Faraway 05
天高く馬肥ゆる秋。うろこ雲の向うは蒼い空。
うーん、いい天気だ。
バイクでどっかにいきたいなぁ。
「ぼさっとしてない。早く移動すんだよ」
鬼教官から叱責が飛んできた。
休日に機体を持ち出すもんで、休めなくなったとお怒りである。
「了解であります。中島はこれから、サクヤの移動を開始します」
ハンガーロックが外れ、機体が自由になる。
慎重に一歩を踏み出す。
膝にかかる重みが伝わる。重心が移動し、機体が倒れようとするが、自身の三半規管が平衡を保とうとする感覚を伝えていくと、サクヤが合わせて機体の姿勢を補正していく。
機体の調子はいいようだ。納品したてであるんだから、昨日の今日で調子が悪くなるはずもなく、至極順当な状況だ。
昨日はあの後、打ち合わせを終えた小早川大尉とアーウィン副長は一緒に戻っていき、残された面子は夕餉後俺のリハビリに付き合ってくれた。
一夜漬けではあるが、ある程度の勘どころは取り戻せた……はずだ。
万全とは言い難いが、準備できる最善といえよう。
うん、みんな容赦なかったよ。多少の生傷はフォースパワーのおかげで治癒できることも解った。補給があればだが。
サクヤの上半身を捻じるように振り回す。
今度は大丈夫だ。オートバランサーを切っていても、無様に体勢を崩すことはない。揺れる土台に乗った状態で突っ立っているような感覚で、なんともギリギリ感ではあるが、おいおい慣れてくるだろう。
コロッセオへの道のりは、再度のサクヤへの順応ができているかを確認しながらゆっくりと向かった。
目的地の前まで来ると、丁度大型トレーラーから一機の機体が起動する場面に出くわした。
あれが、メアリーが乗る機体か。しげしげと見つめる。
ブリティッシュグリーンを基調とし、右肩に赤と白と青のEU国旗が意匠されているのが解る。
一目見て解った。あの機体だ。
エリザベスが持ち込んで決闘に使ったヤツだ。昔の悪夢が蘇る。
まだこっちにあったんだな。
「中島少佐、準備はどうだい?」
無線通信だ。小早川大尉からのである。
「えぇ、こちらは問題ありません。それにしても、その機体、以前エリザベスさんが乗ってたやつですか。てっきり一緒にEUへと戻っているものだと思ってましたよ」
「ああ、殿下が決闘を申し込まれたので、条件として譲り受けたんだよ。だから問題なし」
……いいのか軍隊の備品をそんな私的な理由で渡したりしてさ。
「結納品みたいなもんだな」
小早川大尉がさらりと付け足す。
いいのか皇族!
まぁ俺的にはどうでもいい問題だが、日本の将来が心配だぜ。
てか、そんな解釈は小早川大尉の考えだけだろうけどな。どういうやりとりがあったかなんて知ったこっちゃない。
「この機体であれば、少佐にとっても不足はないだろう?」
のほほんといいやがる。
「えぇそーですねっ」
あの時、対峙した恐怖はまだまだ記憶に留まっている。当時のことを振り返ると、よく勝てたもんだと思う。一生分の幸運を使い果たしたといっても差し支えないだろう。………だからですか?今のこの状況に陥っているのは。
……やめよう。不毛すぎる。
「そうだ、その機体の名前ってなんていうんです?」
俺がこんなことになっている一番の原因である機体なのに、名前すら知らなかったぜ。
「あれ、知らなかったのかい?アスカロンだよ。セント・ジョージの剣だね」
「セント・ジョージ?誰ですかそれ。金色の鎧でも着てたとか」
「ドラゴンスレイヤーで有名な聖人だよ」
「そうなんですか」
「ってそれだけ?」
「それだけですが、何か?」
スルーされたので、こっちもあっさりと答え返してやった。
「………いや、なんでもない。なんでもないよ」
「そうだ、皆はもう中へ?」
「皆中へ行ってるよ、皆ね」
「色々済みませんね」
「いやいや、気にしないでくれ。彼女たちがどんな状態であるのかを確認するのも仕事の内さ」
本当、皆野次馬根性旺盛だ。
寮の面子ほぼ全員が、このレクリエーションを覗きにきていた。ここにいないのは帰省している弥生とあずさんのみという状況だ。
俺の傍に千歳たちがいないのも、彼女たちを引率するためだった。
放っておけばいいと千歳は駄々を捏ねていたが、無秩序に動かれては騒動の種になるから仕方ない。なんとかなだめすかして、ジャネットを含め2人にお願いしたのである。
残念な?ことに瑠璃先輩はレース関係で安西共々来ていない。美帆副会長も生徒会の仕事で来れなかったことだ。色々とご苦労さまです。
折角の雄姿を見せれないのは残念です。………だよ?
