オープニング
オープニング
「コンゴウの改修案はこれでいきましょう。キノ、スズカ、クシダですが、一艦は今までどおり練習艦として使用しましょう。そうですね、練習艦はクシダでスズカは乾ドック入りで整備、キノを改修に廻しましょうか」
小早川大尉が情報パッドを席に着いた対面の女性にみせる。
「了解しました。しかしいいのですか、当艦は2世代も前の船なのですが」
差し出された情報パッドを眺めるのは、巡洋艦コンゴウの副長であるアーウィンだ。
「いいのいいの、艤装なんてどうでもいいですし。私としては色々いじれる艦が出来た。それだけです」
アーウィン副長としても、装備が最新化されるのは興味がある。しかも相手は日本だ。“こうするしかなかったのはわかるが、まさか本当にやるとは思わなかった”と言わしめる国の技術だ。UKとしてもトンデモ兵器なんて悪名を燦然と輝かせているが……。ちなみにUKは“何がしたかったのはわかるが、どうしてこうなったのかはわからい”と、まことしやかに言われている。
UKの“何がしたかった”部分と日本の“本当にやるとは思わなかった”それが合わさった時……。ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
「にしても……改装期間が短くありませんか?年内にコウゴウ、春までにキノというは……」
改修にかかる期間は年単位が普通である。2~3カ月で一隻仕上げるというのは余りにも正気の沙汰ではない。
「そう思いますよね」
勝ち誇ったような顔を見せつける小早川大尉。
「何か手があるということですね」
「元々の工期は来年いっぱいコンゴウ、再来年には駆逐艦でしたが、いい人材を手に入れましてね。計画を早めた次第」
はったりを言っている訳はないだろうが、訳が解らない。………まさかっ。
「人外の力か」
答えない小早川大尉。
「貴殿、我々がどうしてこの地にやってくることになったのか解っているのだろうな」
睨み付けるアーウィン副長。
「存じあげておりますとも。おそらく貴女たちよりも詳しい」
「それなのに、人外の手を我が艦に入れると申すのか」
「ひとつ、勘違いをなされていますよ。貴女達のいう人外ですが、彼等彼女達も日本人なんですよ」
小早川大尉の告げる言葉にギリッと歯を噛みしめる。
人外なぞ、殲滅対象でしかない。
「我々の──」
「ちょっと聞きなさい。私の言う人外の定義と貴女の人外の定義、あっていると思いますか?」
「人外は人外であろう」
怒気をはらんで返す。
「ふむ、ではどこからが人外ですか?」
「獣の姿をして、我等を喰らう者共だ。そんなの子供でも知っていることだぞ」
「なるほどなるほど、教科書通りだ」
「……なにがいいたい?」
「聖戦」
その一言に、アーウィン副長は即座に立ち上がり殴り掛かった。
飛んできた拳をあっさりと受ける。
「この拳、フォースパワーがかかってましたよね」
拳を引き、睨み付ける。
「だからどうだというのだ」
「“覚醒の夜”以降、人類ならず、生きとし生けるもの、のみならず、歳経た鉱物なんかからもフォースパワーを持つものが現れましたよね」
「……それが?」
いつでも襲いかかれるように気を張るアーウィン副長。
「あの戦いはそうでしたなぁ、人も人外も委細構わず一団となって戦いましたよね」
上目づかいにアーウィン副長を観る。挑発しているのだ。
「……だからなんだというのだ?もう200年も前の話だ」
「そうですね、まだ200年だ」
ニヤリと笑う小早川大尉をみる。力量を推し量る。このまま力付くで制裁を加えることができるか?いや、渾身の拳を受け止められた。そう簡単な相手ではない。互角か?それとも上回っているのか……賭けにでるかでないか……。
「立ったままではなんですから、座ってくださいよ」
……つまり、論戦を挑む……ということか。ならば受けて立とう。こちらも副長を努めるものだ。論戦で簡単に負けるはずもない。
どすっと乱暴に座る。そのまま脚を組む。すらりと伸びた脚が露になる。
「はあ、UKの方は色々と単純で困りますね。チェスよりも将棋の方がやはり思考力を鍛えるのは自明の理ですな」
