たった一つの冴えたやり方 03
沈黙が流れた。
言葉が通じなかったか。それとも、警戒して様子を観ているのか。ならば言った通りに立ち上がった方がいいのだろうか。
「立つぞ」
敵意がないことを示すため、アサルトライフルから手を離してから、ゆっくりと立ち上がろうとする。
そこを鵞鳥が鳴き散らす。相も変わらずの金管楽器の音だ。
こいつ俺が武器を手放すのを待っていた?やるつもりなのか。
アサルトライフルの位置を視線で確認。突っ込んでくるようなら拾って……。
「貴様ドゥルガー……いやカーリーだろう。そんな声音を使ってワシを誤魔化そうとしても無駄だ」
ワシ?……がちょーん、なんてこった。鵞鳥が鷲とか言ってるよ!
突っ込みたい、とても突っ込みたい。衝動が荒れ狂う。
落ち着け俺。相手は人外だ。洒落を言っても理解しないだろう。………うずうず、口がむずがる。
「貴様の気配を感じたから、やってきたというのに敵対するつもりか。死んだとばかり思っていたのに、中々ワシは運がいい」
頭の中でクエスチョンマークが乱舞する。どういうことだ。奴は何を言っているのだ。
ドゥルガー?カーリー?
スイレンのことを言っているのか。何故にスイレンを?探していた?つまり彼女の仲間?
気配を感じた?まさか、あの探索のせいだというのか。
「……中島少佐、聞こえますか?中島少佐」
唐突に通信が入る。
俺は外部スピーカーをオフへと指示し、通信に出る。
「小早川大尉ですね。この状況どうしたら……」
「無事なのですね。よく聞いて下さい、現在リュウジョウは操舵不能に陥ってます。先程の鳴き声でクルーが金縛り状態に陥ってます。私もなんとか通信できるだけです」
なっなんだってーー!!!
ここに来て、不可解なことばかりおきやがる。なんでどうして?
「なので、貴方に命運を預けなくてはならなくなりました。とても高校生である君にとっては重責でしょうけど」
「つまり、こいつをどうにかして、リュウジョウから剥がせということですね」
「いえ、違います。端的に言います。その鵞鳥を船内に閉じ込めてください。そして、リュウジョウを自沈させ自爆させてください」
「え?」
何を言っているのだこの人は。
「あの鵞鳥を放置しておけば、他にも被害がでます。ならば、この艦だけの犠牲で済めば被害が少なくて済む。そういうことです。今から艦のコントロールをサクヤに繋げます。サクヤなら艦を操ることができますから、あとは命令するだけで済みます」
「そんな命令受ける訳にはっ」
「やってください。これがたった一つの解決策です」
「そんな馬鹿な──」
通話が突然中断する。
あの鵞鳥が再び鳴き声をあげたからだ。通話の向うで倒れる音がした。今ので小早川大尉も金縛りにあったのだろう。
「黙ってないで返答しろ」
くそっマジかよ。何百人を犠牲にしろってのか。それが軍の判断なのか。いや、小早川大尉の判断は理解できる。単純な引き算だ。奴をこのまま暴れさせては、扶桑の向こう側の作戦にも支障がでる。最悪、扶桑含めて全滅だ。
だが、俺にとってはまだ理解しがたい判断だ。
くそったれっ。
俺は外部スピーカーを入れる指示をする。
「俺は中島政宗だ。何を勘違いしているのか知らないが。ドゥルガーとかカーリーとは違う。一介の人間だ」
「この期に及んでしらばくれるのか貴様。ワシの命令が聞けないとは、余程“教育”を受けたいと見える」
確信した。
こいつは潰す。潰さなくてはならない。
グェグェと卑下した笑いを漏らすこいつにドゥルガー、いやスイレンは渡せない。
彼女が居たところで何があったのか、想像がつく。あの時、スイレンが言っていた言葉が頭の中で響きわたる。
あぁ長船よ、今だけはお前の手柄を褒めてやる。ならば、俺はそれを引き継いでやるさ。
「顔を見せればいいか?」
