Faraway 07
「これで、終わりです。わたしくの負けですわ」
メアリーがコックピットから出てきて宣言した。
あいつルールわかってんのか?最初にいったよな、3本先取ってまだ彼女だって勝ち目は十分あるだろうに、なにをとちくるってんだ。
俺もコックピットから出て、ハッチの上に立つ。
「まだ一本目が終わっただけだぞ。ルールを聞いてなかったのか?」
「その程度、憶えていますわ。ですが、それはそちらのルール。わたくしのルールとは違います」
「……どういうことだ?」
「ここでそれを言い争っても意味はないでしょう」
そういって、首にかけていたネックレスをとって俺に放り投げてきた。
受け取ってそれを観る。でかい……親指の先ほどの大きさだ。本物だとしたら洒落にならない金額であろう。
「宝石?しかしなんだこれは…」
光の加減で4色に色変わりする宝石なんて聞いたことがない。
「精霊石ですわ」
「精霊石?これが??初めて見る」
だとしたらとんでもないものだ。以前の魔血晶なんか目じゃない位に高価だ。家どころじゃないビルが建つ。とてもじゃないが、洒落にならん。
「そうか、いいものを見せてもらった」
投げ返す。
「貴方馬鹿なのっ?」
受け取ったメアリーは烈火の如く怒り心頭でなじってきた。
「いや、そんなん見せびらかされてどうしろってんだよ」
「貴方にあげるって言ってますのよっ」
投げ返された。
「そんな高価すぎるもの貰う謂れがないっ」
こっちも投げ返す。
「黙って受け取っておきなさいよ、バカッ」
また投げてきた。
「無茶言うなって、常識を考えろ。どこの世界にこんなものぽんぽんあげるとかいうんだって」
再度投げ返す。
「信じられないっ。貴方これの価値が解っているの?」
またまた投げつけられる。
「解っているから、貰えないっていってだろ、この馬鹿」
再々度投げ返す。
「馬鹿とはなによっ馬鹿とは!」
またまたまた投げつけてくる。
「だから、いらんつーてるだろっ」
再々々度投げ返す。
「これは、貴方のものなの、いい?」
またまたまたまた放って寄越す。
「無茶言うなよっ。俺の人生狂うわっ」
魔血晶で掌返した俺がいうかっ。自分突っ込みしつつ、再々々々投げ返す。
「貰ってくれないとわたくしの面子がたちませんのよっ」
またまたまた………疲れた。
「はぁ解ったよ。じゃぁ貰うよ」
「解ればよろしい………って何故投げてくるっ」
「俺からのプレゼントだ。受け取りなっ」
「どうしても受け取るつもりがないということなのね」
顔を赤らめつつも怒鳴る。さっきより少し勢いが大人しくなっている。
「第一、置いとくところがない。そんな高価なもん寮に置いとけるか。即効無くなるに決まってる」
「銀行でもどこでも預ければいいでしょっ」
「未成年の学生が銀行だって?警察呼ばれるわっ」
「呼ばれたって構わないですわ、私が保証しますから」
「そういう問題じゃない。マスコミがやってきて全国の晒もんにもなるんだぞ」
「それこそ構いません。全世界に堂々と宣言すればいいのです」
「いやだー、街歩けんくなる」
「なら、EUに来ればいいのです。問題ありません」
「俺の人生設計を勝手に作るなっ」
会話と精霊石のキャッチボールが延々と続く。
埒があかないとみたか、メアリーはサクヤに飛び移ってきた。
「貴方、どうあっても受け取らない気ですわね」
「当たり前だ。勝負に負けたからって受け取れるもんじゃないだろ」
手と手、その間に宝石を挟んでギリギリとがっぷり四つに組み合う。
「わたくしに価値がないとでもいうの?」
涙目になって必死に訴えてくる。
「なんだその理屈。どういう飛び方してんだ」
何を必死になっているのか余計に解らなくなってた。勝負以外のことなのか?