「なにをっ、取った駒を使おう等と捕虜虐待のゲームではないか」
「それを言うならチェスは取った駒はそのまま放棄だ。それこそ捕虜虐殺だ。将棋はですね、敵の駒だろと、取ってしまえば自分の駒となるのですよ。それは人外にもいや、人にも言える。使えるものならなんでも登用する。将棋でいうと飛車角金銀が人外で、歩や香車桂馬あたりが人でしょうかね」
「将棋やチェスのゲーム性はどうでもいいです。何が言いたいのですか。いや、何をしようと……それも違いますね。何をさせたい?」
「貴女たちクルーの人外嫌いは解っています。掃討作戦でも酷い目にあったことも知ってます。ですが、ここは日本なのです。そして貴女たちも仮とはいえ、皇軍所属なのですから──」
「お断りします。我々の同胞がどれだけ死んでいったと思っているのですか。奴らを根絶やしにしなければもう止まりません」
机を叩きつけ言い放つ。
「貴方は聖戦などとこちらの逆鱗に触れる必要な無かった。日本人なら、もっと他の言い方をしてくるものだと思ってました」
「普通の日本人なら、そうでしょうとも。だがここはどこだ。君こそ解っていない。我々皇軍は、皇族を守るためなら泥をも啜るし、使えるものなら何でも使う。卑怯だとかそんなちゃっちぃことなどどは云わない。結果が全てだ。皇族の安全を確保するためならなんだってやる軍隊ですよ」
「信念にもとる行動はできない」
「はぁ……結構頑固ですね。そういうの嫌いじゃないですよ」
「愚弄するかっ」
威嚇音を慣らしながら、小早川大尉に鼻っ面を付き合わせてくる。
「さて、そこで最初に戻るよ。人外とはなんぞや」
「ざれごとをっ」
襟首を掴み、締め上げるアーウィン副長。これ以上いうなら、どうなるかと脅してくる。
「人外とは、君もですよ」
「………なんだと?」
より一層締めつけてくる。
「聞く気になりました?」
「ふんっ」
乱暴に投げ捨てる。
「いたたた、中々行動的ですね。結構僕好みだ」
目を剥く、拳が挙がる。
「まあまあ、さっき言った人外ですが、覚醒の夜以前の人類と比べれば、貴女も私も既に人外の領域だ。という話ですよ」
アーウィン副長は黙ったままを見つめる。
反論がないようなので、小早川大尉は話を続ける。
「程度の差あれ、我々はFPPを手に入れた。まさに程度の差なんですね。FPPが高ければ高いほど、我々は暴走しやすくなる。衝動を押さえきれずにね。人の姿を変えてでもなし遂げようとする。衝動はより原始的であればあるほど強くなる。その衝動とは?君たちも良く知っている七つの大罪なんかいいテーマですよね」
立ったままアーウィン副長は傾聴する。いつでも襲えるように気を張りながら。
「それで私達の敵とする人外と味方する人外、中立を保つ人外、我々のことなど無関心な人外、人に紛れて普通の生活を営む人外。人外といえども多種多様です。それで、貴女の敵とする人外はどれです?」
アーウィン副長は考える。このことを言い出してきたのは何も艦の改修に係わることだけではないと。
この先、人外と肩を並べ、同じ釜の飯を喰う。そういうことがあるぞといっているのだ、こいつは。
彼女たちが乗せて来たメアリーたち一行のこともある。それと共同戦線を張る可能性があると暗にいっているのだろう。我等のボスである中島少佐は彼女たちのボスでもある。彼女たちとの共同戦線となると……。
「まさか、聖戦を興す気なのか?」
小早川大尉は驚く。
「なるほど、そういう風に考えるとは、なかなかいい。そこまで頭が廻るとは思ってませんでしたよ」
「………本気か?」
「いえいえ、今のは貴女の頭の回転を褒めただけですので。我等も聖戦を興そうなんて考えはこれっぽっちもありません。そうですね……やるとすれば……」
「もったいつけずに言えっ」
「世界征服かな?」
発想の飛び具合に、逆に血の気が引いていき、幾分冷静になる。
「それこそ本気か?全世界を敵に廻すつもりなのか」
「例えですよ、やるとすればって言ったでしょ」
飄々と構える小早川大尉。
「それに、別段征服するだけなら、全人類と戦う必要もない」
……頭がおかしくなった?訝しむアーウィン副長。自然と視線が険しくなる。
