暁の地平線 05
労働から開放されたからには、自由時間だ。
取り敢えず、気が進まないが生徒会室かなぁ。プレゼントは鞄に入れてある。
扉を軽く叩き、入る。
中には古屋会長以下生徒会メンバーが揃っていた。
「やあ、珍しいね君からやってくるなんて」
古屋会長が入室一発声をかけてきた。
「お茶にしますか?」
霧島書記が進めてくるが、長居するつもりはないので辞退した。かなりの葛藤があったが、ここに長時間いるとまたやっかいごとを押しつけられそうだからな。
「野暮用です。東雲副会長、今日この後時間ありますか?」
「あら私に用なの?そうね、仕事が終わった後、図書館にいく予定だけど、その時でいいかしら?」
人が居る前なので、畏まった言い方だ。俺もそうなんだけどね。
「はい、それでお願いします。それじゃ、先に図書館にいって待ってます」
それまで時間潰しに何か本漁っていよう。
あ、そうだ、考える葦だっけ?以前言ってたやつを調べておくか。大したことでもなさそうだが、引っかかっているのは、さっくりと見ておこうか。
本を漁りつつ待つ。大体2時間くらい経ったかな。
図書委員に場所を聞いて、積まれた分厚い本。全然進んでません。難しい言葉の羅列で頭がうにになってますよ。
美帆はこれ全部読んだのかな。主と言われる位なんだから。
少年よ大志を抱け。光陰矢の如し。少年負い易く学成り難し。
つらつらと本の中の文字を目で追う。
解っちゃ居るけど、どうすりいいんだってな。兎角世間は世知辛い。
切った張ったの世界だ。そんな余裕があろう筈もない。
……そうか、その時間を作るためにも俺たちが居る。俺たちが居ることで時間が出来る。
そうして時間を創り、次の世代、そのまた次の世代へと引き継がれていく訳だ。
先は果てし無く、ゴールは遠い。どこがゴールかさえ想像もできない。
「何が人類にとって理想郷なのか……」
あぁ秋だな。まだまだ暑いが、季節はもう秋。独りで居るとそういう考えをしてしまう季節なんだ。
「おまたせーって、何か黄昏てるね。御免ね待たせちゃって、体育祭のこともあって忙しかったの」
「あ、いえ、大丈夫です」
待ち人がやってきた。それにしても、まるで図ったかの様なタイミングだ。聞かれてなかったよな…。
「それで、読書少年さんの御用はなんでしょ」
ウフフとにこやかな表情で聞いてくる。なんとも甘い空間が広がっていく。
……はっ見取れている場合ではない。用事!渡さないと。
「そう、今日はこれを渡そうと思って」
鞄から包装されたハンカチを渡す。
「これ……を、私に?」
「安物だけど、入院中もそうだけど、色々してもらったお礼のつもり」
美帆は両手でそれを抱きかかえ、泣きだした。
「えっなんで、えっええぇ?」
突然の反応に慌てた。どうしてこんなことに?俺なんかやっちまったのか???
「慌てないで、嬉しいだけだよ」
「嬉しい?」
「だって、私って君に無理やり彼女にしてってねじ込んだんだよ。普通嫌がられるよぉ、それなのに、こんなもの貰うなんて思ってもなかったよ」
「……そうなんだ」
「だって、それを理由に私を手込めにしよと迫ってくるかもしれないじゃないの」
「そんな発想はなかったが」
「政宗だからだよっ。そんなことをする政宗ではないと思っていたけどね。でも、本当私嬉しい。一生の宝物にするね」
「いや、そんな大層なもんでない、どっちかっていうと使ってもらうために渡したんだけど」
「ううん、一生の宝だよ。額縁に飾って毎日眺めるよっ」
うーん、渡したものだけに、どう使おうかなんてのは個人の自由なのではあるが、安モン……ちょっはガンバッタッ!が、そんなモノである。大層に飾られるものでもない。
「だって彼女として初めてのプレゼントだもん。大事にしないわけにいかないでしょ」
……あー、日頃のお世話のつもりだったのだが、彼女というフラグが立っていたんだったな。
ならそういう反応もしちゃうってことか。
いやいや、そうなの?本当に??経験のない俺では推し量ることができなかった。
「最初の意図とは違ってきたようだけど、大事にしてくれるなら俺としても嬉しい……かな」
「んもー」
激しく抱きつかれた。
くっくるしい!二つの山が胸と胸の間で暴れている。このままどうにかなっちゃいそうぅぅぅ。
どうにかなるには、時と場所が不味い。理性よ頑張れ、頑張らないと、色々と何かがヤバイ。
そうだ、こんな時こそ何時もの素数を数えるんだ。いくぞっ、2!2!2!2!2!
