それはそれ 03
昼の授業は定番の走り込み。
ではなく、穴堀りだった。
シャベルを地面に突き刺し、足で蹴り込み土を掘る。
掘った土を積み上げ土手を形成し塹壕を構築する。
今も昔も変わらず、歩兵戦闘での基本だ。作ったところで、ブルドーザーに潰されたりはするんだが、まぁそれはそれ。戦闘においては、あるとないとでは雲泥の差がある。
走るのも辛いが、穴堀りもまた辛い作業である。
尤も、今時人手で掘ることはないんだけどね。ロボテクスがあるから、それでサクサクと掘っていける。
ではなぜ、こんなことをやっているかといえば、くどいようだが基本だからだ。走るのも穴掘るのも、戦闘における基本であり、ひいては身体能力向上のだめだ。ひとつひとつ、手順をからだに憶えさせていく。そういった状況にならないようにするのが一番だが、いざという時のためへの備えである。
砂利まじりの土を掘り起こす。たまに石がガリッと音を立てて、掘るのを邪魔してくれるが、黙って穴を掘る。
ふと、周りを見る。苦労しているのはおれと安西くらいだった。
人外はその能力に任せてサクサクと掘っていく。霧島書記は要領よく最小の力で掘っているようだ。ついでに、平坂というと体力任せに掘っていた。
ふむ……こういうときにフォースパワーを使えばいいのだろうか。意図的に使うのはなんだか抵抗があるんだよ。暴走すればどうなるか散々叩き込まれているのだから。
でもまぁ、この程度で暴走なんてあるはずはないか。思いなおし、試しに使ってみる。
息を吐くのと同時に、からだの前面を力が上から下へと流れるイメージ。息を吸うのと同時に下腹から背筋を通って上に流れるイメージを繰り返す。
「そこっさぼってんなっ」
鬼教官から叱咤が飛んできた。
別に手を休めていた訳ではないのだが、手が止まっていたのは事実。不条理を感じるがしかたがなかった。
ならどうする?
穴堀りを再開しつつ考えを巡らせる。
深く深呼吸をしなくても、動きに併せてイメージすればいいだろうか。いつも最初は大きく吸って吐いてを繰り返してやっていたが、一度掴めば特に大きな動作をするまでもなかったしな。
呼吸の動作に併せて、シャベルを突き刺し、土を掻きだす。それと同時に力が流れるイメージを創る。
って~~駄目だ。力入れるときに息を止めるから、どうにもうまくいかない。流れを創れない。
いい考えだと思ったんだがなぁ。ちぐはぐであった。
それでも、その考え自体は間違ってないはずだ。何事も鍛練ってか、最初から巧くいくはずも無し。少しづつやってこう。俺は普通なのだから、コツコツと積み重ねるだけである。
膝がガクガク、腕はパンパン。
穴堀りは全身を使う重労働であった。
重いからだを引きずりつつの放課後、体育祭用のバイクを受取りにハンガーの片隅に来ていた。
他にも安西(同じバイクレースにでるから)に、龍造寺とクリスティーナ(車のほう)がいて計4人だ。小型ロボテクスは事前配布されないので千歳と平坂はいない。
各々のレース用に一台づつ、計4台渡される。やってきた順に先ずは抽選順番の抽選を引く。
俺はジムカーナ担当だ。
一学年16クラス、4年分で64クラスではあるが、ついていけずに退学していた者もいるため、今は58クラスだ。その中で、ジムカーナにエントリーしているクラスは22クラス。そして俺が引いた順番は11番目で真ん中の位置であった。
意外と人気がないんだな。一クラス2名までの参加ができるが、1名のみのクラスもあった。
総勢でいうと、34人だった。
スケジュールも一緒に提示された。午前がジムカーナで、昼から耐久レースだ。
第4グランドを使用し、2回走ってベストタイムが順位に反映される。しかも朝一番から昼までずっとの競技である。他のを見に行く余裕はない。ついでに耐久レースにもでるから、クラスの活躍は一切合切みることはない。
