蒼天航路 06
ハンガーにサクヤが納まる。
模擬弾から実弾への換装および、充電その他設定とおおわらわだ。
俺たちは、ミーティングルームに足を運び、これからの作戦行動について説明を受ける。
部屋には、俺とビアンカに仁科さんとレンもいる。他には小早川大尉の第9と東郷少佐の第3の士官達が揃っていた。この総合演習に参加している皇軍である。
「現在、敵性勢力の詳細が判明しました」
小早川大尉の横につく副官らしき女性が説明を開始する。
「全長およそ200メートルの巡洋艦クラスが6、150メートルの駆逐艦クラスが20、100メートルの海防艦クラスが50、50メートルの哨戒艦クラスが100、さらにその小型の数は不明。稀に見る大陣容です」
「戦艦クラスがいないだけましなのか?」
誰かが言った。
「現在判明しているだけですのでいないとは言い切れません。相手は海中にいるため、判明できたのがこの数です」
「これだけの戦力がここにくれば、壊滅だな」
「ですが、放棄はできません」
「そらそうだ」
「それで、どうするつもりだ」
「帝国軍は、現在、音響爆雷を進路上に投下、群れの進路を変えようとしています。その後、電触機雷で漸減し、その間に防衛ラインの構築を行う作戦です」
「手順書通りだな」
「俺たちの役割はなんといっている?」
東郷少佐が尋ねる。
「帝国軍からは、脱出する船の護衛とだけです」
「けっ見栄はってどうするってんだ」
「まあまあ、彼等だって見栄や虚栄で言っている訳じゃないですよ。作戦行動に命令系統が2つあるのは混乱するからでしょうしね」
「掻き回されたくないってことか」
「余計な被害はこちらとしても出したくありませんからね。それに我々の役割ではありませんから」
小早川大尉が宥める。
「被害を被るのは一般市民か」
「そういう言い方は止めましょうよ。それは解っていますよね」
「そうだが」
「それに、帝国軍は優秀ですよ。我々は呑気に団扇を仰いで観戦してればいいんです。向うの被害は知ったことではない。逆に我々が被害を出せば、問題になる」
「守る皇族がいないのに、被害を被れば、帝国軍の面子にも係わるってか」
やれやれだといわんばかりの東郷少佐である。
「それに、戦力が足りませんよ。我々の数は100もいません。作戦行動するにしたって無理というもの」
「けっ、一騎当千が我々だ。1+1で測れるかってんだ」
この数に駆逐艦クシダを含めた艦船は頭数に入っていない。数に含めたところで10隻もない。前線にでれる艦はさらに4隻。後は輸送艦である。しかも、クシダを除けば、駆逐艦1に海防艦2である。作戦行動として動ける数ではさらさらなかった。
結局の所、小回りは聞くが大立ち回りは苦手なのが皇軍であった。
「質問があります」
俺は手を挙げた。
小早川大尉が許可を与える。
「彼等……、えー、魔獣は何を目的にここへ攻め入ろうとしているのでしょうか」
色々考えていたことの一つをぶつけてみた。
「そんなもん、やつらにとって人はエサだ。この世界に憎しみを抱いている。だからやってくる。それで十分じゃないか」
東郷少佐が答える。
「少佐、待ってください。彼の言うことは一理ある。少佐の言うことも一理ありますが、魔獣が集団行動を取るに足る理由にはなっていません」
西郷大尉が割ってはいる。
「では、なんだというのだ?この中の誰かを狙っているとでもいうのか」
「それは解りません。解りませんから、彼が発言したのでしょう」
二人は俺を見る。
まてまて、俺だってそんな深いことを考えた訳ではない。集団行動をとるなら何か理由があるのではと聞いてみただけである。
「ふむ、面白い」
そう発言したのは小早川大尉だ。
「つまり、彼等にとって不倶戴天の敵がここにいる。だから揃ってやってきた。いい考えです。ですが、彼等にそれがどうやって伝わったのでしょうか。それが問題ですね。それとその不倶戴天の敵とは誰ということにもなります。考えとしては解りますが、この場合は違うでしょうね」
「では、他に何かあると」
睨む東郷少佐。
「ええ、多少はね」
「ほう聞かせてみろ」
凄んで見せる東郷少佐に、無邪気な笑いをして告げる。
「夏にヘンリー王子が殺害されました」
唐突な出だしである。
訳が解らない。
が、東郷少佐にとっては違ったようだ。
「続けろ」
「彼を殺害したのは、エリザベス殿下と我等が長船殿下の二人なのは知っていますね」
ブッ。あいつなにやってんだ。戦争でも起こすつもりなのか。
「ヘンリー王子が行った所業については、ご存じだと思います。そうされても仕方ないことでした」
一体全体向うで何をしているのか……。
「……つまり報復って訳か」
「いえいえ、そんなに単純ではないと思います。ヘンリー王子殺害については向うの議会も了承していましたし。そう思わせたい勢力がいて、こちらとの同盟を揺るがそうという魂胆かもしれません」
「訳が解らんぞ」
苛立ちを露にする東郷少佐。
陰謀論なんて持ち出せば堂々巡りになる。
「それを切っ掛けにして、UKは多少混乱しているってことです。先の潜水艦3隻、スエズを渡ったこともありますし」
「なるほど、このことを仕掛けたのはその潜水艦ってことか」
