それはそれ 04
週末までは近寄らないことにした俺は、サクヤの様子を確認した後、寮へ戻った。
少々遅くなったが、カタカナの手本を作成する。
横で、バタンバタンと畳みが潰れそうな破壊音が鳴り響く。カルタとりとは言えないカルタ合戦が繰り広げられるのを横目にしつつ、心を落ち着けて書き綴る。
なんともシュールな光景だ。まぁこれが日常、俺の普通の光景なんだよな。騒動が起きなければ問題なしだぜ。
カキカキカキ………カキカキカキ………。
つまらん……。
いやいや、ここでキチンとした文字を書いておかなければ、皆の手本になるものだ。でもあれだね、楷書で書くのだが、気を抜くと行書っぽくなってしまう。一字一字しっかり書かねば。
キリッと表情を固め、再開する。
「おっしゃー猪鹿蝶、こいこい」
「残念だな、こっちは花見で一杯」
………、なにかカルタとは違う声が聞こえた気がした。
振り返る。どこだ?声の主を探す。
あれはたしか……北条と前田か?四天王の候補生とかゆってたやつらだ。こういう騒ぎをおこしそうなやからで浮かぶのは源と間部にマルヤム辺りだと思ってたが……ごめんねぇ~。真面目?にカルタやっていた。
「こらそこっ、北条と前田だったか。なにしとんのじゃー」
勢い指差して怒鳴る。
「何って花札だよ」
しれっとこっちを向いて前田が言った。
「遊ぶならよそいってやれやー。部活中だぞ」
「これも部活の活動だよ」
そうだそうだと北条も続く。
「どこが部活なんだ」
「日本文化の研究ですねー」
舐めた口調で反論してきた。
「ほうほう言うじゃねーか」
だが、ここで無理やりやめさせても反感を買う可能性しかない。どうやりこめるべきか……。
「俺もそれに参加しよう。手本書き終わったらやるから待ってろな」
「へっ、なんだやるのかよ」
「あぁそうだ」
火花が散る。
机に向き直り、高揚する意識のまま手本を仕上げていく。多少力は入るが、直線主体のカナではいい具合に仕上げることができた。残りをさくさくと書き上げる。
4~5分後。見事に完成させた。
「よし、できた」
壁に張っているひらがなの下に対応してカタカナを張り付ける。
「はい、皆注目。今までひらがなばかりで苦労したと思う。今度はこのカタカナで代わりに書いてください。書き上げるのはどちらでもかまわないが、混ぜて書くことは禁止します。いいですね」
やる気のない返事が返ってきた。
「いいですねっ」
アドレナリンの赴くまま再度、確認する。
「了解でありますっ」
返事がよろしいので気分はよろしかった。
「さてと」
北条と前田の前に立つ。
「始めようか」
「3人だがどうする?」
前田が聞いてくる。俺が各々戦うってのも面倒だな。なら……。
「花合わせでいいんじゃないか?」
「ま、いいだろう」
3人車座になって座る。
3枚札を伏せてみせる。各々札を引く。
「一番は北条さんか、次が俺で、最後に前田さんね」
北条さんが札を集め、シャッフルする。
札が配られる。手札7枚、場には6枚が拡げられた。
「で、勝ったらどうすんだ?」
前田が聞いてきた。
「ただ勝負するだけとはいわないよね」
北条も視線をこちらに合わせて問うてくる。
十分その気である。まぁこっちもそのつもりだ。
だが、勝ったところで禁止といっても効くわけがないだろう。ならどうするか……ふむん。
「そうだな、勝者は敗者に何か一つ言うことをきかす。ただし、金銭的なもの暴力的なもの学生にあらざるものといったのは禁止だ。それでいいか?」
2人は頷く。
「よーし、なら一週間鞄持ちさせてやる」
と、前田。
「ではこちらは、逆立ちして寮の周りを一周してもらうおかな」
北条が告げる。
して2人は俺を見つめる。何をさせるつもりなのかと。
「勝ったときに言うよ」
「む、ずるくないか?」
前田が抗議の声を挙げる。
「なに、そんな大層なことをさせるつもりもないし、花札禁止とはいわんよ」
ここで、勝ったらなにさせるか言ったら、絶対文句を言ってくるに決まっている。別に触らせろとか脱げとかじゃないんだが、まぁその辺はどきどきしてもらうしかないな。既に勝負は始まっている。そういうブラフは常套手段だ。
とりあえず一巡した。
取り札みても気配も傾向もな~んもわかんねー。イカサマの気配もない。といってもやられたところでどう足掻いても見つけることはできなさそうだが……ん?ちょっと試してみるか。呼吸に合わせてフォースパワーを巡らしてみる。
そうこうするあいだに、四巡目になる。
直ぐに効果が発揮されないのが玉にきずではあるが、溜まったフォースパワーを視力強化へと注ぎ込む。
今もはっきり見えていたが、それが余計にはっきりと見えるのを感じる。特に動体に対してはっきり見えるのが解る。
なるほどねぇ、落ち着いて変化を洞察すれば、きちんと差が出ているのが感じれるもんだな。
札を切って場の札と合わせ、さらに山札から一枚めくる。ついてるぜ、青短完成だ。4枚手元に置く。
得点はほぼ同じくらい。そろそろ大役が揃ってくるところだろう。どうやって差をつけるか……。
イカサマがなければ、運勝負。仕掛けてくるならそろそろか?
