魁!日本文化研究部 04
本来の部活の時間を過ぎても、白熱した戦いとその罰ゲームの為に時間を大幅に過ぎて、夕餉の時間になって漸く初日の活動が終了した。
今日も天目先生は、寮で夕餉を賜っている。
「先生、食べ終わったら送りますよ」
実際、先生は学校内の職員寮に住んでいるので、送っていくほどの距離ではなかった。昨日送ってびっくりどっきり、ここから歩いてもそう遠くない距離であった。自転車なんかの乗り物があれば、直ぐに辿り着けるだろう。天目先生の場合、片足が義足だから、ペダルを漕げないので自転車には乗れないけどね。
普通の人間でない、尋常ではない身体能力の持ち主で、その気になれば自転車を漕ぐよりも早く移動できる。
なんせ一足飛びに、コロッセオから飛びだって行った実績の持ち主だ。
それを、ここでやらかされても困るのは確かで、教師という立場上そんな目立つようなまねはしないとは思うが、って心配しすぎか?いやいや、人外を人の常識で考えるは間違っている。つか、人でも常識の斜め上な行動をするやつなんか幾らでもいる。現に俺は、薙刀部からは目の敵にされ、襲われたこともあるし、オムツスーツやメットを壊された実績もある。
………俺、合掌。切なさ炸裂!
「政宗、どうかしたのか」
目敏く、弥生が聞いてきた。
「いや、なんでもない」
「そうか、それならいいが」
ま、あんなこともあったが、気にかけてくれる人もいるってことで、気にしないに限るってもんだ。
天目先生が、こちらをみる。数瞬の間をもっていってきた。
「今日から、この寮で生活することになったので、大丈夫ですよ」
……え?
「それってどういう……」
「今までいた所は、仮住まいで住むところが決まれば出て行く予定でした。それで、いい物件を探していたのですが、基本私達のような者に合う住まいというのが中々なくて、六道先生にここを勧められ決めました」
どこまで、本当なのか解らないが、六道先生のことである。監視するのが面倒だし、木を隠すには森の中。つまり、この寮にひとまとめにしてしまえということか。
「そういうことで、寮管として今日からお世話になります。よろしくね」
そいや、寮母さんは見かけるが、寮の管理人たる寮管はついぞみたことがない。この寮が特殊な為にいなかったんだろうね。普通の人には……。
ふむん、適材適所ってやつか。
「えと、それじゃ、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」
にっこり微笑まれた。
「それじゃ、家財道具なんかの運搬はこれからですか?」
力仕事に自信がありそうな面子を頭の中で勘定する。なーんて、ここはどこだ。俺以外誰でも適任者だろうってもんよ。いや、俺だって普通並にできるけどなっ。
「大丈夫ですよ。全部持ってきていますから」
「へっ?どこに…」
学校から一緒にやってきているのである。そんな一式を運んだ記憶なんかないし、先生自体手ぶらだった。
「ここに」
天目先生は、腹をさすった。
喰ったのか!
そいや、筆で実践されてたっけな。俺も一度は喰われたこともある。それ以前にあの12式を腹に詰めることができる程の持ち“腹”だったな。それに比べれば、家財道具一式なんてものは物の数には入らないのだろう。
ふと思った。この人、どこまでの物をその腹に詰め込むことができるだろうかと…。限界まで詰め込む姿を見てみたいような見てみたくないような………。まぁそれを聞くのは色々と失礼にあたりそうだから、自重しておこう。
それにしても便利だな。運送業を営んだらめっちゃ儲けそうな感じだ。
なにはともあれ、この寮に愉快な仲間が1人追加となりました。ちゃんちゃん。
ちゃんちゃんじゃねーよっ!
あ、いやいいのか?色々な思いが俺の中で渦巻く。食事の後、即効風呂に入りやることを済ませ、自室に戻って一人ベットの中で悶々としていた。
落ち着け、そういうときは素数を数えるんだ。久々だ、いけるところまで……ってメンドクセ。
六道先生がうつったようである。
取り敢えず、ここは明日のことを考えよう。漸くまともな学校生活になるはずだ。新学期始まってからの怒濤のような騒動はこれで一段落ついたのだから。
……だよな?
