カテキヨソルジャー 05
息をするのも辛い。肺が痛い。心臓がバクバク唸ってる。
努力の甲斐なく、結局聞けたのは半分くらいであった。メアリーとお付きのメイド4人衆、ジャネットに二人一緒に走ってたイフェとカナン、マルガリータの面々だけ。後のは追いかければ逃げるエルフ3人衆、トップを争うマルヤム、ドゥルガー、他は影を踏むこともできませんでした。
追いつけません、終わるまで。
大体追いついて聞けたのは彼女たちが手を…この場合脚か、抜いてただけだったり、呼んだから来てくれたようなもんだ。
「で、大将話ってなんだ?」
ぜぇぜぇと喘ぐ俺を悠々と見下して、マルヤム他聞けなかった面々が取り囲んでいた。
「───………───………」
喋れません、落ちつくまでは。
「だらしねえな」
昨日のお返しとばかり、マルヤムが勢いづく。
おーのれー、今に観ていろーってなんやそれっ。大きく息を吸い、深く吐き出す。少しは整ってきた。
ついでに、日本側の面々も寄ってきている。何やってたか気になっていたようだ。
何度目になるのか、同じようなあらましを語る。
「それで、留学組がここに来て何をしたいのか聞いていたんだよ」
「改めて聞かれてもなー」
「何もないのか。ドゥルガーさんは?」
返事がない、首をかしげられても困る。
「僕は日本の車とかバイクに乗りたいっ」
明確な答えが返ってきた相手は、クリスティーナだ。解りやすい回答ありがとう、役に立ちそうにないけど。
「日本の森、行きたい」
今度はカルディア達エルフの意見だ。ここは海と山の間なわけで、山に向かえば直ぐに森林だ。これまた、部活とは関係ない意見だな。
他の面子からの要望も似たようなものだ。何も思いつかないか、どこかへ行きたいくらいで活動のヒントになるようなものがなかった。
カルタや書道に絡めて、その次に繋がって、みんなで活動するようなモノ………そうそう巧くは出てこないもんだな。
「私は日本のことを良く知りたいです。将来、ここに住むかもしれないのだから、ここにどういった風習があるのか、自分たちが住んでいた国と何が違うのか、確認しておきたい」
「君は……」
「フィリス・メルクーリです」
翼の少女だ。今は普通の格好だけど、寮では一対の白い翼が背中から生えた姿でいる娘だ。
なるほど一理ある。でも、何を教えれば彼女の希望に添うことができるのだ。一体どんな情報が欲しいと……、ふむ……。
あ、俺、閃いちゃいましたっ。
「フィリスさん、ありがとう。お蔭で目処がたったよ」
勢い、手を握りぶんぶんと振り回す。
「えっ?なんですか、なんなんですかぁ~」
「ありがとー、ありがとー」
はしゃぐ俺だが、即効制裁が入った。教師に見咎められて、さらに5周追加とあいなりそうろういまそがりっ。
もちろん連帯責任ということで、全員でした。みんなの視線が刺さる刺さる、まぁ良いではないか良いではないか。
「浮かれすぎです。簀巻きにしますよ」
あずさんの一言で、世界が凍ったのは言うまでもなかった。
「ということで、日本文化研究部を作ろうと思うんだ。日本文化に対して積極的な誰かいない?」
追加の周回中、メアリーに聞いてみた。
「何が“ということ”ですか。話が見えませんですわ」
「さっき言ってた奴さ。それで、理解あって行動力のある人に部長を頼もうかと思ってさ」
「わたくしに、部長をやれとは云わないのですね」
「それも考えたけどね。君だと、発言力がありすぎるだろ?皆に対しても、生徒会に対しても」
「それの何がいけないのかしら?」
「部活だからね。和気あいあいと活動して欲しいから、君だと頭ごなしになってしまう」
「貴方……、かなり傲慢ですわね」
「そう?適材適所だと思っているけどな。大体、メアリーさんは日本文化に興味がある?それに部活で皆を指導したり引っ張ったりする時間あんの?」
「その程度、ぞうさもな──」
「ありません」
横からアラキナが割り込んできた。
振り向くと、メイド4人衆が編隊を組んで追尾していた。
「休日は表敬訪問のスケジュールがたっております。2カ月先まで予定が詰まっております」
俺の目を見据えて告げてくる。メアリーに余計な挑発をするなと暗に言っているようだ。
「だ、そうですよ」