「やめろっ我が輩が出て行けばいい話だ」
通信が入る。どこから?いや、どこからなんてのは今更どうでもいい。
「スイレンか。他に動ける奴はいるのか」
「ああ、我が輩と仁科にビアンカは動ける」
流石、人外達だ。称賛するぜ。
まぁこれで腹は決まった。絶対に自爆なんてさせない。俺がなんとかするっ。
「なら、命令だ。これから艦を使って奴を仕留める。退艦準備をしろ、繰り返す、これは命令だ。絶対奴に気取られるなよ」
「そんな命令聞けるかっ」
「最初に言ったはずだ。聞けっ、いいなっ」
通信を切る。
「どうした返事はないのか?顔を見せると言っているのだ。確かめに近づいてこないのか」
立ち上がり、サクヤのハッチを開ける。
『危険です、危険です』
サクヤピクシーが喚き立てるが黙らせる。
「Fドライブ準備、A.Iは使えるのか」
『Fドライブいつでも起動できます。A.Iは操作不能です、制御下にありません』
むぅ、最後の切り札と考えてたがサクヤピクシーには制御できないのか。
訝しげに、鵞鳥はこちらを睨む。罠だと思っているのだろうか。そうだよっ、だから近づいてこい。
「どうした?ビビってんのか」
あからさまに挑発してやる。
「ワシのそのような言いぐさを。シヴァの嫁候補だからといって甘い顔をせず、問答無用で連れて行けば良かったか」
一歩踏み出す。
艦が揺れる。
怯んではいけない。とりあえず、こいつは殴る。ムカついて仕方ない。
「だ~か~ら~、違うっていってんだろ、駝鳥野郎」
「……いい度胸だ」
さぁ来いっ、来い来い来い来いっ。
揺れる艦上を翼を拡げ、バランスをとってノシノシとやってくる。
鵞鳥の顔がコックピットの高さまで降り、中を除く。
目線があった。
俺は、おもむろにバイザーをあげ、顔をみせる。
「なんとっ、ドゥルガーではないっ」
「だから違うといってんだろーがっ」
機体を突っ込ませる。
「ハッチ閉じろっ。Fドライブ始動、ついでだファミリアもっ」
さぁ、男の意地を見せる時間だ。
視界が変わる。
サクヤの腹を覗いている鵞鳥の頭が見えた。
間を置かず、右フック。
フォースパワーで強化された右の拳が鵞鳥の左面を叩く。
畳みかけるように左も繰り出す。
蹴りを入れる、両手を合わせ、振り降ろす。
激しいつんざく破壊音が響き、鵞鳥の頭が甲板に突き刺さる。
艦も激しく揺れ動く。
「ククク、中々に──」
うざい。のんびり喋って余裕のつもりか。
サクヤを軽くジャップさせ、右踵を頭に叩き込む。
更に甲板にめり込む鵞鳥の頭。
「まだまだぁ!!!」
だが、追撃は叶わなかった。横殴りに翼が払われ、サクヤが宙を舞う。
背中から甲板に落ち滑る。火花がサクヤと甲板の間で激しく散る。
ずるずると滑り、艦首側まで飛ばされた。
運が良かった。側舷だと海に叩き落とされていたところだ。
即座に立ち上がり、艦尾向けて走り出す。
「いい度胸だ、小僧っ」
鎌首を持ち上げ猛る。
そんなにビビる俺じゃねーってのっ。
翼が横薙ぎに振り払われる。
当たるかよっ。
スライディングでかいくぐり、足目掛けて蹴りを突き入れる。
鈍い衝撃音が響くが、鵞鳥は倒れない。なんて頑丈な奴だ。
逆に蹴り飛ばされ、甲板を転がる。くそっまた離された。
鵞鳥が向かってくる。こっちも立ち上がり突っ込む。
振り降ろされる翼を裏拳で弾き、その勢いを利用して回し蹴りを叩き込む。
一進一退の攻防が繰り広げられた。
『危険です。外装損傷、機体骨格の負荷が限度値を越えています。人工筋肉オーバーヒート発生、副回路に切り換えました』
警告が頭の中に響く。
やわいぞサクヤ、根性みせろっ。
「まだまだぁ」
叫び己に喝を入れる。
右のストレートを叩き込む。が、翼が盾になり弾かれる。ならばっ、左を突き出しその翼を掴もうと動く。
瞬間、艦が上下に揺れサクヤが投げ飛ばされた。
何が起きた?