皆の雄姿を観戦できないのは残念であるが、このレースもポイントがあるわけで、見に行きたいからと手を抜くことはできない。決して、走る姿のぷるんぷるんがみれない事が悔しいって訳じゃないんだからねっ。大体、千歳が実証してみせたように、揺れる事はない。それにそういうコントロールができなくとも、普通は揺れないようにしているもんだしな。
………残念だ、あぁ残念だ、残念だ。
「突っ立ってないで、中に入れって」
安西に背を叩かれ急かされる。
わりぃと気のない謝罪をして抽選順の席へと向かう。
全員が席に着いたのを見計らって先生から諸注意の説明が始まる。
バイクだと、ヘルメットは云うに及ばず、ライダースーツだけではなくプロテクターも着用のこととか、安全面に関する事。先生がこれを着るんだと見せたライダースーツは、とてもごつくて重そうで優雅さはまるでなかった。ぶっちゃけ、機甲科の装備まんまだぜあれは……だから人気がなかったのか……。
ジムカーナでは競技の手順について、耐久レースでは使う旗の説明等々、当日までの練習走行のスケジュール、車も含めて1時間くらい延々と話が続いた。
確かに、体育祭でやるには、色々と面倒なことが多すぎて、参加者も少なくなるわけだ。経験と技術が必要になるから、必然と上級生である4年生ががぜん有利の競技である。下級生なら他の競技に参加した方が得点も狙えるだろうし、出場するのは優勝もしくはポイント圏内確実と狙ってくるものか、モータースポーツ好きである。あとはあぶれた者とか?そんな感じなのだろう。
俺的な立場でいうと、あぶれた側になるんだろうな……免許を持ってただけにあてがわれた状態だ。
陸上競技なんかは俺が出る幕じゃないしな。
まぁ優勝!とはいわないまでも入賞くらいはしてポイントを取って見返したいものである。
横目に参加者の面々を眺める……強面な感じがずらりと並んでいる。流石上級生、貫祿が違っていた。
勝てたら……いいなぁ。
抽選が始まる。
ここでいいのを引き当てることができれば、上位入賞の目もでてくる。ぽんこつなのを引けばほぼ終了でもある。
レースまでに弄ることはできるから、調子が悪いマシンを引いても整備が完璧なら十分上位を狙える。そのまた逆もしかり。
いくら安西がレースバイクの整備をしているとはいえ、サーキット走行のオン車だ。こっちも機械には強い方だとは思うが、エンジンをばらしたりなんてことはできない。
しかるに、いいバイクを引いて、状態を崩さないようにメンテをしていくのが基本でしょうね。
名無八幡大菩薩、我に最上のバイクを与え賜え!
ずらりと並んだバイクを眺める。参加者が少ないため、あからさまに調子の悪いバイクは省いていそうだが、隠れた外れもあるかもしれない。とか、そんなん考えてもしかたないんだが……。
順番がやってくる。
引いた番号は11番。
くじを先生に見せ、11番のバイクを受け取った。
そのままバイクを押して退出する。
とりあえず、外見は特に目立った傷も凹みもなさそうだ。使い回された傷とかはあるが、致命的ではない。まぁそんなのあったら、修理行きで並ぶことはないんだが。
バイクに跨がる。
80ccだから小型なんだが、オフロード車である。同じオンロードの排気量のと比べると、背は高い分視点は高かった。
バイクに跨がりキーを廻し、ニュートラルを確認しキックする。
ガスンと勢いよく踏みつけると、エンジンは2~3度震え……かからなかった。ぬふーん。
チョークを引いてもう一度。
ガコガコガコ………エンジンは震えるが肝心の火が入りきらない。
気合を入れ直す。いくぜっ。
「とおぉぉぉ~~っ!」
かかった!
