たった一つの冴えたやり方 01
たった一つの冴えたやり方
隊を3班に分け、目標の船に向かう。
近距離であれば、音を探れるということで、ビアンカにスイレン、仁科さんはそれぞれ制圧部隊に各々振り分けられた。第3機動部隊と第9工作部隊の混成である。
探索にビアンカ達、護衛に第3機動部隊、解除に第9工作部隊という役割となる。一つの隊が28名、行動するには十分な数だ。
俺はサクヤと共に後方待機である。速度のある魔獣が先にやってくるとも限らない。船団の護衛をすることになった。
彼女たちを乗せた兵員輸送ヘリが飛ぶ。
「こっちも準備ができたよ」
小早川大尉から通信がはいる。
「了解、向かいます」
ハンガーから解放され、サクヤは外にでる。
目の前には12式、東郷少佐たちのロボテクスが勢ぞろいしている。
「装備点検」
武装の確認をする。
実弾だ。
本物の武器。
これから、これを使うことになるであろう場面を想像し、気分が高揚するとともに、空寒いものを感じた。
「よし、全員搭乗する。ついてこい」
東郷少佐の誘導に従って埠頭に着けている輸送艦を目指した。
移動中考える。
なんせ、俺の部隊が震源地というのは、座りの悪さを感じる。
一体誰がやっているのか……。
って、全員の顔も知らなければ名前も知らない、マクミラン艦長は今回来ていないし、まともな面識があるのはアーウィン副長だけだ。
後は、クシダの艦長と艦橋のクルー数人だ。
気のよさそうな人達ではあるが、心の奥底ではどう考えているのか解らない。
千歳たち人外のほうが、単純に見える。
笑顔で近寄りつつ、足を引っ掛けるような真似を彼女たちはしない。欲求があれば直接ぶちこんでくれるからな。
………それとも、俺が知らないだけなのだろうか。
付き合いが薄いんだ。知りたければもっと積極的に係わらなければならない。
けどどうすんだ?そこまで積極的に関係性をもたなければならないのか?
深く関係するということは、抜けられなくなるということでもある。卒業後は普通にどこか適当な会社に就職することを考えている身としては、ツテという繋がりができればいいかもしれないが、それ以上の係わり合いを持つことが本当にいいことなのだろうか。
踏み込みすぎる関係、巧く廻ればいいが、そんな関係を築くことなんか容易ではない。相手を好ましいと感じなければ、どこかで破綻する。
結局、今を維持することで精一杯だ。踏み込んでいけるような関係、そういうのは自然とそうなるもので、意気込んでやったところで、逆効果であろう。
ケセラセラか、なるようにしかならん。
とりあえず、今は目の前に積み上がっていく問題を解くことだけだ。
そう考えながら、目的地に辿り着いた。
「これが……輸送艦でありますか」
思わず聞いてみた。
「えぇ、輸送艦ですよ」
小早川大尉からの肯定の通信。
「うそだっ」
即座に否定した。
余裕の200メートル超えの船体。全通甲板。しかもアングルドデッキ。空母じゃん!