「ぐぬぬ」
俺を睨んでくるが、俺のせいじゃないぞ、自分の都合だろうに。
「まぁまぁ、俺もメアリーさんも忙しい。なら適材を配置するのは理に適ったやり方だ」
「改めて確認しますが、貴様はわたしくの許嫁なのでしてよ。そんな雰囲気が欠片も感じないのはどういうことでしょう」
唐突だな。でも以前から言われてることだ。こっちが何も行動を起こしてないから、進展もなにもあったもんじゃない。……その気になんないんだよね。ただでさえこっちは色々とややこしい事情に嵌まっている。手出しできない生殺しもいいとこである。それも卒業するまでで、卒業したら今までの鬱憤は晴らさせてもらうつもりではいる。……できるかどうかはこの際置いといてだな!そう思ってないと勃つもんもたたんっ。
「なんつか、色々こっちも込み入った事情というものがあってだな…」
「皇殿下のことだな」
「彼女だけじゃないけど」
「ふんっ、なら全てを放り投げて、わたくしに仕えればよろしいのに」
「あ?なんで仕えるって話になるんだ。許嫁の話じゃなかったのか?」
「どっちでも構わないでしょ。貴方がわたくしと一緒になるのですから」
そういうことか。
この状況、今すぐ答えを出すわけにはいかないな。勘が告げる。時間はまだある、卒業まではだ。おいおい“仲良く”なったときにでも、そういう話をしたほうがいいだろう。許嫁といわれてはいそうですかなんて、今時漫画でもやらないネタだ………。
ふと、今の状況を考え見てしまった鬱になった。いかん、ポジティブポジティブ、ポジティブシンキングだ俺っ。
「まぁその話はまだまだ先でいいだろう。あと3年ちょいの間は学生なんだしな」
「……つまり、今わたくしは振られたということですか」
曖昧にしようとしたところをナイフの用に鋭く抉ってきた。
「それ以前の話ってことだよ。俺は君のことを全然知らないんだからな。多少は残念な娘って気はしないでもないが」
慌てて継いだ言葉に本音がぽろりと混ざった。
メアリーは俺を凝視する。
「貴方もわたくしを馬鹿にするのですか」
愁いを帯びた声に俺はぎょっとした。まさかこんなことで泣きそうになるなんて思いもしなかった。
「違う違う、俺が言いたいのは、そういうことじゃない」
「ではどういうことなんですの。わたくしのことなんて、どうとも思ってないくせに」
「思う思わない以前の問題って言ってんだよ。俺が知っているのは君が英国王室のご子女ってことと、許嫁と迫ってきていることだけなんだぜ。そんな状況でどうしろってんだよ」
「では、わたくしのことを嫌っている訳では」
「ないない、嫌う理由がない」
勝手に許嫁にされたりするのはうざいが、もう前例があるしな。それだけで判断できなくなっている。
あれ?ドツボ??
「そうですか、今はそれでいいでしょう」
ようやっと機嫌を直してくれたようだ。
「ありがとう」
「……感謝されることなの?やっぱり日本人のメンタルって良く分かりませんわね」
「そうだな、そういう意味でも日本文化研究部に入ってくれれば、多少は日本のワビサビを知ることができるかもしれないな」
「それがウタマロの手管?」
ぶっ、なぜそうなる~。外国人のメンタル解りません。
「まあいいでしょう。とりあえず乗ってあげることにいたしますわ。アラキナ、部長に相応しい人物を洗い出しなさい」
「それには及びません。既に候補を選出しております」
仕事が早い。これもメイドの成せる技なのか?末恐ろしい片鱗を味わったぜ。
「で、それは誰なの?」
メアリーが問う。口調はいつもの上から目線な感じに戻っていた。
「はい、カナン様、フィリス様、マルガリータ様の何れかが適任です」
カナンといえば、一発で車の免許をとった娘だ。フィリスはさっき俺に天啓をもたらした娘で、マルガリータといえば、イリュージョン級な娘だ。カナンとフィリスはなんとなく察しがつくが、マルガリータが候補に挙がるのは何故なんだろ。
解らないことは聞いてみるに限る。
「マリガリータ様は歌が巧く、故に多岐にわたる文化に精通できるものと判断しました」
「歌って、日本の歌も?」
「そこまでは存じあげませんが、彼女の歌を聞けば、納得いくかと思います。なお、フィリス様も歌は上手です」
ふむ?
