魁!日本文化研究部 02
思案する。
怪訝な顔でこちらを伺う天目先生。
さっさと決めないとまたぞろ死ぬなんて言い出しかねない。ええいっままよっ。
「そうだな、俺の部下になるなら有能なやつでないと駄目だ。そういう訳で試用期間ってことで、天目先生が役に立つかどうかを見極める。駄目なら実家に帰る。死ぬのは無し、いいね」
自分で言っておいてなんだが、無茶苦茶だ。冷や汗が出る。突っ込まれたら終わりだ。
「解りました、ご主人様」
納得してもらえたのか?いいのかこんなんで?
「あーと、それではよろしくお願いします。それとご主人様ってのはなしで」
「駄目なのでしょうか?」
「えーと、ほら、試用期間だから、正式でないしね?」
「解りました、中島様」
「てーと、様づけもなし。先生と生徒の関係ですので」
「………解りました、中島君。なにか凄く語呂が悪いのですが……」
「んーと、気にしない、気にしたら負けだ」
どっと疲れた。どうしてこうなるのかなー。
「それで、最初の仕事は何でしょうか」
瞳をキラキラとさせて伺ってきた。
そんな矢継ぎ早にぽんぽんとでてくるもんじゃない。殆ど口からでまかせなのだ。その場を取り繕うだけなのだからして……。
「それじゃ、部の顧問をお願いします」
出てくるのはこんなんだ。結局こうなる運命なのね。
まぁ、因縁云々で何かされるようなことは無くなった訳で、頼んでも問題はない……はずだ。
「解りました、精一杯ご期待に答えられるように精進いたします」
「あっはい。こちらこそお願いします」
……これでいいのか?
部員、顧問、道具全てがこれで揃ったことになる?指折り数える。
さっくり生徒会室へ行き、申請書を受理してもらい、ダンボールに詰められたとりあえずの道具を倉庫から受取り帰途へとついた。
………。
振り返る。
天目先生が後に続いている。
「先生、この先は寮になるのですが……?」
「これから“部活”なのでしょ、なら顧問がいないといけませんよね」
ふむぅ、道理である。道理ではあるが、本来なら必修の部活の日なので、選択の部活の日ではない。
俺も本来なら合気道部へ行かなくてはならないのだが、この新しく立ち上げる部活のため、特別に休ませてもらっている。
「本格的に始めるのは明日なんですが、そのための準備をしなきゃいけないんで、俺だけ独りでやろうと思って」
状況を説明しつつ付け足す。
「めんどうみがいいのですね」
そんなつもりは全くないんだが、そうなのだろうか?
「やることは、ひらがなの書き順とかの説明になるものを作るだけなんですけどね」
そう難しいことをするわけじゃない。そのあと弥生たちが返ってきたら、ショッピングモールへカルタを買いにいく段取りであるし、時間をかけて何かする暇もない。
「だから、帰ってもいいですよ。つまらないでしょうし」
「いいえ、しっかり着いていきます。それに何をするのか知らないってのは顧問の意味がないでしょ?」
カルタとかひらがなとか言われてもチンプンカンプンですよねー。道すがらこれまた何度目かになる経緯を説明した。
「大体理解しました。留学生に日本文化を叩き込むのですね」
ズコッ。思わず足を滑らせた。
「そんな大層なもんでもないし、叩き込むなんて物騒な話でもないですよ」
「では、どういうつもりなんですか?」
軍の学校だから、何事も叩き込むという想いが強いのだろう。だから俺は云う。
「彼女たちは俺たちのように、普通に入学した経緯を辿っていない。メアリーとお付きのメイドを除けば、やむにやまれぬ事情ってやつで通うことになったのが現状だ。そんな状況で頭ごなしに命令したところで、はいそうですかとはいかないでしょ。右も左も解らない日本へやってきて、どうすりゃいいんだと思っているはずだよ。だから、日本の事情ってやつを知ってもらえれば多少は見方も変わってくるんじゃないのかと、そういう想いもあるんです」
「ご主人様は部下想いでいらっしゃれる」
「……そのご主人様ってのは止めてって言ったよねぇ」
「2人きりの時でもいけませんか?」
いけなくはないけど、いけなくなくない?変にタガが外れそうで怖いんだが。なんてったって男の子、状況により狼さんに変身するものである。自分で言ってて馬鹿である。
縋るような目でこちらを見つめられても……。
