南南東へ針路を取れ 02
この中にスパイがいる!
かもしれない。
そうでないかもしれない。
まったくもって、良く分からない展開だ。
潜水艦が3隻、スエズを抜けて太平洋に出たという機密情報まで聞かされて、色々と推論に推論を重ねた結果、いるようだ、いるかもしれない、いるときはー。どう繋がるちゅーねん。
まぁ言われたことはやるけどね。んだが、結構皆いい人のようで、陽気で賑やかで好感がもてる……ようには見えるんだけどなぁ。
どの道探るのは俺じゃない。情報技官として乗り込んできた人達が調査するわけで、俺がここにいるのはその人達が乗り込む口実としての大義名分であった。
情報技官の誰がその調査をするというのは、もちろん知らされていない。秘中の秘である。
意外だったのがサクヤ含む小早川大尉たち一行だ。来週生まれる予定の相棒のせいであった。急遽俺がこっちに来ることになったもんで、手配されたって話だが、どこまで信用していいのかは神の味噌汁。
サクヤ自身は、このあと寄港する洋上母港に置かれるわけだけど。
今回の総合演習の内容、それは南硫黄島南方80キロ地点に建設された製造プラント群に対する防衛作戦である。
9基の海上プラントと4基の海中プラントからなるそれは製油、製食、製糸等々多岐にわたる。一つの海上プラントは直径約5キロのフロート基部を中心に花のような構造を持ち、藻類からの製油所や食料製造等々生産施設だ。汝を扶桑と呼ばれている日本が誇るハイテクノロジー施設である。
3基が製油、2基が動物系、2基が植物系、1基が中央管理に加え製糸その他加工にリゾート等々の観光地、最後の1基が軍事基地の構成だ。
ここで生産されたものが、日本と太平洋諸島連合国、東亜共和国を中心に輸出されている。
一般の観光客はリゾート地のあるプラントに向かうが、俺たちは軍人だ。行き先は軍事施設のプラントである。
海中プラントは直径約2キロで、海流発電施設と逆浸透法淡水精製工場を中心とした構成である。
また洋上プラント群には約3万人の家族を含めた人が生活をしているってもんで結構な規模である。構成は日本人と太平洋諸島連合国から半々といったところだ。
ある意味、出島といった意味もあり、戦略的にも重要防衛施設となっている。
ここまで大規模の同じような施設は、台湾東方沖にもあり、ここは東亜共和国と日本人半々で作業に従事している。ちなみにこっちは蓬莱と呼ばれている。
しっかし、今回だけの話しに色々情報教えられた所で、活用できるはずもないんだがのー。
明日の朝には到着予定で、今は大海原にぽつーんと単艦のみの状況だ。それはこの艦の所属が特殊なだけで、他の艦艇は隊を組んで行動している。
総合演習は、帝国海軍が主役だ。皇軍はその中で、皇族の護衛退避を行うというこっちも基本的な演習項目となっている。
皇族や上流社会の面々が搭乗することもあって、皇軍の船は豪華客船とはいわないまでも内部が豪華だ。外交艦の役割も担っているためである。巡洋艦クラスの場合だけど。
一応、駆逐艦クラスも搭乗する場面を想定してある程度の設備はある。この艦を除いて。
といっても、アイルランド製の駆逐艦である。UKの体格が基準なので、俺にしてみればかなり余裕のある空間があって、それほど酷くはない。
日本の軍艦は効率よく詰め込もうとするあまり、ギチギチだからなぁ。だからといってトップヘビーな構造にはなってないから、そういう方面の安全は確保されている。実際乗り比べないとどうとかいえないと思うがね。
「そろそろ艦内にお戻りになってください」
アーウィン副長が告げる。
「ミーティングの時間ですか」
「はい、明日以降のタイムスケジュールの確認です」
「ところで、その丁寧な言い方はなんとかならないですかね?俺……自分は年下ですので、そういうふうに言われるとこそばゆいんですよ」
「貴方は隊長なのですから、作戦行動中は無理です」
「そういうものなの?」
「階級が低いものが、隊長に向かってぞんざいな発言をするわけにはいきません」
アーウィン副長は真面目であった。少しくらい融通をきかせてもいいんじゃなかろうかと思うが、軍隊だもんな、仕方なしか。
「解りました。ではこちらも、言葉づかいには気をつけます」
「いえ、隊長なのですから、丁寧な口調にならなくても」
「気をつけます!」
押し切る。
「なるほど、それがサムライスピリッツというものなのですね」
感心された。
でも、それ違うから。説明するのも面倒なので、言わないけど。
適当に言葉を濁す。
それにしても、俺、隊長。この艦には艦長がいて副長がいる。命令系統でいったら、艦長が一番だよな?とすると、俺の立ち位置ってどの辺なんだ。艦長に命令するの?
