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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第一章
10/193

この中に妹がきた 01

この中に妹がきた。


 次の日。

 目覚めは割と快適だった。

 帰って来た後の記憶が殆どなかったが…。

 普通に朝飯を喰って、極普通に登校。極々普通にホームルームを待っていた。

 昨日の騒ぎの事を多少は級友から突つかれたりもしたが、至って平穏だ。

 そうすると、極々々普通に担任教師がやって来て、伝達事項を言った後、極々々々普通に教科毎に担当の教師と入れ代わって、極々々々々普通に授業が始まる……………筈だった。

「皆さんにお知らせがあります。長船君仁君は急遽英国に留学することになり、本日から手続きのため登校することはなくりました」

 軽くざわつく。昨日のアレかと言うのが聴こえる。

 英国行きについては、“留学”ってことに表向きはしたのか。結婚するためとかってのは流石に唐突すぎるしな。

 ある程度ざわめきが行き渡った後、担当は静粛にと言い、話を続ける。

「続いて転校生を紹介する。急遽、転校していった長船君の埋め合わせって訳でもないのだろうがな」

 そう言って紹介されたのは、昨日、初めて出会った彼女であった。

「咲華あずさ君だ。みんな仲良くな」

 その後、彼女はつつがなく挨拶を終え、つつがなく今は亡き親友が座っていた席に代わりに座った。とどのつまり、俺の横の席だ。

「……よろしく」

 何か言っておこうと話しかけたが、冷たい視線が帰って来ただけだった。

 仲良くするつもりはないらしい。昨日あんなことになっただけに、こっちもどう付き合っていけばいいのか皆目見当がつかない。なるようにしかならないだろうけど。

 もうこれで、何も無いだろうと思ったのが間違いだったのか、教師の茶目っ気だったのかは解らない。

「あー、中島は、咲華君と同室だから、ちゃんと面倒みてやれよ」

 その言及さえなければ…。

 クラスの殆どが騒めいた。女子からは、なぜ彼女がという視線が、俺に。男子(自分含めて3人しか居ない)からは、なんでアイツがという視線が勿論、俺に注がれる。

「まぁ空き部屋ができるまでらしいから、皆もそう詮索しないように」

 空気を読んだのか、担任が一言つけ加えてくれた。

 それでも、疑惑と嫉妬と羨望の視線は和らぐことはなかった。

 剣呑とした空気に圧倒されたのか、担任が用は済んだとばかりに出て行こうとするが、扉を開けようとした矢先、扉が開かれた。

 そこに立っていたのは、ガタイのいい中年の人物だった。

 見事なカイゼル髭。どうみても昨日、人を突き殺そうとした人物以外に相違なかった。

 まさかっ本当に転校生で入ってくるのか?

「えっ理事長」

 担任が素っ頓狂な声を挙げる。

 理事長?誰が?えっ?もしかしてあのカイゼル髭の福士中佐が?どういうこと???

「あーちょっといいかな」

 好々爺っぽい、のんびりとした口調で喋りだす。

 そういえば、あの時ものんびりした口調だったけ。やられたことはエグかったが。

「転校生の追加じゃ。本来なら来週からだったのじゃがの」

 そういって紹介したのは、理事長の後ろに着き従っていた、黒い艶やかな髪を日本髪風にまとめ、抜けるような白磁の如き肌。漆黒の瞳は磨かれた黒真珠のよう……。

 教室内がざわついた。

 当たり前の反応だ。人の気配でない何かを纏っていた。

 あれは人の規格ではない。

 人の規格でないということは、人外ということになる。人外であるということは、詰まるところ敵だ。倒すべき敵、憎むべき敵であるということだ。そのままに緊張感と警戒感が走る。

 そんなことを言っても一括りで扱うべきではないのも確かで、実際には人類に敵対しないで、共存しようとしてくれる者たちが居ることも知られている。

 しかし、そんな強力な人外が、こういった学校に通うことは絶対無い。

 彼等もしくは彼女達は東北を中心に生存圏を構築している。もう一つの日本だ。

 その話はとりあえず置いといて、そんな強力な力を持った彼等が、こっちにやってくるのは、それだけで大事件である。

 メガトン級爆弾が安全装置も無く練り歩く訳なのだから。

 そうはいっても、それ程のモノならば、こんな人の形はしてない。もっと分かりやすい異形なる出で立ちをしているのが普通だ。

 普通なら………。しかし何事にも例外はあるのも、また普通に良くある話。

 明らかに人外の気配を纏う美少女が、そこに立っている。クラスのメンバーもそのことを察したのか気配が変わる。一体全体誰なのだと。

「皆の者、我は皇弥生と申す─」

 言葉が続かなっかた。咲華が遮ったためだ。

「でっ殿下ッ。なぜお出でにならせますか。この私めが一週間、先ず内部の様子を見てからと決めたではありませぬか」

 狂ったかと思う程の勢いでまくし立てあげる。

「咲華、貴殿の献身は痛み入るが、これから我等は、あの長船と同様の生活を送るのだろ。長船がすごした学舎だ。問題があろうはずはなかろう。それに、昨日来て中は一通り廻ったので完璧だぞ」

