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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第一章
12/193

この中に妹がきた 03

「こんにちは、エリザベスさん」

 素直に答えた。逃げれません、どうしても。

 それを察したか、スリーパーホールドが解かれる。

 背にしたままではまたやられそうなんで、渋々振り向いた。

 目の前に堂々と立ち、周りが遠巻きにして見守る中心の人物がそこにいた。

 昨日、死闘を繰り広げた相手であり、種馬の婚約者。

「あーそうだった。お前には私が日本語できること知ってましたね」

 途端に興味を失せたのか、放り投げられるように開放された。

「奴と一緒に帰ったとばかり思ってましたよ」

「そーなんだけどね、一つやり残しておいたことがあったでしょ」

 なんことだ??考えてみるが、すぐには思いつかない。

「わたくしの身内の転入届ですわよ。ほら、ダンナこっちにくるじゃない?一応交換留学ってことで話に落ち着けたんだ。それで、わかるだろ」

 背筋にヒヤリとしたものが、滝のようにとめどもなく全速全開で流れ落ちる。

 あぁこの人は捕食者だ。彼女の目は獲物を値踏みしている。おいしいか、おいしくないか、たべれるか、たべられないか、そして、食べるに値するものかどうかを。

「そうね、私を負かせた貴方もいることだし、他の男にも興味は沸いてきたわ。ジャパニーズサムライ、良いブランドよね」

 どういう原理だと突っ込みを入れたい所だが、この場で言っても不毛なので言わないでおく。

「うん。こっちにくる子には旦那を捕まえて帰ってくる位には言っておこう。ついでに案内は君に頼むことにしよう」

 ぽんと相槌を打つ。

「なんでやねんっ」

 思わず突っ込みで肩を叩いた………お約束なのです。はい。

「わたくしにこんなことするとは、随分大胆ですね。君は」

 SPの視線が痛い。でも、何か拘束されるとかそういった事はなさそうだった。

「そうだな、君は婚約者がいるのか?それとも既に既婚者か?」

「いえ、全然まったくもってその手の話は………」

 あった。いやしかし、あれはそう言うことにしたくはないが。

「ん、何やら複雑そうなことがあるのか?」

「あー、いえ、なんと申しますか、今日、押しかけられたというかですね。自分でもこの状況が良く分かってないもので」

「ふむ。成るほど。事情は解らないが………。何となく解った。おそらく、ダンナが絡んでいるのですね。英国帰りの従姉妹と婚姻関係を迫られたとかか」

 流石。昨日もそうだったけど、妙に思考が廻る人だ。

「えぇ、まぁ、そんな感じです」

 エリザベスは改めて、俺をジロジロと見回す。

「何か?」

 顔を抑えられる。頬を引っ張ったり、口を大きく開けさせられたり、顎を持ってグルグルと頭をまわされた。

「いや、ほんとなんなんですかっ」

 一歩下がって抗議の声を挙げる。

「本当に、普通にしか見えない」

「えっ?」

「とりわけハンサムでも、知的でも、肉体的でもなさそう。失礼ですが、普通にありふれた少年としか見れない。ただ、健康的ではあるという所。しかし、今どきそれも普通。なにから何まで普通にしか見えない。でも、ダンナは君を凄く気に入っていたです。何か他に隠されているようなものがあるのではないかと、普通ならば考えるでしょ?」

