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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第一章
13/193

この中に妹がきた 04

 頭上に影が掛かったのを感じ、反射的に皇を抱いたまま横に転がる。さっきまでいた所に巨大な鳥の脚が降り下ろされた。

 重く低い響きと揺れが後に続く。

 二日続けて命の危険がやってくるなんて、普通じゃないぞ。マジで冗談じゃない。

 いや、今、現在では、毎日が命のやりとりをしているのが世界の常識か。日本は何とか免れているだけで、こんなことは日常茶飯事のはずだ。はずなんだけど………いきなりAAランク以上の人外の戦闘ともなれば、やっぱ常識外れだよな。

 2撃、3撃と降り下ろされる脚をぎりぎり転がって避けながらそんなことを思った。

「ちょこまかとっ」

 八咫烏が唸る。

 身体は痛いはずだが、ホント火事場の馬鹿力かアドレナリン大量投下で何も感じなくなっていた。

 スローモーションで八咫烏の脚が覆い被さってくるのを自覚する。

 皇を抱えたまま転がる速度を酷く鈍く感じながら、ギリギリで回避する。

 じり貧だ。何か打開策を考えねば。

 …………。

 ………。

 …。

 はっ何も思いつかねーーーー!

 こちとら人外とどうこうするなんて初めての体験なんだよっ。何をどうすりゃいいんだってっのっ。

 鳥の弱点たって、大きな目玉模様を見せるとか、これに通じる訳ナイデスヨネー。

 あっ。一つ気付く。

「ちょっとタンマタンマッ!タイムー」

「なんだ小童。命乞いか?」

「あ、いや、これって俺を狙っているのか、彼女を狙っているのかどっちなんだろうかと…」

「ふっ、そんなことか。両方ともだ。だがいまので、先ずはお前からにしようかの」

「そいつは良かった」

 俺は言い返す。そして、抱えた彼女を降ろし……。

 ダッシュで逃げた。

「そらそらこっちだ」

 独り身となるとやはり身体は軽く、地を走る鳥よりは速く、距離を離すことはできた。

「待てー」

「やだねーとっつぁん。待てと言われて待つ馬鹿はいないっ」

 完全に鶏冠に来たようで、意味不明な雄叫びを挙げ飛び立つ。走っては追いつかないと見るや、空から攻撃する方法に切り換えたようだ。

 さて、どうするか。この状態も長くは続かないだろうことははっきりしている。ホントどうしたもんだか。

 地に影が映り迫ってくる。咄嗟に横っ飛びで方向転換。 

 直後、八咫烏の脚が今までいたところを掻っさらう。地には爪痕が残され、直撃イコール死だなと確認するまでもなく確信させられる。

 それにしても参った。どうしよう。

 校舎に逃げ込んだら……収拾つかなくなるし、被害甚大だな。どこか逃げ込める場所があるかと周囲を見回す。

 ………何処に行っても無理そうだ。皇を八咫烏から引き離すことだけは何とかできたが…と、視線を彼女の方へ向ける。

 その視界の隅に、映るものがあった。あっもしかして??

