この中に妹がきた 02
生き残るための国防であり、そのための政治体制、経済、軍事、選挙権から一夫多妻制に繋がっているのだ。
そして、ここは生き残るための術を培う所。そういう場なのだと改めて思い直した。
「そうだな、その通りだ。ちょっと浮かれてたのかもしれん。ありがとよ」
「確かに。“俺の嫁”だといきなり迫られたら誰だって浮かれるわな」
「ぶっ。お前、それを言うかっ」
「あははは、まぁまぁ怒りなさんな。どうせ種馬氏絡みなのは皆察しているさ。せいぜい、お守り係りがんばれや」
「そうだよな、そういうオチだよなー」
「それでどうするんだ?俺はそんなところ含めて聞きたいことがある」
「なんだよー。改まって」
「改まって聞きたいんだよ。だから怒らないで聞いてくれ」
言われて足が停まる。大抵こういう時はアノ話だ。
「だから椅子運びにきたのね」
「そんな厭味を言うなよ。確認しておかなければならないんだから。僕だってこんな面倒な事はしたくねぇよ」
「俺は変わりない。変えようがないからなー。いつも振り回されるだけだ」
「ふむん」
そういった後、思案顔。
「確かに何時も通りそうだな。長船が居なくなったから、それ目当ての攻防も鎮静化するだろうけど……」
彼は言う。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。長船目当ての子がまず俺と仲良くなって、それを踏み台に近づこうとする輩は少なからずいた。
それで俺が、意図しようがしまわなかろうが、喰っちゃわないように厳し過ぎる監視の目がついたのだ。
また、上流階級からは、変な蟲が“皇族”に憑かれては甚だ迷惑千万、猫灰だらけ。
そんなこんなで、女に手を出すな紳士協定が結ばれたわけなんだが。
「くそっ、婚約者いる奴とは違ってこっちは独り身なんだぞ。卒業してからの生活設計が無茶苦茶だ」
こんな時代である。速い奴は生まれた瞬間から婚約者がいる。最もそれは流石に少々というか特殊であるが、小学校高学年あたりになると、普通に将来を誓い合うやつらが出だす。中学校では5~6割位(男子基準)になる。
俺自身、あの事故がなければ、そっちの組であったかもしれないが、現実はロンリーソロオンリーだ。しかも事故って親類縁者のいない独り身になったというイワクツキな存在として見られてる。表立って言う奴はいないが、そういう目で見る奴は存在する。
隣で椅子を持っている級友も、二人程婚約者はいる。しかも姉妹だとかいう。
「言いたいことは解るが、僕の場合、姉の方は一回り上だぞ」
目線がモノを言ってたようで反論された。
「だが、協定は協定だからな。卒業したら、勇士一同で絶対紹介するから。殿下相手でも……ってのは少々話が違ってくるか。どうすべきか」
「つかさ~俺これからどうすりゃいいんだつーの。長船のハエ避けは、終わったんでいいんだよな。それに今度は女だぞ?」
「その言い方は適切ではないのは解るな。どうころんでも皇族は皇族だ。どう繋がるかわかったもんじゃない」
「その桶屋方式は聞き飽きた。第一、俺がどうこうする前に種馬がどうこうしてたじゃないか」
「どうころんでも、皇族は皇族だ。僕たちがどうこうしたって──」
「おい……」
思わず突っ込んだ。
安西はわざとらしく一つ咳払いする。
「それはともかく、おそらく放課後に委員長たちが、更には生徒会が今後の方針を決めると思う。どうなるか俺もわからんが。生暖かく見守らせてもらうよ」
「そうですか」
「そういう訳だから、行動には極力理性を働かせてくれ。今どき、いじめとかはやんないしな」
暗に釘を刺してきた。言いたいことは解るし、俺がこの立場でなかったら俺もそう思っていることだろう。
だから、卒業後の約束を取り付けた訳だ。その変は魚心あればというやつだ。
「ふむん、ということは、今現在殿下にも話が行っている訳か。委員長あたりが」
「そういうこと。休憩時間終わりまであと少々、もうちょっと待ってくれるとありがたい」