駄目だ、煩悩がぁぁぁ。
「あんたたち何やってるのよ、ここは図書館よ」
ひゃんっと可愛い声を挙げ、美帆は即座に離れた。
見ると、そこには瑠璃がいた。
「なんでもない、なにもしてなぞっ」
慌てて誤魔化しを吐く。
「別にいいけどね。でも美帆っちがここまで我を忘れるなんて何をしたの?私にもしてくれるのかしら」
挑発的な視線が飛んできた。
「てか、どうしてここへ?」
「ん?美帆を呼びに行ったら図書館に行ったって言われて、こっちにきたんだけど……もしかして、私ってお邪魔だったかしら?」
「いえいえトンデモナイ。そんな事は無いですよっ」
即座に訂正する。機嫌を損なわれては困る。
「そうそうそうよ~」
美帆も下手に出ながら訂正してきた。
「これを渡そうと思って、先輩を追っかけてたのですよ」
「…先輩?」
顔が怖い。
「瑠璃さんを探してですっはいっ。単に先に掴まりやすい美帆さんが居たので渡してたのですっ」
「うっ私って安い女なのね」
よよよとワザトラシク泣いて見せるが、顔は笑っていた。
鞄に入れていたハンカチを取り出して献上する。
瑠璃はぶっきらぼうに受け取った。
「政宗くーん」
「はいっなんでございましょうっ」
「偉いっ」
抱きついてきた。
「いいこいいこ。釣った魚には餌をやらない輩とかいるから、そうでなくて安心したよ」
美帆よりは小振りであったが、山は山。当たるとえもいわれぬ気分になる。
って!そうじゃない。
「瑠璃っち狡いー私もっ」
2人してきゃぁきゃぁと、抱きついてきた。
勿論、図書委員に怒られたのは報告する迄もなかった。
そんなこんなで、図書館を追い出された俺たちは食堂の方へとやってきた。
「ふーん、体育祭でバイクレースに出るんだ」
瑠璃が目を輝かせながら言ってきた。流石である。
「瑠璃さんはどの競技に?」
……どうにもまだ名前で呼ぶのは抵抗がある。人が居れば名字で呼ぶのだが、生憎と閑散としていた。
こちらの会話に耳を傾ける輩もいないので気兼ねなく名前呼びであった。うぅむぅ。
「私は小型ロボテクスの競技ね。車とバイクの方はロードじゃないからちょっとね…変な癖つくから駄目って禁止令さ。私としては気にしてないのだけどねぇ」
部活も大変だなぁ。
「私はねっ──」
「パン喰い競争?」
「ひっどぉーい」
お約束のボケであるが、ご機嫌を損ねたようだ。
「ごめんごめんなんとく言ってみたかっただけなんだよ。話の流れ的に」
「夕食一回ね」
にこやかに謝罪の条件を告げてきた。これが目的だったかっ。
うう、今週は服やハンカチやらで出費が酷いことになってんだけど……ここは腹を括るしかないのか?
まぁそんな条件は只の切っ掛けでしかないのは解っている。
週末なのだ。どっかいきたいと思うのは皆そうである。
「海の見えるレストランで夕餉後、夜明けのコーヒーコースかな」
ぶっ!
