ」
小悪魔の笑みがそこにあった。
次で4部最後~☆