「ほんとお前らは気苦労が多いよ。人生なんて、ケセラセラだぜ。なるようにしかならん」
「ふん、そう言ったところで、お前も何とかしようとしてる訳だろ。だからここにいる。別段選挙権なんて欲しがらないで、普通の高校いけばよかったものを……といったような話は前にもしたな」
それで喧嘩の一歩手前までいった。あの時は、長船が引っかき回してくれたせいでうやむやになったのだが。
「あの続きをするつもりなのか」
「いや、そういうつもりじゃない、悪かった。すまん」
素直に謝罪された。
「そういうのも含めての談合で結論つけたわけだし。ほんとすまん」
くっこいつ意外といい性格している。あの事を思い出させて、俺を縛りつける腹だ。
「ただ、予想外というか、まさか居なくなるとはね……ほんとあいつは予想外なことばかりしてくれる。こっちも混乱しているんだ。察してくれると助かる」
流石、政治家の息子だけあって、うまい立ち回りだとここは褒めるべきか否か。
「俺からすると、俺たちがどうこうしたところで、もう何もできないと思うけどな。種馬の方が1枚も2枚も上手だ。これからの事もなんか仕込んでんだろーよ。振り回されるなよ」
「かもしれない」
二人して乾いた笑いが響いた。
「大体、1学期おわったらクラス替えあるだろ。長船がいたらペア組まされて同じクラスになってたろうけど、殿下が相手だとなー。咲華がペアだろうし、俺関係なくなくね?」
おどけて見せるが、級友の目はそんなことはないだろうと物語っていた。
「毒を喰らわば皿までという諺もある。個人的にだが、お前はずっと殿下の元にいるような気がしてならない。長船君仁殿下が態々手の込んだことをしたと考えたら尚更だ」
諺の意味が何を示しているのか解りたくもないが、なんとなく言いたいことは理解できた。
「そういう意味で、お前が特殊クラスに行っても僕は驚かないよ」
そんなことをのたまわった。
特殊クラスとは、ここでは二つの意味がある。一つはエリートクラス。入学試験で好成績を納め、今なお成績優秀な奴らの集まりだ。
もう一つが、特殊能力者クラス。FPPがA判定以上の力が高いやつらが集められている。そこは魔法使いとか云われる部類の集まりでもあり、軍関係でも重要とされている。一兵卒とは全然待遇が違う。その分重責もあるが。
ヘイヘイボンボンな俺としては何方も無関係すぎるほど無関係なクラスだ。
「ふっ確かにケセラセラだ」
そろそろ時間なので、二人して示し合わせて教室に戻る。
「なんか様子がおかしいな」
教室前まで戻ってきたのいいが、様子が変だ。クラスの2/3程が廊下に出ている。
俺達、それとも俺を?戻ってきたのに気付いた級友がこちらを見て安堵の息をこぼした。
二人して顔を見合わす。
級友の顔々は苦虫を潰したような青白い顔になっていた。
どうするよ、入るか、待つか、安西に目線を送って聞く。
観念したように、椅子を俺が持っている机の上に置いて、ため息と共に扉の前に立ち扉を少し開けて、聞き耳を立てる安西。
言い合う声が少し漏れ聴こえた。
その後は、蛙を潰したような無様なだみ声が一つ。そして静かになった。
更に扉を少し開けて、中を伺う。
俺は所在なさ気に周りを見回す。
教室を伺っている級友と目が合った。特段したくもないが、そんなことはいってられない。なにがあったのかと聞き出す。
委員長が、殿下と咲華相手に、話を持ちかけた。勿論、俺のことについてだ。
なにやら最初は冷静そうな話し声だったらしいが、段々剣呑な雰囲気になって、とうとう大声だしての怒鳴り合い。そこから殿下が何か懐から出したのをみて、委員長たちが固まったと。
ついでにいうと、後から入った級友も以下同文。殿下の一枚の紙切れの前に教室に残っている奴全員が皆して動けないでいる。
なんだ?印籠の一つでもだしたのか?と時代後れ的感想が脳によぎったが。今どきそんなものはない。
じゃぁ級友たちは何をみてそんな状況になっているのか。
うん、ぜんぜんぜんぜぜぜせんぜせ~~~~ん解るカッツーの。
