南南東へ針路を取れ 07 + 幕間
高らかに開始の笛が鳴り響く。
相手サービスから開始で、俺は後衛、レンは前衛に位置をとっていた。
最初のボールは俺が受ける。少し緊張してはいるが、いい意味でって感じだ。
心拍数はやや高め、血液の流れに併せて、呼吸を繰り返しフォースパワーが自然と身体を巡っているのが理解できた。適度な高揚感に包まれる。
なんやかやと、常識の枠外の事ばかりの連続だった。だが!今は違う。
普通にビーチバレーである。
いつまた、普通の日々が戻ってくるか解らない現状、絶対楽しんでやるっ!!!
ボールが高くあげられる。
くるっ。
どこに飛んできても対応できるように、腰を落とし、膝を開き気味にして体勢を整える。
手を前に、軽く組む。
相手選手が飛び上がり、ボールを叩く。
重量感ある鈍い音。
鋭いボールがネットを越えて自陣へとやってこようと唸りを上げる。
軌跡を追いながら、ボールを受ける地点へと走る。
ズドンッ。
追っていたボールが突然消え去った。不意に起きた鈍い大きな音と共に。
正面、ボールの替わりにレンが跳んでいた。それはボールがやってくる軌道と重なる位置。
さらにその奥、相手コートの砂地がもうもうと煙を上げていた。
………え?
砂煙が晴れると、その中心にはバレーボールが突き刺さっていた。
レンが相手サーブをそのままアタックして相手コートに叩きつけたのであった。
主審が得点を告げる。
俺たちに早速一点目が入ったのであった。
えぇえぇえぇえぇえぇ~~~。
サービス権がこちらへ、サービスを打つのはレンである。自然俺は前に位置を換える。
はいっ、そうですね。さっきビアンカ達と同じことが繰り返されましたっ。
20連続サービスエース!
7点毎のコートチェンジがあったとしても失敗もせず、がんがん重爆撃機から落とされる爆弾の雨のように、相手コートを耕した。
1セット目が終了した。
続いて2セット目、サービスはそのままレン。
21連続サービスエースが決まり………終了…………………した。
その結果を呆然と見送るしかなかった。
俺……一回も……ボール……触ってない。対戦相手も御愁傷様だが、俺だって御愁傷様なのである。
勝利したのに、虚しさだけが残った。
続く2回戦、最初にサービスしただけで終わる。
3回戦、言うが及ばず。
全く何もしてない。
いいのかなぁ、観客が沸いているのは確かだけど、なんだかなーである。
とても参加しているとは言えない状況、楽ではあるが最初の意気込みが萎みまくりんぐ。
彼女たちに普通にしろといったところで、“普通”の定義が俺とは違うし、それこそ手を抜けとも言えない。まぁ全力を出しているふうでもないし、彼女なりに気をつかってはいるようだけど、やりすぎだよなぁ。
それに、優勝を決めたところで、どうなるとかそういう催し物でもない。交流するのが目的だ。終われば後はしゃんしゃんしゃんだ。
そいや、今頃クラスの皆も頑張っているんだよな。
遠い空の向うに視線を向けた。
「六道先生、普通の試合がしたいです」
キラッと空に映った先生は、厭味な程ににやついた顔で大きくバッテンを胸の前に掲げていた。
幕間 MVPを狙え!
