Faraway 02
手元から情報パッドを取り出し、リストを俺に見せてきた。
「こんなんじゃ少ないよ。こないだ、部を創るのに四苦八苦したんだ。そういうことがまたあるかもしれないし、こんくらいは必要だな」
情報パッドをピッと弾く。
「いやいや、これでも精一杯なんすよー。知ってるでしょ、色々予算厳しいのを」
俺が上げた値を即座に下げる。おい、最初に見せたのより下がったぞ。
「ダメダメ、こんなんじゃダメね。それにこれも付け加えてもらわないと」
「いやいや、お人が悪い、ここまでにしてもらわんと、こっちもあがったりでさー」
「だめだめ」
「いやいや」
情報パッドに表示されるリストをあれやこれやと追加削除の応酬が続く。
「あんたたち、えーかげんにしなさいっ」
2人にチョップが振り降ろされた。
痛た、誰だ?見ると、外国人であった。あっ見たことがある……って誰だったけ。
「お久しぶりです、中島少佐。本日の起動試験に同伴しましたアーウィン副長であります」
手の甲をこちらに向け、肘を前に出した敬礼は海軍式だ。その仕種で思い出した。
あー!コンゴウと名付けた巡洋艦の副長さんであった。それにしても、突っ込みを入れてくるとは日本に染まってきてますね。
よろしくお願いしますと、俺は相手に会わせて海軍式で挨拶を返した。
「接続確認行うよ」
モニター室からの声が入る。
小早川大尉直々の指示と来たもんだ。
結局、交渉は中途半端に終わり、なし崩しのまま乗ることになったのであった。合掌ー。
って、まぁ状況としては、皇族である弥生がいるわけだし、その近くに護衛するための兵力がないってのは問題だ。そうなると、白羽の矢が立つのは俺になる。婚約者だしな……名目上は。
そういう意味も含めてのサクヤなんだってのは理解している。
また、学校に皇軍を常駐させる訳にもいかないから、無理やり寮生を皇軍に編入したのもその思惑があるのだろう。別に彼女たちを縛る理由は他でも良かったはずだしな。一番効率はいいとは思うが、そこんとこ本当なのかどうか知るよしはない。
>command com
>CPU・・OK
>main memory check・・・OK
>main device check・・・OK
:
:
:
>Hello World!
あぁいつものだ。レトロチックな起動シーケンスがモニターに流れるのを見て安心した。
「起動しました。接続確認」
サーバーからハンガーに吊されたサクヤに、俺の情報が流れていく。行動パターンや生体データーなど大型ロボテクスを操作するうえで必要な情報である。ヘルメットを介しての回りくどい方法にならなくてよかった。そこんとは改良されているようで助かった。ってあの時は、ローカルでやらないと、変な介入があるかもしれなかったからだったけ。安西のいうことにハイハイと従っていただけともいうが。
「アップロード完了。起動テストを行ってください。手順は今までと変わりありませんので気楽にね」
ほんとかよ…。
さて、鬼が出るか蛇が出るか、一息呼吸を大きくとり……、いざスイッチーオン。
ぴりっと背筋に電気が疾しり一瞬身が固まった。
手順は変わらないかもしれないが、推移するものが違うじゃねーか。いままでこんな感覚はなかったぞ。
神経を弄られているような、とぐろをまかれているような気持ち悪さ。
「ちょっと、FCSになってるから、接続する感覚がかわるかもしれないが、気持ち悪かったらいってくれ」
後付けかよっ。
「もぞもぞと弄られているようで、気分はよくないですね」
即効で文句を告げる。
「その程度?」
ちょっと待って、なんだその程度って。やっぱり危ないんじゃないのかこれって。
「サクヤ側で君との波長を合わせているせいだろう。ほら、君のFPP値があがったじゃない、それのせいだよ」
どこまで本当のことをいっているのかわからんが、大丈夫そうなんだな。少し安堵の吐息を吐く。
「だから、次からはその感覚は無いと思うよ」
………やっぱりうさんくせぇ~。ぷんぷんするぜ。
>neural network link・・・・・・OK
>biomonitoring start・・・・・・OK
>familiar control system・・・・・OK
なんだかんだと、モニター画面から起動シーケンスの推移が表示されていく。OKが出ているってとは問題がないようだ。
「大丈夫のようです」
大きく安堵の溜め息と共に報告した。
「システムはアイドル状態をこちらでも確認した。起動は成功のようだ」
小早川大尉からも問題なしとの報告が返ってきた。
さて、次は……。
そして、世界が変わった。
一瞬の闇、その後に赤い光が差し込んだ。
一面の野を焼き尽くす炎の中で俺は立っていた。
赤々と燃え盛る炎は腰くらいの高さで猛り狂っている。うわっと思ったが、熱くはない。これほどの炎に囲まれていたら、熱と煙りであっというまである。ちょっと想像したくないローストができあるだろう。
「いったいこれは……」
呟く。またぞろおかしなイベントが発生である。
「Nice to meet you owner」
頭上から声が響いた。
ないすちゅー?ちゅーはさっきできなかったっけな、ってそうじゃない。
「誰だ?」
「I am a central mechanism of Sakuya」
「なに言ってんだか、英語じゃわからん……」
「Basic language will change to Japanese from English」
「初めまして所有者様、私はサクヤの中枢機構です」
お、やればできるじゃん。
「それにしても変な言い方だな」
「現在、日本語の言語処理機能が十全ではありません。対話を続けることにより学習するでしょう」
「ふむ、まぁそれはいいや。ところでこれはどういう状況なのだ?」
回答は無かった。その代わりに頭上に何か現れた。
それは光の靄だった。掌ほどの大きさのがふよふよと浮かんでいた。
それにしても、こんなふよふよというかもふもふとしたようなのは、観ていて辛い。遠近感が狂う。
浮いているなら、もっとそれらしい形になればいいのに……たとえば、妖精みたいな?