明日はそうだなぁ、どうすっぺ。そうそう、サクヤが週末に搬送されるんだったな。
データースーツもヘルメットも決勝戦の惨劇時に両方オシャカになっている。ロボテクスに乗るなら、それがないと話にならない。
購買に行って、注文だしとかないとな。他に何かやることはあったか?
んー、サクヤが来るってことは、もしかしてメットやスーツも一緒に渡されるのかもしれない。小早川大尉のやることだ、そういう細かいところは気がついていそうだしなぁ。コンゴウと名付けた巡洋艦の席と一本だたら捕獲作戦の2回しか逢ってないけど、マッドなサイエンティストなら抜かりはないと思うが……他に余計な装備がついそうだ。赤いボタンとか……。やっぱり購買で注文だしておこう。
あとは………。
気がつけば朝だった。
目覚ましを止め、俺は起き上がる。
いつもより長い時間寝てたはずなんが、だるかった。
寝すぎたようだ。それとも中途半端な寝方していたのだろうか?
まぁいい、今日からは連日のドタバタはもうない筈だ。軽く伸びをし、気分一身、洗面所に行って顔を洗ってこよう。
扉を開けると、そこには先客がいた。
「おはよう」
とりもなおさず、俺は挨拶をする。あずさんに。
「……おはようございます」
今日もいい感じに不機嫌さが現れた、いつも通りの反応である。
「何か最近ドタバタしてたよねぇ。でもそれは昨日で一段落だ、良かった良かった」
「そうですか」
反応が冷たい。オホーツク海に漂う流氷の上にたっている気分にさせられた。
「毎回毎回ドタバタ騒ぎの後には嫁が増えるのですから、巻き込まれないようにしてください」
追加でチクリと刺してもきた。
「って嫁ってなんだよ、嫁って。そんな覚えは全然ないぞ」
「そうですか」
「そうですっ」
「では、ジャネットと天目先生の件はどういった話なのでしょうね」
グサグサと連戟が襲う。
「こないだ説明した通りだ。なんとも奇妙な主従関係になっただけだ」
「そうですか」
この反応にはイラとこさせる何かがあった。そうですかそうですかと、オウムか貴様はっ。
「大体、お前だって、弥生さんの従者やってんじゃないか。俺に1人や2人できたっていいだろ?」
「そうですか」
何か上から目線である。年期の差を甘くみるなとでもいいたそうな顔だ。
「あ─」
「そうですか」
………。
「い」
「そうですか」
……あれー、なんだか怒っていらっしゃられたりするのでしょうかー。話をする気はないということでもあるでしょうかー。
「ひょっとして─」
「そうですか」
………とりつく島がない。
「で」
「そうですか」
ふっ、そういうことなら。
「き」
「そうですか」
「け」
「そうですか」
「そ」
「そうですか」
「し」
「そうですか」
「いつまで漫才やっとんのじゃー」
後ろから怒声が飛んだ。
振り向くと、千歳が眉を逆八の字にさせて立っていた。
「漫才ってそんなつもりは……」
「どこから見ても漫才じゃ」
断言された。
まぁ“そうですか”としか反応しないんで、ちょっとは遊んでしまいましたが、不本意ですっ。
「それより使わぬのなら、早く退くんじゃ。時間が勿体ない」
「待て待て、俺が先だ。俺もこれからなんだ」
2人してあずさんを見つめる。
「私は済んでいますのでお使いください」
そういって、そそくさと出て行った。
千歳を顔を見合せ、どうするとなり、一緒に使おうという結論になった。2人して歯を磨く。
「そういえば、ロボテクス乗る話はどうなったん?」
以前、乗りたいと千歳が言っていた。データースーツやらなんやら注文済みで、武闘会後には届くって話だったのを思い出した。
「その話はするでない。思い出すのもむかつく」
おいおい、一体何があったんだ。
「苛めにあったとか?」
「そうではない。そうではないのじゃが……、ええいこの話はやめじゃ」
口をゆすぎ、出て行こうとする。
「おい待て」
「待たぬっ」
「そうじゃない、もっと丁寧に歯を磨けといっているのだ」
「主よ、いきなり何を言っておる」
「千歳さん、いつも歯を磨く時ってこんな感じなんか?」
「そうじゃが?」
何を言っているのだと、怪訝な顔をされた。
カラスの行水か!って千歳は八咫烏の化身で、カラスなのは当然だった。いや、そうじゃない!