「いいですわね、完全優勝を狙いますから、全員負けることは許されません」
クラスの面々を睥睨し、メアリーは言い放つ。
「んなもん解ってるって、そんでもってMVPは貰うぜ」
対抗するように、源が胸を張って言う。
「大体、クラス委員でもないのに、煩い」
源の隣、いつものポジションにいる間部が文句をたれる。
「委員ね……」
教室のすみ、平坂に視線を送る。緊張感の欠片も無く級友の安西と談笑をしていた。
「彼にやる気があるようには思えませんけど」
「へっ、だからといって、お前が仕切ることはねーんだよ」
メアリーと源の間に火花が散る。
「そろそろ時間。みんな、貴方の話しなんか聞いていないのだから、遅れないようにね」
メアリーのはっぱかけに、まとも?に反応を示したのは、源だけだったのである。
いつもの事と無視されていた。
「ま、あれだ、一目置かれたかったら、お前がMVP取ればいいんだよ」
言い捨てて教室を出て行く源と間部であった。
他のクラスメイトも集合時間ということで、校庭に向かいだしていた。
「屈辱ですわ」
呟く。
別に自分が率いるつもりはなかった、肝心の中島がいない為、しかたないわねとばかりに前に出ただけなのだが、そういう行為自体が、皆から醒めた反応になっているのとは気付いていない。
「そうね、見てなさい。わたくしが誰かってのを」
拳を握りしめ、決意するのであった。
体育祭が始まる。
空に向け、空砲が鳴り、生徒会長の宣誓、校長の訓辞、校歌斉唱とお約束が並べられた後、各競技に生徒たちが散っていく。
「わたくしたちは、テニスですね」
午前中の競技として、メアリーと残りのメイド姉妹の3人は登録していた。
団体戦というカテゴリーで優勝すれば、午後の競技と合わせて個人得点で優勝が狙える。そう判断しての登録である。
クラスの面々もMVPを取るため、色々と考えてはいるようだが、時間と効率を考えればこれが一番のはずだ。
MVPの“商品”が手に入れば、皇たちと対等になろうというもの。気合を入れる。
「さっ、行きましょう。勝って皆を悔しがらせなくては」
源は考えていた。
MVP自体はどうでもよい。自分が如何に目立つかが勝負だと。
MVPを取ったところで、その“商品”に興味ない……とも言い切れないが、柊の目がある。
姫に機嫌を損なわれるのは後々避けたい展開だ。
どれだけ目立って、且つ印象に残るか。MVPは惜しかったけど残念でしたがベストな選択である。
で、あるんだが、どうにも癪に障る。やはり姫にもぎゃふんと言わせたい欲求がフツフツと沸き上がってくる。
少し、世俗の垢に染まったか?そんな体裁を考えていた自分を振り返る。
「なあ、間部。お前MVP狙うのか?」
思わずそんなことを聞いてしまう。
「もちろん」
そう言い切られた。
やはり、世俗の垢に少々染まっていたようだと考えを改めた。
「なら、こっちもMVP狙わねーとな」
気持ちを入れ換え、勝負に臨む。
「譲るつもりはないからね」
「おうともよっ」
そうだ、この感じだ。強者総取り、それが本来の形なんだ。
マルヤムは体育祭をなめていた。
お遊戯に心血を注ぐなどと馬鹿でしかない。
適当にやっても、この身、身体能力があれば、無双できる。第一、ついこの間まで命のやりとりをしていたのだ。どう見繕っても温い世界である。
ちょっとでも本気を出せば、圧倒できるだろう。本気出す必要もなさそうだがと考える。
ライバルとなりそうなのは、同じクラスの面々だ。それでも、身体能力は上から数えた方が早い。だが、その級友とは競技が違うから、当たることはない。
そうなると、上級生にいる自分等と同じ人外が、どの位の対抗馬になるかだが、これまで歩んできた道を考えると、驚異と感じるほどの相手になる者はいないとの考えに落ち着く。
「メグが~、診察するに~、慢心~してる~~ねぇ~」
気配もなく、不意に横から声がして、思わず身構えた。
「ちっ、マルガリータかよ。何のようだ」
こいつは苦手だ。そう思う。