 キノウ、マワッタ、日本髪……示されたキーワードが脳裏をかすめる。うっ頭が………、軽い目眩がおきた。

「殿下だと…」

 ざわめきが教室を蹂躙する。殿下ということは、先の転校していった馬鹿と同じということだ。

 思わず脚に視線を移す。スラリとした綺麗な脚だった。てか、そうじゃないっ。

 昨日のことが本当だったのか、反射的の事だった。といっても、見上げた視線と水平方向からの視線では、全然全くといっていい程に見え方が違う訳で、黒子とか特徴的なものがなければ、区別のつきようがない。

 第一、突然のことだし、直ぐに意識を失ったもんだから記憶が曖昧だ。陶磁のような肌かなんてのは勿論記憶にない。憶えているのは腹を突つかれた痛みだけ。

 だがしか~し、彼女で間違いないだろう。フラグは立っているというか、立たされた。あの種馬が絡んでいることだ。

 奴は俺にエスコート役をやらせるつもりなんだろう。それが昨夜の色々にも繋がる。

 まったく、無茶振りにも程がある。あの馬鹿、何をさせたいつーんだ。

「──っい。聞いているのかっ」

 鋭い叱咤の声が響く。夢想に耽ってた意識が現実に引き戻された。一体どこの馬鹿が、粗相を働いたのだと、さりげなく周りを見渡す。

 見渡~すと、皆の視線が俺に向けられていた。

「えっ?何???」

「なるほど、長船から大それた御仁だと話には聞いていただけのことはある。それに、我が求愛を無下にしただけのことはある」

 きっかり3秒固まった。

 放送事故かくやというほどに、静まり返った教室は、その後バケツを引っくり返したような怒声に包まれた。

 

 ………え?

 求愛??あぁ鮭が遡上したときに産卵場所を掘ってここだよここだよーと自己主張したり、孔雀が羽を広げて俺はこんなにイケメンだぜぇと自己主張したりするあれか~。

「えっ?求愛??誰が、誰に??」

 クラスの視線が俺に集まっていた。

 ……俺?

 自分で自分を指差す。

 教壇に立っている殿下は、憮然とした顔つきで頷く。

「全然記憶にないんですが、何かの間違いでは?」

 言った瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 咄嗟に身を翻す。

 次の瞬間、目の前の俺の机と椅子が破砕されていた。

 机を破砕したのは、一瞬前まで教壇に立っていた殿下。椅子を破砕したのは咲華だった。

 なんというコンビネーションだ。

 一瞬のうちに目の前に現れる二人が仁王立ちして睨んでいた。

 ついでに言うと、避けていなければ即死間違いなし。

 机を狙った殿下の方はまだしも、座っていた俺を狙った行為、牽制として言い逃れできるんじゃないかなーそういうことにしておいたほうがいいような気がしないでもなくもないが、咲華、お前は駄目だ。

 マジ狙ってきやがった。

 あまりにも瞬間的だったため、騒ぐ前に、強制された息をのむ静かさが漂う。

 そして俺は破砕されきった机と椅子をみて呆然となる。机の中には教科書やノートが勿論おさまっていたんだ。

 それが、いまや鼻をかんだ塵紙の如くぐしゃぐしゃのばらんばらん殺人事件なみのサイコさで広がっていた。

 状況を認識できたようで、周りがざわつき始めた。恐怖と称賛と理解不能だという拒絶する意識。混沌、カオスが、水の波紋がうねりながら広がるような感覚だ。

 そのなかを、悠々と動いたのは福士中佐こと、理事長だった。

「今のは暴力に訴えた、皇君と咲華君が悪いね」

 諭すように告げる。もうそういうの通り越して退学処分にしてくれませんかね?

「失礼致した。ついカッとなってやってしまいました。今は反省しております」

 皇が素直に謝った。横に立つ咲華は無言である。

「反省しておるならよい。それにしても、机と椅子が無くなってしまったな」

 無くなったって表現はどうかと思うのだが……。それは“無くなった”ことにしたってことか??