「2人だけの時だけなら……」
俺弱えー。
最近、とみに自覚してきました。押しに弱すぎることに。甘いよなぁ俺って。
寮に帰還したその足で、畳敷きのレクリエーションルームへと直行する。
かたしてある机を並べ、書道道具を点検する。
天目先生はそれを横で静かに観ている。
硯よーし、下敷きよーし、文鎮よーし、半紙も当分はなんとかなりそうだ。
問題は……筆だった。半分くらいが使い物になりそうに無かった。単に書くだけなら問題はなさそうなんだが、けばだちすぎてちょっとこれはどうよってな感じだった。えり分けの時に古いのから持ってきたのだろうな。それでも、本数的にはなんとかなるか。カタカタと仕分けをする。
「ご主人様、その分けた筆はなんですか?」
「んー使えそうなのとそうでないのを分けたんだよ。いくら練習だといっても書きにくい筆では楽しくないでしょ。やっぱ字は綺麗に書けた方がうれしいだろうし」
そういう志望動機で書道部に入ったのだったなぁ。懐かしく思う。
「なるほど、流石ご主人様です」
「べつにこんなことで、流石とか言われるようなもんじゃないよ」
おだてたって何もでませんよ~。
「では、こちらのほうは要らないのですね」
「まぁそうなるな。勿体ないけど」
「少し拝借しますね」
「?いいけど、なににつか……」
選り分けた5本の筆を手に持ち、天目先生はそのまま口元に運んで……呑み込んだ。
「わー、ぺっしちゃいなさい、ぺっ。そんなの食べたら腹壊すっ」
どころではないわっ!つか易々と呑み込んで、人間ポンプか?1~5と番号振ってないぞ。
慌てた俺を手で制し、大丈夫だと訴える。
胸に手を充て、集中する天目先生を見て、思い出した!嘘っ?まさかこんな処であの黒いやつを造るのか。なんでどうしてだなんだ?
焦る俺を尻目に、筆を吐き出した。
手に持つ4本の筆は、新品のような新しさであった。全然黒くなーい。って4本?
「もう一本はどこへいったんだ?」
「5本を再構成して、作りました」
ふむん、意味がわかったような解らなかったような……解ったことにしておこうか。
「……便利だな」
それしかでてくる感想はなかった。
「ご主人様のお役に立ててなによりです」
畏まって言われた。
渡された4本の筆をまじまじと観る。確かに新品同様である。筆の腰がいい感じに戻っていた。
「うん、ありがとう。これは凄く助かったよ」
「この程度、造作もありません。他に何かありましたらお申しつけください」
役に立てたことが嬉しいのか、目を爛々と輝かせているが、とりあえず修復してもらうようなものもないし、目的の作業に戻る。うーん?何か壊れたもの……あったような気がしたが思い出せん。
「それじゃ、この筆で試し書き兼ねて教材を作りますね」
硯に水を垂らし、墨を磨る。墨汁を使うと筆筋が黒く塗りつぶされるためだ。適度な“薄さ”で墨を作り、書き方を解りやすくしようという按配だ。
「天目先生も、新しくなった筆の調子観るついでに何か書きます?」
なにぶん道具は山ほど…とまではいかないが、十分揃っている。独り手持ち無沙汰でいるよりは時間が潰せるだろう。
「わたしもですか?」
「古いけど手本となる本もついでにもらってきてますから、良かったらどうぞ」
「もう随分と書いてませんが、巧くできるかしら」
「へぇ、心得があったんですね」
「多少かじった程度ですけど」
2人並んで書き始めた。
俺は、半紙にあ行のひらがなを書いていく。出来上がった文字の書き始める部分に小筆で番号を書き加え完成だ。
それにしても、こっちも久々なもんで、なかなか綺麗にはいかない。もっと練習しておくんだったなぁと思ったが、そもそもそんな時間はなかったと過去を振り返った。ゆく日もゆく日も走ってロボって走ってロボってな生活だった。未だにこの現状が信じられない、まるで夢でも観ているかの様だ。
何度もゆうようだが、ある程度の切った張ったは覚悟して軍の学校に進学した。卒業しちまえば、それともおさらばで、過酷なのは学生生活の時だけだと割り切ってはいた。いたんだが……こんなに人外の人達と交流を持つことになるとは、思いもよらなかったよ。それもこれも、あの種馬糞野郎のせいだ。過去に戻ることができれば、入学する学校を変えろと俺にいいた……いか?ん???
