暁の地平線 08
山の奥から破砕音が響いてくる。無事発見し、誘導に掛かったようだ。
……それにしても数が多くないか?左右に広がっていく破砕音と倒れる木々。
そこから、散り散りになるかとおもったが、中央左右と3本の筋になり下り始める。
「どうも、相手さんは、人形を用意してたようです。小型ロボクテスを模造した物を出してきたそうですよ」
インカムからの声。小早川大尉が状況を説明する。
「中央で本体と六道先生が相対してます。左右の模造ロボテクスには女の子たちが2人づつで当たっているようです。数は複数、3より多いそうです」
「一筋縄ではいきませんでしたか」
「のようで。それでも、予想の範囲です。アルファー2、3左翼の援護を。ブラボー2、3は右翼の援護に当たってください。相手はデクだそうですので、破潰しても問題ありません。彼女たちと協力して対処してください。アルファー1、ブラボー1は現状待機、索敵を続けられたし」
矢継ぎ早に支持が飛んでいく。
今更だが緊張してきた。じわりと手に汗が滲むのを握って誤魔化す。
「主よ深呼吸じゃ。フォースパワーを廻すと良いぞ」
「おっおう」
千歳の助言を受け、俺はフォースパワーを体内に巡らす。
深呼吸のお蔭もあって多少は落ち着きを取り戻してきた。身体が妙に熱くなっているのを感じる。昂っているのだと理解した。
ジャネットが俺の左前に位置どっている。千歳は正面の少し離れた位置に立ち、中央の攻防を見守っていた。
じりじりとした時間が過ぎていく。
一際大きな破砕音が轟く、左右の展開していた部隊がとうとう合流し、火線が飛ぶ。
「いよいよだな」
喉が渇いてきた。待っているだけというのはどうにも性に合わない。といっても、俺自身が前線にでることはない。只の囮なんだ。なんともやるせない気がしてならないが、サクヤがない今、まともに当たっても1秒ももたないだろうことは理解している。それだけに、焦れた。無事に終わってくれと願うばかりだ。
左右の火線がひとところに固まり、進行が止まった。残りの中央が木々をなぎ倒しながら降りてくる。
いよいよだ。そのときが近づいてきた。
広場の端に一本だたらが現れた。続いて六道先生が現れる。
きたっ。
以前見た巨大な姿ではないがそれでも4~5メートルはあろうかという巨体だった。片手にその巨躯に合わせた日本刀を持っている。一目見て解る程凄く禍々しい雰囲気がそこから沸き上がっている。
「なんだあれは」
呟くが答えることができる者は近くに居ない。居るのはジャネットと護衛の小型ロボテクス一体のみ。
急に不安になってきた。
いや、大丈夫だ。千歳もいれば、六道先生もいる。ジャネットの力は未知数だが、それでも俺よりは遥かに強い。大丈夫なはずだ、これで奴も終わりだ……なのに何故だ、不安感が拭えない。解っているあの刀のせいだ。
六道先生が飛び掛かる。それに合わせて一本だたらが刀を振るう。空中で身を翻し、刀の一閃を躱して懐に入ろうとする六道先生だが、一本だたらの片方の腕で払われる。
一進一退の攻防。
ひとときその攻防を見ていた千歳が参戦する。六道先生の攻撃に併せて拳を叩き込む。巧く連携しているようだ。
やはり、不安視していたのは杞憂であったか、押されている一本だたらを観てそう思う。あとは時間の問題だ。
「まずいっ」
警告が隣からした。ジャネットだ。
「なんだどうし──」
言い終わらない内にその理由が解った。
一本だたらが何かを吐き出したのだ。
攻撃を避けるため、六道先生と千歳は一歩下がる。その前に吐き出されたものが着弾。軽い地響きが轟いた。
それはこちらにもやってきた。礫のように幾つかが飛んできた。
護衛に着いていた小型ロボテクスが盾を前にかざすが、一撃を受けそのまま後方へと吹っ飛んだ。
げっと思った瞬間、今度はジャネットが俺の前に立ち、礫を弾いた。
「呼べた……」
俺の眼前でツーハンデッドソードを構えたジャネットが呟く。なにがどうしたというんだ?こんな処で驚いている暇はないぞ。
「ジャネット、下がるぞ」
肩に手を置き、指示を出す。
「いや、それはできないようだ」
なに?