「そうですね。今すぐ替わりの机を持ってきます」

「よい、もう授業の時間となる。ふむ……、咲華君用の机を中島君、君にまわすとしよう。無くなった教科書類は、皇君のものをまわすとしよう。文房具は咲華君から、ノートも…そうだね皇君のを一部渡すことでいいか」

 理事長が、有無を言わせない裁きを行った。流石に理事長の発言を二人は逆らうことはできないだろう。

 二人はお互いの顔を見合わせて……ふっと口の端をつり上げて微妙な笑みを零す。

「では、先生。足りなくなった一組の机は如何すればよろしいでしょうか」

 咲華が問うた。

 二人で一つを使うのかと威圧している。

「そうだな……二つの机を並べて使え。足りない教科書は見せあいっこしろ。椅子は先生の机の予備を使っていいから」

 担任が適当にほざいてくれた。

 かくして、机二つ並べた即席のテーブルに三人がみっしり並ぶこととなった。

 左端が俺。真ん中が咲華で右端が皇という並びだ。

 咲華と皇の二人で一つの教科書を使い。俺は渡された教科書を独りで見ることとなりましたとさ。

 うん、この後の展開は見えているから多くは語らないでおこう。

 繋げた机の8割を二人が使い、残り2割を俺が使う陣容でしたとさ。無駄に脇腹が痛い。

 あぁ長船君仁よ…いや、種馬の糞野郎…お前は本当に……。


 どうにかこうにか、一限目は何とか終わってくれた。

 短い休憩時間の間に、用具室から机と椅子を取りに行く。二人は場所を知らないから、俺の役目となった。

 一緒に来て椅子を運んでくれているのが、少ない男子の一人。

 汝を安西清文という。自称、二流政治家の息子だそうで、機械工作科専攻をしたせいで、今は亡き糞野郎が使っていたロボテクスのメンテ要員として、整備班でこき使われていた。

 種馬がいなくなったせいで、これからは普通の工作科に戻るのかと聞いたら、どうもそうじゃないらしい。

 そうじゃないということは、俺を含めてそうじゃないってことだろうというのは、容易に推測できる。

「種馬が居なくって、変わりに殿下がきた。乗り物はここにそのままある」

 そういうことだとすると、まぁアレはそのままなんだろうねぇ。

「俺は、そのまま整備班に残るが、お前はどうなるんだ?」

 確かにどうなるんだろう。殿下と組むのは多分、咲華だろう。

 入学してから2カ月ちょい、ほんと特殊な生活だった。

 後、半年続けさせられたら、逃げ出していたかもな。もう、あんなみんなの視線が痛い生活は勘弁してほしいものだ。

「なんか同じ部屋に割り当てられたり、なんだか解らない内にくっつくような話がでているが、なんで俺なんだ?訳がわからないよ」

「事実は小説よりも奇なりとはいうか、長船がなんかやってたんじゃないの?種が解れば、なんとかかんとか枯尾花。まぁ気にすることじゃなくね?」

「いやいやいや、それで、俺、あんなのに乗って死にそうになってんだから。気にするわっ」

「お前は、このまま操縦士を続けるのか?長船居なくなったらパートナー解消だろ?なんか聞いている?」

「恐らく、あれには、妹分の殿下が乗るのだろうよ。そうするとパートナーは、咲華だろ?多分、俺は外れるんじゃないかな。種馬野郎がなんか言ってたけど、そうそうやつの思い通りなんてことにはならんだろう。これで、週一に免除されてた、基礎訓練(主に持久走や持久走や持久走や持久走)に戻ることになるんだろうよ」

 それになんだか、別に恐ろしいことを任命されてた気がないまでもないが…。思い出したくないので記憶から追い出した。

「ところで、昨日の起動データー抜き出せないか?整備しようにもハード部分は触れるんだが、ソフト部分はロックされてて、何が何だかわからないんだ」

 あの機体を触ろうとしたのか。と、いうよりも、触れるのか。

「あーそっか、Fドライブ使ったから、機密保全事項にでも引っかかったのかもしれん」

「Fドライブだって??一体なにやってたんだ。ってエゲレス野郎とタイマン張ったって聞いたが、本当のことだったのか。しかし、それにしてもFドライブ使うって尋常なことじゃないな。私闘ならぬ、死闘ってか」

「あぁ……確かに死闘だなーあれって。なんで俺無事だったんだ…」

 今更ながら震えてきた。

 歯の根が会わない幽霊屋敷のドクロのように、ガチガチガチと鳴り出す。

「終わりよければ全て良しだよ、兄弟。生きているんだ、貴重な体験したと思って、それは諦めとけ」

 安西が安心させるように言う。

 言いたいことは理解できる。高校生活で生き死にを体験するなんてことは、そらーもうご遠慮したい一位に燦然と輝くことだろう。

 でも、でもだ。生き残った時の安堵感。倒したときの安堵感。あれは快感だ。生き延びたと感じるあの一瞬は何物にも耐えがたい快楽の波が押し寄せてくる。

 瞬間背筋を冷たいものが走った。

 俺は一体何を考えているんだ。

「中島……」

 隣を歩く級友が怪訝な声で伺ってくる。

「あ、いや…」

 なんでもないと言おうとしたが、なんでもないなんてがないのは見通されている。

「今日は生き残った。だから明日も生き残れるなんて世界じゃもうないんだ。気を引き締めておけよ」

 その通りだった。


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