なんだか違うような気がする。よくある映画なんかだと、船の一番偉いのが船長だ。この場合、艦長になるからして……。うーん良く分からん、あとで小早川大尉にでも聞いておくか。
「そんなわけで、サクヤを水中戦装備に換えておきました」
ミーティングのさなかである。
演習の中にある、皇族救出作戦に俺も駆り出されることになり、そのための処置であった。
内容としてはしごく簡単、サクヤを使って洋上プラントから脱出という演習内容だ。
ひたすら逃げて、ゴールである揚陸艦に駆け込むだけである。
「ミーティングが終わったら、動作確認のために乗っておいてください」
小早川大尉が締めくくる。
この駆逐艦クシダも同じような演習内容ではあるが、ロボテクス部隊とは別行動になる。
本来の搭乗した目的である、スパイ探しはここに来て頓挫することになるんだが……。
深く考えても仕方ない。そうそう簡単に馬脚を現すこともないだろうし、となれば、俺なんかが探そうものなら挙動不審でバレバレになるだろう。
つまり、相手が馬脚を現すのを待つだけか。不用意に艦内をうろうろするわけにもいかないし、聞いて回ることもできない………今更だが、かなり詰んでるんじゃねーか。だったらなぜ俺をここへってーのは、情報部をいれるためだっけ。ぐだぐだと考えても仕方ない。そういうのはその手のプロに任せて、俺はロボテクスの演習に専念すればいいや。
もし、相手が俺に何か仕掛けてきても、レンと仁科さんがいる。流石に普通の人では敵うわけないし身の安全は保証されたといえるだろう。
演習は辛いだろうけど、のんびりと過ごせそうだ。
……っていつもこんな調子で、酷い目にあっているんだよな。少しは気を引き締めておかなくては。
その後、サクヤの動作確認などを行い、翌朝何事も無く扶桑に到着した。
なんて考えは甘かった。
色々厳しいです、色々と。
流石、軍隊。規律厳しければ、やることなすこと半端ない。
全然のんびりできねぇ~~。うん、卒業したら任官拒否決定だね。
6時起床、部屋の掃除から始まって、飯の時間は短いわ、午前中は基礎トレーニングと称して走ったり、掘ったり、行進訓練やらなんやら……で休む暇なし。
昼飯が喉を通らないが無理やりかっこみ、昼からはロボテクスの操縦訓練。
夜はこれまた飯もそこそこ風呂そこそこのあと、座学で戦術フォーメーションや総合演習にむけてのミーティング、洗濯、アイロンかけ、靴磨きetcetc。10時に就寝でバタンキュー。
なんだか、想像していたのと全然違った。
総合演習だけに参加と思っていたのがそもそもの間違いなのか。つか、これも総合演習の一環なのだろうか。
まぁ各隊の連度が違えば行動がずれるわけで、演習に向けて“足並み”を揃える必要がある。
そういうのを含めての3週間で、総合演習自体は1週間の長さであった。
長いのか短いのか判断つかないぜ。
因みに、ビアンカは俺と同じロボテクス訓練、レンと仁科さんはレンジャーの訓練を受けている。
結論から言おう。へばっているのは俺だけだった。若い男だからとちやほやされるわけでもなく、よけいに厳しかったです。
それと部屋は別々で、俺は皇軍の男たちと同室だ。2段ベッドが4つ並ぶ8人部屋。見知らぬ相手ばかりで、寮に入った最初の日を彷彿とさせる……、まぁ部屋では独りだったが。
