Faraway 06
約50メートルの距離をおいて対峙する8メートルを越える鋼鉄の巨人が2体。
各々に武器を構え、挙動をみのがさまいと相手を観察する。合図はまだだが、既に戦いの一端は始まっていた。
いつでもいける。
なんだかんだとゴネていたが、ここ、この場所に立つと気持ちが自然と切り替わった。
周りを見ると、観客席に寮の皆がこちらを観ていた。俺の側に日本の人外たち。メアリー側に留学組という配置だ。千歳は日本側、ジャネットが留学側にいて皆が暴走しないように睨みを効かせている。
中央下段にある放送席には、小早川大尉と数名の部下だろう人物が見て取れた。
両側から血気盛んなやつらが声を張り上げ、挑発の言葉が行き交う。血圧上げるのはいいが、場外乱闘だけはしないでくれよな。
まぁその為に千歳とジャネットがいるのだから心配は無用だと思うが、あんまり聞くに堪えない罵声はやめて欲しいところだ。
「マイクチェック、ワンツー、本日は青天なり。あー聞こえますか?聞こえますね」
放送席の小早川大尉がマイク越しに喋り、スピーカーを通して声が鳴り渡る。
俺は片手を挙げて、聞こえたと合図を返した。
「では、双方準備は万全だね。最終確認だ」
大会ルールのペら紙片手に説明を始める。
俺にとっては馴染みあるルールだ。ほんの2カ月前だから当然ではある。
「──なお、優勝賞品は発送を持って発表とさせていただきます」
………場内が一瞬にして静まり返った。
滑ってます、完全に滑ってます。しらけ空気が支配した。
惨め惨めと鳥が鳴きながら南に飛んでいった。
さて、気を取り直して俺は相手に向きあう。
「何故、俺にかは聞かないし、聞きたくもない。もう誰かの掌のうえで踊らされるのはうんざりだ。だから、こういうのは最後にして欲しい。こういったものでなければ、いつでも“相談”は受け付けるつもりだ」
「どうとでも取ってくださって結構ですが、これはわたくしの意志です。それだけは変わりません」
それならそれでもいいや。
ならば、語るは拳だ。
「では、始めましょうか」
俺は杖を中段に構え戦闘態勢に入る。メアリーもクレイモアを中段に構え相対する。
「始めっ」
小早川大尉の号令と共に俺はサクヤを走らせる。アスカロンを正面に右回りでいく。
メアリーも中段からクレイモアを立てて八相に構え直し、進んでくる。
距離が縮まる。
先ずは一当て。
サクヤを一歩右に大きく踏み出し、速度をあげ、構えた中段の杖を胴体部めがけて突き入れる。
当然の如く、伸びる杖をアスカロンは横薙ぎに払い落とす。
払われた杖の軌道に併せてサクヤを回転、更に一歩踏み込んで足元に薙ぎの一撃をお見舞いする。
オートバランサー頼りの操縦なら、この一撃は防げない。振った剣のせいでバランスを取り戻そうと、数瞬動きが固まるからだ。
しかして、足元を狙った杖は切り返したクレイモアに防がれた。
やはりそうか、エリザベスだってFドライブを使わなければその程度はできていた。ならばメアリーもできて当然ということか。
上へと払われた杖を廻し、切り返しで頭部を狙う。
アスカロンはこちらに踏み込んでくる。
杖の先端部分で当たるならそれなりの打撃は期待できるが、踏み込まれた分威力は落ちる。
左腕の籠手部分で杖を受け、そのまま杖を握りしめる。中々に芸が細かい。
これはフォースパワーのせいか?Fドライブを使わなければ反則ではないことは解っているが、高FPPのズルさ加減に舌を巻く。
3分……いや5分は見ておこう。当初の作戦通り、今は無理に切り込まないで相手を消耗させるべきだ。
杖を引っ張る。
相手は、離しはしないと握る手に力を込め対抗する。
今っ。
逆に突き入れる。
たたらを踏むアスカロン。
その隙を逃さず、ダガーを投げつける。
見事、胴体部に当たった。相手のゲージが設定された分のゲージが減る。それ、もう一発。続けざまに投擲する。
今度はその半分も減らなかった。
やはりフォースパワーを使っている。
意識が胴体部分にいったせいか、杖を掴んでいる手が緩む。
ここぞとばかり、捩じって取り返した。
杖を一回大きく振り回し、再度中段に構えを取り正対する。
今度は左回りにゆっくりと回り込みつつ、牽制の意味も込めた突きを小刻みに入れる。
アスカロンは律儀にクレイモアで払ってくる。フォースパワーのおかげか反応速度が早い。
「種が解れば納得だ。確かに零式でも構わないといってただけはあるようだ」
思わず悪態をつく。
それが、EUの最新式ときたもんだ。それにしても一気呵成に踏み込んできてない分、向うも様子見か。
杖を突きから横薙ぎに変え、頭部目掛けて振るう。
クレイモアを斜めに、身を低くして受けられる。
受けた反動そのまま杖を引き一回転、反対側から脛目掛けて払いへと繋ぐ。
掬いあげる軌道をもってクレイモアが杖と衝突、弾かれた。
アスカロンは揺らぎもしなかった。遠心力を利用しての打撃なのに、全くもって厄介だ。
「大見得切ったのに、旗色悪いんじゃ洒落にもなんねーなー」
相手の息切れを待つ作戦だが、本当にこれでよかったのか。焦れる展開は神経を擦り減らす。
相手が一歩踏み込む、併せて下がる。
突きに併せて相手が下がればこっちが一歩前に出る。つかず離れず距離を保って攻撃を繰り返す。
焦れったい。
そんな攻防が数戟続く。
ひりひりした緊張感はある。あるが、それ以上に不満が募る。
何のことはない、俺がこの展開をつまらないと感じているのだ。こんなの俺じゃないと。
それに、あのメアリーがこうも突っ込んでこないのは裏がありそうだ。このままでは彼女の策に嵌まってしまいそうな予感がした。
ならばどうする?
