Faraway 04
「ちょっといいかな」
割と神妙な顔をして小早川大尉が話しかけてきた。
「なんでしょうか」
肩に腕を廻され、物陰に連れられていく。
「いったいどういう?」
「こういうことは言いたくはなかったんだが……」
妙に歯切れが悪いな。
「これは貴方の隊であって、私の隊ではないので、越権行為と言われればそれまでですが、今の貴方の態度はよくありません」
戸惑う俺を尻目に話は続く。
「彼女たちは経緯はどうであれ、貴方の部下なのです。いざとなった場合、隊の結束力がものをいいます。貴方は彼女たちに死ねと命令する立場にあるんですよ。意味がわかりますか?」
目の前が真っ暗になった。いきなりな重い発言だ。
経緯は解っているというが、どうみても押し付けである。そんな状況なのにそれを言うのは……はぁ問答したところで同じか。命令する側か命令される側のどっちかでしかない。
「えぇ、貴方が高校生で、本来の軍人ではないとか、事情は解ってます。ですが、貴方は権力を持ってしまっている。持っているからには使う時がやってくる。その時、彼女たちは貴方の死ねという命令に従うでしょうか」
そうなのだ。例え高校生といえ、ここは逆説的にも軍隊なのだ。そういう縛りが存在するのは入学時から解っていたことである。それは俺自身が納得して入学してきている。そういうふうに言われれば、逆らう余地などないのはいわずものがなであった。
だから状況を考える。
沈黙が降りる。
「無理ですね、どう考えても……」
絞るように吐き出す。
軍人だかとか命令だからとかで、言う事を聞くような輩ではない。
元々俺たち“普通の人間”とは違う理由でここに来ている。彼女たちを従わせる方法、それは彼女たちの流儀のなかにある。純粋なる力の差で持って従わせる。いいとか悪いとかの問題じゃない法則だ。そうなっている、ならざるをえない状況からできたものだ。いくらこちらが、説いても考え方が根本からして違う。
なら、彼女たちを従わせるには、どうすればいい。
答えは至極簡単だ。
彼女たちの流儀に合わせて力を示せばいいだけだ。方法は解った。あとは実践すればいい。
すればいい………んだが……。
「それが今だということですか」
「さあね、未来のことなんか解りっこない。神様じゃないんだ、やるべきことをやり、なすべきことをなすだけだね」
「不条理ですね」
「そんなもんさ」
まぁ言って聞かなけりゃ、殴って聞かせる。軍隊らしい考え方でもなきにしにあらず。
ここで、決闘を拒否したところで、事態は善くなるはずもない。受けてたった方がなんぼかましと……。
「了解、自分なりに受けますよ、そのケットウってやつに。こういう体育会系あんまり好きじゃなんだよなーホント」
「それはそれは御愁傷様」
軍隊の基本、先ずは倒してから考える。ふっ、彼女たち“人外”と何が違うってんだ。思わず自嘲の笑いが漏れた。
「決闘は受けよう。ただし、決闘は受付けない」
戻ってきた俺は告げた。
ビアンカが首を捻った。
「つまりだ、決闘ではない。俺がお前たちを軽くもんでやる。そういうことだ」
「把握しました。ですが、いいのでしょうか」
「あぁいいさ、なんせ俺はお前たちの隊長だ。レクリエーションには付き合うのはやぶさかじゃーない。第一、決闘は違法だ。犯罪者になるつもりはさらさらないからな」
「了解しました。こちらもそれで依存はないとのことです」
「乗る機体については、小早川大尉が用意してくれるそうだから、話しておいてくれ」
「よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をして、謝意を伝える。
「なに、構わないさ。こんな楽しいイベント、私も好きだからね」
ウインクして答える。キモッ、キモキモですぅー。男のウインクなんて見たくもねーよっ、うぇっ。
上がってきたテンションが一気に下降したのはいうまでもなかった。
……それにしても、皇軍ってこんなに自由でいいの?想像してたものと全然違うんだが。
その後、サクヤを通常の接続形態で起動し、色々動かしてみた。
新造ではなく、程よく使い込まれた機体のおかげか動きは問題なかった。ここでトラブったりしたら目も当てられない。まぁその時はその時でなんとかなるんだろけどさ。気合の入れ方が変わってくる。
………な~んて、自分を鼓舞するが、勢いというものは怖い。あの場ではあー言うしかなかったが、本当の所、別な落としどころがあったのかもしれない。タラレバではないが、俺の人生いいように振り回されているなぁ。少し悲嘆に暮れる。
それと、一つやばいことが判明した。あの決勝戦で体感した必殺の操縦方法、自律駆動式というのらしいが……。
できましぇ~~~ん。
それもこれも、心を落ち着けてというのができねぇ。色々あんなことやこんなことで、心労激しいです、はい。どうにも雑念が沸き起こって集中できない。あの時は、勝つことだけ考えてたからなのかどうかわからんが、いい感じに集中できてた。それが今では怒濤の展開で、心穏やかでない。まったく小物過ぎるぜ俺。
うーん、困ったもんだ。
ま、それでも普通に操縦はできる。この状態でも宙返りはできたんだ。なんとかなるさ~……ダヨネ?