「いやね、戦う相手を選べば、割と簡単に征服なんてできるんじゃないかな?」
戦う相手だと?どういう……。
「まさか、戦う相手とは人間……」
「本当、君は素晴らしい。僕の彼女になってくれないかい?」
「こんなときにざれごとをっ」
「本気なんだけどね……。ま、それは置いといて、そう考える国がいたとしても不思議ではない。あとは解るな」
雷撃に打たれたような衝撃がアーウィン副長の身体を走った。
「まさか……」
自国はこの前の掃討作戦で手痛い損害を出した。現在、老朽艦を退役させ、新造艦を建造中だ。勿論、修理も行っていて、ドックは手一杯。一気に刷新中のせいで、一時的に戦力は落ちている。無論、陸上、航空兵器も同様であるし、人員もいわずものがな。
攻められるには都合がよい。
だが同盟国がある。一時的に減っているとしても、戦力的にはまだまだ十分な筈である………。
それも、人外が敵にならなければという条件があってだ。
「だが……どこが攻めてくるというのだ。人同士で戦争などしている余裕は何処にもない筈だ」
小早川大尉を睨む。
「戦争が起きる理由など幾らでも捻り出せるさ。そうだろ?」
返す言葉がないアーウィン副長。
「それでも、そんなことをしていると、人外共に……」
言って、自分の論が破綻していることに思い至った。
「ところで、貴君は同胞を撃てるかい?」
更に追撃の一言を小早川大尉が放つ。
「そんな、まさか……我々が戦う相手とは……」
「そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。そして我々はそうならないようにしなければならない」
「それならば、こんな所に居ては何もできないではないか」
「まあまあ、こんな所だからこそ、何かできることがあるもんですよ。だから話の続き、いいかな」
頷くアーウィン副長。
「先日ですが、ソマリア租借地領から潜水艦が海域を抜けていったと報告がありました。数は3隻、発見できた数ですがね」
「一体どこの…」
「それまでは解りません。音紋からするとEU加盟国連合らしいそうですけど」
しれっと何事も無くいいやがるとアーウィンは思う。それだけ解って、何故手を打たないのだ?
「潜水航行してる船が領海内を航行しているだけで、戦闘行為に等しい。だから何故沈めないのだという顔をしてますね」
指摘され、顔を赤くする。
「その通りなんですけどね、発見したのはこちらの租借地よりも前、そちらの自治区内なんですよ。勿論通報しましたよ。軍事同盟結んでますから。だが、その潜水艦は何事もなく通過していった」
「それは、まさか」
「それに対する回答はありませんでした。確認するの一言でなしのつぶて。こちらとしても同盟国かもしれない船を沈める訳にもいかず、そのままと…。とりあえず抗議はいたしましたけどね」
このやりとりだけで、同盟関係を揺るがす大変な事態ともなりかねない。場所が場所だけに更に悪い。重要な航路である。各国でお互いを牽制し合っている場所なのだから。
「ま、それはいいとして、問題はどこへ向かったかです」
それはいいのかとアーウィンは思う。日本の癇所がいまいち掴めない。
「何故撃沈しなかったのだ?この場合、同盟国かもしれんが、その潜水艦に非がある筈だが」
「帝国軍だとそうなんですよ。日本国民に危害が及ばぬ限り、基本スルーなんでね」
同じ軍人だと思いたくもない言い様だ。
「話を戻しまして、彼等の行き先ですよ」
小早川大尉の目が鈍く光る。
「まさか……ここだと?」
「確証はないですが、おそらくそうでしょう。流石に日本の領海内に入れば、撃沈に向け動くでしょうけど……見つかればですが。とりあえず、アデン海を抜けた後、既存のシーレーンでは見つかっていません」
「インド方面ではないのね。だから?南米方面へ向かったかもしれないけど」
「それはないでしょう。南米へ向けてなら、大西洋側から行けますし」
「確かに……」
頭の中で想定航路が浮かんでは消える。アラビア海からインド洋へ抜けて行ったのか?そこからはティモール海?
「それで私達に何をしろと?」
「言ったでしょう、同胞を撃てるのかと」
アーウィン副長にとって暗澹たる気分にさせられた会議であった。