鐘が鳴る。休憩時間の終了3分前の予鈴だ。鳴ったからには教室に入らなければならない。ため息一つ、ついで決意の呼吸。おしっ。
鼻から息を猛牛の如く出しつつ、安西を押し退け、少し勢いつけて扉を開ける。
ガラガラと扉のローラーが、勢いのいい音をなびかせる。
「ほい、机と椅子持ってきた。これでとりあえずいいだろ?」
そういって、淀んでいる空気を無視して机を並べる。
教科書がまだ揃ってないため、繋げた状態にしてはあるが、追加された机の分、一人一箇の机は確保できた。
「時間もないことだし、皆も準備はやくしないと、怒られるぜ」
毒気を抜かれたようで、廊下に出ていた級友達は周りと目配せをしつつ、戻るかという雰囲気をかもしだす。
そこで、解散するようでは、こんなことにはなってなかったことを、即効この身で思い知ることになるのだが。
「まだ話は終わっていない」
皇が何やら紙切れを片手に振り回して、怒鳴っている。
「まぁまぁ殿下。もう授業が始まりますし、ここは休憩時間になってからでも」
さり気なく、振り回している腕をそっと止め、びらびら~となっている紙を取り上げる。
そして、見た。紙に書かれているものを。
『婚姻届 夫になる人:中島政宗 妻になる人:皇弥生 妻になる人:咲華あずさ』
見ると俺の実印がシッカリ押されている。いわずものがな、判子を押した記憶は全くもって全然完璧に身に覚えがない。
「こんな偽物振りかざしてあんたは一体なをにしたいんだ」
思わず叫んだ。
「流石、我が見込んだ婿殿だ。これがコピー品だと良く見抜いた。本物は既に送付済みであるぞ」
何を言っているのか理解できない。
「え?どこへ?」
「送付する場所といえば、一つしかないぞ」
……え?
「市役所じゃ」
「なっなんだってーーーーーー」
俺は産まれて初めてであろう絶叫というものを体験した。
恋もキスもXXXな事もまだなんにもしてないつーのに、いきなりすっ飛ばして結婚??いやいや待て待て、落ち着くんだ。
…と、どうやって落ち着けばいいんだ。
そうだ誰かが言っていたな。素数を数えろと。
2,3,5,7,11,13,17,19,23えーと次はなんだったっけ。
「落ち着けっ」
後頭部をガツンと殴られた。
「殿下もお人が悪い。未成年の婚姻は、保護者の同意がなければ成立しません。幾ら書類に書こうが、中島はどうあがいても成人するまで結婚はできません」
委員長の指摘で気付かされた。そうだった。俺に親は居ない。
「だから、郵便局に20歳の誕生日に届くようにして送った」
キリッとした表情で宣言した。
「咲華~~っどういうことだっ」
何故か一緒に、伴侶の欄に記載されていた人物の名前を叫ぶ。流石に委員長は殿下を問い質すことはしなかった。
委員長と級友、大勢がてんやわんやと騒ぎだした時、丁度授業を告げる鐘が鳴り渡った。
2現目終了。
授業中、周りの目配せと指文字が忙しなく飛び交っていた。流石に1時限分の時間をおいただけあって、委員長たちの頭は冷えていたようだが、この無言のやりとりは続いていた。
結婚。……までは行かなくとも、事実上の婚約ってことだ。それもただの婚約ではない。皇族の婚約である。スキャンダラスな内容に、浮足立っているのだ。
元凶である皇と咲華は、どこ吹く風とばかりに涼しい風で独自の世界を創っている。
クラスの異様な雰囲気にあてられ、なんとなく俺はトイレに逃げ込んだ。
トイレから出るとそこは人だかりだった。
んー、古典文学的表現を使わなくても、人だかりだった。何故に??
とりあえず、人ごとより自分の事。教室に戻ろうと廊下の隅を隙間を探して這い進む。
階段の踊り場を抜けたあたりで途端に人垣が切れた。
人垣を抜けるとそこは金髪美少女だった。
蒼い瞳がこちらを捕らえる。
「へ、へろ~ぉ?」
反射的に挨拶してしまった。
やっちまったと思いつつ、即座にシュタッと右手を中空にかざし、横切ろうとした。
はい、お約束ですね。襟を掴まれ、そのまま拘束。抱きつかれる。それはスリーパーホールド的な何かで。
「Nice to meet you,boy」