決まっている、やることは一つ。
杖を半ばに持ち替え突っ込んだ。そう、仕掛けたのだ。
左から胴を薙ぐ。
クレイモアに弾かれる。
弾かれた勢いを利用し、右を逆袈裟に叩き込む。
杖は見事あたった。
揺らぐアスカロン。
やったと思ったが即座に反撃がくる。胴目掛けて薙ぎ払ってくるのを杖で受ける。
金属のようのな、軋むミシリとした嫌な音が響く。重いんだ。
受けきれず、後ろに弾き飛ばされた。
追撃が迫ってくる。切り返しのクレイモアが迫る。
泳いだ状態で受けることはできない。ならば避けるしかない。
一歩、下がった脚に力を込め、跳ぶ。
バク宙を決めた。クレイモアが胴のあった部分を通過し空振った。
着地と同時に屈み込んで脚をだし、アスカロンの足元を刈る。
もんどりうって倒れるのを見つつ立ち上がり、杖で追撃を入れる。
最初の一撃は見事にゲージを削ったが二撃目からはダメージが半減する。マジ畜生、こんなにフォースパワーを便利に使いやがって、羨ましいったらありゃしない。
こちらの追撃をものともせず立ち上がり、横薙ぎ一閃クレイモアが振るわれる。
慌ててとびすさり、躱す。
アスカロンのゲージは半分ほどまだ残っている。こっちは1割減ったところだ。
ここで、お見合いするつもりはない。
杖を長くに持ち直し、ラッシュをかける。
突く。
当たる。
突く。
クレイモアに阻まれる。
一撃目は入るが、向うも同じ攻撃はそうそう喰らってはくれない。
ならばと、また杖の中程を掴み、一歩踏み出す。
右、左、右と左右から連撃を叩き込む。
クレイモアで捌くが、こちらも速度をあげる。段々と捌ききれず、杖が胴、肩、脚と当たる鈍い音が響きわたった。
いくら、フォースパワーで防御をあげようが、構わない。このまま削りきる。
不意にこちらの攻撃を無視してアスカロンが上段に構えた。
ヤバイと思ったが間に合わない。
振り降ろされたクレイモアが右肩に直撃する。
硬化ゴムでできた模造剣なのに衝撃が襲ってきた。
吹き飛ぶサクヤ。
今度はこっちが地面を舐める羽目になった。
追撃がくる。
俺は転がる勢いそのままにさらに転がり距離を開けて躱す。
おかげで、杖を手放さざるをえなかった。
立ち上がり、バスタードソードを抜く。
ゲージを観る。アスカロンは残り1割、こっちは半分切ったところだ。あの一撃でかなり持ってかれてたことになる。
ということは……、機体の状況を確認。
やられた。右腕に損傷判定が出ている。イエローマークだ。出力5割減を喰らうことになる。
欠損判定まで至らなかったのは機体のおかげか。
どっと冷や汗が流れる。が、まだまだだ!まだまだいける。
腰だめにバスタードソードを構え、サクヤを走らせる。
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
裂帛の気合を込め叫ぶ。
アスカロンは上段の構えで待ち受ける。
弾いてからの切り返しで叩くか?一瞬そんな考えがよぎる。
駄目だっ、このまま振り切りる!
いっけーーー!!!
硬質ゴムの剣が金属の鎧を叩くヒステリカルな響きが両者を襲う。思わず背筋がぞくりと蠢く。
俺の攻撃は見事にアスカロンの胴を薙いだ。そして、アスカロンの攻撃はサクヤの左からから背中を打った。
相討ちだ。
ゲージが受けたダメージ分を計算して減っていく………。
俺の操縦するサクヤは3割ちょっと減らして残り1割程で止まった。
対するアスカロンは残りのゲージが全部消えた。
勝った。
薄氷の勝利だった。
あの瞬間、迷いを捨てさり踏み込んだ一撃。それが功をそうしたのだろう。十分な打撃が入ったと確信できる。
対するアスカロンは俺が踏み込んだことで打点がずれ、柄先からの打撃となり俺を倒しきることができなかった……と。それでも、一撃が3割もっていくってのは剛剣である。フォースパワーが乗っていたせいでもあるが。
まともに打ち合えば、削りきられていたことであろう。
ま、とにかく一本とった。あと二本残っている、更に気を引きしめて挑まねばならない。
それに、この戦いで一つ気がついたことがある。
おそらく、彼女は攻防のどっちかにしかフォースパワーを使えてない。どういうタイミングで切り換えているのかは解らないが、攻撃が当たったとき、入るダメージにムラがあるのがその証拠だ。
次はその部分を見極めてつくことを考えよう。おそらく、その技術があるから“息切れ”が試合の間は発生しないだろうと結論づけた。
両の機体が立ち上がる。
2本目のために開始線まで戻ろうとするのを、アスカロンが腕を取って止めた。
一体どういうことだ?まさかまだ負けてないとかいって続けようってはらなのか?