こいつはいけない。こんな磨き方していては、虫歯一直線だ。シャカシャカと2~3回磨いた程度ではな。
むんずと掴んで、出て行こうとするのを止め、俺は千歳の歯ブラシを突きつける。
「もう一回ね」
「己は小姑かー」
「ぐだぐたいわない、歯がぼろぼろになった嫁なんかいらないからなっ」
「嫁……」
「口臭きついのも嫌だろ?俺はそんなのと相手したくない」
「相手……」
千歳の中で何やら葛藤があるようだ。そんなに歯磨きするのが嫌なのか?
「なんだ、そういうつもりじゃなかったのか?」
渋々、渋々ながらに歯ブラシを受取り、再度歯を磨き始める。
「俺の動きに併せてみるといい」
鏡に映る俺の動きに併せて、千歳が俺の後に続く。
俺は千歳の動きを監視しつつ歯を磨く。
駄目だこいつ、まるでなってねぇー。動き併せているようで、見事に適当だ。手を抜くにも程がある。
「ちょっと貸せ」
いいつつも強引に歯ブラシを奪い、背後に立つ。
「はい、あーん」
「主よ、何をするつもりじゃ」
「いいから、口を開ける。はい、あーん」
俺の気迫に押されたのか、黙ってその口を開ける。
「いいか、先ずは、歯茎と歯の間をこうするんだ」
千歳から奪った歯ブラシで磨き始める。
歯と歯茎の間をゴシゴシゴシゴシゴシー。
「次に縦に歯を磨く。筋目とか歯と歯の間にブラシをあてるんだ」
シャッシャッシャッシャッ。
「ふごぉ~~」
千歳が悶えるが当然の如く無視し、続きを敢行する。
「その次は奥歯。同じように歯茎と歯の間、筋目に沿って磨く」
ゴーシゴーシゴーシゴーシ。
「奥歯を上から磨くのも忘れずに」
ここまで来たら徹底的にやってやるぜ。
「さて、ブラッシングは解ったな。次はこれだ」
糸楊枝を目の前に出してみせる。
「はい、あーん。口を開けてー」
「そっそれは駄目じゃー、自分でやるからー」
「うっさい、ここまで来たら後には引けん。最後までやるぞっ」
強引に口を開けさせ、突っ込む。
奥の歯から順々に糸楊枝で歯と歯の間を丹念にバイオリンを演奏するかの如く清掃していく。
「そら綺麗になった」
やりとげました。
一仕事終えて清々しい気分だぜ。
「ううう、もうお嫁にいけない……」
うなだれる千歳であった。
「なに言ってんだ時間がないんだから、さっさと着替えて準備してこい」
こっちはまだ歯磨きの途中である。さっさと済ませないと。
千歳を追い出して、歯磨きの続きを開始する。
再開してすぐに次がやってきた。弥生である。
「おふぁよー」
歯ブラシ突っ込んだまま喋ったもんで変な発音だ。
洗面台の正面から少しどいて、場所をつくった。
今日はなんだか大渋滞である。
弥生は歯ブラシを持ち、じっと俺を見つめる。
「なんら?」
「何でもない」
歯を磨きだす。
シャカ。
そしてうがい。
………。
そのまま出て行こうとする。
チラッ。
こっちをみる。
………。
フッ。
「して欲しいのか?」
言った途端、自分の歯ブラシを俺に突き出し、口を開け目をつぶる。
受け取った俺は、苦笑まじりに歯ブラシに歯磨き粉を乗せて……。
艶やかな唇。改めて言うまでもなく弥生は美人である。上位から数えた方が早いくらいに。それが、目の前で口を開けて、静かに俺にされるのを待っている。
鼓動が早くなり、顔も熱くなる。
ゴクリ…。思わず唾を呑み込んだって、うぇ口ゆすいでないままだった。げほげほとむせた。
「自分で出来るだろ」
弥生に手渡した。
恨みがましい目で睨むなって、俺だって命は惜しい。
そう、弥生の背後に真っ黒なオーラをほとばらせて、じっとコッチを睨み付けているあずさんがいたのであった。