但し、艦橋に相当するものが見当たらない。どこだろうと見回すと、艦首部分、甲板の下に思しきものがあった。なんだか特殊な形状をしている。
「ま、ちょっと特殊な形はしているが、第9工作部隊の輸送艦リュウジョウなんですよ」
「つまり、特殊な機能がてんこ盛りってことですね」
「まあその辺は、機密事項です」
胡散臭さ爆発だ。
「その辺の詮索は後だ。俺たちは後詰めしなきゃならん。急ぐぞ」
東郷少佐に促され、ロボテクスの一団はいそいそと“輸送艦”リュウジョウへと乗り込んだ。
「先行の部隊から連絡は?」
「先程、各艦へ乗り込んだようです」
状況が無線を通じて流れてくる。
「現在、捜査中とのこと。抵抗はありません」
まぁ…表立って妨害にでれば、それはアタリだ。徹底的にやってしまえばいい。いま正に戦線を開こうかとカウントダウン中である。躊躇う時間なんか残されてはいない。
作戦開始(総攻撃)予想時刻まで2時間を切った。
船が出る。そんな時、通信がはいった。駆逐艦クシダからである。
「隊長これは一体なにごとですか」
アーウィン副長だ。
「そっちに行った隊員から何も聞かされてないの?」
「いえ、話は聞きました。聞きましたからこうやって通信を」
「自分から言えることは、今はありません、作戦行動中なので。それは解りますよね」
このことは、小早川大尉から何も言うなと告げられている。もちろん、あの場所でやったことは最重要機密扱いとして箝口令どころではない、漏らせばスパイ防止法を適用するとも言われている。自分のことなのに。
駆逐艦クシダに向かう面子を向うから一緒にやってきたスイレンやビアンカを使わず、仁科さんに担当させたことでも作戦の機密性を高めようとしていることからも推し量れる。
「ですがっ」
「アーウィン副長、貴女の疑問や憤りは解ります。ですが、それは扶桑を天秤にかけることですか?」
そう言われては彼女も黙るしかない。
「副長、今は彼等の指示に従ってください。自分からの命令と受け取ってもらっても構いません」
「命令とあれば」
「すみませんがお願いします。これが終わったら、そうですね……皆でどこか行きますか。高校生なのでお金は出せませんが、気晴らしくらいはつきあいますよ」
「え?」
戸惑うような声。
「いや、別に下心とかですね、そんなことを考えている訳ではなくてですね……」
「ぷっ、解りました。そのときは引き回しますので、覚悟していてくださいね」
通信が切れる。
どっと疲れた。変なフラグなんか立ってないよな。
そんなことは、アーウィン副長も解っているだろう。俺と違って大人なんだし。
またまた通信がくる。忙しいもんだ。
「本艦は現在、脱出船団に向け、出航中である」
東郷少佐からだった。
「現状を報告する。先行の3班は各艦に乗艦し、捜索を開始している。直ぐに見つかるかと思っていたが難行しているようだ。その間、我々は脱出している艦船の護衛にあたる。魚一匹通すことないように。何度も言うようだが、この作戦いかんによって扶桑の命運が決まる。各自不退転の覚悟を持ってあたるように、以上だ」
本格的にスイッチが入る。
俺でさえも高揚しているのだ、皇軍にとってはそれ以上であろう。
士気はいやがうえにも高まった。
哨戒機がカタパルトに押され、飛行甲板から飛び立つ。
続いて十字型の異様な無骨さをもつ艦載攻撃機“雷電”が飛び立っていく。
戦闘機が飛び立つ姿は素晴らしい。えもいわれぬ感動があった。
だだ、もっと数があれば前線にいけたんだろうなぁ、残念である。固定翼機としては、哨戒機2機、雷電3機しかこのリュウジョウには搭載されていない。出撃していったのは、哨戒機1機、その護衛機としての雷電1機だ。残りは多目的ヘリだ。それも急ピッチで対潜爆雷の搭載作業を行っている。
「俺たちも出るぞ」
声がかかった。
左舷と後部にある搬出口よりクレーンから伸びるワイヤーに繋げられると、フロート装置を展開していく。準備が終わればそのまま吊り上げれ、一機づつ海洋にぽとりと落とされ発進していく。
飛べないんだからこうなるのは当然でした。
各部隊4機編成。水中装備に身を包んだ12式が先に進む。東郷少佐、南部中尉、北都少尉が隊長として先頭を航行していく。
「私達は待機ですね」
残った西条大尉が俺に告げる。
「了解であります」
やっぱここでも俺は待機だった。
上がったテンションどうしてくれんだー。落とされた落差が激しい。