視線を巡らせた。
吐き出された礫、それが起き上がった。四肢があり、身の丈3メートル程……これは、小型ロボテクスだ。
まだやつにはこれを作る余裕があったのか。銃を抜き放ち、目の前のデクに向かって撃つ。
余裕で弾かれた。
まぁそうよねぇ、ならばっ、フォースパワーを銃持つ手に集中させる。弾丸に被せるイメージ。こんな感じか?
狙いを着け、撃つ。
デクの右肩に当たった。やった、やはりこれならば効く。
………んだが、大したダメージになってなかった。元々デクで痛みなぞ感じなければ、当たったといっても、粉砕できてない。千切れとんでもない、刺さったという表現が正しいか、それだけだ。俺では威力が足りない、そういうことだった。
しかも、一々練り込まなければならず、時間はかかるわで非効率すぎだった。試しで撃つにはいいが実用には程遠かった。
「マスター、後ろにっ」
ジャネットが入れ代わり、襲ってきたデクを袈裟斬りに両断する。そのまま下部分を蹴り飛ばしてみせる。
斬られたデクは二転三転と地面を転がり、何か黒いもやみたいなのが解けていき、鉄くずになった。
「助かった」
「安心するのはまだ早いです」
その通りだ、デクはまだまだいるのだった。
右に左に、ジャネットの左腕に抱えられ、デクの林を駆け回る。完全にお荷物状態だ。
襲いくるデクの隙間から、千歳たちの攻防を観る。
どうにも苦戦しているようだ。デクに絡まれ、あの刀をかいくぐって攻撃しているようだが、有効打を入れれずにいる。
じっと見ていると、一本だたらと目があった。口の端がつり上がり奴は嘲笑する。
待っていろ時期にそちらへいくと目が訴えているようだ。
なにか手はないのか?12式はどうしたんだ、攻撃しないのか。違う攻撃できないんだ、俺たちが近くに居るせいだ。それに最悪の最悪とまだ見なしていないのだろう。攻撃するとすれば、俺たちがやられた後になる。その時は、総力戦となるだろうし、近隣への被害も甚大なものと予想できる。最悪の手段だな……、他に何か手はないのか?思案するが、解答などでるよしもない。
「何か手はないのか……」
この状況を覆す一手は……。
「手はある」
ジャネットが答えた。
「あるのか?」
「余もあやつの討伐に加われれば……」
確かにそうだ。そうだが、そうなれば、俺を守るものが居なくなる。それは詰み手としか…、いや、俺が居なければいいんだ。
「一端引こう。後方へ俺を置いてしまえば、いけるだろ」
「確証が持てぬ」
ジャネットの役割としては、一本だたらを倒すより、最初に言ったように俺を守ることの方が優先ということか。それに六道先生からも手を出すなと言われていたっけな。もうそんな状況じゃないとは思うのだが。この膠着状態が続けば……あっそうか、左右に展開している4人が戻ってくれば、一発逆転ではないか。それまで持たせれば勝ちだ。だからまだ12式は動かないでいるのか。
「メンドクサイッ」
怒声が轟く。この声は六道先生だ。
「噴!」
豪声と供に、身体が変化した。赤銅色した肌、たてがみのように逆立った黒い髪、そこから生える二本の角。鬼人と化した姿が現れた。一本だたらよりは一回り小さいがそれでも巨漢だった。
「潰すっ」
群がるデクを一撃で退け、一本だたらに迫り、號っと拳が一本だたらに突き刺さる。続けて目にも止まらぬ連打が入る。
「止めだ」
渾身の蹴りが一本だたらを襲う。だが、敵もさるもの、刀を蹴りに併せ前に出す。
ギアを噛んだような、金属音が響いた。
視界に3つのものが飛んだのを見た。一つは一本だたら、一つは刀、そしてもう一つは、六道先生の右足だ。無茶苦茶すぎる展開に唖然となった。
「まずいっ」
ジャネットが警戒の声を発した。
瞬間俺を抱えたままジャネットは空中へと飛翔した。下をみると、元いたところに一本だたらが落ちてきた。地響きが聞こえる。あのままだったらぺしゃんこだったのかよ。……つかどんだけ高く跳んだんだ。100メートルくらい?ジャネットも確かに人外であった。