「ところでさ、イカサマやったらどうなる?」
「ん?そんなのお仕置きしかありません」
「バレたらドベ決定だな」
「そうだよね、まぁ四天王候補生がそんなズルをするとは思えないし、失礼しました」
三者三様に目配せする。緊張感が割り増しになった。
注意深く札の流れを注視する。
「負けた条件だが、逆立ちに追加しても構わないか?」
「最初に言った条件を守るならな」
「ちっ」
今なにを考えていた?北条の方へ顔を向け……ない、ここで視線を切ったら駄目だ。札に集中集中っと。
「で、追加ってなんだ?」
視線は札のまま、見据えながら聞く。
「パンツいっちょっでと思ったが、それは駄目なんだろ?」
「あぁそうだな。水着くらいまでなら許容範囲か」
「おっいいねーそれ追加で」
………今、俺は何を云った?
焦るな俺、こんなことで惑わされるなブラフに引っかかってどうすんだって。今は着実に役を作って点を重ねることに集中だ。
「おいおい、水着ってあれか?私用のものなんてないから、学校指定のやつしかないぞ。あんなダサイの着れっていのうか」
………学校指定の水着……つまり!スクール水着である!!
そういえば、夏はずっとベッド……水泳の授業受けたかったなぁ……。来年の夏こそは絶対見てやっ……もとい、授業を受けてやるからなっ。
決意を新たにすると、手番が回ってきた。場に坊主がある。そして手元には満月、満月を切ってから山札を引く。
舌打ちが聞こえたが、無視無視。
さて、山札は何かなーっと。鶴がきたー、場に松がある。だんだん乗ってきたぜ。
このまま一気にいけるか?
「あーそうそう、鞄持ちの件な、この鞄53だからな」
53?なんのことだ。ゴミってことか?捨てたら承知しないぞって意味なのか?
「普段からそんなもの持ってんですか」
「いいだろ、普段から鍛えてるからな」
どういうことだ?鍛えるって……もしかして??
触ってみたいが、今は勝負中だ。動くわけにはいかない。つか、もし負けたらそんな重いもんを持たせるつもりなのか……じっとりとした汗が流れた。
なかなかいい感じに脅してくる。間違えて札を切ってしまわないようにしないとな。
手番が回ってきた。さて場にはカス札しかなく、とっても役には繋がりそうにない。手持ちの札とで確認する。
残り2枚、その中に桜のカス札がある。まだ桜は一枚も出でいない。誰かが持っているのか山札の中か。
ここで場に出ているのをとっても役にはならないのはさっきのとおり、山札から出てくる札が勝負の分かれ目か。ふむん。
俺は、桜の札を捨てる。もちろん場にはなく、合わせることはない。
山札に手をかける。
勝負だっ。思わず力が入る。
ずりずりとゆっくり札を引く。心臓がばくばくいってる。こいこいこいこいこいー念じるだけ念じ、札をめくった。
桜だ!幕付きの!!!