想った途端、光の靄が弾けた。中から人型のものがでてきた。
「感謝します所有者様。サクヤに姿を与えてくれてました」
目の前にそいつが飛んできた。トンボの羽が生えた小人だった。服は着ていない……といっても、男でもないし女の格好でもない。出でいるところがなければくびれている所もなかった。
「立体成形に不備が発生しました。所有者様の想像力不足と判断します」
その小人は胸に手を充て捏ね繰り出す。まな板な胸だったのがもりあがっていく。次に腰に手をあてれば引き締まってくびれができる。とどめに臀部もたわわな桃の……って!!!
「サクヤの立体構造を元に修正完了しました」
均整の取れた女性の形に変化した。それでも、胸の中央に鎮座するはずの突起や臍、その下は筋もなければ穴なんてものもない。あくまで姿形だけだ。
「つか、お前だれだ?」
「私はサクヤです」
「サクヤはこの機体だ。何を言っているのだ」
「私もサクヤです。サクヤの中枢機構から接続面を司る存在です」
「つまり、中の人というわけか?」
「理解不能、適切な対話をしてください」
ぐぬぬ、どう言えばいいんだ。
「とりあえず君はサクヤであると、そういうんだな」
「その通りです」
「えーと……この状況はどういう状況なのだ?」
「所有者様とサクヤの初期設定手順中です」
よしっ、意味がわからんっ!
「待てばいいのか?」
「現在、第2設定手順を実行中です。第3設定手順終了まで、約1分40秒です」
「外と繋げられるか?」
「初期設定中のため、不可です」
待つしかないのか。うーむ、あれか?更新のためパソコンの電源を切らないで下さいみたいな……。
その間、接続面の造形をしげしげと眺めることにした。
掌くらいの大きさ、大体20センチ程か?背中にトンボの羽が生えていて、引っ切り無しに震動している。ホバリング状態というやつだな。全体的に桜色している。肌も髪も目もだ。羽以外が桜色の単色なので、なんとも現実味に欠ける。無塗装のソフビが飛んでいる感じか。
なんというか、面白味に欠けるというものである。
「造形設定を変更します」
ビキニ姿に変わった………。ちっがーーう、そうじゃないっ!!そんなテンプレ姿なんか要求していない。
そう想ったら、次々と衣装が変わっていく。チロリアンな民族衣装や軍服、バニー、ワンピース等々、ぶっ、誰だネクタイと靴下だけの造形ぶっこんだやつは、ちょっと表出ろ。
結局、衣装はチロリアンな民族衣装にした。日本の衣装が入ってなかったのは残念だった。
そうなると髪の毛も肌の色と同じってのは、見た目がよくない。
「髪の色を変更します」
よしよし、そうでなくては、赤青黄色、金銀銅……うーんなにがいいかなぁ。
「翠で、ツインテールにして」
「もうちょっと翠は明るめに、髪は耳の上辺りで」
事細かに指定する。設定できるとなると、色々凝ってしまうのは性分だ。
肌の色も白味加減を強調して薄桜色とした。うむ、中々にいい感じに仕上がった。
「設定を保存しました」
同時にビープ音が鳴る。
「第3設定完了しました。通常環境に戻ります」
始まったのも唐突なら終わりも唐突だった。
ヘルメットから眺める視界はいつもの二重透過型バイザー、その先には3枚のモニターが“system setting finish”とそのうちの一枚がログを出力して止まっていた。
内壁にはサクヤの頭頂を基準とした外の風景が映し出されていた。
「……いままでのはなんなんだったんだ?」
とりあえず計器関係は正常のようだ。さっきのがファミリア・コントロール・システムの設定なのだうか。まぁ今までの起動手順ではなかったし、多分そうであるはずなんだが、俺が何かしたって感じはない。
ただやったのは、中央機構?接続面??とやらの姿を設定しただけだった。
「なんだったんだろうか」
あの炎逆巻く草原はなにを意味していたのか、あのサクヤの中の人もそうだ。ファミリア某とはどんなものなのだ。ホント、サクヤにどんなものを仕込んだってんだ。
「あーてすてす、キコエマスカー」
夢想していると能天気な声がスピーカーから流れた。小早川大尉である。
「あーはいはい、聞こえてます」
「よかった。その調子なら初期設定は無事終了したって感じかな」
「一体全体、どういう仕組みなんですか」
「FCS、ファミリア・コントロール・システムのことかね?専門家じゃないんで、詳しい話はアーウィン副長にでも聞いてくれたまえ。それより今は接続試験の続きだ。ちゃんと繋がっているかい?」
聞く時間はあるんだろうな、ったくー。
3面モニターを確認する。状態保持、ハンガーロックされている。充電率、100パーセント。武装確認、無し。ん、なんだこれ?
「モニタールーム、これはなんだ?メーク……make Homunculus at 333Hって」
「FCSのキモだ。333Hってのは創造時間で、約二週間後に完成ってことだ」
「キモ?」
「FCSのコアとなるものだ。ファミリアーたる本体、ホムンクルスだ。君が設定したものだよ。こっちからは何を創ったのかはモニターできてないから、出てきてからのお楽しみだ。一体何を創ったのだい?」
……創って?出てきて?
「もしかして……」
「そう、君が初期設定で創ったアバターが約二週間後に完成するのだよ」
ははは、ぜってーなんか言われる…。二週間後に待つ状況を想像して、真っ暗になる俺であった。