「おそらく。その内の1隻か3隻全部かどうかまではわかりかねますが、こんなに大規模な仕掛をしてくるのは相応の準備があったことでしょう」
「確かにな、突発的に魔獣の群れが発生したとして、ここまで大規模にはならん」
「もし、そうであれば、それを叩けば、この群れも自然と元の場所に戻ることが予想できます」
「だが、本格的な戦闘に入ればそれは……」
「ええ解っています。接敵時間を考えれば3時間以内でしょう」
「あまり時間がないな」
「そうです。それで、東郷少佐に確認です。もし、かの敵が潜伏しているとすれば、貴方は叩きますか?」
「いるかどうか解らない敵。それを探索するにしても無駄骨になるかもしれないか」
「そうです。宝くじで一等を当てるより困難でしょうね」
「外れを引く覚悟があれば、どうとでも。どうせ戦力外通告されている。敵が解れば小回りが利く俺たちのほうが早く行動できる……、できるが……」
できるが、護衛の命令が下っている。それを差し置いて、行動するに足る理由がない。勝手に行動すれば命令違反。軍法会議ものである。
「口実なら、一応あるんで、それはいいですが」
悪戯っ子のような顔をして小早川大尉は言う。
「なら問題はないな。だが、別の問題がある」
「そうですね。それの解決には……」
何故だか、小早川大尉は俺に視線を送る。
「どうですか?敵の場所みたいなもの解りませんかね」
無理難題を言ってきた。
「俺にそんなの解るわけがないでしょう」
エスパーではないのだ。そんなもの解りようがないじゃない。
「何も中島少佐だけに言っているわけではないのですよ」
「え?」
「貴方の部下は人外だ。それなら何か共通するようなものが彼等にあるのではないかと」
人外と告げられ、周りの……視線が集まる。主に第3機動部隊の面々が、敵意ないまぜの表情だ。
「あんな下等生物と同一視されるのは心外です」
ビアンカが口火を切った。
下等生物と言い切る辺り、認識が俺たちと違っているんだが。
「それじゃ、解らないってこと?」
挑発ギリギリのラインで小早川大尉が問う。
「何事にもできる事とできない事があります。人外だからと一括りにされては困ります」
そらそうだ。
ビアンカの冷たい視線に睨まれながらも、涼しい顔を崩さないあたり、小早川大尉も大したものである。まぁ面識あるしなぁ。そんなものだろうか。
「どうにかならないのか?」
焦れたのか東郷少佐がつめてくる。
「無理です。人より多少は知覚能力が高いとはいえ、何十キロもの範囲を見渡せるような力は持ち合わせていません」
……ん?
「そらそうか」
溜め息が聞こえた。
そんなことより、見渡す能力。アレが使えたりするのだろうか。
そいや、赤黒い何か。もしかしてそれが、今回の?
それで小早川大尉は俺に聞いてきたのか。朝告げたことなのに、色々ありすぎて忘れてたぜ。
「レン、スイは起きてるか」
こそっと耳打ちする。
「寝て、いる」
こんなときに我が儘なやつだ。
「起こせないか?」
「無、理。と、ても、疲れて、いる」
昨夜のことはそれ程だったのか。
どうしたもんか、言い出すにしてもスイの協力がなければ、どうしようもないしなぁ。
悩んでいると、視線を感じた。
周りをみると全員の視線が俺に集まっていた。
「中島少佐には、何か策がありそうですね」
開口一発、小早川大尉が断言してきた。
「そ……の、朝に言った内容についてです。もしかしたら、アレがそうなのかと思いまして」
「やはり、貴方にはできるのですね」
したり顔で小早川大尉。
「ですが、一人ではできません。協力者がなければ」
「協力者……ですか」
予想と違ったようで困惑気味な顔をされた。
俺ってそんなスーパーマンじゃないですってばっ。
「かい摘んでいいますと、……レンの協力がなければ無理なのですが、レンは現在協力できる状態ではないので」
一瞬スイといいかけたが、誰もスイのことは知らない。
「何が足りないのです?用意できるものがあれば、こちらから用意しますが」
「フォースパワー」
端的にレンが言った。
「……それは、確かに用意できませんね」
皆から俺がフォースパワーを貰って、レンに渡すという案が浮かんだが、そうすれば今度は俺が疲れる番だ。いや、しかし、今の現状やらなければ後悔することになる。やるしかないか。
「だ~いじょう~ぶ、ま~かせてぇ~」
中指を立ててビアンカが告げてきた。……中指立てるって……何を考えているんだ。
俺の怪訝な顔に気付いて、コホンと咳をひとつついて。やり直す。
「こんなこともあろうかと、用意してきたものがあります」
おぉ~と、どよめきが走った。
それに満足したかのようにビアンカがポーチからなにやら出してきた。
瓶に納まった赤黒い珠。それと、虹色に輝くペンダント。
「あ~~~!!一戸建てとビル一棟」
なんのことだと、ビアンカが俺に怪訝な顔をして見つめてきた。
「えーと、訂正です。魔血晶と精霊石だ……な」
「イエス、マイロード。これをお使いください」
「いや、使えってどうやって?」
魔血晶、食べれば魔物に変身だ。
精霊石、使い方なぞ知りません。
合わせれば、スーパーマンに変身か?
