南南東へ針路を取れ 05
予想は着いてたが、Zクラスとは比べ物にならないくらい人がいるわけで、主要な競技は埋まっていた。
「んで、空きのある競技ってなにがあるのですか?」
アーウィン副長から資料を見せてもらう。
トライアスロン、遠泳、マラソン………パスだ。持久系競技はめんどい。
他に何かいいのはないのか、マイナーでいいんだ。時間のかからないお手頃な競技!
「これなんかどうです?」
提示されたものは……。
「ビーチバレー?」
確かにお手軽だ。でもなんで人気ありそうなんだがな。
「基本男性のかたが出場するので、私達は出場しようとは思ってませんでした。隊長に出てもらえるならば、こちらとしても何かと助かりますね」
この現代に男性優先な競技なんてあったのか……。
「なんでまた?」
「二人で出場できるのが、大きいかと。それにバレーでは接触行為もないですしね」
確かに団体競技でペアは最小単位だ。野郎が少ない状況ではいたしかたないといったところか。
空き具合も俺たち四人が参加できるくらいはある。端数もでないことだし、丁度いい。
それにしても接触行為か。男女混合な世の中、専門に活動してない人にとっては不埒な悪行三昧しほうだいな訳で、更に男性の立場が急降下するのは情けない話しだ。
まぁそんな不埒な考えでもなくても、ラッキースケベな状況になれば、以下同文である。でも軍人がそんなことするのかねぇ……。
「主に男性からの苦情が大半で、ラグビーやバスケット、サッカーは女性ばかりなのです」
………あーーうん、そうでしたかー。三人よれば姦しいともいうが、多勢のなか一人二人でいると、いい獲物ナノデスカーソーデスカー。
「これにするか」
アーウィン副長に告げると、何故か小さくガッツポーズをしていた。
「えーと、副長??」
「あ、はい、ビーチバレーですね。登録しておきます。組み合わせはどなたと?」
あくまで事務的にといったふうに、さっきのが幻覚かと思うほど様変りして話に戻る。何か隠している?
まさか……、ここに来るはめになった当初の目的が脳裏に浮かぶ。
いやいや、流石にそれはないだろう。どうやってスパイ活動と繋がるんだ。俺の計り知れない深遠なるモノでもあるというのか?つかそうなると、犯人はアーウィン副長になるわけだが……。
「ロボテクスチームとレンジャーチームでいかがです?」
言われて、3人と顔を合わせる。
ふむん、妥当な線ではあるか?でもなぁ……。
さっきのこともある。ここでビアンカとまたペアになろうものなら、東郷少佐たちからまた何か言われそうな気もする。それに、レンと仁科さんのペアは……下手に張り合っておかしなことになりそうなくない。お手玉のこともあるしな。
「えーと、俺とレン。仁科さんとビアンカのペアで」
言った途端、何かを訴えるような視線がビアンカから注がれる。はっきり口に出してこないのは自制がきいているのだろう。
「ほら、ロボテクスチームとレンジャーチームってのも芸がないじゃない。交流が目的だし、俺たちもシャッフルした方がいいと思ってなんだがどうだろ」
「構わない」
最初に言ったのはレン。
「別にこっちも構わない」
仁科さんが続く。
残るはビアンカ一人、視線が集まる。
「マイロードのご命令であるならば」
“マイロード”の単語に反応して、仁科さんの鋭い視線が俺に突き刺さる。またかとか思わないで欲しい。首を横に振って否定する。
「それじゃ、これで決まりってことで」
慌ててアーウィン副長に報告し、無事…なのだろうか……参加する競技が決定した。
さて、とうとうやってまいりました。
あの時からの二週間という期間は長いようで短かった。
サクヤの前に立つ。