だが油断してはいけない。最初は勢いよくまわっていたエンジンも段々と力弱い脈動に変わっていく。
咄嗟にアクセルをあおった。
のがいけなかった。
つっかかり気味でまわっていた震動がやむ。
おーなんてことだエンジンよ、止まるとは何事だ。
カブらせてしまった。がっくり、うなだれる。
とりあえず一息入れる。カブったら少し間を開けた方がいいからだ。
周りをみてみると、同じようにバイクを点検しているのが見える。
素直にエンジンがかかるバイクにそうでないバイク。俺のはとりあえずかかったから悪くはなさそうだが、プラグが悪いのか燃調か、はたまたオイルか。まぁ軽く整備するだけで、なんとかなりそうなかんじではある。
単に使っていなかったからかもしれない。オイルが落ちきっていると始動性は悪くなるからな。
よし、もう一度やってみよう。
いくぞー、3・2・1っ。体重をかけ、勢いよくキックする。
燃料が爆発する衝撃、エンジンが回る震動がこぎみよく伝わった。一回まわしたこともあり、再始動は問題なかった。まぁまぁかな。
エンジンの回転数が上がってくる。チョークを戻すと800rpmくらいで安定する。単気筒のドコドコとした独特なリズムが尻から伝わる。
少しアクセルをあおってみると、しっかり追従して回転数があがる。変な震動は感じられない。上々である。
サイドスタンドを畳み、クラッチを握ってギアをローにいれる。
アクセルを少しあおって、クラッチを戻す。
ぶるっと震え、車体が前に出る。半クラの状態でアクセルをまたあおると徐にバイクは走り出す。クラッチを完全に戻して、アクセルだけで低速走行。
少し速度が乗ったところでブレーキを前と後ろ交互に確かめる。
この程度では、全部解るわけではないが、普通に問題はないようだった。
ローからセカンドへの繋がりも問題はなく、ばらして再整備まではしなくてもよさそうな雰囲気であった。
バイクから降り、他の面々はどんな調子なんだろうと、また周りを確認した。
アクセルターン、ウィリー、ジャクナイフ。
そんなのを嬉々としてやっている上級生たちが目に飛び込んでくる。
あー……そうだな、ビリケツにだけはならないように頑張ろう!
決意を新たにした。
その後、3人と合流し皆でいったんハンガーへと向かった。
受領したバイクや車の調子を話し合う。
耐久で使うバイクも同じ80ccのオフ車なのはいいとして、車があんぐりだった。
「戦闘指揮車ってやつか」
「正確には、軽装甲機動車だ。軍の学校にはいってんなら、装備くらいは憶えておけよ」
安西から突っ込みがいれられる。
俺らに渡されたバイクは練習用に使われるオフロードバイクであるが、こっちは本物の戦場を駆る車だ。
いくら型後れとはいっても、無骨で重厚重量級な車体、俺の身長より高さがある。たぶん防弾とかはそのままなんだろう。
「これでジムカーナ?」
「そう」
「これで耐久レース?まぁ2時間と短いが」
「そうですよ」
龍造寺とクリスティーナが頷く。
考えていたのは、オフロードレースでよく見る4駆ターボな中にパイプが所狭しと蔓延っているようなものが一番凄いもので、あとはジープとかオフロードを走るようなもの位かと思ったが予想の斜め上を行っていた。
流石軍隊であった。
「オートマテッィク車なのが残念なのですよ」
クリスティーナが肩を落とす。
こっちとしては無茶なことをされずに済みそうで安心ではある。
「その辺は、ロック機構を使って1~4までを使えばいいんじゃないかな」
すかさず安西が入れ知恵をかました。
どうなっても知らんかんなー。
「車については僕よりも龍造寺さんに任せたほうがいいかな」
「任せるよろしっ」
力こぶを作って反対の手でコブを叩いて見せる。細いからだなので、力こぶは顕微鏡で観なければわからなそうなのはご愛嬌。
「問題はこっちだよね。どう料理すればいいかな」
オフ車をしげしげと眺めて考える安西だ。
「基本的には、ギアはクロスで組むけど、耐久とジムカーナじゃギア比違ってくるし、サスも調整しなければならない。そうなると乗り味が違ってる。できれば同一仕様にしておきたいところだけど、優勝狙うならとことんやらないとね」
目が妖しく光っていた。
おいっ口元口元、涎が落ちそうだぞ。注意はしないがな。
まぁ車検時に違反とならなければいいか。
「僕はこいつを今週仕上げるから、土曜の練習会で試走くらいは来てくれよ。僕一人じゃ無理なんだから」
「いや、俺もずっと係わる気でいるけど?人手はあったほうがいいだろう」
「期待しないで期待しておくよ」
ケンモホロロ。いや、安西のいいたいことは解るんだが、俺としてはいささか不条理を感じるなぁ。
「それで、そっちはどうなんだい?俺の手伝いは必要かな」
「天目先生の指導を頼んだから、大丈夫だ」
龍造寺から連れないお言葉が返ってきた。
いいんだもーんいいんだもーん。地面に座ってのの字を書く………。
「お前、うざいぞ」
安西が止めの一撃を放って俺は倒れた。