 やめて。俺に興味を向けないで。

「単に、諸般の事情ってやつじゃないですかね」

「でもそれだと、お前に親族を無理やり婚姻関係を謀る様なことまではしないでしょ」

 言われて気付く。

 確かにそうだ。幾ら仲がよかったとしても、ヤツは皇族で、普通の庶民とは一線を画す。そんなとは起こる筈はない。だがしかし…。

「俺が何か隠しているものがあるって?自覚なんかこれっぽっちもないんだが」

「だから、隠されているんでしょう。君自身からも。ダンナは何かを感じ取った。それは、親族をあてがってでも捕らえておきたい程のことが」

「そんな中二の病気っぽいなにかが、俺にあるとはとても思えないのですが」

「さてね、その辺りはじっくりとダンナを問い詰めるとして、私にも興味が沸いてきたわよ。そうね、旦那を見つけろではなく、君を堕とせと言っておくことにしようか」

 辺りがざわついた。

 そいや、人が一重二十重と周りで様子見しているのだった。今の会話聞かれたよな……。

「いやいやいやいや、俺なんかがとんでもないです。ヤツのせいで単に巻き込まれているだけなんで、過剰な評価はやめてくださいよ」

「謙遜なの?」

「いえ、マジですよ。成績も平凡、上からも下からも数えて同じ位置。全くもって普通で、何もなかったからヤツの相棒に担ぎ上げられただけですから」

 彼女は俺の目を射貫く様に見据える。

「嘘を…言っているようではないが……、腑に落ちないわね。そんなヘイヘイボンボンを名乗るような輩に私が負けたなんて、信じられると思う??」

「え、いやあれはだって……」

「いいわ、負けた事実は変わらないし、次は勝つだけだから」

 その態度は、女王にふさわしく凛々しかった。

 次ねぇ。普通に考えたら、次なんかあるわけもないが。面倒を起こしたくないので、突っ込まないでおこうと心に誓う。

「次なんかある訳ないと、そういう風に顔に出ているわよ」

 指摘され、咄嗟に頬を摩る。

「確かに、このままでは二度と逢うこともないでしょう。だからルールを変えるし、創りもする。これが私達の国よ。わかるでしょう」

 ルールの裏をかくことはあっても曲げることはない。そして、ルールのせいで不利になるならルールそのものを変える。かの国では当たり前のことだと、社会の授業でいってたっけ。まさか本当に面と向かって言われるとは思ってもいなかったが。

「流石と申しましょうか。それでは再戦を楽しみにしておきましょう」

 取り敢えず、張ったりをかましてみた。これも社会の授業で言ってたことだ。かの国に対して、自分を卑下したことは言ってはならない、見栄を張れと。後、紳士たれとも。

「それでは、失礼致しますですわ」

 彼女が振り返り一歩を進めたとき、異変は興った。

 重低音の唸りが校舎一帯に鳴り響いた。

「これは……警報だ」


 中部地方の東側はまた違うが、この辺りでは防災の日くらいにしか聞くことのない警報音。

 去ろうとしていた彼女は振り向く。

「言っておくが、これはわたくしのせいではないぞ」

 言うだけ言って、威風堂々とSPに囲まれて、彼女は去って行った。

 ぼーと見送っている場合じゃない。周りの生徒も足早に教室へ戻る。俺も自分の教室へと急ぎ戻る。

 教室の扉をを開けると、そこはラリアットが待っていた。

「ぐふっ」

 催眠術じゃない確かな腕が、俺の頸部をシッカリと捕らえている。

「来たな。よし行くぞ」

 声は真横から来た。ラリアットの本体だ。

 皇弥生、その人だ。

「行くぞってどこへ?」

 もちろん返答などない。そのまま引っ張られ、校庭に連れて行かれた。上履きのままに。

 警報が鳴り響く。

 そんな中、校庭のど真ん中に俺は佇む。隣には俺を引きずってきた張本人である、皇弥生がエリザベスにも劣らない威風堂々とした構えで立っていた。

 後ろには咲華あずさも控えている。

 二人は空を見上げていた。俺も習って見上げている方向に視線を向ける。

 晴れた蒼い空の一点に黒い点があった。

 それは、みるみるうちに大きくなり、鳥の形を現しだす。対象物がない空の一点、微妙に距離感が合わない。なにかやけに大きく感じる。

 それもそのはず。校庭に降り立った鳥の影は高さ5メートルは確実に超えてそうな大きさだった。

 黒い羽、黒い嘴、三本の脚。

 見紛うことなく、八咫烏だった。

 普通の烏よりは一回りかふたまわり位大きい程度のものを想像してたけど、実物見るのとでは全然違うもんだと感心した。でかすぎます。

「皇家の姫よ」

 八咫烏は言う。

「何故戻ってきた。我等との盟約忘れた訳ではあるまい」

「事情が変わった。代わりに長船君仁が行くことになった」

「事後承諾なぞ受け付けぬぞ。もっとも、我等との全面戦争も辞さぬならそれでよいが」

 人外の化け物。といっても元は人間だったが、覚醒の夜を迎え変貌し、人では無くなってしまった者たち。

 人では無くなるほどの想念を持ちし者たち。詰まるところFPPがAAランク以上の者だ。

 歩く(飛んできていたが)戦略兵器とも言える存在が、戦争のカードをちらつかせているのだ。

「ならば、こちらも問わざるを得まい。大陸を抉った力を東日本にも当てはめるのかと」

 なっ何を言っているのか解らないが、お互いに戦略兵器のぶつけ合いをするつもりなのか。正気を疑う言いようだ。


 現在、日本は人の生活圏は中部地方辺りから西側となっている。八咫烏のような人外達が住まう場所は東北を中心とした東日本と別れている。

 富士山から東京辺りが、その何方からも属さない無法地帯で緩衝地帯ともいえる状況だ。

 なお、八咫烏側もこちらも無法地帯も含めて同じ日本である。もちろん対外的にも日本列島全部は日本である。

 ちなみに、天皇を元首とする国家は太平洋諸島連合国パラオからハワイ東亜共和国インドネシアからフィリピンがある。昔のUKのようなカナダやオーストラリア的な関係みたいなものである。