じゃぁなくて!
「なんでお前がこれを持ってんだ」
素朴な疑問である。
「魔血晶は皇殿下から、精霊石はメアリー殿下からお預かりました」
なるほど!つか、精霊石はいいとして、なんで弥生が俺の魔血晶持ってたんだ。
考える。
引っ越しの時に見つけたのをそのまま持ってた?そいや、あの寮に移ってから魔血晶みてなかったっけ。………俺って馬鹿か!一戸建てだぞ一戸建て、いくら入院してたからって存在忘れてたとかありえないだろう。ちょっと凹んだ。
「これはレン様に」
言って魔血晶の入った瓶を渡す。
「これはマイロード、貴方が着けて下さい」
渡された。
渡されたとしてもチンプンカンプンだ。
「なるほど、そういうことですか」
したり顔で小早川大尉は頷いた。
俺にはさっぱりですっ。
「レン君には魔血晶でフォースパワーの補給。中島少佐は精霊石を身につけることでフォースパワーの押し上げをはかる訳ですね」
ほぅ、精霊石にそんな効能があったのか。
「ですが、大丈夫なのですか?精霊石はともかく、魔血晶は……」
視線がレンに集まる。
「だい、丈夫」
あっさり瓶から魔血晶を取り出し、口へぽいっと放り込み、そのまま飲み込んだ。
流れる作業の如く、まわりの止める間もなかった。
怒声が飛び交う。
そらそうだ。魔血晶の危険性を知るものであれば、どういう結果をもたらすのか当然である。
身構える第3機動部隊の面々。
それを俺は何の気なしに観ていた。いや、呆然としていた。一戸建てを断りも無しに丸まる喰いやがって……俺の一戸建てぇーー!!!
俺も本当なら第3機動部隊の人と同じ反応するであろうことは確実なのだが。相手がレンだからだろう、そんなことより、一戸建て!
色々と複雑な想いが交差するが、飲み込む。
「えーと、どうだ?」
聞いてみた。
レンがこっちを向いて目を見開く。第3の目がだ。
「足らん。こいつ、不純物が多すぎる。だが、なんとかなる」
俺の一戸建てをまるっと喰らっての発言がソレかよ。少々げんなりだ。
「ところで、今はスイなのか?」
問われて三つ目がちっちっちっと指を振る。
「両方だ。両方起きている。だからスイレンだな」
勝ち誇ったように、胸を張る。無いものを誇らしげにしても──げぶっ。
「親父殿、邪な考えはせんほうがいいぞぉー」
鳩尾に一発いいのを貰った。息が詰まる。
「オヤジ?まさか……」
「いきなり攻撃?やはり…」
周りがざわつく。
「大丈夫、いつものことですから」
俺は必死になって手を振り、皆を安心させるように振る舞う。
「いつもの?まさか、いつもあんなことやこんなこと」
ざわめきが一段と高まる。
何か俺の人権が損傷させられた気がとてもいたします。
「さてさて、じゃれ合いはもういいですか?時間がありません。話は解っているのでしたら、行動したいと思いますが如何でしょう」
豪胆にも言ってきたのは小早川大尉だった。彼も色々ぶっとい性格をしている。
「だな。手短に行こう」
即応、即決、即動。
スイレンが言うなり、俺の肩に跨がった。
マテコラ。なぜ肩車!よりによって肩車なんかを!
皆の視線が集まった。痛々しい視線である。
あぁやめて、みんなそんな目で見ないでぇ~。
ぱちんと指を鳴らした音が頭上で響いた。
瞬間、世界は暗転した。