鶴、満月、桜が揃った。三光だ。
横合いからアーッという叫び声が聞こえた。
勝負は決した。
あー勝つってのはいいなー、大変気持ちがよろしい。
結局イカサマもなかった。あったのかどうかわからないが……。そういうのは人に対しては使わないのが矜持なのか、機会があれば腹を割って話してみるのもいいかもしれない。
まぁそれは置いといて。
「さて、罰ゲームだが」
2人を見る。
飄々とした風情でいる。ふむん、向うは本気じゃなかったというていだ。
最初に、無理無体な条件は無しにしていたしな。
人風情が出した条件なんて、気にするほどでもないとでも思っているのだろう。
まだまだだね。人の業を解ってない、舐めきっている。間近に業深き者の行動を見てきた俺としては一つ知らしめてやらねばと……嗜虐心が沸いてきた。
「君たちは可愛いと思う」
いきなりな発言に2人は眉をひそめる。こいつ何をいってんだと思っていることだろう。
「折角可愛い顔してんのに、普段の行動で台無しだ」
「貴様馬鹿か?」
北条が突っ込んできた。この場合、話しに乗ってきたとでも解釈しておこう。
「これは所謂セクハラというやつですか」
前田がジト目で睨む。
「しったかぶりな発言は自身を貶めるよ」
やばい、そっちに話を持ってかれたら俺の品性が疑われる。
「俺が言いたいのは普段、粗野な行動が目立っているといいたいだけだ。他意はない」
2人してホントカヨな視線がくる。
「まぁそういう訳で、普段の行動を見直してもらうってのが、俺からの罰ゲームだ」
2人がお互いの顔を見合わせる。一体何を直すんだって顔だ。
「そーだな、期間は体育祭が終わるまででいいだろう。まずはそこまででいい」
「具体的な話をしろよ、何をさせたいのだ?」
切り込んできたのは前田だ。
俺はにやりと笑う。
「少佐は云ったよな。金銭的なもの暴力的なもの学生にあらざるものといったのは禁止だと。フリフリな服でも着ろってか?そんなもの買う金なんかないよ」
警戒感露に北条が告げる。
「そんな物理的なことは云わないよ」
「だったらなんだってんだ、もったいつけるな」
「解った解った、云うよ。それはだな……」
2人を再度見る。どっちがどれでいいか考える。
「北条さん、貴女にはこれから語尾に“にゃん”をつけてもらいます。前田さんには“ぴょん”で」
2人が固まった。
「なんだとーー!」
見事にハモって聞き返された。
「もう、罰ゲームは始まってますよ、にゃんとぴょんをそれぞれつけてね」
「無理無理っ、無理に決まってんだろー。そんなの恥ずかしくて言えねーって」
「前田さん、ぴょんは?」
胸ぐらを掴まれ持ち上げられた。
「無理だと云ったんだ。解れよ、ああーっ」
流石人外の威圧感は半端ではない。思わず、じゃいいです、と口に出そうになるが堪える。
「勝負に負けたのですから従ってね」
腹の底から恐怖が込み上げてくるが、笑顔を作って言い切る。
「このっ」
拳が振り上げられる。げっ、それは不味い、そんなの喰らったら病院行き所ではない。そのまま墓穴に直行だ。ここまで激昂するほどのことなのか?
「トシ、やめいや」
振り上げた拳を掴んで北条は抑えにかかる。
「放せっ、モモ。こいつはいっぺん締めねーと解らんぞ」
「敗者が勝者に何をしよーいうんや」
「だがっこいつ、よりにもよって舐めた口を」
「トシッ」
ギシギシと振り上げた拳と抑えに掴んだ拳の部分で軋む音が聞こえる。
「少佐は我々に可愛くなれと、いうんやね。其れが罰ゲームだと」
「北条さん、にゃんです。にゃん」
ぴきっと額に怒りのスジが現れる。
「いい度胸だ。ミンチにしたる」
前田が殺意を露に、睨み付けてくる。
「前田さん、何度もいうようですが、ぴょんです。ぴょん。駄目ですよ、罰ゲームなんですからしっかりやってください」
「モモ、放せ。そいつ殺せない」
「あかんてっ」
一回り膨らんだ拳を両の手で抑えにかかる北条。
「少佐、何を考えているのですか、なにゆえそんな挑発をするのです」
北条が怒り半分で聞いてくる。
「俺は確かめているのだよ、君たちが約束を守れる人物なのかどうかを」
前田の動きが止まった。
「モモ、放せ…」
「トシ?」
「殴らねぇから、大丈夫だ」
そういわれて、北条は前田の手を離した。