『甲板を支える支柱が一部破損しました。鵞鳥が、艦を踏み込んだためです。ですが、可動式甲板のため支柱がクッショッンとなって船体本体に損傷はありません』
なんだって?良く分からない説明を受けるが、意味がわからん。ヤツが艦を揺らしたってことだよな。
「チッ」
今は説明を受けてる場合でもない。立ち上がって──。
だが、それは叶わなかった。
鵞鳥がサクヤを踏みつけたからだ。
悠々と俺を舐め廻すように観る。
どうする?次の手を──。
「お前、中々に面白い奴だ」
鵞鳥が話しかけてきた。
強者の余裕か?ざけんなっつーのっ。
立ち上がろうとするが、踏みつけが一層きつくなり身動きができなくなる。
「ドゥルガーはいなかったが、それに変わりそうな逸材だよ、お前は」
「そうかい、俺は只の人間だがな」
「ククク、ここにきてまだそんな減らず口を叩けるとはな。面白い、実に面白い」
ひとしきり笑った後、鵞鳥が言う。
「そうだな、お前を替わりに連れ帰ろう。ブラフマー様へのいい手土産になる」
ガァガァと金属質な鳴き声で嘲笑う。
ブラフマー?誰だそいつは。つか、そんなこと考えてる場合じゃない。連れ去るだと?どんな目にあわされるかわかったもんじゃない。
「へっ、そんなほいほい着いていく訳ないじゃないか」
「そうか、ならばここにいる全員を殺そう」
鵞鳥の双眸が邪悪に光る。
人質のつもりかよっ。
しかし、どうする。大人しく連れ去られるか?だが、本当にこいつが言う通りに皆が無事でいる保証はない。
「どうする?ワシはそんなに気が長い方ではないぞ」
ヤツが翼を振るい、甲板を叩く。あっさりと甲板は裂け、破片をまき散らした。
まだ本気でもなかったというのか。
どうにもならないのか。歯噛みする。
何か逆転の一手はないのか……。
機体の状況を確認する。
『機体骨格に歪み発生。外部装甲湾曲。人工筋肉、副もオーバーヒート寸前。主側冷却中、再稼働まで最低5分必要。但し、完全に冷却できないため、稼働時間は大幅に下がります。兵装、背面VLSセル使用可能、魚雷使用可能、ダイバーナイフ使用可能、ミニガン喪失』
………できそうなのは自爆攻撃くらいのようだが、それをすればこの艦も無事ではすまなさそうだ。
覚悟を決めるべきか?どうにかして、ヤツを艦から引き剥がせば……。何か手はないのか。
「もうよい、親父殿、そこまでだ」
声のした方をみると、そこにはスイレンが立っていた。
鵞鳥も声の方を向く。
「ほう、これはこれは。やはり、ワシの鼻は間違っていなかったようだな」
「ハンサよ、我が輩が戻れば問題はなかろう」
「馬鹿何故出てきたっ。命令無視すんなっ」
「黙れ小僧」
体重をかけられ、機体が軋みをあげる。
『損傷拡大。脱出を推奨します』
「よせっ、それ以上するならば、我が輩も戦うぞ」
動きを止める鵞鳥。俺とスイレンを交互に観る。
「まさかと思うが、ドゥルガーを冠するものが、只の人間を?」
「だとすればどうする」
鵞鳥が大笑いする。
「生まれて100余年、こんな場面に出会おうとは思いもしなかったわ」
「笑うがよい。但し、侮辱は許さぬ」
何かに気付いたように鵞鳥は長い首を廻してスイレンを見つめる。
「何かおかしいと思ったが、貴様カーリーか。ククク、必死だな」
「そう思うか」
しばしの睨み合いが続いた。
「まさか、パールヴァティ?覚醒したというのか。今まで全く目覚める気配もなかったというのに。だからか、だからこんな人如きに」
「それで、どうなんだ。我が輩を連れ戻すのか否か」
「よかろう、よかろう。これはなかなかにお手柄だ。シヴァの奴、泣いて喜ぶだろう」
「ヤツがそんなタマか」
スイレンが連れて行かれる。
そんなこと、許さない。誰が何と言おうとも俺が許さない。
あの時見せた顔。心底こっちにきて良かったと見せた顔。それを砕こうとする奴は俺がっっっっ。
「親父殿、済まんな。我が輩の事情に付き合わせて、ここの暮らしは良かった、楽しかった。だが、やはり我が輩の手は血に塗られたものだ──」
拡大されたスイレンの顔、頬を伝う涙を見た瞬間、血が沸騰した。
そこから先の言葉は聞こえなかった。
目の前の鵞鳥を倒すことだけに意識が集中していき、それ以外が消え去ったからだ。
「そんなこと、させねぇー。スイレンは俺の部下だ。誰にも渡すことなんかさせねー。オレノモノダッ」
叫ぶ。渾身の力をもって。
「こやつっ」
鵞鳥が機体に力を加える。警告がガンガンがなり立てる。そんな中、バイザーに映る文字が見えた。
すかさず俺は其れを押す。
「Allege Ideolgy開始します」
無機質な音声と共に世界は様相を変えた。