 咄嗟の閃きだった。

 それがある方へ駆けだす。

 影が横切る。前方へ身体を蹴飛ばして前廻り。背後で横に爪痕が地面を疾った。そして見る。その軌道を。

 起き上がり、相手を確認する。

 怪声を轟かせ、雄々しく舞う。

 やーまじ本気だわー。次で決めないと、もうもたんね。だから、俺は走った。息が上がりだしている。本当これが最後かも…。

 それの手前にまで迫る。

 八咫烏はちょうどいい事に背後に迫ってきている……筈だ。

 位置が悪かった。今度は先走りたる影が見えない。

 ここまできてと思うと腹が据わった。

 停まり、振り返る。

 八咫烏は俺を掴もうと三本の脚を拡げて迫っていた。一瞬の躊躇もできない。

「うぉぉぉぉぉぉ」

 そこに飛び込む。脚と脚、爪と爪の隙間目掛けて。

 脇腹を爪がかすり、服が引き裂かれ、腹は……なんとか裂かれなかった。が、掠ったのか血が滲む。勢い無様に地を転がる。

 そうして………背後で大きな衝突音が響いた。

 八咫の大烏はサッカーゴールにゴールした。

 脚は網を掴み絡まり、倒れたサッカーゴールの下敷きになりもがいていた。

 ヘトヘトになりながらも立ち上がり、八咫烏に近づく。

「これで、負けを認めてくれないかな」

「こっこの程度でっ」

「これ以上は殺し合いになるよ」

 空気を求めて、肺は痛がっていたが、堪えて冷静を装って静かに告げる。 

 相手は唸るばかり。

 頷け、頷け、了承しろっ認めろ。ポーカーフェイスもそろそろ限界だ。

「不本意ではあるが、本気ではなかったが………」

 言いよどむ。

「認めよう」

 聴こえた。

 聞いた。

 認めた。

 そう認識したら、緊張の糸が切れたかゼンマイが切れたか、途端に視界が真っ黒になり………意識はそこで途切れた。


 燃えている。

 辺り一面火の海だった。

 ホテル最上階のスイートルームに、町内の福引で当たったチケットで両親と泊まっていた。

 最上階の夜景が綺麗だった。それが今や、紅の舌が舐め廻るカーテンで景色を塞がれていた。

 両親は、最初の爆発のときに姿が消えていた。少し気を失っていたのか、辺りには誰もいない。破潰された窓から煙が外に流れている。

 身体に力は入らなく、立ち上がるどころか指一本動かすこともできなかった。

「あ………」

 これが死かと思った。これから死ぬのだと理解した。

「あー…」

 涙が溢れた。

 死にたくない。こんな処で死にたくない。

 死への恐怖ではなく、生存本能が喚起される。

「死、死にたく……ない」


 目が覚めた。

 さっきのは夢か。久々に嫌な昔を見たもんだ。

 それにしても、ここは何処だと目配せする。

 白いベッド、白いカーテン。なんのことはない、昨日も見た光景がそこにはあった。

「保健室か」

 身体を起こそうとするが、全身に電気が走ったように激痛が襲ってきた。

「いってぇ~~」

 思わず呻く。

 そして思い出す。

「生きてるんだ」

 身体は動かないが。痛みで全身は繋がっているのは自覚した。

「目が覚めたか」

 カーテンが引き開けられ、女医が顔を覗かせた。

 後ろには皇弥生と咲華あずさに見たことのない女の子が立っていた。

「流石、我が旦那となる男だ。八咫烏のバ・ケ・モ・ノを退治するとは天晴れ天晴れ」

「ちょっと、黙ろうか」

「む、もう亭主関白か」

「ヤツは化け物なんかじゃない。人外だ」

「……どういうことだ?」

「一般にどう云われているのかは知っているが、俺の中では人外は人の枠から外れただけの者だ。意思疎通の出来ない化け物なんかじゃない。まぁ頑固だし依怙地で疎通は効きづらいだろうけど、話ができないわけじゃない」