今は水中で活動できるように背面、両腰、ふくらはぎに装備が施されているのを見上げた。
武装として魚雷や銛がつくが、それはまだ装備していない。
整備している小早川大尉がこちらに気づき、手を振ってくる。
「待っていたよ」
その傍らには物々しい円筒形の一抱えはあるだろう鋼鉄製の箱があった。
「それにしてもギリギリまでこないとは、忙しかったのかな」
「教練でしごかれてましたから。時間に余裕なんかありませんって」
「まあ、そうだな」
したり顔で納得される。
「それじゃ、あと10数分ってところだから、簡単に説明するね」
FCS。
EUの忘れ去られた技術。今の接続形態が主流となり、お蔵入りした技術である。
それを小早川大尉が、最新の技術と併せて復活させた新しいロボテクスとの接続装置として生まれ変わった。
これを使えば、今のヘルメット越しではなく、直接ロボテクスと繋がることができるらしい。
ロボテクスからの情報が直接頭の中に流れ込んでくる。以前、瑠璃が教えてくれたような感じなのだろう。
あれは、かなり素養が必要というか癖が強かった。意識を乱しては、絶対に繋がらないのだから。
それが、FCSを中継することでスムースに操れるということらしい。結局の所、接続する機械がFSCに変わったくらいの様な気もしないでもないが、イメージを創って流し込む手間は省け、動かしたいと思う意識そのままに操れるようになるのは大きい。
“翻訳”の仕組みが変わっただけなのだが、ワンクッション入るかそのまま理解して動作するかでは、雲泥の差が生まれる。咄嗟の行動が取れるのは大きな差であるのだから。
詳しい仕組みとかよくわかんないけど、俺から言えることはただ一つ、またメンドクサイことになったもんだということである。
これのためにドンだけのお金が使われたのか、維持していくにもそうだ。技術開発の名目で小早川大尉預かりのため、実際の金額がどんだけか知りたくもないが。そこまでかけたからには、こちらも多少は従わなければならいという気にもなる。
面倒なんだけどねっ。
別に今までの接続形式で十分だってってのは何べんも思っていることだ。
流石にそれを今更、口に出すことはしないが。
「さて、そろそろ1分を切ったな。準備はいいかい?」
円筒の箱を開けるために自分のIDカードを懐から取り出す。
「それを忘れられたら、大変だった。本土に戻るのも色々とうるさがたがいってくるだろうし。持ってきてくれてよかった」
というか、コレがなければ、ここでの飯の配給とか受けられない。支給品受け取るにもこのIDカードが必要である。持ってこないわけはない。
失くしたりすると、再発行手続きが面倒だし、発行されるまでの時間は仮IDを使うことになるのだが、自分の身分にあったものを受け取れなくなる。少佐待遇ではなく、一兵卒辺りの装備でも問題はないんだけどさ。
軽い電子音でピピピッと完了音が鳴った。
「さて、ご対面~」
………なにもおこらない。
「カード通して」
あぁそうだった。思わずそのまま見入ってしまっていた。
改めてIDカードを通す。ピッと短い電子音が鳴り、円筒の箱の蓋が静かに開いていく。
同時に強烈な獣の臭さと薬品が混じったような刺激臭が鼻を痛打した。
「目に染みる」
涙がちょちょぎれる。
「人体に影響はないから安心してくれ」
やけにくぐもった小早川大尉の声。みると、マスクをかぶっていた。
この野郎………。
「こっちを見るより、観るべきものがあるでしょ。生まれるよ」
罵声を浴びせたいがぐっとこらえ、円筒の箱に視線を戻す。
蓋が完全に開ききり、中のものが見えた。
黄色い透明な液体。
これが?
それじゃあ、あの時の妖精のような姿をしたものはなんなんだったんだ?
