蒼天航路 01
蒼天航路
負けた負けた負けた。
何にって?決まってる、ビーチバレーだ。
大の字に倒れ、空を仰ぐ。燦々と降り注ぐ太陽の光が俺を焼く。
流石、現役皇軍。向うもフォースパワーの扱いは慣れたものでレンは頑張ったが、彼らの連携技に翻弄された。
俺も頑張ったよ!頑張ったけど、まだまだ鍛練が足りないと思い知った。ビーチバレーを修行して優勝とかそんなの狙ってもないが、あの人達の運動性能は段違いなのを実感した。
全力ではないが、レンのサービスやアタックを受けれるとはね……世界は凄い。
1対2。
最初の1セットは取れたが、それは向うがこちらを分析していたためだ。続く2セット目は向うに取られ、3セット目はデュースの応酬で最後に俺がドジを踏んだ。
集中力、経験、技術、差をあげればきりがない。
ホントまだまだだな。
影が覆う。
「すまん、俺のせいだ」
差し出される手。
俺はそれを掴み、立ち上がる。
「よくやった……です」
「ありがと、でももう少しなんとかできたと思うが……いかんな、負けは負けだ。相手は俺たちより強かった」
「強く…なりたい?」
レンが首をかしげる。
「そうだな、何をするにしても身体が資本だ。強くあれば、それだけ楽ができるしな」
とはいうものの、物理的な強さでは人外にはいうに及ばず、武術などといったものは合気道を齧った程度。負けたからといって、だから打ち込むかと言われても、それはそれで疑問だ。
「今夜……特訓。スイが言って…いる」
「いや、そこまでしてもらうようなことは──」
「駄目……、スイが…怒る」
彼女の中でどういった綱引きが行われているか、想像もつかない。だが、スイの機嫌を損ねることは不味いと至る。
……というか、負けたことに腹立ってる?
「今夜といっても、就寝時間とか学校より厳しいぜ。帰ってからでいいだろ」
「駄…目、大丈夫邪魔…は、させない」
「暴力は無しだぜ?」
実力行使で攫われて、意味が特訓のためだった。とか、ばつが悪すぎる。
「大丈…夫、問題は…ない。寝て、て、待って…て」
ま、ここであーだこーだいっても仕方ないか。
「無茶しないってんなら、よろしく頼むわ」
「…解った」
そんなこんなで、俺のビーチバレーは最後の最後、遺憾なく参加できて終了した。
因みに、優勝はビアンカと仁科ペアだ。
俺たちに勝った東郷少佐と西条大尉ペアでも敵わなかった。というか、俺たちに全力を出しすぎて体力が残ってなかったようである。
他の競技も夕方になる頃には次々と終了を迎え、三々五々と各持ち場に戻っていく兵士たち。俺もレンたちと別れ、ビアンカに押してもらう形で宿舎まで戻った。
ふぅ、もうくたくただ。これで明日から総合演習本番って、疲れないのか?みんな体力有り余りすぎだ。
明日に向けての短い打ち合わせの後、ベッドに入れば記憶が途切れた。
「……起…ろっ………、何時ま……ている……だ」
「うーん、あと10分、いや5分」
次の瞬間、俺は部屋をゴムマリのように飛び跳ねた。
「くそっなんだってんだ、いてー……くないな」
辺りを見回す。
宿舎の……自分が割り当てられた部屋だ。だが、誰もいない……。いや、一人いた。
のぺっとした陰影がない肌色の肢体。顔だけ写実的な三つ目が俺を睥睨していた。
「目が覚めたか、親父殿」
「……スイか」
改めて周りを見回す。ベッド、机、うむ、俺がいた部屋だ。それと一緒の部屋で寝ている人達がいない。
「夢の中……か」
スイの格好を見れば、確認するまでもなかったが、何事も確認は大事大事。
「そうだな。で、これからどうするかは憶えているな」
言われ、下を観る。
なるほどなるほど、これはこれは………。はい、すっぽんぽんですね!
二度目のせいかどうか解らないが、スイと同じようにのぺっとしていて写実的でなはいが、このままぶらつきたいとは思わないですねー。
目を瞑り、服をイメージする。いつもの制服を。
「ほぉ、二度目となると手慣れたものだな」
「いやまぁ、ついこないだの事だったからな」
あの時と同じように制服に身を包み、俺は立ち上がる。
……で、これからどうすんだ?また過去へチャレンジするとでも?
「言っておくが、“これからどうするか”と言ったのは、親父殿が服を着るということではないからな」
要領を得ない俺を見てレンが呆れたように物言う。
「えーとそれはどういう?」
マッパでいろってのは無理だしな。…あ?なんか約束した記憶が……??