「なるほど、それは済まなかった。心から謝罪しよう」

「…案外と素直なんだな」

「惚れたか?」

「冗談っ」

「中々身持ちが堅い」

「そんなことより、朝の結末はどうなったんだ?俺が生きているってことは、学校も皆も無事だったってことでいいんだよな」

「無事だ。壊れたのはサッカーゴール一つと少々地面が抉れた程度の被害だ」

「そっか…」

 俺は安堵の息を吐く。

「しかし、何故お前は……いや、言うまい。長船が気に入る訳がわかった。改めて惚れ直したぞ」

「……そりゃそうござんした」

 喜々とした笑みを浮かべて、皇は宣言した。

 あー、なんだろう。女の子に“惚れた”とか言われたのなんて初めてなのに、全然嬉しさが込み上げてこない。

「さて、今回の始末は未だ終わってない。そうだな、ヤ・タ・ガ・ラ・ス」

 そう言って、皇は振り向いて後ろに立っている謎の少女に向かって言った。

 小学生?いや中学生位か?150センチは無いだろう小さい少女だった。紅いボブカットの髪、きめ細かそうな色白の肌。

 アメジストのような紫の瞳が、怯えたように咲華あずさの影に半身を隠してこちらを見ていた。

「え~と、もしかして??」

「そう言うことだ。八咫烏に化身する人外の本当の姿。ほら、挨拶しろ」

「………」

 呼ばれた彼女は無言で立ちすくんでいる。

 なんだろう怯えた兎の様だ。プルプルと解る程に震えている。

「じれったいっ」

 皇が彼女の襟首を掴み突き飛ばした。

 勢いづいてベッドに突っ込む。勿論の事、動けない俺は下敷きになった。

 当然のように激痛が走る。身を悶えさせようと捩ろうと反射的に動けば、それもまた激痛に変わる。

 声にならない叫びが出た。

「おいこらっ」

 皇によってまたもや襟首を掴まれ引き剥がされる少女。

 つか、お前がやったんだろうマッチポンプもいいところだ。

「……あ、あのー、それで本当に君が八咫烏なの?」

「はいっ」

 目を白黒させながら、彼女は告げる。

「ここここ…この度は、ほっ本当に申し訳ありませんでした」

 予想通りというか、お約束的に謝罪の言葉だった。しかし……本当にこの子があの八咫烏だったのか。本人にそうと告げられても信じがたい。じぃーっと思わず見つめてしまう。

 瞳が右に左に行ったり来たり、視線が合うと直ぐさま外し戻しては外し………。

 何故だろうか、被害者は俺の筈なのに、凄くイケナイコトをしているような気分にさせられる。

「え、えーと」

 俺の言葉に身を竦ませて固まる彼女。

「なんとか生きてることだし、学校の被害も殆ど無かったことだし、俺の方はもういいよ」

「流石っ我の旦那は優しくて頼りがいがある」

 皇が笑う。ちくしょー可愛いじゃねーか。思わず見とれてしまった。

「まだ旦那じゃないっ」

 しかし、その点だけははっきりさせておく。このままだとズルズルとなし崩しにされそうだ。

「そっそれじゃあっ妾がっ」

 首根っこを掴まれた少女はじたばたともがき、拘束を振り払い再び勢いよくベッドに乗り込んでくる。四つんばいの姿勢でにじり寄ってきた。

 そして気付いた。

 ………結構胸があるよ、この子。トランジスタグラマーというのか?

 女豹のポーズよろしく、今にも獲物に飛び掛からん勢いだ。

 彼女が一歩前進する度にベッドは揺れる。連動して身体も揺れる。結果、激痛が走る。

「あ、いっあぐぁっ」

「おっ、お前達。こ・こ・はっ、保健室だぞっ何をやるつもりだ!」

 後ろで見ていた女医の雷が落ちた。

「もういいだろ。中島の目が覚めて、無事なのが解ったんだから」

 女医は出口を指差して退場を命令した。

「あ、そいや、君って名前は?」

 今にも追い出される寸前で、気になったことを聞いてみた。

「はっはいっ柊千歳です。末永くかわいがっぐをぁ」

 皇に首根っこを引っ張られ、ヒキガエルを踏んだような音と共にピシャッと小気味良い音と共に扉が閉められた。その後の言葉は聴こえなかった。


「さて、邪魔者は居なくなったな」

 女医がのたまわった。

 眼が妖しく光った気がしたようなしないようなしてないよね、うん。

 俺の身体をなで回しながら、話を続ける。

「全く、昨日の今日でまた保健室に来るとはね」

「いやはや、全くもってどうしてでしょうねぇ」

「ふっ、その自覚の無さが頼もしいよ。そんじゃちゃっちゃっと治しきってしまおうか。全身打撲でぼろ雑巾みたいなのに骨折がないとか、普通じゃ見れない症状は興味深い処であるしな」

「あの後、どうなったのですか」

 校医はこちらをじろりと眼を覗く。

「ふむ、どうにもなっておらんよ。私からしてみれば、どうして君が関わったのかのほうが気になるよ」

「あー、やっぱそうっすよねぇ」

「とりあえず、壊れたゴールの請求は君には来ないから安心しろ。多分な」

 多分ってなんだよ多分って……。

「それとな、先程の柊と名乗った八咫烏だが、彼女かなり名家だぞ。向こう的には」

「は?それがどうしたんですか」

「いや、かなり惚れられていたと思うんだが、どうするんだ?」

「え??どうして??今日逢ったばかりですよ。しかも殺されかけたのに」

「ふむ………君はまだ人外のことを良く知らない。そうだろ?」

「確かに、人の枠から外れた力を行使する存在ってくらいしか知りません。だから人外と呼ばれているとしか」

 その説明に校医は笑う。腹を抱えて大笑いだ。

 かなり失礼な態度である。

「はっはっは、気を悪くするな。中学くらいまでの回答が来るとは思いもしなかったものでな。懐かしくてつい笑ってしまった。そうだな、まだ授業では習ってないか」

 校医は眼を細めて告げた。俺の身体を触りながら。


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