 同盟国としては、UK(英国+アイルランド)にインド連合国(インドから東のミャンマー)に東アメリカ合衆国(ワシントンDCを中心とした東海岸線部分)、アラビア首長国連邦(トルコから南のイエメン)といったものがある。

 他にはEU加盟国連合と、属国化している北アフリカ共同国、ペルシャ(イラン、アフガニスタンを中心とした国家)に中央アジア共和国(チベットとウィグルが中心)、モンゴル帝国(モンゴルと内モンゴル自治区にバイカル湖周辺)、南アメリカ共和国、西アメリカ連邦国。そして白ロシア帝国(EU寄りの西側を中心にしている)等々、とりあえずさっと出るところはこんなところか。

 この時点で世界は大雑把に寄り合い状態となり、固まることで生活圏を守っている。

 広大のようだが、実際の所、人が生活できる部分は国境線で引かれている面積の半分以下だろう。

 この日本にしても中央部分、東日本は人の生活圏ではない。一つの国として世界的には見られているが。

 日本も樺太から台湾までを領土と謡っている。しかも、沖ノ鳥島などの島々が海面が下がったことや諸々の地殻変動で直径20km程の島として新たな大地となっている所もある。昔に比べて面積は広いが、人類側から見ての区分けした区画以外の意味はない。勿論権益はあるが。


 数秒、睨み合いが続いたが口火を切ったのは皇弥生その人からだった。

「我は戻るつもりはない。残りの余生はこいつの伴侶として過ごす予定だ」

 俺の腕を絡め捕って宣言する。

 八咫烏が俺をじろりとめねつける。

「こいつは何だ?伝説の勇者とでも騙るのか?」

「知らぬ、そんなものに興味はない」

 何故俺にここまで興味を持たれるのか、全然全く欠片も理解できない。普通に人生を過ごしたいだけの、どこにでもいるような普通の学生なのだから。

「えー、とりあえず、込み入った話をするなら、ここではなんですから、食堂にでも行きませんか」

 言ってみたら、睨まれた。

「こいつ、阿呆か?我と対等に会話できるとでも思おておるのか」

「えっ?だって、話しているじゃない」

 時が止まった。

「くくくっ、くぁーくぁっくぁっくぁっくぁっ。やはりこいつは阿呆よ。しかも度し難い程に」

 三本の脚の内の一本が伸びてきて、俺とくっついていた皇もろとも掴み中空へと持ち上げる。

 咲華はちゃっかり避けている。

「このまま飛び上がり、程よい高さで離してやることもできるのだぞ。そんな存在と対等だと笑い話にもならん」

 締め上げる身に、皇の柔らかい部分が押しつけられて、痛いのだが何とも言えない状況になる。

「ちょっと何処を触っておるのだ」

 皇が苦情を口にする。

「無茶言うなよ。それより、もうちょっと廻りを見ようよっ」

「そう言うのは正式に結婚してからにしてもらいたいが、少しくらい強引な所は嫌いではないぞ」

「だからさー俺のせいじゃないー。そういうお約束的な展開は辞めて、向き合おうよ現実とっ」

「ひっ人の手の中で何を夫婦漫才やっておるのじゃっ」

 八咫烏が放り投げようと脚を振るう。

 投げつけられる瞬間、皇を抱きかかえるようにして脚にしがみつく。二人分の体重と加速に腕が悲鳴を挙げるがなんとか堪えた。

 振り抜かれた脚が止まった一瞬を逃さず、八咫烏から離れた。尻餅を着く格好で着地。無論、皇を抱きかかえた状態は、自身が地面との間でクッションとなっている。

「いたたたた。今ほど訓練を受けてきた甲斐があったことを実感したことはないな」

 今のだけで、全身の筋肉は悲鳴をあげている。特に皇を抱えた腕が酷く痛む。これが人外の化け物の力なのか。

 いや、命があっただけ行幸なのだろう。普通なら投げつけられて壁にドンだ。うん、死んでいただろう。普段は普通がいい普通が最適だと言って憚らなかったのだが、今回ばかりはこの幸運に感謝しまくりだ。

 と、感想を陳べている悠長な事態じゃない。


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