瑠璃が言ってくる。てか、まだそれを憶えていたのぉ。
苦々しく瑠璃を観る。
「外泊は流石に無理ですから」
しょうもない逃げの一手で誤魔化す。
「それじゃ、何処へ行こうか?」
身を乗り出して美帆が迫ってきた。近いー近いですー色々と。
青少年の身としては危険がいっぱいおっぱいたっぷりん。
「からかうのもその辺にして、車の運転はどう?随分動かせるようになったかな」
にこやかに、瑠璃が聞いてきた。この笑顔が怖いんだよなー。かえしで天に昇るか地に堕ちるか……いまの状態だと地に堕ちること請け合いだ。
「た、多少は運転できるようになったと思いますが、瑠璃さんほどにはまだまだ修行が足りません」
「じゃ、練習しようか」
まぁあれですね、どう答えたところで、導かれるものは一つでしたと。
「私は観てるね。彼氏の勇士をしっかりとね」
期待しないでぇ~。
学校の外周をぐるりと廻る旅だった。7周した辺りで夕餉の時間となり、2人を寮に送迎した後のんびりと戻ってきた。夕食を奢るというのはまた今度の楽しみに取っておくそうでした。
疲れた。クリスティーナの檄よりも疲れた。車を運転するのってここまでしんどいのか。
ハンドルの持ち方から、ATとはいえシフト操作、ブレーキアクセルミラーの見方、車幅の確かめ方。細かいこと色々、一挙手一投足、微に入り細に入り、あーするこーすると助手席から檄が飛んだのであった。
後部座席ではシートベルトをしっかりがっちり着用した美帆の笑顔が引きつっていたのは言うまでもなかった。
最後のやりとりを思い出す。
「とりあえず初心者マークは卒業かな」
にっこりと瑠璃が告げた。クリスティーナもそうだけど、乗り物関係に係わる人ってスパルタ過ぎる。
鉄の塊を動かすのだから、厳しいのは当たり前なのかもしれないが……。例えセンサーが自動で衝突回避してくれるとはいえ、事故一発で死人がでる可能性が高いのは心に留めておかなければならないのは事実だ。
「とりあえず…ですか」
ここんとこずっと乗っていたから、多少は巧く運転ができていると思っていたが、どうやらそれは慢心だったようだ。
フォーミュラーレーサーほどの腕前とは言わないが、巧くなりたいのも事実で、結局行き着くところは特訓あるのみということか。
「うんうん、最初はどうなることかと思ったけどなんとかなるものなのね。今度は私の運転も観てよ」
美帆も上機嫌で瑠璃に頼んできた。
「それは……」
珍しく瑠璃が言い淀む。
「ねっいいでしょ?」
「今日はもう遅いからね、また今度で」
「絶対よー」
と、まぁそんなやりとりがあった。ふむん、絶対に美帆の運転する車には乗らないようにしよう。人生、生きていくには、知らないでいいことがあるんだということも理解したぜ。
寮部屋に戻ってくるのと入れ換えに、皇と咲華が出て行く。
いつもの週末の外泊だ。
家の用事なんだが、なんかね、ちょっと寂しいものがある。退院して初の週末だ。みんなとのんびりしたい気がないわけではない。
「気をつけていっておいで」
「政宗」
「どうした?」
皇が何かをいいたそうにこちらを上目づかいで見る。
「プレゼントありがとう。それでは行ってくる」
「私にも賜りありがとうございました」
丁寧な言い方なのだが、何故か悔しそうな顔でお礼をいってきたのは、指摘するまでもなく咲華だった。
「使ってくれ。それがいい」
俺は優しく言った。
「使ったものをどうしようというのですか?もしかして……」
「ばっ!俺が何かする分けないだろう。折角のプレゼントなんだ、大事に使ってくれた方がいいに決まっているじゃないか」
「冗談です」
くっこいつは……。
「はぁ、もうとっとと行ってきやがれ。また明日な」
2人は漸く出て行った。
疲れた身体に最後鞭が打ち付けられた。夕餉終わったら、風呂っ!そして寝るっ!
「主よ」
決意がへし折られた。
「なんだ?」
「明日は予定あるかや?」
「特にないかな」
「なら、妾につきおうてたもれ」
「何処へ行くつもりなんだ?」
「鬼退治じゃ」
「………はぁぁぁ?」