無様な姿を見せなくていいことが安堵でもあるが。さて、どっちに転ぶか……気を引き締めよう。
アスカロンの姿をみやる。
丁度メアリーが乗り込むところだ。
「それじゃ、メアリーによろしくといっておいてください。先に準備します」
戦う前に話したい気もするが、どう言っていいのやら言葉がでてこないので、小早川大尉に言づけて、俺はコロセッオの中へとサクヤを進ませた。
中の兵器庫の前に立つ。二カ月前が懐かしいくもあるが、今は干渉に浸っている場合じゃない。
籠手を塡め、隠し武器としてダガーを鎧の各マウントポイントに6本取り付ける。肩と腋とスカート部分に2本づつだ。
んーもう二本追加しておこう。転ばぬ先の杖じゃないが、ふくらはぎにも取り付けた。
どのみち牽制ぐらいにしか使えそうにないけどね。
主武器としてバスタードソード。副にククリを両腰に取り付け、最後に杖を持った。
装備を終えた丁度その時、アスカロンがやってきた。
「ここにある武器で好きなのを選ぶんだ。全部硬化ゴム製のやつで、これ以外は使用禁止だからな」
戦い前に会話はとはいったものの、初めてであろうコロッセオでのことについて、触れておかねば逆にずるしたと言われかねないこともあって、俺は説明を始めた。
「説明は受けています」
冷たい返答がかえってきた。
「そうか。他に聞きたいことはないか?時間までなら聞くぞ」
「貴方はっ!」
不穏当な空気が流れる。
軽く聞きすぎたか?でもなぁこんな状況どんな喋り方をすりゃいいってんだ。
まぁいい。戦えばなんとかなるだろう。
「じゃぁ説明はいらないんだな。俺は先に行っているからな」
「どうぞっ」
むーー、もっとこうスポーツマンシップに則ったつーか、なんつーか……そういう雰囲気でいたかったのだが、どうにも無理のようだ。
仕方なく俺は先に進むことにした。
始まる前に軽く説明を受けた。武闘会と同じ内容である。3本先取勝負、Fドライブ使用禁止などなど、細々したところまで、まったく同じであるのを確認した。
ルールとは別に、昨日の一夜漬けリハビリでも言われたことを思い出す。
使用禁止なのはFドライブ。そこが盲点となることだ。
フォースパワー自体の使用は禁止になっていない。何がいいたいのかというと、自身のフォースパワーを使う分には問題とされないこと。
FPPがA以上であるならば、一時的にでも強化することができる。
Bランクでも使える人がいるのだ。特殊すぎて参考にもならんが……。
ただ、個人の“容量”では暴走でもしないかぎり、そんなにもたない。3分程だろうと、美帆副会長は見積もっていた。
また巧者でもなければ、出して止めて出してと切り換えることは難しいとも。動き出せばそれだけ勢いがつく。
操るのが未熟であれば、引きずられて出しっぱなしになるか、集中できずに発動が途切れたり、更には発動自体ができないだろうと。ここを見極めておかねばならない点だと告げられた。
オンオフ自在であれば、ここぞというときに使ってくるだろう。そうなれば、厳しい戦いとなる。だから俺もフォースパワーを廻して、知覚力を挙げておけと教えられた。
ロボテクス自身をフォースパワーで操るより、自分の身体だけを強化するだけであれば、負担は天と地ほどの差だ。
相手の行動を読み、如何に避け、如何に隙を突くか。焦点はそこだ。
ガードの弱い部分を突かねば、フォースのフィールドで弾かれ有効打にならない。衝撃の判定部分は剣になく、ロボテクス本体側で計測するためだ。
規定の威力で当たらなければ、当たったことにはならない。その時は俺が武器にフォースパワーを乗せて叩くしかない。
ちっぽけな容量しかないCランクである俺がそんな器用な真似できるわけもなく、力任せに相手の鎧ごとぶっ叩く戦法がその時点で無くなってた。メアリーがフォースパワーを十全に使いこなしている場合ではあるが、そういう想定はしておいていいだろう。
やるべきこと。それは相手を翻弄し、フェイントを混ぜつつ意識の薄い場所をしつこく叩く。叩き続けることだった。
………あ゛ーー安請け合いすんじゃなかったぜ。
まぁそれもこれも、相手の力量次第ではある。そこまでの相手であるならの戦法だ。
「そろそろ始まるよ」
観覧席にある放送席から小早川大尉の声が無線を通じてヘルメットに谺した。
「了解、サクヤでます」
入り口の前に立つ。鉄格子の奥に広がる闘技場が見える。俺とは反対の位置にいるのは、メアリーが操るアスカロン。それが向うの格子越しに見えた。
望遠を拡大して詳しく眺める。
得物としてクレイモアを選択したようだ。他に腰に直刀系らしきものが左腰にぶら下がっている。盾は持たず、俺と同じように籠手を装備していた。
こっちが盾を選択してなかったから、同じような装備で固めたのか、それとも元々の型なのか……。まぁ剣を合わせれば自ずと解るだろう。
ともあれ、とにかく相手を観ることだ。動きを見切っての攻撃。今更ながらに、心臓の鼓動が早くなってきたのを感じる。
いつものように、大きく深呼吸をして落ち着ける。そして整った呼吸を心がけ、フォースパワーを練る。
「相手を観ること」
念仏のように何度も口の中で呟く。
視界が明快に晴れていく。モニター越しにうつるアスカロンの輪郭がはっきりしてきた。なんとも随分と手慣れてきたもんだ。
だがそこで、視野が切り替わる。フラクタルな模様が浮かんできた。
モニターの先ではない。今観ているモニターやら機器にたいしてまとわりついた模様だ。逆に邪魔でしかたがない。
「ぐぬぅ。視覚を強化しすぎるとこんなことになるのか」
一端目を閉じる。流す力はそんなに要らない。流す量を調整する。………このくらいか?
再度、目を開け確認する。
「こんなもんだな」
とりあえず一安心。調整できなかったら、笑い話にされることだろう。
見え過ぎることが邪魔になるとはね……機械越しなんだから気をつけねば。何事も程ほどが大事大事。
「向うも準備完了のようだ。ゲートオープン。さぁ中へ入ってくれたまえ」
小早川大尉の声が届く。
鉄格子がゆっくりと上がっていく。
上がりきったのを確認し、俺はゆっくりと一歩を踏み出して中へと入った。