仰向けに倒れた一本だたら。目が見開くそれと目があった。あっヤな予感。
即座に立ち上がると、やつは俺たちの落下の軌道に併せて跳び上がった。
「覇ぁぁぁっ」
迎撃にと、ジャネットがツーハンデッドソードの切っ先を前に伸ばす。
当たる寸前、闇が広がった。
無限に広がる大宇宙……いや、星なんて全然見えない、漆黒の闇だ。
手を目の前に持ってきても見えることはない。
防護服になにか灯になるようなものあったけかな。最初に確認しておくんだった。服を弄る。
「ひゃんっ」
何か別の……柔らかいものに当たったのと同時に声がした。
えっなに?と振り返っても闇だ、一寸先も闇だ。何も見えない。
なんだろうか、当たったものを確かめる。もにゅもにゅとした感触ぐぁっ。
後頭部に殴られたような衝撃がやってきた。
「痛てて、真っ暗で何も見えん。誰かいるのか?」
「マスター、余だ。人の身体を弄るのはよしてもらいたい」
「ジャネットか?弄るって……ぁっ、済まんかった」
「良い、それより、フォースパワーを目に集中させるのだ。できるか?」
言われた通りにやってみる、呼吸を整え頭上から前を通って下腹へ、下場から背筋を通って頭頂部へと廻す。その流れを感じ取り、力を目に集中させる。
幾何学模様な何かが視界を覆う。そうか、目に集中させたらそうなるんだ。こないだのときもぼんやりとしてたり暗かったから無意識に目にも流していたのか。ゆっくり絞り出すようにフォースパワーを流しす。よし安定してきた。
辺りは真っ暗なままだったが、自分の手が見えた。状況を確認だ………。胴に何かが巻きついてって、あぁジャネットにまだ抱えられたままのようだった。横をみると確かにジャネットがいた。
なるほど、弄った云々の本当の意味が解った……。よしっ既に謝っていることだし、スルーで!
「それで、ここは何処なのか解るか?」
「やつの腹の中だ」
「腹の……中?」
そうだ、ジャネットが剣を突きたてようとした時、一本だたらの口が広がって……その中へと。
「俺たち喰われたのか」
「そのようだな」
「……にしては、なんか腹の中って感じじゃないよな」
「結界や固有空間と言った方が正しいだろうな」
もしかして、ここで奴が出てきたら外の3倍の強さになってたりするのだろうか?
「こういうのってジャネットも持っているのか?」
「勿論在る。それと誤解ないように言っておくが、マスターも持っているぞ」
「へ?いやいや嘘でしょ、そんなの持ってる自覚なんてないぞ」
「火事場の馬鹿力というものがある。アスリートでいうならゾーン、そういったものだ。人外はその手の扱いが巧いだけで差はない」
んー、感覚的には理解できそうだが、理屈が解らん。自分だけの特別な感覚とかそいういったものだろうか。
「今はそのような詮議をしている暇はないと思うが」
「そうだな。脱出方法を考えよう」
と、いったまでは良かったが、何をどうすれば脱出できるんだ?こんなこと初めてだし、授業でも習っていない。………あれ?なんだか前にも同じようなことがあったようななかったような??
「どうした?」
「いや、なんだか既視感が…まぁ気のせいだろう」
……だよな?
「ところで、そろそろ放してくれてもいいんじゃないかな」
「駄目だ」
「どうしてだ?」
「一端離れると、お互いを認識できなくなる。それに余から離れると、消化されるぞ」
「消化?」
「余がいるから、やつの消化を防げている。マスターが一人でできるとは思えん」
ううむ、本当なのか?試しに銃からマガジンを抜いて、弾丸を一発抜き出し弾いた。弧を描いて飛んでいくと黒い霞に浸食されて消えていった。
「……お世話になります」
敵は出てこないが、実は大変な状況だったのか。離れると本当に離ればなれになるのも不味いしな。
「だが、この格好は色々と不味いな」
まぁ抱えられている格好なんて格好よくないですからね。
「こうしよう」
………肩車されました。