しまったとばかり、口をぱくぱくさせるメアリー。それを誤魔化すように押し込んでくる。
「いいから、受け取りなさい」
くそう、なんだってんだ。これにどういう意味があるんだっての。
「理由も解らず、受けれるか、馬鹿」
「馬鹿っていいましたわね、馬鹿って」
「馬鹿だろ、なにをしたいんだ」
「また言いましたわねっ」
顔を真っ赤に怒張させ力を入れてきた。
まずい、基礎性能が違いすぎる。素では勝てると思うが、フォースパワーを使われれば蟻と象の差だ。
為す術もなく押し倒された。馬乗りになるメアリー。
「もやしみたいなくせに、わたくしに逆らおうなんて10年早いですわ」
「わー、もう当初の目的忘れてるだろお前は」
目が危険な光を放っている。獲物に今にも喰いかからんとする野獣の目だ。まさにライオン。
「黙ってわたくしのものになればいいのです」
「結局いきつくところはそこかよっ」
付き合いきれん。
組み敷かれた体勢からブリッジを築く。
いくらフォースパワーで増力しているとはいえ、体重までは増えていない。俺を押さえつけているのは両手のみだ。軽く持ち上がった。
「きゃっ」
メアリーのバランスが崩れる。すかさず身体を捻り、馬乗りの体勢から脱出する。
逆に押さえつけようと……。
「わっ馬鹿しがみつくなっ」
ごろり。
2人して転がった。
場所は、コックピットハッチの上だ。
勢いあまって転落した。約4メートルからの落下である。しかも、しがみつかれたままだから受け身も取れない。
咄嗟にメアリーを抱え込むのが精一杯だった。背中から地面に激突した。
普通なら死んでもおかしくない。だが、データースーツのおかげで、外部の衝撃は皆無であった。残るは内部の衝撃、自重分の衝撃が身体を貫き、俺は目を回して意識を失った。
まいどまいどの保健室。
目が覚めたらそこにいた。
「今は何時だ?」
起き上がると、病院でお馴染みの病衣を来ていた。
ということは……だ。誰かが……、いや、この場合誰でもいい、また見られたことになる。
まぁICUでねんねころりしてたこともあるんだから、今更もう慣れっこだ。自分に言いきかす。
慣れっこなんだからねっ。
「起きましたか」
傍らに少女がいた。このイントネーションからして……。
「メアリーさん?」
振り向くと金色の髪がさらさらと流れながら、こちらを観ていた。
「女医のいうことには落下のショックで気を失っただけで、特に外傷はないという話でしたが、本当に何も問題ないのか?」
手を前に掲げ、にぎにぎと動きを確かめる。足先も伸ばしたり、こっそり足指でグーパー作ってもみた。
「うん、大丈夫のようだ。痛みもない」
「そうか……」
「でもなんで、メアリーさんが?」
「当事者だからな」
「当事者ねぇ…」
「何か問題でも?」
「いや、ないな。というか、付き添ってくれているとは思ってなかった」
メイドの誰かに任せて、戻ってるというのがイメージだ。
「わたくしを負かせた男を放置などできませんわ」
「……うっ」
思わず、脂汗が吹き出た。毛穴がおもがゆい。
「頭は大丈夫か?」
「……いきなり頭ってなんだ?禿ができてるとか……まじ?まじで?」
思わず頭をさするが、そんな露出した肌を感じることはなかった。
「済まない、言い方が悪かった。意識はしっかりしているのか?今、話ができる状態なのかと聞きたかったのだ」
「あぁ、それなら多分大丈夫だ」
「では、単刀直入にいきます」
なにか並々ならぬ決意が口の端から零れた。
「この時点で、婚約は解消とさせて頂きたい」
「はぁ………」
「それだけ?」
「それだけって?婚約の解消でしょ、婚約の………えっ!!」
頭は大丈夫じゃなかったようだ。まだ惚けているのか理解してなかった。
「いきなりやな」
「……そうではない。色々考えた結果だ」
なんだか重い話なのか?黙って話の続きを聞くことにした。
「わたくしは、ベスへの対抗意識がある」
なんとなく解ってたことだな。