狐につままれた感じだ。騙された?いや、あの状況で嘘をつくような話じゃないからな。しかし、この液体が?まてまて、こんな液体がどうやって動くんだ。俺はなにか重大なことを見落としているのだろうか。
「小早川大尉?」
「これからです」
相変わらずくぐもった声。隙を見てマスクを剥がしてやりてぇ。
「これから?」
「変態が始まりますよ」
どういうことだと、じっと見つめると、水面が波打ちだした。
『テケリ・リ、テケリ・リ』
馬鹿なっ、液体が鳴いた。
違う、そうじゃない。頭に直接響いた音だ。
横でみている小早川大尉の様子をみる。彼もこの声を聞いたのなら、何か反応が……。
無かった。
マスク越しに波打つ液体を凝視している。なら、俺にだけ聞こえたということか。
となると、それはやはり血を抜かれた事と関係するのだろう。そこまでは解るが、そこから先、どうなるのか…。まさか襲ってくるようなことはないだろうが、先が見えないため焦りがつのる。
咄嗟に対応できるよう、警戒しつつ凝視する。
波打ちの波紋が回転し、踊る。ミルククラウンのように王冠状の形が踊る。
そこから、にゅるりと中心部が持ち上がった。
手だ。
液状の突起物が小さい手に変わった。
右手だ。
伸びた手が縁を掴む。
もう一本、今度は左手が伸び、同様に縁を掴んだ。
出てきた腕の体積分、水面が下がる。
次に頭部と思わしき球が現れる。併せて徐々に水面も下がっていく。ツインテールの髪、まだ黄色い透明な液状だが、ディテールがしっかりしてくる。
そこから半身が姿を現し、背には2対4枚のトンボのような羽、流麗な肢体が続いた。
羽の着いた人の形。
くるぶしくらいで残った残りの液体が、糸状に伸びる。
それが身体にまとわりつく。見る見る間に服が織り込まれ、俺が設定した形になった。
形ができたとおもったら、黄色い透明な液体に色が着いていく。
これは……これもまた設定した色合いだ。
翠の髪、薄桜色の肌、白いギャザーたぷっりのブラウス、胸元を強調する黒いコルセットに縛る赤い紐、チロリアンテープの着いた白いフリル着き濃緑ミニスカート、白いニーソックスから覗く絶対領域、編み上げブーツ。
あぁこんな設定してたっけなー、昔を振り返る。趣味的すぎる服装に、あの時の自分を殴りたい気持ちになった。
ん、刺激臭が消えた。
「見事な造形ですね。ピクシーですか」
冗談か本気なのか横合いから告げてくる。
なんか、渡したら、キャストオフしてきそうな感じがするが気のせいだろう。とりあえず無視だ。
それよりピクシー?妖精で一括りにしていたが、この“形”はピクシーというのか、自分の中で呼称を妖精から変更だ。
羽を震わせると、浮かび上がる。そのまま俺の頭に鎮座ましましする。
『所有者様、命令を』
声が頭に響いた。
「あれ?声が……」
人型になったのに、相変わらず頭に直接語りかけてきた。
「中島少佐、なんといっているのです?こっちには“テケリ・リ”としか聞こえない」
小早川大尉はマスクを外していた。まったくいい気なもんだ。
「あれ?そうなの???命令をって聞いてきてるのだが、どうすりゃいいんだ?」
自然、ぶっきらぼうな言い方になる。
頭に乗っているピクシーと俺とを交互に眺めている。
「成形は無事終了したようですので、次は起動実験といきましょう。サクヤに乗ってください」
まぁそういう流れだろうよ。
>command com
>CPU・・OK
>main memory check・・・OK
>main device check・・・OK
:
:
:
>Hello World!
いつものレトロチックな起動シーケンスが終了する。
通常のシステムは起動した。
水中用装備が、なんとなく違和感をおぼえるが、特に問題はないようだ。
このあとどうなるんだか、天井を見上げる。そこには鳥籠のような柵があり、そこにサクヤの中枢機構となるユニット、ホムンクルス。ピクシーが鎮座していた。
………、チロリアンリボンの着いたフレアスカート、その内側からでる白いフリル。そこから伸びる少ない面積のもも、直ぐにニーソックスが素肌を隠蔽。ちらちらと少ないながらも目に飛び込む肌色に視線を奪われる。
『何か問題が発生しましたか?』
「あ、いや何でもない何でも……」
やばい、こんなことがバレたらえらいこっちゃ。自嘲しろ俺。
「起動完了、指示を乞う」
「こちらも確認した。問題はないね」
これからの展開に期待半分、心配半分な心境である。
「それじゃ、FCS起動してみようか」
緊張感の欠片もない声。力んでいるのが馬鹿らしくなる。
「了解、FCS起動」
二重透過モニターに映るアイコンを観る。一息いれて、それを起動させた。