まてまて俺よ、何度も何度も何度も!死にかけただろ?そんなのは想定の範囲外じゃないか。平凡な生活の為に、今は厳しいだろうが耐えれば順風満帆な生活が待っていたはずだったよな。それでも……俺は、割と今の生活を気に入っている……ようだ。
つまりなんだ。これは喉元過ぎれば熱くないってやつか?今が平穏だからか?直ぐにそんなのひっくり返るぞ。いつまた命の危険に曝されるかわかったもんじゃない……。しかし、弥生たちと出会えた。出会いは最悪だったけどな。これまた喉元過ぎればなんだろうけど、うーん……やっぱり俺も男の子?女性社会になって、“男子たるもの家を守れ”なんていう時代に早晩なると言われているが、血沸き肉踊る冒険活劇に憧れが無いわけじゃない。できれば、もう少し穏健なところでいきたいが。
結局、俺はこの状況に満足しているのか?待て待て、まだ決めつける時間じゃない。人生は長いんだ。もう少し状況をみようじゃないか。それからだって遅くはないよな。多分……。
「できました」
横合いからの声に我に返った。俺が色々と葛藤している間に、天目先生が書き上げたようだ。
因みに、俺はまだか行の途中である。なにやってんだか…。
天目先生が書き上げた書を観る。
………なんということでしょう!
達筆すぎて何を書いているのか解りません!!!
素人目に見ても、このままどっかに出せば入賞すること間違いなし。そういえる出来であった。
「やっぱり久しぶり過ぎて腕が鈍ってますね」
感動に浸っている俺を目の前で、出来上がった書を丸めてごみ箱に捨てた。
「あーーー!!!!!」
絶叫が轟いた。なんて勿体ないことをっ。
同時に、レクリエーションルームの扉から人が雪崩れ堕ちてきた。
その人物とは、ジャネット、カルディア、エレノア、シルヴィア。俺をマスターと呼ぶ奴とエルフの3人組であった。
「……なにやってんだ、お前たちは」
ジャネットと目が合う。ばつが悪そうに右に左に視線をきょろきょろと彷徨わせている。
エルフの3人組はお互いの顔を見つめて、どうしようって感じでいた。
「覗きとは、お行儀が良くありませんね」
いつの間にか天目先生は4人の前に立ち、拳を作り……殴った。
「悪い子にはお仕置きです」
電光石火!一挙動にしか見えないが、4人の頭からゴツンと鈍い音が重なって聞こえた。
「で、君たちは必修部活の見学でまわっていたんじゃなかったのか?」
正座して並ぶ4人に俺は聞いた。
「部活は見てまわりました、マスター」
私も私もとエルフ3人組も自分を指差す。
「そいつは良かった。入りたい部は見つかったかい?」
「……それはまだです」
エルフ3人組も同様のようである。
「そうかそうか、じっくり見学して決めてくれたまえ」
「はい……」
「それで、何故覗いてたんだ?」
「マスターが天目先生と並んでなにかしていたので……」
「出刃亀してたと」
「イエス、マイマスター…」
ジャネットだけでなく、エルフ3人組も畏まって縮こまっている。
まぁ反省しているようだし、これ以上いぢめるのも可哀相だ。
「そんじゃま、君たちには天目先生に着いてもらって、書道の練習だな」
俺が相手してる時間はない。まだか行の途中で、先は長い。
「先生いいですか?」
「そうですね、徹底的に叩き込んで差し上げます」
にっこりと笑みを零しつつ、怖いことを言い切った。
4人に幸あれ。