みんなノリノリで出撃しちゃってさー。俺も混ざりたかった。
とはいっても、演習の時と同じだ。部隊行動できない俺がなにをできるというのだ。
現実は厳しい。いくら能力があっても(いや、俺にはないがっ)軍隊が単独行動を許すはずはない。
そんなの当たり前で初歩の初歩だ。
まぁあぶれたからといって、何もすることはないこともない。俺の場合リュウジョウの護衛だ。
まかり間違って沈みましたとか、笑っても泣いても許されることじゃない。昔、艦長は沈む船に自身を縛りつけて一緒に逝ったともいう。現在は人的資源も、倫理観もあって、沈む船に残るような教育は施されていない。運悪く閉じ込められたでもない限り、艦と運命を供にすることはなくなっている。
船尾に西条大尉、船首が俺という配置で艦の警戒にあたっていた。
船内を捜索している班から連絡が入る。
“見つからない”と。
船倉まで探したが、音の発生源がそれより下だという。
「船底に仕掛けられたか」
「おそらくそのようで」
「潜れるやつは?」
「無理です。装備がありません」
そんなやりとりが無線を通じて入ってくる。潜水装備なんて普通はないよな。となると…。
「今、護衛のロボテスク隊が向かっている。それに調べさせる。艦を停止させろ」
状況が動く。
悪い方向へ。
無駄に時間を消費することになった。
「もう一機、哨戒機が出る。中島少佐、端によって待機だ」
矢継ぎ早の指示が飛ぶ。
下層部からエレベータに乗った哨戒機が甲板に姿を現す。
改めてすげぇ~。こんな間近で発進シーンが見られるとは思いもしなかった。安西が知ったら泣いて悔しがるだろうか。
哨戒機が発進した後、続いて雷電も護衛のために出て行くる。翼下につり下げられた増槽にミサイル、機首下部にある30ミリ機関砲。正に空飛ぶ戦車といっていい重装備だ。
非常事態なのではあるが、心がときめいた。
けたたましい爆音を響かせ、発進していった。
このままなにごともなく作業が終わればと思っていた。
しかし、そう都合よくは運ばない。
「ソナーに感あり」
「近づけさせるな」
戦闘が始まった。
そうなると、こっちも忙しくなる。
爆雷を搭載した多目的ヘリも発進していく。
「敵は小型の足が早いやつだ。気をつけろ」
小型といっても5~6メートルのでかさはある。陸で言えば中型に分類されるが、海のものはどうしても図体がでかい分、それに合わせて変わっている。
「西条大尉、この船で護衛に入らないのですか」
素朴な疑問である。
「これは、“まだ”輸送艦だからね、武装もないし。向うへはこっちの艦も護衛に入っているから、余程のことがない限り大丈夫だと思うよ。それよりこっちに現れないことを祈っておいてくれ」
突発的に出航したため、護衛の随伴艦はない。単艦での行動中である。
襲われたときの危険度はこちらの方が高い。もっとも、敵としては目印にしている艦へ向かっているからこっちは安全とは感じる。
だからといって、完全に安心できるものでもない。警戒は密に行うべきだ。
「こちら東郷、目標を発見。おそらくこいつがそうだ」
通信と共にカメラが捉えた映像が送られてきた。
船底に磯巾着のようなものがひっついていた。3~4メートルはあるでかさである。改めて海のものはでかいと認識した。
「こちらも確認した。同じだな」
南部中尉も同様に発見の報告が入る。続いて北都少尉からも通信がくる。
「船底にひっついているから、魚雷は使えん。銛を使うぞ」
なんとかなりそうだ。なってくださいお願いしますっ!
「触手に気をつけろ」
モニターに映し出される戦闘の映像は、突き刺そうとする銛を磯巾着が触手で払い、反撃に絡め捕ろうとするが、12式もダイバーナイフで切り払いといった攻防だった。
「いまだ電気を流せっ」
さすが皇軍、そつがない。
「こちら東郷、目標の沈黙を確認。音が鳴っているか確認を要請する」
「音の停止を確認。目標を達成したと判断できます」
仁科さんの声だ。東郷少佐は駆逐艦クシダにいってたのか。改めて、配置図をみた。もっと早く確認しておけ、俺よっ。
続いて南部中尉と北都少尉からも掃討完了の報告があがる。
もちろん、問題となる音の発生はなくなっていた。
「検体として回収後、リュウジョウに戻る」
これで……これで、扶桑は助かるっ。希望が見えてきた。
「良かったね」
西条大尉から労いの声が届く。
「はい、これで助かるんですねっ」
「いや、これからが本番だよ」
………え?