自分よりも大きな胸。……こいつよりも大きなやつなんかいないだろうが。のほほんとした人外とは思えぬ性格。人を魅了させる身体と声。男なら一発で狼になるか骨抜きにされるだろう。
物理的な強さでいえば、圧勝できるが、傷つけるという行為を躊躇ってしまう何かがあり、苦手意識をもっていた。そうか、魅了の力だと思い至った。そういう意味では彼女も人外の枠といえるのか、ふとそんな考えを持った。
「マヨリーマは~MVP狙っているの~?」
「はっ当然だろ。何事も一番が一番いいんじゃねーかよ。つか、愛称で呼ぶな」
こいつなにいってんだと、いぶかしむ。
「つまり~、中島君を~モノにしたいのね~」
「はあっ?なんでそーなるんだ」
ぶっ飛んだ思考に着いていけない。
「だって~、抱かれて気分良かったのよね~、マヨリーマは~」
抱かれた記憶なぞないのになにを……って……。書道の時の記憶が蘇る。
「だからどうしたってんだ。お前も狙ってるってことかよ」
「“お前も”なのね~~」
微笑みで返される。
くそっかみ合わん。こういうことからも苦手意識が沸きだす。
「言葉尻をとらえるんじゃねーよ。狙っているのはMVPだからな」
「ん~、そういうことにしといてあげる~」
苛立つ。ぶん殴ってやりたくなるが、抑える。ここで乱闘する訳にはいかないと自重する。
「ところで~、マヨリーマって~愛称の方が長いのなんでかな~」
「だったら、マルヤムで呼べよっ。短くていいだろ」
「じゃ~、マリアは~?」
「マルヤムだ」
「けち臭いのね~~~」
マルガリータを追い払い、一息つく。
くそっなんだ。なんのことはない、自分自身もここの空気になじみ始めていることに苛立ちがつのった。
四天王候補生は吠えていた。
正確には源を除く、前田と北条、結城の3人だが。
「やるぞっ」
「おうっ」
「クラスのやつらに目に物みせてやる」
「最近、目立ってないからねー」
「それを言うな」
「ここでなんとしても目立たなくては立つ瀬がない」
「そうそう」
「ここに我等ありと見せつけなくてはな」
「そうでないと、候補生を外されてしまいそうだし」
「後ろ暗いことをいうなって」
「実力はあるんだ、ただタイミングが悪かっただけだ。体育祭なら遺憾なく発揮できるだろ」
「私達はやればできる。今までそうだったんだから」
「とにかく足元を掬われないようにだけ気をつければいい」
「上級生のやつだって、四天王候補にはなってないのよ。差はちゃんとあるさ」
「そうね、そうよね」
「そうだそうだ」
「やるぞー」
「おーー!」
声を合わせて張り上げる。
「──で、弥生はどの競技から始めるのじゃ?」
横を柊と皇、後ろに咲華を従え通っていく。
3人の視線が3人を追う。
「………ま、なんだ。やれるところまで頑張ろう」
「へたるなー、私たちは頑張ればやれる子なんだよっ!」
「……勝てると思うか?」
「思うじゃない、勝つのよ。勝たなければならないっ」
「やるぞーー」
「おーー…」
最後の声は、力が籠もっていなかった。
「さて、中島がいない分、僕たちが頑張らないとな」
安西がチームメイトに告げる。
中島だけでなく、仁科、ドゥルガー、ビアンカまで抜けたおかげで、編成が変わっている。
抜けた穴を埋めるため、3人の変わりに柊が呼ばれた。その為、バイクレースは諦め、車とロボテクスの2種目にならざるを得なかった。
車にクリスティーナと龍造寺、ロボテクスに平坂と安西という構成だ。
「まっ、程々にやるさ」
平坂がうそぶく。
「僕等ロボテクスは、適当にやるさ。とてもじゃないが、上級生と張り合えるとは思えないからね」
視線は、クリスティーナと龍造寺に集まる。
「車が格好悪いから、やるきでなーい」
クリスティーナがごねて話の腰を折った。
龍造寺に関しても、車を弄っている時は気合が入っていたが、運転となるとてんで気合が籠もらないようだ。
……安西は溜め息をつく。中島はよくこんなのを御しきっているよな。僕にはむりだ。
「うん、そうだね。適当に頑張る感じで」
匙を投げた。
こうして、色々な思惑が交差する中、体育祭が始まった。