ハンガー倉庫の前で軽く動かす。
もちろん、体操だ。
いや、それしか適当なの思いつかなかっただけではあるが。
頭の中で音楽を鳴らし、イメージを創る。
リズムに乗せて、腕を前から上にあげて大きく背伸びをする。
反動で、機体が揺らぐ。
うわおっ。咄嗟にオートバランサーを入れ、姿勢を転倒を防ぐ。
………あれ~、あれあれ~。
こっこれはちょ~~~っと不味いですよ、えぇ。二カ月以上も乗ってないと全然ダメダメダメのダメダメではないか。心臓がバクバクいうとる。こんな所で倒れたらめっちゃくちゃ不味い。
というかですね……。
「馬鹿ヤロー、コケてハンガーの壁に穴開けたら、校庭100周じゃすまさねーぞ」
どこにいたのか、鬼教官が血相を変えてやってきた。
「失礼しました。以後気をつけますですっ」
「気をつけるじゃーねだろ、そこで腕立て伏せ20回やっとけっ」
いつもの指令が降ってきた。
「了解しましたっ」
とほほ、どうやってカンを取り戻そう……。もんでやるっていってこの有り様では格好がつかない。
仕方ない、夜まで時間もらってサクヤの慣らし運転でなく、俺への慣らし運転をさせてもらおう。
先行きが重いでありますっ!
「病み上がりでいきなりの操縦は不味かった」
反省しきりである。
夜までグラウンドの隅を使って走り込んだりなんだかんだと、動かして漸くオートバランサー無しで動かせるまでは戻った。まだぎこちないが、少しずつカン所を取り戻すことができた。
といふわけで、ここは学校の食堂。反省会中なのです。
残っているのは、千歳、美帆副会長、ジャネット、アーウィン副長だ。
小早川大尉はメイドのビアンカと打ち合わせするといって居なくなり、他の面々も用事で既に戻っている。
安西と瑠璃先輩がいない時点で、ロボテクスの操縦云々に関する高度な話はできなさそうだ。
ぶっちゃけ、小早川大尉が戻るまでお茶しているようなもんである。
「アーウィン副長はロボテクスの操縦はしておられるのですか?」
さりとていまするような会話もないことだし、振ってみた。
「一応できますが、戦闘ではなく作業に関してですね。やれないことはないですが、専門の訓練は受けておりませんので」
終了ー。
ってここで終わってもいけない。会話会話っと、なにかないもんか?
「そうだ、メアリーさんの腕前については何か知っています?」
同じ国の人だ何かしら情報があるかと水を向ける。
「申し訳ないが、専門の訓練を受けてませんので、出会うことはありませんでした」
今度こそ終了ー。
「ですが、王族の者ならある程度は操縦できるはずです。乗馬の代わりに嗜みとして推奨されていますから」
エリザベスも操縦できていたし、メアリーもそのへんは当然というところか。エリザベス並の腕前であれば、明日の“決闘”はちょっと厳しそうだ。彼女とは五分五分といった感じだからなぁ。腕前も一段落ちている今では檄ヤバイといっても変わらん。
たぶんに憂鬱になってきた。威勢のいいこというじゃなかった。後悔先に立たずである。
「明日は大丈夫なの?」
美帆副会長が不安げに聞いてきた。やはり心配かーまぁあの体たらくを見ればそうなるんだろうな。
「言った手前、全力を尽くしますよ。大見得まで切ったんだ、さっくりやられちゃうつもりはないっすよ」
「口ではなんとでも言えるが主よ、今日の動きでは心許ない状況じゃぞ」
千歳がばっさりと切ってくる。
「……そんなに下手だった?」
「あのときに比べれば、数段見劣りする」
痛い事実を突きつけてきた。解っちゃいるが、忘れていたい事案である。
「でもどうすりゃいいんだ。やるのは明日だ。せめて一週間後ならリハビリもできるんだが」
「つまり、向うはこちらの準備が整わない状況を見計らって攻めにでた。そういうことなのだな」
ジャネットが指摘する。こと戦いにおいてはこの中で一番物知りだろう。
そこで気付く、彼女は何百、ともすれば千単位で敵となる人間を屠ってきた人物であることを。100年か200年前だかわからんが、そんな昔の出来事ではあるが……。
「どうしたマスター?」
見つめる俺を怪訝に思ったのか、気をつかわれた。いかんなぁ俺。
「いや、なんでもない。とりあえず、鈍った身体をどうにかせんと、それも一夜漬けになるのは仕方ないが……誰か付き合ってくれないか」
「もちろん、妾は付き合うぞ。やるのは食後か?」
いの一番に表明したのは千歳だ。だがどうする?千歳とやるには身が持ちそうにないんじゃないような気がしないでもない。そのまま潰されそうな予感でいっぱいだ。
「ならばマスター、余が相手しよう」
どう断るか思案していると今度はジャネットが参戦してきた。剣の使い手である彼女ならば、相手にとって不足はなさそうだ。だが、手加減できるのか?そこが問題だ。
「その一夜漬けは何をするつもりなの?」
美帆副会長だ。剣呑な雰囲気を察したのか、聞いてきた。問題があるようなら止めるつもりなのだろうか。
「そうですね、とりあえずは………」
言って、何の計画も立ててないことに行き当たった。
「何も考えてませんでしたって顔だね」
図星です。というかですね、そんな予定を組んでる余裕なんてどこにもなかったじゃないですか~。
文句を言おうと思ったが、女々しいので黙った。なんだか、今日は言い訳ばかりしているような気がする。
「凹んでないで、目の前の問題を解決しよう、ねっ」
見透かされている。そして励まされている。やっぱ、持つべきものは彼女だなー。ぼかぁ~幸せだな~。
「にやにやしないのっ。解るけど、今は目の前のことをどうするか決めましょ」
刺さるような視線を一身に浴びて、この後のことを話し合った。