この中では、みんなの年齢は俺より一回りも二回りも高かった。歴戦の勇士と一緒の部屋なので、いやが上にも緊張しっぱなしである。
「君が噂の少佐殿か」
言ってきたのはマッチョな男だ。ここ部屋の隊長、いやもっというと部隊の隊長で、俺と同じ少佐である。汝は東郷十三。角刈りが似合うナイスガイだ。尻の心配はしなくていいだろう……多分。
「中島政宗であります」
敬礼して答える。
「話は聞いていると思うが、君の部隊は公式には予備部隊だ。だからといって別々にしてしまうのは何かとあろうかと思うが、演習の予定には入ってないため、各部隊に割り振られたわけだが、何か問題はあったかい?」
「いえ、問題ありません」
「うーん、同じ階級なんだからもっとざっくばらんでいいと思うがどうだね」
これは命令なのだろうか?それとも友好の証のつもりなのだろうか。目を観る。
「しかし、歳の差があります。タメ口でいいとは思えませんので」
「なんだと、俺を年寄り扱いするつもりか?」
いきなり険悪な雰囲気で凄んできた。
「東郷少佐は十分若いであります」
じろりとした目が俺の瞳を覗き込む。目が怖い。
「もうその辺で、解放してやれよ」
横から副長の西条信輝大尉がとりなしてきた。
「なんだよ、こんなん最初の儀礼だろ」
儀礼ってなんですかー。聞いてない!
「大体、隊長もいってたじゃないですか、彼は我々の部隊とは違うって。誰彼かまわず絡んでいくのはやめてください。隊の名誉に係わります」
「名誉ときたもんか。それならしかたない」
豪快な人であった。
肩を竦ませ、西条副長の進言に従う東郷隊長であった。
「なんとはなしに今日一日、見てたが、なかなか肝っ玉座ったやつじゃねーか。噂は当てにならんね」
「噂ですか」
「相当のナンパ野郎で、我等が殿下を口八丁手八丁でコマシタなんてね、そんな噂だ」
ずしーんと、凹む話がやってきた。
「どこからそんな話がっ」
「どこといわれてもな」
まぁ噂ってのはそういうものである。伝言ゲームに尾ひれはひれが付くものではあるが、真相は逆なのになぁ……。しかし、それを伝えるには勇気が要る。というか、そんなこと言っても信じてくれないだろうし、言った所で恥の上塗りだな。いやいや、そもそもがなんで俺なんかをって疑問はまだ払拭されていない。千歳や先輩たちの理由は解るんだが、弥生がなぜ俺なんかを……。
理由がないのが恋愛だと言われればそうかもしれないが、余りにも謎だった。詮索しないと言ったことでもある。でも、もうここまできたら深みに嵌まってもいいのかもしれない。
そこんとこ、どうなのだろう……。
「気にするな。チャラ糞野郎だったら俺たちが締め上げてたところだが、まあ……今日のところは合格点だ。明日以降も俺たちの希望にそうように努力してくれればいい」
事実上の死刑宣告だった。
それを断ることもできないんだよなぁ。
「ご期待にそえるよう努力いたします」
と、言うしかなかった。自分で絞首刑台に乗り込んでいく気分だぜ。
「ああ、存分に俺たちの鼻をあかしてくれ」
訓練でそんなことができるだろうか……。まぁやるしかないんだけどな。結果は知らん。
彼らの理想とする像を思い浮かべ、俺はぞっとした。だってねぇ……そんなのになれる訳ないじゃ~ん。
総合演習期間中はボロが出ないようにしないとな。改めて気を引き締めなければならない事態に、俺のやる気は急降下した。