「もうよい。こういうのは身体で憶えた方がいいだろう」
瞬間、周りの風景がかわる。これは……、あずさんに散々痛めつけられた場所。
そう、昔の寮からほど近い特訓の場所だった。
「これは──」
「無駄口を叩くな」
いうなり、襲ってきた。
右ストレートが俺の鳩尾に突き刺さる。殴り掛かってくるのは見えたが、反応できなかった。
衝撃そのまま、俺を宙へと飛ばす。
宙を舞う俺に更に追撃。蹴りが俺を地面へと叩きつける。
痛みはない。そのかわり疲労感が襲ってくる。
「フォースパワーを巡らせろ。そのままでは直ぐに意識が途切れるぞ」
そんなこといっても、急には。
スイの蹴りがまた迫る。
腕を十字にして受ける。が、そのまま吹き飛ばされる。これが人外の力か。
しかし、おかげで距離が取れた。呼吸を整え、フォースパワーを廻す。
って、そんな猶予を与えるほどスイは優しくなかった。
右拳が迫る。
今度は間一髪で避けれた。
よし、この隙に……。
と、思ったが、左の拳が右頬を抉った。もんどりうって地面を舐める。
「敵は、準備が整うまで攻撃を待ってはくれんぞ」
言ってくれる。
全くもって実戦的だ。ぐうの音も出ない。
しかし………、フォースパワーが使えなければ、対抗することなどできはしない。
2回、3回とスイの攻撃に地べたを転がされる。
「なんという体たらく」
嘲笑が耳朶を叩く。
悔しさが湧き出る。こちとら普通の人間なんだぞ、人外の力で物事を測るなってんだ。
「無様」
いってくれる。
立ち上がるなり、右ストレートと見せかけて、脚払い。
出した脚を蹴られ、逆に背中から倒れる。そのまま追撃の蹴りがやってきて、地面を転がる。
「全くもって無様」
嘲笑またやってくる。
「あぁぁあぁぁぁぁああああああ」
吠えた。
有らん限りの力で吠えた。
勢いつけて飛び掛かる。
軽くいなされ、くるりと天地が逆転し背中から落ちる。うがぁぁぁぁ。
なんて、転がってる場合じゃない!直ぐさま立ち上がり、再度襲いかかる。
「甘いっ」
宙を舞う。
「温いっ」
地面を舐める。
「遅いっ」
転がる。
「鈍いっ」
てんで歯が立たない。
「怒った時の瞬発力は、知らなければ不意もうてよう。だが、知っている相手には通じん」
何をいってやがんだ。
一発、せめて一発くらいは入れないと気が納まらない。
立ち上がる。
かなりクラクラと視界が廻る。
「そろそろ限界か」
「まだだ、まだまだっ」
踏み込み、右拳を突き出す。
「いい根性だ」
スイが待ち構え、拳を弾く。
なんのっ、更に踏み込み、左を叩き込もうと振りかぶる。
不意に、膝がくず折れた。
あード畜生。耐えろ脚、踏ん張りやがれ、気を張って脚に力を込め……。
次の瞬間、身体が宙を舞っていた。
「なっ?」
レンに吹き飛ばされた訳ではない。踏み込み、崩れた脚。倒れまいと踏ん張ったら、それで空へと跳んだのだった。自分の脚で。
予想外の出来事に目を白黒させる。重力が俺を引っ張り、墜ちていくのは自覚したが、上下が解らない。錐揉み状態で墜ちていく。
「油断しない」
下から蹴られた。
油断とかそんな問題じゃねーーーーー。
また跳ね上がる。
そして、また墜ちる。頭から。
見開いた眼には、蹴りを見舞おうと体勢にはいるレンが映る。
嘘だろ~~~~。
咄嗟に腕を十字に構え衝撃に備えた。
金属の歯車が引っかかった耳障りな音が響く。レンの蹴りと俺の腕とがぶちあたった音だ。
一瞬の均衡。
音と衝撃に驚いた俺から力が抜けた。
やばっ、と思った瞬間、ケリが振り抜かれ、何度目かの空中遊泳を味わった。
腕が鉛となったような重さ、ついで途轍もない倦怠感が腕から身体へと伝わる。
意識が揺らぎ、下へと引っ張られる感覚、これはやばい。
次に物理的に墜ちる感覚が襲ってくる。受け身を取ろうにも身体が動かない。
地面が迫ってくる。
衝突を予感し、瞬間身をかたくする。
………落ちはしなかった。
「今日はここまでだな」
下から声がした。
スイの声。
片手で身体を支えられ、俺は墜落を免れた。
降ろされ、立とうとするが、力が入らずぺたりと地べたに座り込む。
近寄る影。俺はスイを見上げた。
「特訓一日目にしては、なかなかだったぞ」
特訓?
「あっ……」
そういや、特訓するっていってたっけ。今更ながら思い出した。
「解ったか?今の感じを忘れるな」
「今の感じってなんだ?……あ」
口に出した時点で気がついた。あの跳躍。それに防御。
普通の人間にはできない。フォースパワーを使わなければ……だ。
「特訓て、このことだったのか」
俺の中にある“特訓”とは、ロボテクス乗り込んで戦闘か、あずさんにさんざっぱら苛め尽くされるやつだったから、てっきり夜中に起こされて、どこかでやるもんだと思ってた。
それが、まぁなんと、夢の中ときたもんだ。想像外すぎる。
「ここなら、怪我はしないからな。その代わり、精神は相当疲労するが」
「……それって朝起きれないとか、そういうオチが待ってたりするのか」
「親父殿次第だろ。回復力までは知らん」
大雑把な回答ありがとうよっ。
はぁまったく……。始める前にもうちょっと説明しやがれってんだ。大きく息を吐いた。
ぬっ?
気が抜けたのか、急速に視界が歪んできた。
「そろそろ限界のようだな。それじゃ、また明日」
明日も?
霞む視界にレンの笑い顔が………。
そこで意識が途切れた。
「はっ!」
ベッドから飛び起きた。
辺りを見回す。今何時だ?
卓上時計は起床10分前を告げていた。
起きれた。
………って、あれは夢だった?………どっちなのだろう、本当なのか夢なのか現か幻…。
ふむん。
深呼吸一発、そこからフォースパワーを巡らせ始める。
以前よりは手慣れた気がするか?
掌に集中、拳を作る。シュッシュとジャブの感覚でワンツー。
シャドーじゃわかんないね。何か殴ってみなくては。
周りを見る。
ベッドの柱がある。
ふむん。
拳を見る。
「……ていっ!」
鈍い音がした。
とても痛い。
「お、おぉぉぉ」
思わず呻いた。
柱はびくともせず、俺の拳が痛いだけだった。
そうは簡単にいかないか。