オープニング
オープニング
「殿下、そろそろ決まりましたか」
豪華な装飾が施された一室。椅子一つで高級車が変えてしまうよな家具、調度品などが整然と並んでいる。
テーブルに資料を汚く散らかして読みあさっていた人物が振り返る。
声をかけてきたのは、幼少の頃より教育係として、はたまた護衛としてずっと付き従ってきた執事だ。
「駄目だ、つまらん奴ばっかりじゃねーか」
「そうは申されても、困りましたな。彼、彼女達は品行方正、成績優秀、血筋、全てにおいて一級品でございますが」
「人外含めてそうだな。東西含めて日本を背負ってたつやつらばかりだ。だからつまらんと云っている」
「いやはや、難儀なご性格でごさいますな」
「けっ、よくゆーぜ、そういう風に育てたやつが、どの口でほざく」
「いえいえ、わたくしとしては、努めて誠実に殿下を品行方正礼儀正しくご教育を施しましたとも。それを卑下されるというのは、いささか心外にでございます。遺憾の意を唱えさせていただく所存」
「あーうっせーうっせー。ここには俺とお前しかいないんだ。いつまでそんなもってまわった言い方すんだよ。素で話せ」
「これはまた無理難題を。わたくしはいつもこのような話し方でございますが」
「いいからやめろってんだ。虫酸が走る」
大きく溜め息一つ、執事が吐く。
「まったくおいたわしや、なぜこのようなことになったのか、泣けてきますとも」
「ここには俺とお前以外いないと言ったぞ。聞き耳立ててるやつもいない。お前仕込みなんだから信用しろって」
言われ、執事は視線だけで部屋を見渡す。
壁に張り付けているタペストリーのピンを抜き、人指し指と親指の間で弄ぶ。
「まだまだでございますな」
「ちっまじかよ、ひっかからねーな」
「殿下もお人が悪い」
弄んでいたピンを潰し、ごみ箱へと放り入れた。
「あーこれで執事の悪行三昧が公になるかと思ったのに残念だ」
「さて、殿下。張っ倒す前にさっさと決めやがれ、いつまで時間かけてんだ早漏野郎」
「きたきたきた」
「喜ぶな馬鹿者。お前と違ってコッチは義理でやってんだ。めんどくさいことさせんじゃねー」
「へーへー、でもな、マジだめだろ。こいつらは、お決まり過ぎてつまらん」
何か言いたげな視線を感じつつも話を続ける。
「大体だな、俺はもっと遊びたいわけよ。それがどうよ、こいつらが相棒だって?高校生活拘束されっぱなしになるやんけ。人生太く短く、宵越しの金なんて持ちたくねーのよ」
「実際短いからな、お前は」
言われ、殺意露に執事を睨み付ける。
「おっと、失敬」
「へっ、いいぜ。俺とお前の中だ。気に入らなければどつけばいい、だから気にすんな」
肩をすぼめる執事。
「んで、実際のとこどうすんだよ。入学式は明後日だぞ。明日にはここをたたなきゃならん。こっちは向うにゃ行けねーからな。身の回りを守るやつは必要だ。こいつらなら喜んでお前の盾にはなるだろう」
「あっさり冷酷なこというねぇー。実際そうなんだから仕方ねーけどな。流石に学校に兵隊並べておくわけにもいかんしな」
「帝国の軍学校なんだから、その辺かわらんだろ。さっさと盾を決めろ」
「皇軍と帝国軍とは違うぞ。解ってていうなって。めんどくさいから」
「皇軍は皇室を帝国軍は市民を守るか。いやはや時代というものは恐ろしい」
「くどいぞっ」
はいはいと、両手をあげる執事。
「だが、お前のことだ。もう既にアテは決めているんだろ。お前こそ回りくどいことを言う」
「まーな」
散らかした書類に目を向ける。
「先ず、成績上位者、却下だ。俺はAクラスには入らんからな。女も駄目だ。盾にはしたくない」
書類を無造作に掴んでは放り投げる。
「人外は?」
「もっと駄目だ。俺じゃ駄目だ、そういうのは俺らがやっちゃいけない。国民の反感を買う可能性が高すぎる。国民あっての皇族だ」
「堅い事を言う」
「うっせ、そんでだ。イエスマン。さよならだ。盾にはいいかもしれんがうざい」
思わず失笑する執事。だが、このように育った事を嬉しく思う。
「逆にノーマン。背中から撃たれるのはさらさら御免だ。盾にするには最適だがな」
「つまるところ、殿下と肩を並べることのできる人物がいいと?」
「あーそうだ。俺が欲しいのは親友と呼べるやつだ」
「その性格で?」
「黙れハゲ」
「禿ておりません」
拳が飛んだ。
「まーなんだ。普通がいいのよ、普通が。だべって馬鹿やって女ひっかけてそんなカンジ」
「殿下が女とはこれまた面白い。女ばかりの世の中だ、そういうのもいいだろう」
大いに笑う執事であった。
「ゆーてろ。お前からは色々教わったが、色事に関しては全然だ。俺はそれが気に食わない」
執事が笑うのは理解している。簡単に子供を作るわけにはいかないご身分であることは何より知っている。
「女に関しては、教えるよりも体験したほうがいい。自分でできなければ、一人で処理してなってな」
「テクノブレイクして死ぬわ」
「これだからガキは……実際中坊だからしかたないがな」
「明後日から高校生だっつーのっ」
「おーこれは失敬々々」
いやらしい笑いを漏らす執事だ。
「こちとらお前みたいに出涸らしじゃないんだぜ。まーみてろ、何が品行方正だってんだ。バンバンやりまくってやんよっ」
「で、そのご学友は誰なんだ」
「ちっ、もっと愚痴を吐かさせろってんだ」
「時間がない」
「わーたっよ、あーそれとアレ、ちゃんと手回しできてんだろうな」
「抜かるわけはない。話は通してある。皇室の御意向に歯向かう事なぞできようか」
「楽しみにしてるぜ。折角の軍学校だ、ロボットに乗れなくては意味がない」
「普通に小型から始めればいいものをめんどくさい」
「いいんだよっ俺はっ。出来るんだからちゃっちゃとでかいのに乗る。これぞ王道」
「ただのわがままじゃねーか」
「はっ知った事か。使えるものは親でも使う」
「はいはい。それで、誰なんだ」
「おっと、そうだったな」
テーブルにある一枚の紙を取って見せる。
「これはまた……」
困惑する執事を満面の笑みで見る。してやったりと。
「流石に、お前でも戸惑ったか」
「だがこれは……お前についていけるのか?早々にリタイヤしそうだぞ」
「ついてこさせるさ。お前の手練手管は伊達じゃない」
「お前にやったことをこいつに?無理だろ」
素質が違うと暗に云っている。執事にしてみればダイヤモンドの原石と路傍の石の差だ。
殿下は磨けば光る。そして実際に執事の期待以上に光り輝いた。光り輝きすぎて燃え尽きてしまったが…。
だから、このわがままも聞き入れようと、心に決める。
「駄目ならそのときは……親友と一緒に死ぬのも人生かな」
ついぞこの破天荒な性格は矯正できなかったと執事は残念に思った。
手渡された一枚の紙。そこに書かれている殿下と同じく入学する生徒の情報を読む。
「中島政宗か。幸多からんことを」
祈らずにはいられない執事であった。