「それで、ベスが君仁殿下との婚約を発表し、仲むつまじい姿を見させられて、わたくしもと思った」
俺は頷く。
「わたくしならば、もっと自分に相応しい……いや、ベスよりもベスがうらやむ相手がいるはずだと。それで、君仁殿下が気にかけている親友である貴方の話を聞くにあたり、これだと思った」
当て馬ちゅーやつやな。
まぁ色々あるわな。これで少しは肩の荷が降りたつーもんだ。
だが、今回のこととどう繋がっているのだ。何故こんなことを話すのか…。
「つまり、負けて改心したってこと?」
「……ありていに言うとそうです」
「一回負けただけで?」
「あれは、わたくしの全力でした。術を使ってさえ勝つことができなかった」
「本当の武器でなら、負けたのは俺だったかもしれないけど」
それだけメアリーの一撃は重かった。ちまちまあてていったとしても、あれが本当の武器なら一撃で形勢を引っくり返されていただろう。模擬戦だからこそ勝てたといえる。
「負けは負けです」
きっぱりと告げてきた。言い訳もなし。接戦だったとかそういうのもなし。はっきりしていた。
「やっぱエリザベスさんとは姉妹なんだな」
「……どういうことですか」
「いや、以前俺と長船でエリザベスさんとやりあったのは知っているよな。あの時も長船の馬鹿が色々こねくりまわしたけど、竹を割ったようにすっぱりと負けを認めたんだよ。今と同じようにね」
あの時は、どっちが“負け”を勝ち取るために争った気がしないでもないが。
「そうですか……。初めて言われました。同じであると。いつもは比べられ、比較され、ベスはベスはと……貴方にこんなことを言っても仕方ありませんわね」
「いや、愚痴くらいいつでも聞くさ。いいたければね」
「それは貴方が隊長だからですか?」
「そうじゃない、級友としてだ。同じ寮に住んで、同じ釜の飯を食う間柄でもあるし遠慮することはない」
何か、変なものでも見るような目でこちらを凝視してこられた。
「おかしいことを言ったか?」
「今のは笑い話でしたの?」
可笑しいじゃなく奇怪しい…ってあっ。
「日本語難しい……。今のは変なことを言ったかと聞いたんだ。おかしいは奇怪しいと可笑しいがあるか。同じなのに別物すぎる」
「貴方なにを?」
「なんでもない、気にしないでくれ」
「そうですか」
「スルーしてくれると助かる」
「それにしても、貴方は……いえ、そういう貴方だからなのでしょうね」
「何が?」
「……今のは“スルーしてくれる”と助かります」
仕返しされたっ!
思わず笑いが零れる。
「何が可笑しいのですかっ」
メアリーの反射的に怒った顔がまた可笑しい。笑いの壷に入って俺はゲラゲラと大声で笑った。
ひとしきり大笑いしたあと、息を整え聞いてみた。
「婚約解消となると、こっちにいる意味はあるのか?」
「わたくしが邪魔だということでしょうか」
「いや、そうじゃない。君は色々と立場があるじゃない。もしここにいる理由が必要なら、そのまま婚約者ってことで通してもいいよってことだ」
まぁそのくらいは寛容であるつもりだ。
「本気で云っているのですか?」
「本気って、そんな大層なことじゃないだろーに」
じっと俺の顔を覗くメアリー。何かを考えているようだ。
「そうですわね。貴方からの婚約の申し込み、喜んで承らせて頂きます。これから末永くよろしくお願いいたしますわ」
……ん?あれ?あれあれあれ???
「あ、いや今のは──」
「主よーー!!!」
言葉は最後まで出せなかった。
保健室の扉を豪快な音を立てて開け入ってきた柊に掻き消されてしまったからだ。
「妾に黙って嫁を増やすとはなにごとじゃー」
怒髪、天を衝いて俺の病衣の襟を掴み、がくがくと力一杯振られた。ごんごんと壁に後頭部がぶちあたる。
薄れゆく意識のなか、ケラケラと笑うメアリーを見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。