「巧いと上手の差ってなんだ?」
「それはご自分で聞いて判断をされたほうが懸命かと申し上げます」
まぁ今はそのことは置いとくとしよう。おいおいカラオケにでも誘って確かめるべ。
あぁそうだ、読み書きができるようになれば、カラオケも歌詞を読みつつ歌えるし、一石二鳥だな。書道の次の目標ができたぜ。
「そんじゃま、情報ありがとな。3人に聞いてくるわ」
挨拶そこそこに俺は走りを早め、前を走る彼女たちを追いかけた。
息がぁぁぁ。
肺が痛い。脚はガクガク、汗びっしょり。ま~た同じ轍を踏んでしまった。
マルガリータとカナンは追いつけたが……なんせ2人は本気で走ってはいなく適当……といっても俺より数段早いので追いつくのも大変だったが……フィリスお前はは駄目だ。じゃない、早い。やる気を出してくれているのは良いが、良いが……時と場所をだな……って授業中にこんな話を持っていく俺の方が非常識だな、うん。
先に周回を終えてクーリングをしている所へやってきて、話しかける。
「私にですか?」
「そう、後はカナンさんとマルガリータさんにも聞いている。3人の中から部長と副部長をやってもらいたいんだ」
「その、なんて言いましたっけ」
「日本文化研究部。つまり、君たちが日本の文化全般を体験し理解してもらうための部なんだよ」
「それで私を生贄にするつもりなのですか」
へっ?外国人のメンタリティーわかんない。
「それはどういう理屈やねん」
「日本では村の代表が人身御供として差し出される風習があると聞きました。あと、トップがハラキリするとも聞きました」
オーケー、全ては長船のせいだ。と、勝手に罪を擦り付けておいて、本題だ。
「どんな話を聞かされたかは知らんけど、そんなことは全然ないからっ」
「……そうなの?」
「大体部活で死なれたら困るっ。つかそんなことないから」
うろんげな目で見つめてくるが、信じてほしいもんだ。
「それに、君たちが困ったことにならないように俺が守るし、伸び伸びと活動して欲しいから、君たち側に部長をやってもらおうと思っているんだからね」
「守る?」
「あぁそうだ」
「本当に?」
「俺を信じろ」
フィリスの瞳を見つめる。ホント、これから先、日本について誤解がないようしっかりと指導なくてはなぁ。
「解った」
頬を赤く染め、フィリスが返事した。
やったぜ、これで部活の目処が立ったわけだ。
「私、こんなに情熱的に迫られたの初めてです。不束者ですがよろしくお願いします」
「こちらこそ、最初は色々問題あるかもしれないが、3人で話し合って決めてくれ。俺はしっかりサポートさせてもらうよ」
「3人?」
怪訝な顔で聞いてきた。あれ?説明不足だったか?
「あぁ、君とカナンさんとマルガリータさんの3人だ」
「え、そんなに?」
「いや、1人だと大変だろ?普通なら2人でなんだけど、最初は何かと大変だと思うからね」
部は部長、副部長が1人づつが普通だが、新規に興すわけで、補佐をする立場の副部長が2人もいれば何かと捗るだろうという考えだ。メアリーから候補が3人出され時に閃いただけだが、なかなかどうしていい案だろう。
「はぁそうですよね、私なんかが1人で盛り上がっても所詮その程度…」
「いやいや、フィリスさんだからいいんだよ。君でなければ俺が困る」
マルヤムやクリスティーナがしゃしゃり出てきたら目もあてれない惨状になるだろうしなぁ。ここは素直にハイと言ってもらわなければ。
「本当に?」
「本当だとも、俺は君に決めたんだ。なんとしても了承してもらいたい」
「本当の本当に?」
「本当の本当にだ、君以外に考えられないよ」
それにしてもあれだな。人外ってのは自己主張の激しいものばかりだと思っていたが、ここまで引っ込み思案な子もいるんだな。
人は見かけに寄らない、固定観念に捕らわれすぎてたか。そもそも最初の出会いが千歳で、いきなりの死闘になったわけだし、その辺はしかたないよね、うんうん。
「私、頑張ります」
俺の手を取り、目を見据えて宣言してきた。
「よろしく頼む。そんじゃ、3人で誰が部長をするか決めようか」
「……部長?」
「そう、日本文化研究部の」
「日本文化研究部?」
「その部長と副部長」
いきなり茹でた蛸のように真っ赤かに顔を染め上げた。ぎゅっと握られた手が力強く握りしめられ。
「痛い痛い、マジに痛いー」
絶叫した。
その後、何故か千歳に腹を切れっと追いかけられ、残り時間一杯校庭を走り回る羽目になった。




